逗子海岸で実証テストを行う自動操船ヨット 写真提供:エバーブルーテクノロジーズ 提供:エバーブルーテクノロジーズ
逗子海岸で実証テストを行う自動操船ヨット 写真提供:エバーブルーテクノロジーズ すべての画像提供:エバーブルーテクノロジーズ
  • 「絵空事でしょう?」と言われた自動操船ヨット開発
  • 時間や成果のコミットなし、プロジェクトの求心力で分散型開発
  • 代表はソニー出身の開発者
  • 無人の「自動海上タクシー」開発も視野に

エネルギー問題や人口減といった課題に、無人で自動航行するヨットで立ち向かおうというスタートアップがいる。その名はエバーブルーテクノロジーズ。2m級の自動操船ヨットを開発し、神奈川県逗子市で実証テストを5月に成功させた、同社の取り組みとユニークな開発手法について代表取締役CEOの野間恒毅氏に聞いた。

「絵空事でしょう?」と言われた自動操船ヨット開発

孫正義氏の実弟で連続起業家の孫泰蔵氏が代表を務める、スタートアップ支援・共同創業のための会社Mistletoe(ミスルトウ)。同社は2018年9月、エネルギー問題の解決を図ることを目的とした自動操船ヨットのコンセプトモデルを発表した。そのヨットの開発に向けて生まれたのが、エバーブルーテクノロジーズだ。同社は2018年12月の設立で、2019年2月にはMistletoeから1億円の出資も受けている。

エバーブルーテクノロジーズの構想は、海上で風力や潮力などの再生可能エネルギーにより水素を生成し、無人かつ燃料不要で自律帆走する小型ヨットで輸送するというもの。海上輸送のコストを大幅に抑え、水素エネルギーを普及するサプライチェーン「Hydroloop(ハイドロループ)」を現実のものにすることを目指している。

「コンセプトありきでスタートしました。逆に言うと、コンセプトしかなかったので『絵空事でしょう』と言われ続けました」

そう苦笑するのは、エバーブルーテクノロジーズ代表取締役CEOの野間恒毅氏だ。「これを具体化するためにはどうすればよいか、ここ1年半ぐらいかけて活動を進めてきました」(野間氏)

コンセプト実現に向けて、まず必要なのは自動操船ヨットだった。世界中を見渡せば、自動操船に関する技術は実用化されている。ただし、風力を使うヨットなどの帆船を制御する技術は「メジャーではない」(野間氏)という。現存する自動操船ヨットのテクノロジーの多くは海洋調査等に活用されており、長時間とどまる用途から航行のスピードはあまり必要とされていないという。

「私たちは、自動操船ヨットのスピードアップを図ろうとしています。ヨットのスピードはイメージしにくいかと思いますが、世界的レースのアメリカズカップなどでは時速約80Kmにも達するほど。速度向上はハイドロフォイル(水中翼)を付けるなどして実現します。またアプリケーション(応用例)としては海洋調査だけではなく、直近では漁業を楽にするもの、後継者問題の解決や、より収益を上げやすい職業にすることを目指しています」(野間氏)

彼らが最初に打ち出した実用化モデルは、漁業向けの自動操船ヨットだ。これまでの漁業では、人の乗った漁船が魚群探知機を積んで、わざわざ魚を探し回らなければならず、燃料代や漁師の負担が大きい。だが自動航行ヨットを使えば、遠隔で魚のいるポイントをつかんでから漁に出ることが可能になり、ポイントが見つからない場合は漁に出ないという選択もできるようになる。

エバーブルーテクノロジーズでは、魚群探知や海底地形の調査といった実運用を想定し、全長2m級の自動操船ヨット「Type-A」を独自にデザイン・設計・製造。5月に神奈川県の逗子海岸で行われた実証テストでは、海上に設定した2カ所の経由地を半径5mの範囲で経由し、帆走と補助モーターを利用して完全自動でスタート地点に戻るという操船テストをクリアした。

今後、自動操縦帆船をコア技術として他社に提供しながら、自社でもいくつかのアプリケーションを開発しようとしているエバーブルーテクノロジーズ。その1つが先にも挙げた漁業の課題解決だ。現在は、神奈川県二宮町にある二宮漁場の全面的な協力を得て、シラス漁の魚群探知・追跡の自動化で実証テストを行っている。また、現地の詳細な海底地図を自動作成することで、定置網漁における海底地形を知りたいというニーズにも応えていくという。

