AMPHICO創業者でCEOを務める亀井潤氏
AMPHICO創業者でCEOを務める亀井潤氏。すべての画像提供 : AMPHICO
  • 従来の透湿防水素材における2つの課題
  • ルーツは「材料工学の研究」、日本人起業家がロンドンで起業
  • 法規制で勢力図に変化、業界は戦国時代へ
  • 1.5億円の資金調達で事業を加速

100%リサイクル可能で、有害な化学物質を一切含まない“透湿防水素材”──。2018年創業のAMPHICO(アンフィコ)が研究開発を進めているのは、アウトドアアパレル市場に新風を吹き込む可能性を秘めた次世代素材だ。

透湿防水素材と言えば、「ゴアテックス」を筆頭に実績のあるメーカーがひしめく領域。ただ近年は、はっ水加工に使用するPFAS化合物(有機フッ素化合物)の規制が国際的に進んでおり、新素材への需要が増えてきている。つまり市場が転換点にある状況だ。

そんな変化をチャンスと捉え、AMPHICOでは防水性と透湿性、伸縮性などを兼ね備え、環境にも配慮した独自素材「AMPHITEX(アンフィテックス)」を開発。2024年の商用化を目指し、複数のアパレルメーカーとR&Dにも取り組む。

実はこのAMPHICO、日本人起業家の亀井潤氏がイギリス・ロンドンで立ち上げたスタートアップだ。亀井氏は東北大学大学院を経て、ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(英国王立芸術大学院大学)に留学。そこで自身の研究をもとに「人工エラ」技術を開発した。

AMPHICOが商品化を見込むAMPHITEXに関しても、その人工エラ技術が大きく関わっているという。

従来の透湿防水素材における2つの課題

AMPHICOが手がける新素材の概要を理解する上では、従来の透湿防水素材がどのような構造になっているのかを知っておくと話が早い。

透湿防水素材の構造のイメージ
透湿防水素材の構造のイメージ

主な透湿防水素材は2つの層に分かれている。亀井氏によると、多くの場合は表面となる1層目はスポーツ製品などでもよく目にする織物でできた生地が使われていて、その後ろにフィルム状の素材が貼られているという構造だ。

1層目自体が水をはじく機能を持った生地でできてはいるものの、水の圧力が強い場合などは貫通してしまうこともある。その際に2層目のフィルムが存在することで、水の侵入をブロックできる仕組みになっているという。またフィルム状の素材にはたくさんの小さな穴が開いているため、水をはじきながら、汗を逃がすこともできるわけだ。

こうした特徴を持った透湿防水素材は優れた機能性からさまざまなアウトドアウェアに搭載されるようになったが、課題も明らかになってきている。

1つがPFASと呼ばれる有害な化学物質が使用されていること。「水や油をはじき、熱にも強い」といった特性から多様な製品に活用されてきたものの、環境や人体への影響が懸念され、国際的に規制が強化され始めている。

もう1つが「リサイクル」だ。従来の製造方法は「1層目と2層目が違う原料で作られており、それを貼り合わせている」ことが原因で、リサイクルが難しい構造になってしまうのだという。

結果として「皮肉なことに、自然を好きな人たちが使う商品にも関わらず、環境負荷が大きくなってしまっている」と亀井氏は話す。

それに対して、AMPHICOのアプローチは次の通りだ。そもそも有機フッ素化合物に頼らなくてもはっ水性や防水性を発揮する力を表面の生地に持たせ、2層目に貼り付けるフィルムに関しても有機フッ素化合物を使わずに高性能なものを実現する。さらに1層目と2層目を全く同じ原料から作ることで、リサイクルがしやすい構造にする。

そうすることで「(透湿防水素材を用いた)アウトドアウェアに見られた大きな2つの課題を解決する」(亀井氏)というのが、AMPHICOの挑戦だ。

ルーツは「材料工学の研究」、日本人起業家がロンドンで起業

AMPHICOの新素材の軸となっているのが、亀井氏が研究してきた人工エラ技術だ。

この人工エラとはどのような仕組みなのか。亀井氏によると「ものすごく簡単に説明すると、水中で膜を使って水の中に溶けている酸素を取り込んだり、人が吐き出した二酸化炭素を水に逃す」技術だという。

「水中で呼吸できる昆虫やトカゲのメカニズムを模倣して研究開発した技術です。体の表面をものすごく薄い空気の層が覆っていて、その層を介して外側から水の中に溶けている酸素を取り込み、二酸化炭素を出すことで水中でも呼吸ができる。(実際の素材に使っている)原料自体は全く別のものなのですが、着想のヒントを自然界から得ています」(亀井氏)

人工エラ技術のメカニズム
人工エラ技術のメカニズムのイメージ

もともと亀井氏は東北大学で材料科学の研究に打ち込んでいた。自然からヒントを得て新たな機能性材料を生み出す手法(生物模倣:バイオミミクリー)も、研究者時代に身に付けたものだ。

そんな亀井氏は東日本大震災をきっかけに自然と科学、テクノロジーの共存を深く考えるようになり「デザイナー」という職業に興味を持つように。東北大学の大学院を卒業後、2015年にはデザインを本格的に学ぶべく、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートへ留学した。

上述した人工エラの技術は、世界的に平均気温が上がり、海面が上昇する中で「未来の人々は、水没した社会で生きなければいけなくなるかもしれない」というシナリオを考え、開発したもの。そのアイデアが起業にもつながった。

開発したプロトタイプ
開発したプロトタイプ
開発したプロトタイプ2

もっとも、人工エラは人命に直接関わることもあり、製品化するとなると開発やテストに膨大な時間がかかる。スタートアップとして、まずはもう少し短い期間で商品化ができるものはないか。方向性を模索する中で出てきたのが「テキスタイル」というアプローチだ。

