Photo: tommy / Getty Images
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  • スタートアップが創業初期からグローバルを目指すべき理由
  • グローバル展開のために必要なこと
  • シリコンバレーにとりあえず来てみる、というのもアリ
  • 日本からグローバル展開を行っているスタートアップの例
  • 日本という国に期待したいこと

シリコンバレーから米国、日本のスタートアップを支援するデライト・ベンチャーズ創業者でマネージングパートナーの渡辺大氏が、起業家が知っておくべき心構えや、資金調達時に注意すべき点などについて解説する本連載。第4回はスタートアップが「初めから大きな成功を狙い、グローバルを目指すべき理由」について説明する。また、日本のスタートアップがグローバル展開を目指すためにはどうすればよいか、事例も交えて解説。スタートアップエコシステムを加速するために、日本が行うべきことについても論じる。

スタートアップが創業初期からグローバルを目指すべき理由

シリコンバレー最大のアクセラレーターであるY Combinatorに参加しているスタートアップは国際色に富んでいる。その割合はバッチによって異なるが、デモデーでプレゼンしている起業家の3割から半数近くが米国外の出身者であることが、その訛りからわかる。対象市場もアジア、ラテンアメリカ、アフリカなどが多く含まれる。〇〇 for Latin America や△△ for Africa(〇〇や△△は米国のユニコーンが多い)といったタイムマシーンモデルも目立つが、米国をマーケットとする米国のスタートアップの起業家にも移民は珍しくない。現に2021年時点の米国のユニコーンの、なんと55%が移民によって創業されたものだ。

フランスや韓国のスタートアップエコシステムに目を向けてみると、そのスタートアップの半数程度が国外を対象市場としているというデータもある。世界のスタートアップエコシステムは国を超えて相互乗り入れしているといえる。

シリコンバレーでは、日本出身のスタートアップの存在感はいまだ低く、他国に比べると日本出身のスタートアップのうち、海外展開を目指す会社の割合も小さいといえるだろう。

これは、日本は国内市場が大きい(世界第3位の経済大国である)ことが1つの理由と考えられる。これが意味するところについて探りたい。

毎年新たに設立される会社の中で、VCから調達するスタートアップ(VC-backed)は1%未満。その特殊性は、求められる高い成長率にある。VCは投資対象に最低でも年率20〜30%の成長を期待する。

スタートアップがそのような成長率を継続するには、「巨大な市場」または「急成長している市場」を対象とする必要がある。米国と日本を除くほとんどの先進国は、自国市場の規模が充分大きくないため、スタートアップの多くが国外に展開することを前提にビジネスを行っている。そうじゃないと、高い成長を望めないからだ。

国内の多くのスタートアップがパイを狙う世界第3位の日本のGDPは、人口の大きさに依存しているといってよい。1人当たり購買力平価GDP(物価水準(インフレ率)を勘案したより実質的なGDP)は、先進国では下位グループだ(日本は人口で世界11位、1人当たり購買力平価GDPで世界39位)。そして、人口が1億人以上いる世界14カ国のうち、日本とロシアだけ、人口が長期的な減少傾向にある(ちなみに中国も人口が減り始めているが、それをはるかに超えるペースでGDPが伸びている)。

言いたいことはこうだ。日本のスタートアップにとって充分大きい国内市場は魅力だが、ベンチャー投資を行う世界の投資家の視点で見ると、成熟した日本市場は世界第3番目に競争力があるかというと、残念ながらそうはなっていない。国際的なスタートアップを生み出すフランスや韓国などの先進国や、億単位の人口を持ちながらも成長を続けるブラジルやインドネシアなど新興国のスタートアップエコシステムの方が、アップサイドの大きさという観点で魅力的なのだ。

そしてテックセクターの多くの分野で起こってきたことだが、日本のスタートアップが国外に進出してもしなくても、海外のVC-backedのテック企業は日本に進出してきている。国を超えた競争に、エコシステムとしてもスタートアップとしても巻き込まれるのは避けられない。

ほとんどの国のスタートアップエコシステムは、海外、特に米国のエコシステムとのつながりをもとに進化・成長してきたといってよい。米国での教育や起業を経て出戻りした自国の起業家や、海外からの投資家・起業家が、中国、韓国、フランスなど、各国のエコシステムの発展を引っ張ってきた。

グローバル展開のために必要なこと

日本のスタートアップが海外に展開する上で、重要なポイントがいくつかある。

1つは、スタートアップが早いタイミングから海外に目を向けるべきという点。「国内市場で上場してから海外を目指す」という順番は多難に満ちている、ということはこの連載の第1回(『日本の“早すぎる上場”はスタートアップエコシステム全体にとっての損失──持つべき4つの視点』)でも述べた。いったん上場すると、株主の優先度合いが短期的な業績に向きがちで、日本よりも規模の大きい海外へ、長期視点を持って事業投資をする、ということが難しくなるのだ。

