
- SaaSビジネスは解約率“0.5%”
- 成長スピードは“ユニコーン企業並み”に
- “SaaSの公式”をもとにマーケティングに資金を投下
- 会議の効率化、保険領域での新サービスも準備
評価額10億ドル(約1080億円)超の非上場スタートアップを指す言葉である「ユニコーン企業」。そんなユニコーン企業になることも成長の通過点だと語るのが、労務管理クラウドサービス「SmartHR」を提供する、SmartHR代表取締役の宮田昇始氏だ。同社として総額61.5億円の資金調達を発表したばかりの宮田氏に話を聞いた。(ダイヤモンド編集部副編集長 岩本有平)
「登る山は毎年大きくなっていっています。かつては、自分の会社について『1億円で売れたらラッキーだ』とか、『(時価総額)200億円くらいで上場できればいいよね』と思ったこともありました。ですが、少し前からは『ユニコーン(時価総額10億ドル超)で上場だ』と志すようになりました。そして今では、『ユニコーンも通過点だ』と考えています」
こう気を吐くのは、労務管理クラウドサービスの「SmartHR」を提供するSmartHR代表取締役の宮田昇始氏だ。SmartHRは7月22日、総額約61.5億円(第三者割当増資が約55億円、新株予約権付社債が約6.5億円)の資金調達を実施したことを発表した。
今回の資金調達では、経営支援事業を手がけるシニフィアンのベンチャーキャピタル(VC)ファンドであるTHE FUND、シンガポールに拠点を置くBEENEXT Capital ManagementのSaaS特化VCファンド・ALL STAR SAAS FUND、米国VCのLight Street Capitalに加えて、国内外1社ずつのVCが新規株主として参画した。THE FUNDおよびALL STAR SAAS FUNDにとっては、本件が投資1号案件となる。
これに加えて、既存株主のSmartHR SPV(Coral Capital(旧:500 Startups Japan)が運用するSmartHR専用のファンド)、WiL、BEENEXTも追加出資をしている。SmartHRはこれまでに約20億円の資金を調達しており、累計での調達額は約82億円になる。
SaaSビジネスは解約率“0.5%”
SmartHRは雇用契約や入社手続きをペーパレスで完結できるクラウドサービスだ。通常、人事担当者は従業員と書類をやりとりして労務関連の書類を作成する必要があるが、SmartHRを使えば、従業員が直接オンライン上で個人情報を入力して、書類の作成が可能になる。入力されたデータをもとに、役所に電子申請を行うことも可能だ。従業員情報を一元管理して社員名簿を作成できるほか、外部デベロッパーの勤怠管理サービスや採用管理サービス、クラウド給与計算ソフトと連携し、年末調整や給与明細、源泉徴収票の配布などもできる。
サービスの開始は2015年11月。同年に開催されたスタートアップ業界向けイベント「TechCrunch Tokyo 2015」のほか、VC向け招待制イベントの「B Dash Camp」や「Infinity Ventures Summit(IVS)」などのプレゼンコンテストなどで次々に優勝して知名度を上げ、スタートアップ企業からユーザーを拡大してきた。

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現在の導入企業は2万6000社。SaaSビジネスでは解約率の低さは重要な指標となるが、同社の解約率は0.5%。実に99.5%の企業が継続利用している。オプション機能の提供などで、ARPU(月額の課金額)も2018年2月からの1年間で2倍に成長した。今年4月には上位プランも発表しており、既存ユーザーのアップグレードも進んでいるという。宮田氏は高いサービス継続率について次のように説明する。
「解約した企業に対しては、その理由についてヒアリングしています。そして解約の予測というか、兆候を調べていて、サービスを使いこなせていない企業に対してはこちらから担当者に連絡をしています。このようなカスタマーサクセス(クライアント企業がサービスを使って業務的で成功体験を得ること)には、多くの人材をあてています」(宮田氏)
