
2050年カーボンニュートラルの達成に向け、一般消費者ができることは何か。誰もが参加可能な環境へのアプローチとして、近年その名を聞くようになったのが「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」ビジネスだ。製品の再利用などにより資源を循環させ、廃棄物を減らす経済システムであり、シェアリングやリユース、リペア、リサイクルなどによる利益を生むビジネスモデルを指す。その中でも、インターネットを介してモノ・場所・スキルの貸出しを仲介する経済の形がシェアリングエコノミーだ。
傘のシェアリングサービス「アイカサ」は、持続可能な調達を通じたグリーン市場拡大への貢献やSDGs の目標達成に寄与する取り組みを表彰する「第 23 回グリーン購入大賞」(2022年)にて大賞(中小企業部門)を受賞。傘の貸し出しスポットが1100カ所に広がり、アプリ登録者は約38万人に達するなど利用者の拡大もめざましく、シェアリングエコノミー、ひいてはサーキュラーエコノミーを担うスタートアップとして期待が寄せられている。
今回は、インキュベイトファンドが運営事業者となり、東京都も出資者として名を連ねるファンド事業からバックアップを受けながらアイカサを運営するNature Innovation Group 代表取締役の丸川照司氏と、シェアリングエコノミーの拡大に寄与するシェアリングエコノミー協会 代表理事の石山アンジュ氏に、2人が描く脱炭素実現までのロードマップを聞いた。
環境資源がもったいないから傘を借りる、新たな認識を広げていく
急な雨に降られた日、「家にたくさんあるのに」と思いながらコンビニで約600円を払い、ビニール傘を買う。
そんな悔しい思いをした経験がある人は少なくないだろう。ただ、悔しい思いをしながら買ったその1本のビニール傘が、環境にどれほどの負荷を与えてしまっているか──そこまで想像する人がどれほどいるだろうか。そこに着目し、ビニール傘の無駄買いに歯止めをかけようとしているシェアリングエコノミービジネスが、「アイカサ」である。アプリに登録すれば、傘が用意された“アイカサスポット”にて、1日110円で傘を借りられる。傘は借りた場所とは異なるスポットに返却してもよい。現在、スポットは一都三県を中心に、大阪、福岡、名古屋、札幌まで全国1100カ所に展開している。

傘のシェアリングを事業にするという発想は、どこから生まれたのか。代表取締役の丸川照司氏は、学生時代を過ごしたマレーシアでの経験が大きかったと話す。
「幼少期をシンガポールで過ごしたこともあり、海外への関心はごく自然に持っていました。日本の大学に進学したものの、漫然と過ごす時間がもったいないと感じ中退。マレーシアの大学に入りました。そこでシェアリングエコノミーが身近な暮らしに出会い、UberやAirbnbなどのシェアリングサービスが欠かせない生活をしていました。社会インフラが整っていないからこそ、シェアリングが概念として広がっていた。日本でも、このカルチャーをもっと広げたいと考え、アイカサのアイデアにつながりました」(丸川)
シェアリングエコノミー協会 代表理事の石山アンジュ氏は、アイカサの構想段階から丸川氏と交流があった。日本国内において1年間で廃棄されるビニール傘は約8000万本と知り、その課題意識に強く共感したと話す。
実は日本国内での洋傘の年間消費量は1億2000万~3000万本と世界1位(日本洋傘振興協議会調べ)。そのうち6~7割を占めるのがビニール傘なのだという。
「身近で無駄の多い傘に着目した、意義あるビジネスモデルだなと思いました。ただ、シェアリングエコノミーの中でも傘は低単価で、拡大スピードを上げていかなければ事業として継続が難しい。難易度が高い分野だと思いましたが、丸川さんはこの数年でアイカサを急拡大させています。都心ではアイカサスポットのない駅はないのではないかというほど普及していて、サステナブルなスタートアップが活躍しているのはとてもうれしいです」(石山)

ただ、サービスを開始した2018年当時は、シェアリングエコノミーという言葉の認知度もまだ低く、駅への設置が実現するまでに1年を要した。
転機となったのは、2019年に京急アクセラレータープログラムで採択されたことだった。同じくビニール傘の廃棄に対して問題意識を持っていた福岡市の目に留まり、ともに地元企業への推進アクションを進めていくチャンスを得たのだ。同年5月には全国で初めて駅(西鉄天神駅)への設置が実現。環境問題に対する、企業や社会全体の意識変化に後押しされたと丸川氏は話す。
「『アイカサを設置させてください』と営業に行っても、『自動販売機を置いた方が儲かる』と断られたこともありました。でもだんだんと、ビニール傘をなくすという小さなアクションに賛同する声が増えています。鉄道会社やオフィスビル、大学、商業施設で導入が広がり、企業スポンサードによるコラボデザイン傘の作成も、事業のひとつの柱になりつつあります」(丸川)

