
- TOBの背景にあった勝算と不安
- 当時のエキサイトは「メタボなのに栄養失調」
- 「決算書や有報だけでは何も読み取れなかった」
- 4期連続の赤字体質からの脱却
- 既存事業への栄養投下と新規事業で売上は約15億円拡大
- 「売上10億円」の事業であれば再生のチャンスはある
- エキサイトが今、上場する理由
1997年の創業以降、20年以上にわたって事業を展開してきた“老舗IT企業”のエキサイト。同社が二度目の上場を果たす。
持株会社のエキサイトホールディングスが4月19日に東証スタンダード市場に上場する。公募価格は1340円。公募時価総額は約64億円となる。
エキサイトは2004年に東証ジャスダックに上場した。一時は売上130億円を超える規模まで成長したが、その後は苦戦。2018年3月期には売上も約半分程度の60億円強まで縮小していた。
1つの転換点になったのは、2018年の9月から10月にかけて。現代表取締役社長CEOの西條晋一氏率いるXTechが、特別目的会社のXTech HP(現エキサイトホールディングス)を通じてエキサイトにTOBを実施したタイミングだ。
翌月にエキサイトは上場を廃止。12月には経営陣を刷新するかたちで新しいスタートを切った。
新体制になったエキサイトでは急ピッチで変革が進められ、4期連続で赤字が続いていた会社は約4カ月で黒字化を達成。復活を遂げたエキサイトは事業を拡大し、再び上場企業の仲間入りを果たした。
2022年3月期の売上高は約71億円、営業利益は約3.9億円。TOBを実施した2019年3月期と比べると売上は14.5億円増、営業利益は6.5億円増を実現している。
いかにしてエキサイトは赤字体質から脱却し、再生を果たしたのか。その裏側を西條氏と、変革のキーマンとなった取締役CFOの石井雅也氏に聞いた。

TOBの背景にあった勝算と不安
「エキサイトの存在はもちろん知っていましたが、細かい状況までは把握していませんでした。なので、売上が50億円以上あることを知って『こんなに売上があるんだ』と驚きました。事業のポートフォリオを見ても思っていたものとは違い、興味を持ったというのが最初の印象です」
西條氏はTOBを実施する前のエキサイトの印象をそのように振り返る。
IT業界では当時からその名が知られる西條氏だったが、新会社のXTechは創業から1年経たない、いわばスタートアップ。そんなスタートアップが上場する老舗IT企業を買収する──。このTOBは、業界の内外で大きな話題を集めた。西條氏はなぜこのような取り組みを実施したのか。
西條氏は伊藤忠商事を経て、2000年にサイバーエージェントに入社した。在籍中にはサイバーエージェントFXやジークレストなど多くの新規事業を立ち上げ、複数のグループ会社の代表取締役を歴任。本社の専務取締役COOも経験している。
サイバーエージェント退職後はスタートアップの取締役やベンチャーキャピタル・WiLの共同創業者/ジェネラルパートナーなどを務めた後、2018年にXTechとXTech Venturesを設立している。
「自分にとっては40歳を超えての起業になります。サイバーエージェントを始め、さまざまな場所で事業経験を積み、ケーススタディの数だけで言えば、ビジネススクールで学ぶよりも多くのことを経験してきました」
「TikTokを運営するバイトダンスの利益(EBITDA)が3兆円を突破したように、近年はインターネットを活用して今までにない速度でユーザーを獲得できたり、テクノロジーの力でレバレッジが効くような環境が整ってきています。資本市場に関しても十数年前と比べて事業をより加速できるような方向へと発達してきていて、若い経営者でも二桁億円の資金を調達できるような時代です」
「個人的には起業するのが遅くなってしまったという思いがある反面、『大きな事業、大きな会社を作りたい』という目標に向けて、焦りよりも世の中の仕組みを活かしながらやっていきたいという思いが前提にありました」(西條氏)
