(左から)Growth Campの樫田光氏、INFORICH代表取締役社長兼執行役員CEOの秋山広宣氏、Growth Campの山代真啓氏
(左から)Growth Campの樫田光氏、INFORICH代表取締役社長兼執行役員CEOの秋山広宣氏、Growth Campの山代真啓氏
  • 新プラン導入より「まずは足元の穴から埋めましょう」と提案
  • 福岡県内にフォーカスした結果、継続率は約4倍に
  • 選択と集中を正しく行うために欠かせない2つの視点

「選択と集中」。これはビジネスシーンで多々使われるフレーズであり、うまくいけば非連続的な成長へと繋がり、判断を見誤ればリスクを負うことになる。限られた経営資源で急成長を目指すスタートアップにとっては、結果的に生死を分ける判断につながることもある。

では、正しく“選択と集中”をするポイントを見極めるにはどうすればよいのだろうか。選択と集中によって急成長を遂げたスタートアップの事例として挙げたいのが、香港発のスマホ用モバイルバッテリーレンタルサービス「ChargeSPOT(チャージスポット)」だ。

スマホ用モバイルバッテリーレンタルサービス「ChargeSPOT(チャージスポット)」 INFORICHのプレスリリースより
スマホ用モバイルバッテリーレンタルサービス「ChargeSPOT(チャージスポット)」 INFORICHのプレスリリースより

ChargeSPOTは、運営会社であるINFORICH(インフォリッチ)が2018年4月から日本でのサービス展開を開始した。コンビニや駅などに設置された充電スタンドからモバイルバッテリーをレンタルでき、返却も充電スタンドがある場所であればどこでもOKとなっている。利用料は30分以内なら165円、30分以上〜6時間未満なら330円。この手軽さが受け入れられ、INFORICHは2022年12月に東証グロース市場で上場も果たした。

そんなChargeSPOTだが、サービス開始当初から順調だったわけではない。レンタル数を増やそうと試行錯誤を繰り返すが、うまく数字が積み上がらない日々が続いていた。しかし、2020年のあるキャンペーンをきっかけに、月間利用数は4倍以上の急成長を遂げ、その後も数字を伸ばし続けている。このキャンペーンを仕掛けたのは、サービスの成長を支援するチーム「Growth Camp(グロースキャンプ)」だ。

Growth Campを率いる樫田光氏と山代真啓氏の2人はメルカリ出身で、データ分析とマーケティングそれぞれで強みを持つ。グロースの“プロ”である2人はChargeSPOTの何に着目し、4倍以上の成長へと導いたのか。本稿では、ChargeSPOTの急成長のきっかけとなった「福岡県限定キャンペーン」での“選択と集中”を紐解いていく。

新プラン導入より「まずは足元の穴から埋めましょう」と提案

INFORICHとGrowth Campの出会いは2020年8月。当時、創業したばかりだっGrowth Campのインタビュー記事を見てINFORICHがコンタクトをとった。

当初依頼されていたのは「ChargeSPOTの新ビジネスプランを話し合う議論への参加」だった。ChargeSPOTは1回ごとに利用料を払ってもらうビジネスプランだが、このころは月額を支払うことでいつでも好きなときに使えるサブスクリプション型の導入を検討していた(サブスクリプションサービスは2022年7月より正式にスタート)。しかし、議論を重ねていくなかで、Growth Campの2人は疑問を強めていったという。

「ChargeSPOTの現状を分析していくなかで、どのグラフを見ても数字が積み上がっているように感じませんでした。経営陣にサービスの課題を聞いてみても、それらしい回答はあるものの、スパッとした数字が出てこなかった。つまり、INFORICH内ではChargeSPOTの課題を数字にして客観的に把握できていない状態だったのです。これは“あるある”ではありますが、INFORICHは自社サービスの成長について漠然とした想いはあったものの、明確な現状把握や具体的な勝ちパターンのイメージを持てていないように見えました」(樫田氏)

当時のChargeSPOTは「充電スタンドの設置台数」を指標にしていた。そのため「このエリアは設置台数が多い」という状態を良しとしていたわけだが、ここにも大きな課題があったと山代氏は振り返る。