「テキスタイルであれば機能性と実際に求められる見た目を実現し、不具合をクリアできれば商品化ができる。その中でもアウトドアプロダクト向けの特殊な市場は、自分たちの作ってきた素材テクノロジーがピンポイントではまるということがわかったんです。実際に深く調べていくと、有機フッ素化合物の規制やリサイクルの観点からもチャンスがあると感じました」

「ヨーロッパでは近い将来、法規制の強化によって、リサイクルやリユースのしやすさを考慮したプロダクトであることが求められるようになる見込みです。そうなると、単に有害物質を含まないだけでなく、100%リサイクルできることも大きな利点になってきます」(亀井氏)

方向性を検討する上では、企業側からのニーズも後押しになった。初期の研究段階にも関わらず、亀井氏たちの技術を見つけたアパレルブランドが自らコンタクトを取ってきた。ヨーロッパでアウトドアアパレル会の展示会に出展した際には、熱心に話を聞いてくれる企業も出てきた。

「やっぱり、目指してる方向は間違っていない」──決して最初からアウトドアアパレル領域を狙っていたわけではないが、次第に亀井氏は手応えをつかんでいった。

「日本にいたとき、素材開発の要として『水や油などの液体をはじく機能を素材に持たせる』ということをずっと研究していました。つまり自分がピンポイントで得意な領域なんです。実際に研究者の立場からインダストリーの方にきてみて、双方の知見にギャップが大きいことを感じました。(自分のバックグラウンドを活用することで)機能性やテキスタイルの常識をもっともっと更新できる気がしたのも、大きかったです」(亀井氏)

法規制で勢力図に変化、業界は戦国時代へ

冒頭で触れた通り、有機フッ素化合物に関しては欧米を筆頭に規制が進む。例えば米国カリフォルニア州では、2025年に有機フッ素化合物を用いたアパレル用品が販売できなくなる。EUやAMPHICOが本拠地を構える英国でも、関連する規制の整備が急速に進んでいる状況だ。

アパレルブランドにおいて新たな素材のニーズが高まれば、今までの勢力図がガラッと変わる可能性もある。AMPHICOのようなスタートアップにとっては千載一遇のチャンスとも言えそうだが、「決してブルーオーシャンではない」と亀井氏は話す。

「既存のプレーヤーは存在しますし、彼らも既存の商品が使えなくなることは当然把握しています。実際にWLゴア&アソシエイツなどは(この規制に対応するための)新たな商品を投入してきていますし、いろいろなイノベーションを起こすための研究開発にも取り組んでいる。ただ前提として重要なのは、物事が大きく変わっているタイミングだということです」

「もし規制などの変更がなければ、透湿防水テキスタイルを購入しているブランドは今までと何も変える必要もありませんでした。でも規制が入ることにより、新しいものにシフトする必要性がでてきた。新しい素材に関しては既存のプレーヤーのアドバンテージも下がりますし、どこから購入する場合でもブランド側には切り替えるコストが発生する。そういった意味ではスタートアップでも参入しやすい側面はあると思います」(亀井氏)

とは言え競争環境などの点から見れば、ブルーオーシャンではないものの「レッドオーシャンでもない」という。

例えばアパレル業界で大きな潮流となっている「ヴィーガンレザー」の領域では、関連するスタートアップだけでも世界で数百社が存在する。一方で防水素材の世界だと「スタートアップに限っては2社程度しかなく、既存のプレーヤーで研究開発に力を入れているところも数社くらい」というのが亀井氏の見立てだ。

「ゴアテックスのような強力なプレーヤーがいたことで、必ずしも競争がものすごく激しい市場というわけではありませんでした。この市場は日本円で3000億円ほどの規模と言われています。スタートアップにとっては大きな市場ですが、巨大なプレーヤーからすれば小さい。わざわざこの透湿防水の市場だけを取りにいくために、新たに独自のR&Dをするというメリットもあまりないんです」(亀井氏)

そのような歴史もあり、まだまだ変革できる余地が多く残されている。実際に「フッ素フリーで100%リサイクルできる素材」の選択肢自体がまだ少なく、AMPHICOでは「素材の性能やそのポテンシャルに価値を感じてくれた企業」とR&Dを進めている状況だ。

1.5億円の資金調達で事業を加速

現状としては「8割ほどは素材の研究開発に取り組んでいる段階」(亀井氏)。研究開発は本社のあるロンドンで進めているが、試作や販売に向けた大量生産の準備はヨーロッパと日本を含めたアジアの双方で進めている。

亀井氏によると北陸地方の企業は世界でも高い水準の生産技術を有しており「実際にいろいろなブランドでも使用されていて性能が良い」という。

AMPHITEXの表生地に使われる撚糸
AMPHITEXの表生地に使われる撚糸

「縫製工場がアジアにたくさんあるため、アパレル製品はアジアで作られることが多く、日本を含めたアジアに対する理解がある人が会社にいることは重要だと感じています。一方で実際の商品を手に取る人は先進国の方が中心ですし、環境負荷の規制となると、(規制が進んでいる)ヨーロッパに身を置いていることも大きい。偶然が重なったかたちではあるのですが、今の自分たちには良い要素が揃ってきていると考えています」(亀井氏)

見据えるのは2024年の商用化だ。2024年には量産できる体制を整え、ブランド側に提供できる土台を整える計画。2022年から2023年にかけて繊維商社の豊島のほか、Dawn CapitalやPDS Ventures、Mistletoe Japanから1.5億円を集めた。

法規制によって戦国時代になりつつある防水素材の領域に変革を起こす。AMPHICOの挑戦は始まったばかりだ。