そもそも業績が伸び悩んでいるような上場IT企業であっても、「やり方を少し変えることによって業績を伸ばせるのではないか」という考えが以前からあったという西條氏。エキサイトTOBの話が舞い込んできたのは、まさにそんなタイミングだった。
売上が50億円以上あるならなんとか事業を盛り返せるのではないか──。直感的にそう考えた一方で、「見切り発車」の部分もあったという。
「2004年に上場して、ピーク時には売り上げが130億円を超えていました。ただそこから低迷し、売上は半分にも満たない。前年比で10%落ちているような状況で、証券用語で言うところの『落ちてくるナイフをつかむ』ような状況でした。この売り上げの下降を食い止めることができるのか。正直、そこは不安もありました」(西條氏)
インサイダー取引を未然に防止する目的などから、TOBにあたって情報が限られていたことも大きい。XTech側の担当者は⻄條氏のみ、エキサイト側も基本的には社⻑と経営企画担当者の2人だけだった。
公開資料や社内の状況をまとめたドキュメントなどはあれど、実際の様子は2人から口頭で聞く内容が中心。現場で働くメンバーにヒアリングすることもできなかった。
ただ、勝算がなかったわけではない。当時のエキサイトは「メディア事業」「課金事業」「ブロードバンド事業」の3つのセグメントから構成されていた。事業家や投資家としてさまざまなITビジネスを見てきた西條氏としては、「(売上の規模や事業構造的に)少なくとも10%程度の営業利益が出ないとおかしいビジネスモデル」だという見立てがあった。既存事業に手を入れるだけでも、十分に黒字化できる可能性があると考えたわけだ。
当時のエキサイトの組織体制も西條氏の目には魅力的に映った。約200人の社員のうち、4割程度はエンジニア。エンジニアの獲得競争が激しい時代において、80人ものエンジニアを採用することは簡単ではない。
しかも当時のエキサイトには“チームになった状態のエンジニア”が80人在籍しており、事業が縮小傾向にあったとは言え、そのメンバーを雇用するだけのキャッシュを生み出す事業も存在していた。
「(ゼロから採用するとなれば)1年では難しく、2〜3年の時間がかかる可能性もある。この土台があるのはすごく良いと感じたからこそ、リスクを取ろうと思いました」と西條氏は話す。
「PEファンドのように、黒字化した上で再上場をして、キャピタルゲインを得ようという思いからTOBを実施したわけではないんです。実際に今回の上場も(株式の)売り出しはゼロなんですよ。どちらかというと起業をして中長期的に大きな事業を作っていく上で、その過程をショートカットしたような感覚に近い。人とキャッシュフローを埋める事業基盤がある点が魅力的でした」(西條氏)

もっとも、すでに一度出来あがった組織を変えていくのには相当な労力がいる。当時のエキサイトの社員の平均年齢は36〜37歳。ベンチャー企業としては決して若いとは言えない。企業の体質を変えていく上で、既存の社員が柔軟に適応できるのか。
そこには不安もあったため「これは得意な人と一緒にやらなければ成功確率が下がる」と考え、サイバーエージェントで財務経理部門責任者を務めた経験を持つ石井氏らを招聘し、エキサイトの変革に取り組んだ。
当時のエキサイトは「メタボなのに栄養失調」
新体制がスタートした後、最初に着手したのが「社員との1on1ミーティング」だ。西條氏と石井氏を中心に新経営陣で分担しながら、ほぼ全社員と1on1のミーティングを実施した。
「1つ安心したのは、良い人が多かったことです。(新体制に対して)敵対的な人もおらず、好奇心があり、素直に学ぼうとする社員が多かった。もともとポータルサイトを手がけていたこともあって、大規模なサービスを運営する上での技術力があり、人としてもちゃんとしていました。社内を変革していく上で、その点はとても助かりました」(西條氏)