「充電スタンドの設置台数を追うことも大事ですが、ユーザーのインサイトも同じくらい重要視すべきです。充電が必要なタイミングにおける純粋想起として『どこ』を想起させるか。カフェ、コンビニ、レストランなど、ユースケースを明確にしないといけない。ユースケースが曖昧なまま台数だけが増えていく課題がありました」(山代氏)

当然だが、どんなにいいビジネスプランを採用しても、穴がある状態では意味がない。Growth Campはサブスクリプション型の導入より先に、ChargeSPOTの弱点を発見することから進めたいと提案した。これに対して、INFORICH代表の秋山広宣氏は思わずうなずく。なぜなら、秋山氏はINFORICH創業前まではコンサルタントをしており、今回のGrowth Campのような改善プランを提案をする側だったからだ。社長になった今、まさか自分がさんざんしてきたはずの提案をされる側になるとは思ってもいなかった。

「樫田さんと山代さんに指摘され、明確になっていない領域があることに気付かされました。そして、それは以前の自分がコンサルティング先でよく指摘していた視点でもありました。第三者として、社内だけでは見落としていた部分を因数分解し、議論できたのはよかったです」(秋山氏)

そして、Growth CampはChargeSPOTのあらゆる数字を分析する。同時にユーザーインタビューも行い、離脱するポイントも探った。

その結果分かったのは、初月からの継続率は10%以下であること、さらにユーザーの多くがF1層(20〜34歳の女性)で、そのほとんどが単発の利用で終わってしまっていること。その多くの理由が「毎日のように使うサービスではないため、必要になったときに思い浮かびにくい」「一度使ったけれど、しばらく使わなかったためアプリを消した」といったものだった。純粋想起が弱いために、コンビニでバッテリーを購入するなど他の充電手段に負けていたのだ。

一方で、新たな発見もあった。単発での利用で終わるユーザーが多いなか「初回に何度か利用したユーザー」であれば、その後の継続率は高いことがわかった。過去に実施したキャンペーン実績からも、初回から3回以上利用するとサービス認知が根付き、利用の常習化が進んでいるように考えられた。

ChargeSPOTで注力すべきは最初の1回を増やすことではなく、いかに初めての利用〜2、3回の初期段階で何度も使われる機会を増やせるかどうか。そういった状況を戦略的に作りだせれば、サービスへの純粋想起も高まり、かつ継続率も上がるはず──この考えをヒントに生まれたのが、福岡県内限定の無料充電キャンペーンだった。

福岡県内にフォーカスした結果、継続率は約4倍に

福岡県限定で実施したChargeSPOTのキャンペーン 同社のプレスリリースより
福岡県限定で実施したChargeSPOTのキャンペーン 同社のプレスリリースより

ChargeSPOTは2020年12月から翌年2月にかけて福岡県内限定で無料充電キャンペーンを実施。通常ならば48時間で300円となるところを、1回の利用が48時間以内であれば無料で借り放題にした。狙いは以下の通りだ。

  • キャンペーン期間内の利用料をすべて無料にすることで、初利用・複数回利用のモチベーションを作る
  • テレビCMや交通広告を展開し、ChargeSPOTの認知度を上げる
  • 初利用したユーザーの多くがコンビニ経由だったことから、福岡県全域のファミリーマートに充電スタンドを設置。スマホのバッテリーがなくなったときに「コンビニにある」と認識してもらい、探すようになる習慣を残す設計にした

その結果、初利用ユーザーの週次で見た継続率が通常時は6〜7%だったところ、キャンペーン期間中には25〜30%とアップ。さらに新規利用ユーザーの数も通常時の3倍になった。

「そもそも、コロナ禍でも使われていたほどに便利なサービスだったので、自信はありましたね」と山代氏は振り返る。

しかし、なぜ「福岡県限定」だったのか。山代氏によると、福岡県の人口動態は関東に似ていて、かつスケールが10分の1。福岡県というエリアに絞ることでキャンペーンに伴ったテレビCMといったマーケティングや充電スタンドの設置台数も10分の1スケールとなるため、リソースが少ないスタートアップでも施策を実施しやすいのだ。秋山氏いわく、INFORICH社内には福岡県の土地柄にくわしい社員がいたほか、歓楽街と文化とモバイルバッテリーの相性がいいことから「地の利がある」と感じたことも決め手になったという。