海外に17年以上住んで感じているが、日本のサービスのUI、UXはかなりユニークだといっていい。これは多くの場合誇らしいことで、食や観光など、その文化が世界中の人を魅了している理由だ。ただし例えば日本のウェブやスマートフォンのプロダクトを海外展開するには、言語だけではないデザインの大部分を作り直す必要があることが多い(一方TwitterやSlackなど、米国のUI・UXはBtoB、BtoCにかかわらず日本へどんどん進出してくる)。ビジネスの文化も、新卒一括採用・終身雇用がユニークなことをはじめ、独特といっていい。

スタートアップのプロダクトや組織が、数年かけて日本の顧客、日本の従業員をターゲットにして成長した後で、海外に舵を切るのは想像以上に難しいことを、僕はディー・エヌ・エー(DeNA)で身をもって経験した。

本当に海外を目指すのであれば、「ある程度安定してから」と考えるのでなく、アーリーステージの時点から、共同創業者の選び方も組織の作り方も、海外市場に対する目線も、一定程度投資しておいた方がよい。

VCからの資金調達方法からビジネスモデルの検証方法、トラブルへの対処の仕方など、英語であればものすごい量の情報がウェブ上にあふれている。ChatGPTに質問しても、英語と日本語では回答の充実度合いに大きな差がある。日本とアメリカのスタートアップエコシステムを比べて最も歴然とした違いはスタートアップの数だ。ありとあらゆる分野で同じことをやってるスタートアップの数が10倍違う。資金に関しては何十倍も違う。

結果、日本で検討しうるビジネスモデルは、世界に先行例があり、それらの失敗や成功から学べるところも多い。スタートアップのアイデア出しから海外のスタートアップの動向を知っているのと知らないのとでは全然、考えないといけない戦略パターンの在庫の量が変わってくる。そういう意味でも海外の動向を最初から把握していくのは重要だと思う。

もう1つは、組織運営だ。日本は世界的にも若者が住みたい場所として常に上位に入る、とても魅力的な国だ。安全で便利で食が豊かで住みやすい。海外からやってきたエンジニアや、日本に住みたいと思うエンジニアは、思ったより多い。そういう人をどんどんチームに入れていくのは競争力の源泉になりえる。

シリコンバレーにとりあえず来てみる、というのもアリ

日本の起業家は、次々とシリコンバレーにやってくるべきなのか。ただでさえ、さまざまな障害を乗り越えないといけない起業の過程で、さらに外国に引っ越して不慣れな生活を始める価値はあるのか。答えはほとんどの場合「Yes」だと言いたい。

シリコンバレーには世界各地から起業家が集まっていることはすでに述べた。日本人の起業家も、嬉しいことに少しずつだが増えてきている。そして、他国の移民起業家グループと同じように、日本人起業家の間でも助け合いのコミュニティが醸成されてきている。先人たちのおかげで、独りぼっちで途方に暮れることはないだろう。起業家同士、起業家と投資家がネットワーキングするイベントも、毎晩どこかで行われている。

英語力について不安に思うかもしれない。しかし、自分より語彙(ごい)の少ない他国からの移民が、より自信をもってプレゼンしているのを目にすることだろう。そして、英語の語彙力よりも、言語を超えたコミュニケーション能力や積極性の方が、信頼を得るために価値が高いことを実感するはずだ。

どうせ世界を狙うビジネスを立ち上げるなら、米国で法人を設立し(物理的にカリフォルニアにいても、ビジネスに有利な会社法を持つデラウェア州の法律に基づいた法人を作るのが一般的だ)、シリコンバレーのエンジェルから資金調達した方が、その後の調達の選択肢も広がる。競争が増えるのはもちろんだが、世界中の投資家の投資対象になる。例えばデラウェア法人に対して投資できる日本のアーリーステージ投資家は多いが、日本法人に投資できる海外の投資家は数が限られる。言語はもちろん、日本の法律は世界中の投資家にとってまだ未知の領域だからだ。

シリコンバレーでこれまでに出会った日本人の起業家の多くは、海外生活が初めてだ。家族のしがらみなどが少ない若い起業家、または起業を志す人が世界市場を目指す場合は、思い切ってシリコンバレーから始めることを考えていただきたい。

日本からグローバル展開を行っているスタートアップの例

もちろん日本で起業しても、早いうちに海外展開の基礎を築くことは可能だ。特に日本発だからこそ、海外でも優位性を発揮できる領域はさまざまある。デライト・ベンチャーズが支援している投資先の例を2つ挙げたい。