メンバーとの対話を進めながらエキサイトの“中”から会社の全体像を分析してみると、外部からは見えづらかった課題も見えてきた。特に西條氏が社内向けに伝えていたキーワードが2つあるという。
1つは「ガラパゴス化」だ。当時のエキサイトは「中を向いて事業をしていた側面が強かった」ため、積極的に外部の勉強会に参加したり、業界内で横のつながりを広げたりする文化が醸成されていなかった。そのため業界のトレンドや最先端のノウハウに対する感度も高くはなかった。
「真面目にはやっているけれど、もっと外にも目を向けてみよう。そんな取り組みを意図的にやりました。たとえばけんすう(nanapi創業者で現・アル代表取締役の古川健介氏)にメディアビジネスについて解説してもらうなど、知人を招いた勉強会などを開催してみたり。そういった人の話を聞くと刺激を受けますし、継続していると社員たちも外の情報に少しずつ目を向けるようになりました」(西條氏)
もう1つのキーワードは「メタボで栄養失調」だ。
ここでの“メタボ”とは、事業において余分にコストがかかってしまっている状態のことを指す。たとえば本来なら1人で担当できるような仕事を5人がかりでこなしていたり、外部に委託する際の費用が必要以上に膨れ上がっていたり。事業を見渡してみると、いろいろなところにメタボな状況が見つかった。
「自分たちの経験や業界の標準を踏まえても、人を割きすぎている部分や、コストをかけすぎている部分がたくさんありました。1番は『この仕事を何人でやるのか』という人件費や人材の配置のところですが、細かいところでは名刺や備品などのコストもそうです。例えばラクスルを使えば500円程度で発注できる名刺も、当時は1箱1500円で発注していました」
「このようなコストは削減しても基本的には社員に被害が及ぶことはなく、浮いた分を経営資源として他の事業へ回せます。まずはこうしたコストの見直しを徹底的に進めました」(西條氏)
当時のエキサイトではメタボの症状と同時に、栄養失調の症状も出ていた。西條氏によると「エコノミクスを分析すると『1投資すれば、5倍になって返ってくる』ような事業に対して、栄養が行き渡らない」状態になっていたという。
要は赤字に陥っていたが故にマーケティングコストが抑制され、本来はもっと伸びる可能性のある事業に対して十分な投資ができていなかったわけだ。
「決算書や有報だけでは何も読み取れなかった」
コスト構造の転換や財務体質の改善という観点からエキサイトの再生をリードしたのが、CFOの石井氏だ。
石井氏は2019年にエキサイトに加わるにあたり、有価証券報告書や決算説明資料といった公開資料を読み込むことから始めた。だがその第一印象は決してポジティブなものではなかったと振り返る。
「そもそもIT業界にいたにも関わらずエキサイトのサービスを使ったことがなく、どんな人が使っているのかもあまり想像できませんでした。業績は数年間にわたって右肩下がりで、事業内容も『(目新しいものがなく)今さらこんな事業か』と感じるところもありました。これを改善するのは相当難しいかもしれない。結構やばいな、というのが正直な印象でした」(石井氏)
ただ実際に中に入ってみると、さまざまなギャップが見つかり、その印象は大きく変わったという。
「ずっと財務経理部門で働いてきて、その観点からいろいろな事業を分解して見てきましたが、今回感じたのは『決算書や有報では何も読み取れなかった』ということです。最初の段階では、これから何をどのように変えていけば良いか、全く思い浮かばなかった」
「それが入社後に社員の話を聞きながら、より細かい数字を見ていると、いろいろな切り口から改善案を思いついたんです。まさにメタボなところと栄養失調なところが、さまざまなファクトからあぶり出てきた。それは社外からはわからないし、デューデリジェンスの段階で発見できたかというと、おそらく難しかったと思います」(石井氏)

石井氏にとって、エキサイトが綿密に管理会計をしていたことも嬉しい誤算だった。もともと伊藤忠の子会社ということもあり、プロダクトごとに損益計算書が作られ、各事業の実態をつかみやすい状態になっていた。