地域に絞ってテストすること自体は、スタートアップでもよくある事例だ。ChargeSPOTの場合、キャンペーン終了後にはファミリーマートとの全国の店舗での導入が決まり、さらにセブンイレブンやローソンとの取り組みも開始。サービス展開先となる店舗数が増えたことで、現在も数字は伸び続けている。

「スタートアップは会社規模やフェーズによってとりうるリスクレベルが変わります。INFORICHに関しても、リスクをとれる範囲で最も検証の意味があるかたちでテストできるようにキャンペーン内容を考えました」

「福岡県でのキャンペーンはINFORICH社内の最優先事項として掲げてもらい、マーケティングチームと営業チームは福岡県に1カ月張り込み、重点スポットの発見やローカルインタビュー、地場のプレーヤーとの連携を強化しました。さらに秋山さんをはじめ、INFORICHの経営陣も2週間ほど現地入りして、キャンペーン成功のためにさまざまな手を尽くしていったんです。そのおかげで、継続率のような数字とリアルなユーザー動向を全社員で見ることができました。これが礎となり、その後の取り組みに活きています。ここまで再現性を高め、キャンペーンの結果を全国展開する事例はまだ少ないはずです」(山代氏)

急成長を目指すスタートアップとしては、一気に全国展開したい気持ちがないわけではない。だが、そうするとエネルギーもコストも分散してしまい、事象が複雑になった結果、失敗してしまうスタートアップも多い。ChargeSPOTが実施した福岡県限定キャンペーンのように、地域を限定しパワーやコストを絞ればシンプルになり、コントロールもしやすくなる。これこそ選択と集中だが「みんな、捨てるのが怖いのだと思う」と樫田氏は言う。

「多くの企業は、捨てるのが苦手なんです。打ち合わせで『何が大事ですか?』と聞くと『全部』と言われることもよくあります。しかし、それでは集中すべきポイントがわからず、現場も混乱します。特にChargeSPOTはロケーションベースになるので、選択と集中はとても大事。『福岡県』『コンビニ』に絞ってしまえば、あとはそこに営業リソースを集中できるので、余計なマインドシェアを使わずにすみます」

「僕らは起業家と仕事することが多いのですが、スケールのあるものを一気に進めようとする前のめりなことをしがちな人も少なくありません。ちなみに、秋山さんも前のめりなタイプではあります(笑)。しかし、いざ現場に落とし込むとなるとある程度適切にフェーズわけを行い、ステップを切ることになります。必然的にスコープも絞り込むことになりますが、そうすると現場メンバーとしては『尻込みしていると経営陣に思われてしまうかもしれない』と悩むことになる。そこへ第三者として『あえて絞ります』と入り込み、議論を整理することも我々の大事な役割でした」(樫田氏)

選択と集中を正しく行うために欠かせない2つの視点

「選択する」とは、そのほかのものを切り捨てることでもある。Growth Campの2人は、何をポイントに選択と集中を促してきたのだろうか。樫田氏と山代氏から飛び出したのは「使われどころの見極め」「本当に使われているかどうか」の2点だった。

「これは多くのサービスに言えることですが、使われどころを見極めるのは重要です。ChargeSPOTの場合は『充電スタンドをどこに置けば利用回数が増えるのか』、そのほかのサービスで例えると『どのカテゴリーの商品が人気なのか』ですね。すべてのスポットやカテゴリーが同じ価値を持っているわけではありません。それぞれの違いや相性を見極め、リソースを集中投下していく意識を強く持っておいたほうがいいですね」(樫田氏)

「正直に言うと、マーケティング施策で数字を上げることは簡単です。でも、それは一時的なものであり、すぐに元に戻ってしまいます。だからこそ、そのサービスが本当に使われ続けているかを見失ってはいけないんです。マーケティングとプロダクトは両輪の関係であるべき。その視点を見逃すと、あとから痛い目を見ることになります」(山代氏)

いろいろな可能性にかける姿勢は大事だが、あれもこれもと手を出しすぎては本来の目的がぶれてしまいがちだ。だからこその「選択と集中」、そしてスモールにテストしてみることが大事。非連続な成長とは、そういった小さなステップの先にしか存在していないのかもしれない。