時間や成果のコミットなし、プロジェクトの求心力で分散型開発

エバーブルーテクノロジーズ代表取締役CEO 野間恒毅氏 Photo by Wakako Mukohata
エバーブルーテクノロジーズ代表取締役CEO 野間恒毅氏 Photo by Wakako Mukohata

コンセプトの最終形も壮大だが、エバーブルーテクノロジーズが採用している、自動操船テクノロジーの開発手法やヨットデザインの手法もまた、ユニークなものだ。そもそも会社の組織・形態も「従来の企業とは違っている」と野間氏はいう。

「(出資元である)Mistletoe自体が固定のオフィスを持たず、従業員もいない形態です。エバーブルーテクノロジーズも同様に、リモートかつパートタイムでプロジェクトに参加する形を取っています」(野間氏)

しかも「メンバーには参画する時間や成果をコミットさせない」という方針を打ち出す野間氏。これには社内からも反対があったそうだが「このプロジェクトの求心力で(組織を)持たせたい。面白い、楽しいというモチベーションでやってほしい」という野間氏の強い希望から、一部の外注を除き、基本的にはオープンソースプロジェクトと同様の分散型開発を行っているそうだ。異業種の専門家を巻き込み、働き方もバッググラウンドも異なるメンバーでチームを構成。専門性の高い人材がフェローとして参画する。

例えば、ヨットのワールドカップとも呼ばれる国際ヨットレースのアメリカズカップに技術スタッフ、主要デザインメンバーとして幾度も参加し、レーシングヨットの設計や大型商船の船型開発などを手がける金井亮浩氏や、シンガポール国立大学スマートシステム研究所シニアリサーチフェローとして、ヒューマンコンピュータインタラクション、メディアアートなどの研究に従事し、カラス型ドローンを用いた「カラスと対話するプロジェクト」やセーリング効率化ガジェットの「SmartSail project」などを手がける末田航氏といったメンバーがフェローとして、このプロジェクトにジョインしている。

代表はソニー出身の開発者

野間氏自身はソニー出身。退職後もソフトウェアやインターネットサービス、ネットメディアの開発を主に手がけてきた人物だ。「ものづくりを刺激したいと考えたときに、自分はネット(のプロダクト)には強いが、フィジカルなモノは作った経験がほぼなかった。そこで、ものづくりに取り組めるコミュニティを立ち上げたいと、FabCafeに持ちかけて、協力を仰ぐことになった」(野間氏)

2019年3月、ものづくりの場や機器を提供するFabCafeの協力を得て、エバーブルーテクノロジーズが立ち上げたのが、AIデザインを活用した自動操船ヨットのデザインプロジェクト「A.D.A.M(Ai Design Autonomous Multihull、アダム)」だ。A.D.A.Mには、カーデザイナーや、3Dプリンター企業に所属する人、飛行機づくりに携わる人など、さまざまな人が集い、コンセプトモデルを提案。コンペのような形でチームごとにプロトタイプデザインを開発していった。

「このプロジェクトの面白いところは、『こういうデザインをしたいけれども、どうですか』という呼びかけに答えて集まった、いわばボランティアがメインメンバーとして参加していることだ。メンバー取りまとめと場所・機材提供の部分で、FabCafeに協力してもらっている」(野間氏)

船体の設計製造には3Dプリンタを活用。3Dモデリングされたデータを直接プリントアウトすることで、製造期間短縮と製造コストの低減化を実現している。エバーブルーテクノロジーズでは今後、ヨットの素材を環境に優しいものに切り替えることも計画しており、3Dプリンタであればフィラメント素材の変更で対応可能だとしている。

またエバーブルーテクノロジーズでは、ヨット船体の見た目や機能を手がけるA.D.A.Mと対を成すプロジェクト「E.V.E(Everblue Engeneering、イブ)」も発足。E.V.Eでは自動操船に必要な通信やセンサー、フライトコントローラーなどのソフトウェア寄りの技術開発を、外注委託先も交えて手がけてきた。A.D.A.Mとほぼ同時期の2019年4月にプロジェクトを開始したE.V.Eでは、1m級のラジコンヨットを改造して開発テストを実施。2020年春には、葉山から江ノ島への航路で自動航行を実証した。