「(ゼロベースだと)把握するだけでも1カ月単位の時間がかかることが、3〜4日程度でできた」ことにより、最初の1週間ほどで「コストの見直しができる部分と、栄養を投下することで伸びしろのある部分」の見極めができたという。
4期連続の赤字体質からの脱却
急ピッチで企業の体質改善を進めた結果、2019年3月期まで4期連続で営業赤字だったエキサイトは4カ月で黒字化を達成。2020年3月期は通期で3.6億円の営業利益を出した。
この期間については何か特別な手法を使ったわけではなく、スタンダードなことを「とにかく矢継ぎ早に実行していった」(石井氏)という。
具体的にはまず、上述したコストの削減から着手した。社内に十分な人員がいるにも関わらず、外部に委託することで大きなコストが発生している部分は適正化した。共同事業のレベニューシェアの比率においても、業界の標準的な相場と比べて「還元しすぎている」部分があったため、条件を見直している。
サービスについても選択と集中を進め、成長が見込めない事業や子会社については閉鎖や清算の決定をすることで余計な脂肪を削いでいった。
コスト削減と並行して取り組んだのが「人的資本経営」の観点からの人事制度や体制の変更だ。もともと業務が必要以上に細かく分けられ、1人1人の守備範囲が狭くなっていたところにテコ入れし、裁量を与えながら各メンバーが能力を発揮できるように配置を見直した。
「評価制度の変更」もその一環だ。それまでは総合商社のように、終身雇用を前提とし、長く働く中で経験を積みながら少しずつステップアップができるようなかたちで評価制度が作られていた。昇給のグレードも細かく、60段階ほどに分けられていたという。
「変化が激しく、どんどん事業環境も変わるIT業界とは合わない部分がありました。たとえばGenerative AI(生成AI)をとっても、ベテラン社員よりも1年目のメンバーの方が詳しく、うまく使いこなしていたりします。以前の制度では有望な若手に良い評価を与えても、たった数千円ほどの昇給にしかならず、査定も年に1回のみでした。現在はその回数を年2回に増やし、1回の評価でダイナミックに給与が上がるように変えています」(西條氏)
「抜擢人事」も積極的に押し進めた。優秀な若い人材を管理職に引き上げたり、新規事業の担当者に任命するようなことにも力を入れた。
また人材配置の適正化と連動して、稟議のフローや予算作成のプロセスも刷新した。従来は「部下のいないマネージャー」や「配下に誰もいない部長」などが存在し、管理職が増えすぎていた。結果として200人ほどの会社にも関わらず「8人の承認を得られないと物事が進まない」ようなケースもあった。
承認が降りるまでのリードタイムが長いほど、事業のスピードも落ちる。そのためフローを変更し、基本的には2〜3ステップで承認が完結するようにし、事業部側が必要だと判断した場合には速やかに前に進める体制を整えた。
「特に管理部門のところに承認が集約されていたので、事業部側に権限を委譲し、その代わりに業績にしっかりとコミットするという方向に変えました。期初の計画や予算も、経営企画が作る体制になっていたのですが、結果的に事業の成長を止めてしまうこともありました。事業計画についても事業部側が作り、それに基づいて動く場合には必要な予算を確保できる仕組みを根付かせるように徹底しました」(石井氏)
既存事業への栄養投下と新規事業で売上は約15億円拡大
TOB当初はコスト削減による赤字体質からの脱却において明確な変化が生まれたが、その後は“適切に栄養を投下する”ことによって売上自体も再び成長軌道に乗り始めたという。TOB前の19年3月期で57億円ほどだった売上は、22年3月期で約71億円。発展途上ということだが、14.5億円(25%)ほど増加した。
この部分は大まかに言えば「既存事業の成長で10億円弱、買収した事業を中心に新しいセグメントによって6億円強の売上が生まれている」(石井氏)状態だ。

