
- 空車があるにも関わらず“失注”、テクノロジー活用で配車率を改善
- IVR活用で「1カ月で約70時間分の工数削減」
- “地方のタクシー会社生まれ”の配車システム、現在は400社が活用
- 12億円調達で事業拡大、2025年までに6万台へのサービス提供へ
クラウド型のタクシー配車システムなどを通じて“タクシー業界のDX”に取り組む電脳交通が、事業規模を広げている。
同社が手がけるタクシー配車システム「DS」は現在約400社が導入。中小規模のタクシー事業者に加えて大手からの引き合いも増えており、ARR(年間経常収益)は3年連続で200%成長を維持している。
配車業務の委託サービス「Taxi CC」などと合わせた月次の売上は1億円を超えており、今期の売上は10億円を突破する見込みだ。
現在法人タクシー事業者の登録台数は約18万台。電脳交通としては2025年までにこのうちの3割に当たる6万台以上へサービスを提供し、業界のトップシェアを目指すという。そのための資金として、以下の投資家を引受先とした第三者割当増資により約12億円を調達した。
- JPインベストメント
- ENEOSイノベーションパートナーズ
- 四国旅客鉄道
- 沖東交通グループ
- 三和交通
- 三菱商事(既存投資家)
- 第一交通産業(既存投資家)
- エムケイ(既存投資家)
- 阿波銀行(既存投資家)
- 徳島大正銀行(既存投資家)
- いよぎんキャピタル(既存投資家)
空車があるにも関わらず“失注”、テクノロジー活用で配車率を改善

タクシー業界では「既存の乗務員に、いかに効率よく働いてもらうか」ということが大きな課題になっています──。電脳交通で代表取締役CEOを務める近藤洋祐氏は業界の現状をそのように話す。
コロナ禍で減少したタクシー利用の需要が徐々に回復してきている一方で、供給は追いついていない。「2020年からの3年間で、国交省で登録されているタクシー乗務員の数が約20%減っている」(近藤氏)状況であり、もともと採用力が強い業界ではないため、乗務員の数が増やせずに困っている事業者も多い。
電脳交通のタクシー配車システムの引き合いが増えているのも、「現在の戦力で1台あたりの売上生産性を最大化していく仕組み」へのニーズが高まっているからだ。
同社のサービスは配車オペレーター用のシステムとドライバー用の車載タブレットで構成される。オペレーター用のシステムでは注文内容と車両状況を1つの画面上で確認でき、最短数クリックで配車の指示が完結する。会社ごとの配車ロジックに基づき、システム側が最適な配車をサポートする仕組みも搭載した。

1つのカギを握るのが「配車率」だ。配車率とは顧客からの発注に対して実際にタクシーを手配できる割合のこと。近藤氏によると、社内のデータなどを踏まえても「配車率の平均は70%前後」なのだという。つまり30%程度は失注しているわけだ。
この大きな要因が「供給が不安定になり(発注が多い時間帯などに)受注できない状況になってしまっている」(近藤氏)こと。乗務員不足の影響などもあるが、電話での配車依頼に対応できないことなどにより、空車があるにも関わらず失注してしまうケースもある。
特に地方のタクシー会社の場合は「今でも受注の95%以上が電話によるというところも珍しくない」ため、配車業務の効率を高めることで「取りこぼしを減らし、配車率を改善できる」余地が残されているという。
たとえば、ある地方の小規模なタクシー会社では人材が不足しており、社長やドライバーが持ち回りで配車係をしていた。それが現場の負担にもなっていたが、電脳交通のシステムを活用し、都市部にある本社へと配車機能を移管。オペレーターが遠隔から配車をする環境を整えたことで、ドライバーは運行に専念できるようになり、失注も大幅に削減されたという。

IVR活用で「1カ月で約70時間分の工数削減」
配車システムに搭載されている「IVR(問合せの自動音声対応)」機能も配車率を改善する仕組みの1つだ。この機能では現地への到着時間を確認するための電話に対して「自動音声で予定時刻を伝える」といったように、配車依頼や顧客からの問い合わせの一部に自動で対応する。
近藤氏の話では、顧客からの電話には「新規受注につながらない電話」が一定割合含まれている。中でも「乗車前の顧客からの2回目の電話」は到着時間の確認やキャンセルの可能性が高く、オペレーターの業務効率化だけでなく、顧客の満足度向上の観点からもIVRを活用した方が効果的な場面も多いという。
実際にある大手タクシー会社ではIVR機能を取り入れることで、1ケ月で約70時間分の工数削減を実現。この時間を新規の受注に使えるようになった結果、配車率の向上と売上の拡大につながった。
また現場のドライバーと連携して「将来の空車を予測する」機能も取り入れた。
通常、配車システム上ですべての車両が「実車」になっていれば、オペレーターは依頼を断らざるを得ない。もし仮に「実車中ではあるものの、1分後には空車になる」ことが事前にわかれば、顧客に対して「少しお待ちいただければ手配ができます、といったコミュニケーションができるようになる」(近藤氏)。
これらの機能の一部は有料のオプション機能という位置付けだが、事業規模に関わらず複数の顧客で活用が進み始めているそうだ。
“地方のタクシー会社生まれ”の配車システム、現在は400社が活用