1m級ヨットによる葉山港〜江ノ島間テストの航跡
1m級ヨットによる葉山港〜江ノ島間テストの航跡

冒頭で述べた5月の実証実験は、船体を大きくすることで、風や波が強い状況でもより安定的に、長距離を航行可能なヨットを実現すべく、A.D.A.Mで開発を進めていた2m級の船体と、E.V.Eで開発済みの自動操船技術を組み合わせたヨットで行われたものだ。

プロジェクトには「仕様を決めて納品物を作る」といったオーダーはないという。「誰もやったことがないから仕様も出せないし、仕様なんてコロコロ変わります。だからコミュニティ型で、みんなが持つ専門技能や知識をうまく活用し、『なるようになるよね』と進めてきました。仕様は最後に決まるし、できたものこそがアウトプットです」(野間氏)

参加するメンバーの立場はさまざまだが、「ゴールに楽しいものを作る」というイメージでプロジェクトが進み、雰囲気は企業の研究開発チームや部活のようだという。野間氏によれば「(展示会など)締切があると、学園祭に出展するために徹夜で間に合わせよう、みたいなテンションになる」そうだ。

「働き方の話にもつながりますが、普段はリモートワークで進めるとしても、現場は海。風や波は変化するし、予報が当てにならないので、定時とか土日休みといったスケジューリングはできない。『明日、天気が良さそうだね』『じゃあ行こうか』といった感じで予定を決めていきます。サーファーのような、自然環境に合わせた仕事の仕方で我々も働いています」(野間氏)

無人の「自動海上タクシー」開発も視野に

現在は自動航行できるヨットでどんな課題を解決できるのか、模索しながらトライアンドエラーを繰り返しているというエバーブルーテクノロジーズ。

「メンバーには、半ば強制的にヨット研修を行っていますが、体験することで初めて分かることもあります。追い風で帆走していると、風が止まったように感じる。波の『チャプチャプ』という音しか聞こえず、本当に静かで驚きます」(野間氏)

自転車と同じく、ヨットは動力・燃料が不要だ。野間氏はさらに「人の労力も要らないようにしたい」という。「産業革命で帆船は動力船に置き換わりましたが、それまでは帆船で世界中を交易できていたわけで、帆船・ヨットを使うことにリアリティがないわけではありません。大航海時代には十数人で操船していた帆船が、今の技術を使えば、人はいなくてもよくなる。(障害物があり、細かい法規もある)陸上でも自動運転車が走っているのだから、海なら無人化はもっと簡単に実現できるはずです」(野間氏)

自動操船ヨットの「動力不要で無人で動かせる」特徴を生かした“アプリケーション”は、いろいろ考えられるとして、野間氏は「帆船の可能性にかける」と語る。実証実験で実用化を進める漁業向けのFisherdroneに続き、今後、別の課題に合わせたヨットの開発・提供も目指していくという。

魚群探知のケースでは、例えば無人で船を出すだけでなく、複数の船を同時に探索に出したり、有人船が漁をしている間に次の魚群を探しに行かせたりするなど、さまざまな使い方が想定されている。

また、2m級ヨットの自動操船テストが成功したことで、エバーブルーテクノロジーズでは無人ヨットで人を運ぶ「自動海上タクシー」構想も現実的になったとして、旅客・観光用途の帆船型ドローンの開発にも着手している。「目的地に向かうことだけでなく、サンセットクルーズのように『移動そのものが体験』といった使い方を海上タクシーでは考えている。これは世界中にあるニーズです」と野間氏は述べている。

「新型コロナウイルス感染症の影響で、人々の考え方が都市化・人口過密から分散・過疎地への移動にシフトしています。我々は団体・過密・効率化の逆を行く。人が少なくなり、多様化でニーズもばらけて採算が取れなくなった場所やサービスであっても、燃料費や人件費の持ち出しがほぼゼロで活用できるのが自動操船ヨットのいいところ」(野間氏)

エバーブルーテクノロジーズのロードマップ
エバーブルーテクノロジーズのロードマップ

長期的には当初コンセプトにもあるように、洋上の再生可能エネルギーを水素に変換し、水素運搬での事業展開を目指している。ゆくゆくは、動力や充電のためのドックが必要な飛行型のドローンに、自動操船ヨットが母艦として、洋上でこれらの機能を提供するといったことも考えたいと野間氏は語る。

「自動航行できるヨットをコアテクノロジーとすれば、いろいろなアプリケーションが考えられます。ランニングコストゼロを目指し、人口減が課題となる離島で無人の渡し船を出すなど、人件費と燃料費の課題を解決していきたい」(野間氏)