既存事業の成長に関しては、コスト削減によって生まれた資金を、西條氏が言うところの「栄養失調だったところ」に回せたことが大きい。
そもそも以前は「(コストが)膨れて利益が出ていなかったので、何を絞るかを考えたときに広告費を絞ってしまっていた」と石井氏が話すように、広告費の回収期間は「一律で3カ月」と抑制されていた。つまり事業の特性に関わらず、3カ月で回収できるようなマーケティングしかできなかったわけだ。
「たとえばカウンセリングであればリピーターの比率が高いので(他の事業に比べて)、広告にある程度の予算を投資をしても、結果的にはそれ以上の利益が見込めます。ただエコノミクスに関わらず一律で3カ月だったため、その投資ができていませんでした」(石井氏)
その部分は経営陣の経験なども踏まえ、サービスごとに個別で回収期間を定めるように変えた。たとえばリピーターの多い「エキサイト電話占い」は18カ月といった具合だ(もっとも、実質は4〜5カ月で回収できていると言う)。この部分も毎月数字をモニタリングしながら、攻めの投資ができるように柔軟な対応ができるようにしているという。
ブロードバント事業とカウンセリングサービスはエコノミクス(ここではビジネスの規模や成長の分析のこと)が読める事業であり、広告費の配分を変えたことがダイレクトに事業の拡大にもつながった。カウンセリング事業はリピート率の改善につながる施策を実施し、カウンセラーの先生に担当をつけるなど、細かいオペレーションやユーザー体験の改善も加えた。
結果としてカウンセリングサービスの売上はTOB実施前と比べて約2倍に成長。約8億円から16億円まで伸びた。

メディア事業も選択と集中を実施。主力メディアである「ウーマンエキサイト」もコンテンツや体制の見直しを行い、ビジュアルを中心とした「コミックエッセイ」に注力した。これがSNSでの拡散・集客の起爆剤となり、PV数は約8倍に増加している。
2020年以降にはDX事業を展開するiXITの買収を皮切りに、新たな柱となる事業の確立に向けた取り組みにも力を入れ始めている。2021年から2022年にかけては経営管理SaaSの「KUROTEN.」、ウェビナーPDCAクラウドの「FanGrowth」など立て続けに5つの新サービスをローンチした。
西條氏によると「5つのうち2つはすでに黒字化している」状態ではあるものの、新規事業に関しては当初想定してたよりはスロースタートとなっており「伸びてはいるけれど、本来はもう少し伸ばしていたかった」現状だという。
新規事業のSaaS・DX事業の売上は約6.8億円。現在は買収したiXITによるDX事業の割合が高い。会社全体の売上の10%弱ほどの数値だが、20〜30%程度が理想だったという。
「ただ今後拡大していける自信はあります。数十社いる顧客が実際にログインして使ってくれているのか、サービスに価値を感じてくれているのか、先方の担当者とのリレーションを築けているのかといった指標を評価したところ、悪くはなかった。ここから巻き返していきたいです」(西條氏)
財務比率的には利益の3分の1を新規事業に投資する方針。エキサイトがもう一段階成長する上では、既存事業だけでなく、新規事業の成功がその命運を握っていると言えそうだ。

「売上10億円」の事業であれば再生のチャンスはある
既存の事業を再生するかたちで、ここまで持ち直してきたエキサイト。すでに1社買収しているが、今後もM&Aは模索していく計画だ。成長戦略としても既存事業の深化と新規事業の探索、そしてM&Aによる事業ポートフォリオの強化を掲げる。
特にコスト改善や経営資源の配分などは、エキサイトの例に限らず「再現性があるのではないか」というのが西條氏や石井氏の見立てだ。
企業再生文脈のM&Aという観点では、西條氏は1つの目安として「単体事業で売上が10億円を超えるもの」であれば、企業の体質を変えることで再生できる余地があるという。