アイカサが目指すのは、使い捨てされるビニール傘をゼロにすること。ビニール傘1本に使われるプラスチックを含めた資源量は約265gであり、CO2に換算すると1本あたり692gのCO2が排出されることになる。年間8000万本が廃棄されるとなれば、CO2排出量の合計は約6万トン。使い捨てビニール傘が環境負荷につながっているという啓蒙活動も、アイカサの重要な役割だという。
「“傘を借りる”という概念が広がれば、ビニール傘を買うのは環境資源としてももったいない、と思う人が増えていきます。“借りる”が“買う”に完全に取って代わるためには、全ての駅にアイカサがなければ難しい。まずは、雨が降るたびに大量に傘が消費される一都三県で、全駅設置に向けて動いていきたいです。そのために、例えばニュースのお天気コーナーでの発信と連携するようなことができたらと思います。『夕方に雨が降ります。傘を持っていったり借りたりして、エコに過ごしましょう』などと一言添えるだけで、じわじわと、私たちの意識が変わっていくはずです」(丸川)
資源あたりの生産性を高め、ものを長く大切に使う社会を創りたい
環境問題は、待ったなしの状況にある。石山氏は、「大量生産・大量廃棄型のビジネスモデルや消費スタイルを維持したまま、廃棄やゴミの量を削減していく考え方では、到底間に合わない」と指摘する。
「産業、そして社会全体がサステナブルな方向へシフトしていく。シェアリングエコノミーはビジネスモデルそのものがサステナブルに直結しています。アイカサをはじめ、もののシェアリングの普及が徐々に進んでいる今、これからはBtoBのシェアリングにも注目しています。製造業企業間で機械をシェアする『シェアリングファクトリー』のようなサービスもそのひとつ。さまざまな領域にシェアの概念が広がっていってほしいと思います」(石山)
シェアリングエコノミーの広がりに向け、社会はこれからどのような連携を深めていけばいいのか。石山氏は、「土台となるプラットフォームビジネスの安全・安心な環境整備、機能アップデートを支える事業が重要だ」と話す。より精度の高い本人認証や、信用スコアリング、国際的な決済システムなどは、まだまだ国内では成長が進んでいない分野だ。
アイカサにおいても、普及をさらに加速させる上でまだまだ課題がある。その1つが地下空間へのスポットの設置だ。地下駅や地下街は、そのエリアを民間企業や国、自治体のどこが管轄しているのかが複雑に関わりあっている。そのため、設置申請が通るまでの確認作業に膨大な労力がかかるという。「一緒に進めていこう」と、複数の管轄組織が動いていくような柔軟性は、これからのシェアリングエコノミーの活発化に向けて重要なキーになると丸川氏は話す。
「私は、“いち資源あたりの生産性”という概念を広げていきたいと考えています。例えば数年間愛用して、何百日もの“濡れない体験”を創出してくれた傘も、1回しか使わなかったビニール傘も、資源量はほぼ同じです。それならば、資源量あたりの生産性が何百倍になるほうがいいし、企業側にしても原価率が小さくなります。傘だけではなく、オフィス内のあらゆる備品も、リユースで何年も使えるようになるはず。シェアリングにつながる新しいビジネスがもっと生まれればいいなと思っています」(丸川)

シェアリングエコノミー協会では、2022年末に、アイカサを含むシェアサービス10社と連携して、「グリーンフライデー」プロジェクトを行った。大量消費を促す大型セール「ブラックフライデー(11月第4金曜日)」に対抗して、欧米を中心に広がるサステナブルな消費を啓発。こうした、ものを大切に長く使おうと発信する取り組みを、これからも続けていきたいと石山氏はいう。
「カーボンニュートラル実現のスピードを加速していくために、業界が一体となって連携していかなければいけません。シェアリングエコノミーがサステナブルな選択肢として選ばれていく仕掛けを、丸川さんとももっともっと増やしていきたいです」(石山)
丸川照司(まるかわ・しょうじ)◎株式会社Nature Innovation Group代表取締役。シンガポールなど東南アジアで育ち中国語と英語を話せるトリリンガル。18歳の時にソーシャルビジネスに興味を持ち、社会のためになるビジネスをしたいと社会起業家を志す。その後マレーシアの大学へ留学中に世界のシェア経済に魅了され、大学を中退。2018年に傘のシェアリングサービス「アイカサ」をスタート。
石山アンジュ(いしやま・あんじゅ)◎一般社団法人シェアリングエコノミー協会 代表理事/一般社団法人Public Meets Innovation 代表理事。「シェア(共有)」の概念に親しみながら育ち、シェアリングエコノミーを通じた新しいライフスタイルを提案する活動を行うほか、政府と民間のパイプ役として規制緩和や政策推進にも従事。2018年10月ミレニアル世代のシンクタンク一般社団法人Public Meets Innovationを設立。 新しい家族の形「拡張家族」を掲げるコミュニティ、一般社団法人Cift代表理事。世界経済フォーラム Global Future Council Japan メンバー。USEN-NEXT HOLDINGS 社外取締役。デジタル庁シェアリングエコノミー伝道師。
特集:「脱炭素」を実現に導く日本発スタートアップ
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東京都産業労働局 金融部金融課
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