Beatrustは、社員間のつながりを活性化して、企業内に埋もれている知識や経験をビジネスに活かすためのコラボレーションプラットフォームを運営するスタートアップだ。日本国内で活動しながらも、創業者・原さん(Beatrust代表取締役CEOの原邦雄氏)の米国におけるビジネス経験を背景に、社員の約3割は外国籍で、社内コミュニケーションの大部分は英語で行われている。日本は成熟した大企業の存在感が大きく、そういった企業による社内イノベーション促進や部署間ノウハウの共有というテーマで、世界的に見て大きな投資がなされている国だ。したがってBeatrustのプロダクトは海外の成熟企業にとっても魅力的に映る。国内と並行して米国でも営業活動を始めているが、プロダクトもチームも世界展開を念頭に作られており、スムーズな立ち上がりを期待している。

TYPICAは、スペシャルティコーヒーの生豆を、世界各地のロースターが産地から直接購入できるトレーディングプラットフォームだ。このスタートアップも日本で設立されたが、シード段階からロースター、コーヒー産地とも世界市場を対象にサービスを展開しており、各国にチームを有する。創業者・後藤さん(TYPICA代表取締役の後藤将氏)は、欧州を拠点に常に世界中を飛び回っている。日本はコーヒーの市場としては世界で3番目に大きいだけでなく、その品質に対する要求が非常に高い国であることが知られている。TYPICAは日本発のブランドとしても、世界のコーヒー流通を変革するのにふさわしい立場にあるといえる。

日本という国に期待したいこと

フランス人は英語をしゃべらない、というステレオタイプを耳にしたことがある人は多いのではないか。これはある程度事実だった。フランスの英語教育は、文法や語彙力、作文、翻訳に重きが置かれており、ネイティブ教員が不足していることもあって、実践的な会話が充実していない。これはどこかの国でも聞いたことがある話だ。

ところがこのステレオタイプは過去の話だ。いまや20代のフランス人の8割は英語を流暢に話すと言われている。2010年にフランス政府が始めた“Programme d'Investissements d'Avenir (PIA)”(未来への投資プログラム)という経済改革プログラムの目玉のひとつは、英語教育の改革だった。高等教育での英語による授業の充実や、フランス国外の大学との提携などに政府が投資をし、その結果、若者の英語力が急激に改善した。

このプログラムのもう1つの目玉はアントレプレナーシップだ。フランスの大学で起業のコースや学内インキュベーターも開設された。他の政策の効果とも合わさって、フランスの大企業趣向の保守的なキャリア概念が大きく変わり、いまや起業は人気のキャリアパスと見なされ、フランスは世界に誇るスタートアップ先進国となりつつある。

日本でも、スタートアップエコシステムを経済界で盛り上げるだけではなく、国際人材・起業家人材を育てるための教育の改革を大いに期待したい。

指摘するまでもないが、日本の英語学習に若い国民が費やしているエネルギーは大変なものだ。にもかかわらず、実用的とはいいがたい。日本人の英語力は先進国最下位だ。一方、先進各国の全体的な初等教育水準を測るPISAによると、日本は20カ国中6位で悪くない(数学は堂々の1位、科学は2位)。とにかく英語教育の効率が悪いのだ。日本もフランスを見習って、意味のある時間の使い方に変革する必要があるということに疑問の余地はない。

起業教育についても、社会人になってからではなく、初等教育に組み込んでいくべきだ。僕の3人の子供は、米国の地元の公立学校に通っているが、自分が経験した日本の初等教育との違いに、感心させられている。

米国では小学1年生の時から問題解決や共同作業、プレゼンテーションがカリキュラムの中心にある。小学校卒業式の週に行われる学習の集大成は、なんとデモデーだ。全校生と保護者の前で、自分たちで考えた仮想のプロダクトについて、Y Commbinatorさながらのプレゼンをさせられる。ちなみにプレゼンに含めないといけない要件は、1. きっかけとなるストーリー、2. 課題、3. ソリューション、4. ビッグピクチャー(こんな世の中になるべき)、5. コールトゥーアクション(「買ってください」とか「投資してください」といったアピール)。このフレームワークを、11歳でマスターさせられるのだ。

フランス政府の施策がたった10年で若者のキャリア思考や文化を変えたことには、とても勇気づけられる。スタートアップを通じて日本の世界における存在感を取り戻すことは、我々大人が、子どもたちに負っている責任でもある。どんどん進化している世界の経済や教育に目を向けて、日本のスタートアップエコシステムを盛り上げていきたい。