「売上が3〜4億円程度の会社の場合は、ほぼ新規事業をやるのと変わらないので難易度が高い。(ファーストリテイリングCEOの)柳井さんでさえ1勝9敗という話をされているほどです。一方で事業単体で10億円規模の売上があれば、基本的には一定数のユーザーもいるはずなので、やりようがある。製薬会社など全く別の業界の場合は分かりませんが、IT企業であればかなり再現性は高いと思います」(西條氏)
また石井氏は全社の売上だけでなく「1人あたりの売上高」が一定ラインを超えていたため、エキサイトにおいてはコスト改善の施策が打ちやすかったという。
「当時のエキサイトは売上の減少が続いていましたが、1人あたりの売上自体は2500万円程度あったんです。たとえば1人あたりの人件費を年収600万円とすると、法定福利費を含めても800万円ほど。約1700万円の余剰が生まれるので(人員削減や給与カットをしなくても)改善の余地が大きいです」
「でも1人あたりの売上が1200万円しかなかった場合、人のところに手を入れないと大きな改善は見込めない。1人あたりの売上がある程度あればそれだけ改善のチャンスも増えるので、今後M&Aをやる場合にはその点も1つの指標として確認していきたいと思います」(石井氏)
エキサイトが今、上場する理由
TOB実施後、上場を廃止してから約4年半。再びエキサイトが上場企業として帰ってきた。西條氏にとっても“約11年ぶり”に上場企業の経営に携わることになる。
新規上場という観点では、ここ数年はIT企業にとって必ずしも良い環境とは言えない。市況を踏まえて上場を延期するスタートアップの話も聞く。それでもこのタイミングで上場に踏み切った理由について、西條氏は次のように説明する。
「サイバーエージェントもネットバブルが崩壊して、時価総額が80億円を切るくらいまで落ち込んだ時期があったんです。その時はオンライン掲示板にいろいろなことを書かれたり、株主総会で批判の声を浴びたりもしました。それでも上場企業だからこそ感じる緊張感や、上を目指したいという欲などを踏まえると、上場企業になった方が自分も含めて社内が活性化されるイメージがありました」
「確かに昨今はバリエーションもシビアですし、自分たちの事業ポートフォリオ的にもそんなに高いPERがつかないことはわかっています。それでも(上場市場に)早く復帰をしてみんなと競い合ったり、外からの期待や監視の目に触れられる状態にした方が良いと判断して、今のタイミングを選びました」(西條氏)
時価総額が高くなれば、その分だけ大きな資金を調達できるチャンスが広がる。ただ、そこまで足元で大きな資金が必要な事業をやっているわけでもなく、仮にM&Aをやるのに多額な資金が必要になっても「エキサイトをTOBした時のように(既存の金融手法を活用しながら)レバレッジを利かせて挑戦する選択肢もある」と西條氏は話す。
そもそも単一事業の会社とは異なり、エキサイトは複数事業を展開していて、なおかつ新規事業やM&Aにも取り組んでいる。上場の準備に入ると「新規事業やM&Aがやりづらくなる」観点からも、少しでも時価総額が上がるのを待つために時間をかけるのではなく、今上場することを選んだ。
「足元(期末残高ベース)で約10億円の資金があって、今回の上場で12億円を調達する計画です。未上場のスタートアップでも30億円調達するような時代ですから、見方によっては『たった22億円』と思われるかもしれません。ただ、私の金銭感覚では、22億円あれば結構いろいろな挑戦ができると思っているんです」
「それを踏まえても、絶対IPOをした方が良いなと考えて、少しでも早くできるように準備を進めてきました。もちろんバリュエーションについては(証券会社などと)議論をしたりもしますが、だからと言って上場しない方がいいとはならなかった。エキサイトとしては今後さらに優秀な人材を集めて、良いカルチャーを作り、新しい事業を楽しんでやっていく集団にしていきたい。今回の上場を経て、その規模感をさらに広げていきたいです」(西條氏)