もともと電脳交通のタクシー配車システムは“現場のニーズ”から生まれた。
近藤氏は、2009年に祖父が経営していた徳島県のタクシー会社・吉野川タクシーに入社。2012年には同社の代表取締役に就任し、廃業寸前のところから会社を建て直してきた。
吉野川タクシー在籍中には近藤氏自身もタクシードライバーや配車業務を経験。現場で感じた課題を解決するために立ち上げた新会社が、電脳交通だ。
Saas型のタクシー配車システムも、最初は吉野川タクシー内でプロトタイプの開発に取り組み、自分たちで試しながら検証を重ねた。そこから少しずつ規模を広げ、タクシー事業者の声を参考に機能を拡充してきた。
近藤氏によるとタクシー業界向けの配車システムは従来から存在するオンプレミス型の製品が主流だ。それに対して電脳交通のサービスはSaaS型のため、顧客は常に最新の技術を使うことができる。実際に同社では年に1000回前後のアップデートを実施しており、それが顧客から支持を集める1つの要因だという。
料金も1台あたり月額3000円台からと安価なため、導入のハードルが低い。全国に約6000社ある法人タクシー事業者のうち、70%程度は保有台数10台以下の小規模事業者だと言われている。そういった企業にとっても導入しやすい点も特徴だ。
当初は小規模のタクシー事業者が中心だったが、この1〜2年ほどで機能面の拡充も進み、大手の顧客も増えてきた。
当然ながら事業規模によってもタクシー会社が求めるものは異なる。地方の小規模なタクシー会社であれば1日の注文数は100件程度だが、大手になると1万件を超える。そこでシステム側が自動で配車を行う「自動配車機能」など“大手特有”のニーズが生まれるという。
またタクシー業界は行政側の動きによって、新しい制度に対応した機能が求められることも多い。電脳交通でも電話経由での事前確定運賃サービスや乗合サービスに対応した機能などを実装してきたが、そういった点も大手企業が導入を決める理由になっている。
「1番大きいのは、電脳交通のシステムを導入することで行政の動きや業界のトレンドにいち早く対応できる点だと思います。SaaSで提供しているがゆえに、顧客側の体験もどんどんリッチになってきている。何か新しい制度ができる度に、新しいシステムを導入するといった手間もありません。(機能が拡充してきたことで)その点により価値を感じていただけることが増えてきました」(近藤氏)
12億円調達で事業拡大、2025年までに6万台へのサービス提供へ
電脳交通にとってシリーズCとなる今回の資金調達ラウンドではJPインベストメント、ENEOSイノベーションパートナーズ、四国旅客鉄道、沖東交通グループ、三和交通などが新たな株主として加わった。
投資家とはタクシー業界のEV化や地域交通の課題解決に向けた取り組みのほか、さらなる事業拡大に向けて事業面での連携を進める計画だ。
調達した資金は組織体制の強化やプロダクトの機能拡充のほか、マーケティング施策などに用いる方針。特に大手企業を中心に「実際に既存ユーザーの様子を視察して、そのユーザーから評判を聞いた顧客」は導入までの意思決定が早いことから、アンバサダー制度などを含めたコミュニティマーケティングにも力を入れるという。
近藤氏が今後の目標に掲げるのが「タクシー業界における配車システムのデファクトスタンダード」だ。現在同社のサービスの契約台数は約1.5万台。この台数を今後2年間で6万台以上まで拡大することを目指す。
「タクシー業界は、ここ数年で(配車アプリなどによって)コンシューマー側のDXが加速しています。業界を盛り上げていくためには、事業者側のDXも同じスピード感で進めていかなければならない。我々のシステムをより多くの方々に使っていただき、課題の解決につなげていくことで、業界のDXを加速していきたいと考えています」(近藤氏)