成長スピードは“ユニコーン企業並み”に
SmartHRはサービス開始当初、社員数が数人規模の小さなスタートアップをターゲットにしていた。しかし次第に数十人から数百人規模の企業からの引き合いも増えてきたという。アルバイトが多く、全国に支店を持つような飲食業や小売業では、人事労務まわりの業務を本社に集中しているケースが多い。そういった企業がSmartHRに興味を持ったのだ。
想定していなかった大きなニーズに出合い、開発方針も大きく変更した。最近ではホテルニューオータニが全社でSmartHRを導入したのを契機に、ホテル業界からの引き合いも増えているという。規模でいえば、従業員数約10万人(アルバイトを含む)の企業でも導入実績があるという。その成長スピードについて宮田氏は「ARR(経常収益)では創業期のTwilioやbox(いずれも米国でユニコーンとなり、上場したSaaS企業)並み」だと説明する。このSmartHRの成長速度が、宮田氏が「ユニコーン超え」を語る理由だ。
「(ユーザーが拡大した)一番の理由は『市場の選択』。僕らがやっているのは、書類を手書きして、紙にハンコをついて、役所に持っていくような領域です。普遍的かつ、みんながやっている業務です。よく比較して説明するのですが、会計や給与計算などの業務は何年も前から業務ソフトがあり、それが最近クラウド化してより便利になりました。それに対して僕らの領域は(業務ソフトすら)なかったところ。だからこそ何倍も便利さを感じていただいていると思います。もちろん競合よりいい製品を作り、大胆なマーケティングをしてこそ(の評価)ですが」(宮田氏)

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また今回、2社の米国VC(1社は非公開)がSmartHRへ出資している。サービスの継続率や成長速度が評価され、2度ほどの面談で調達が決まったという。海外ではSaaS企業の上場が増加しており、レイターステージ(上場前の資金調達ステージ)でも大規模な資金調達を実現しているが、日本国内ではそういった実績はまだ少ない。宮田氏は今回の調達を契機に、日本のスタートアップが海外VCから調達するという事例を増やしたいとも語った。
ただし、上場に向けた具体的なスケジュールについては明らかにしておらず、7月22日に開催した会見でも、「企業が継続的に成長するための重要な手段。価値を最大化できる時期を見る」(SmartHR CFOの玉木諒氏)と語るにとどまっている。
“SaaSの公式”をもとにマーケティングに資金を投下
SmartHRでは、今回調達した資金をもとにして人材とマーケティングを強化する。人材については、現在の130人から300人程度まで拡大する予定だ。マーケティングについては、すでに展開しているウェブ広告や展示会、テレビCMなどを組み合わせていく。
「これまでは顕在化しているお客さんを対象にしていましたが、潜在層にもアプローチしていきます。いまだに紙、ハンコ、手書き、役所に持っていく、という世界。サービスを知ってもらえば、導入が決まる状況です」
「広告については、SaaSビジネスの公式として『LTV/CAC>3』というものがあります。つまりLTV(Life Time Value:顧客1社が取引開始から終了までにもたらす利益)をCAC(Customer Acquisition Cost:顧客獲得コスト)で割った数字が3より多ければ健全であるという考えです。その限りには積極的にやっていきます」(宮田氏)
宮田氏はSaaSビジネスが「先に損をして、あとで得をする」というモデルだと説明する。顧客獲得のためのコストは1年間のサービス利用料以上になっても、サービスを長い年月使ってもらうことで回収していくということだ。宮田氏は起業前のサラリーマン経験を例に出して、「取れそうな顧客からは取れ、と考えるビジネスは少なくない。だがSaaSビジネスは最初にサービスを売るタイミングでは提供企業が損をしても、製品がよくなれば顧客がつく、継続してくれる健全なビジネス」だと主張する。
会議の効率化、保険領域での新サービスも準備
このほかにもサービス拡大に向けて、店舗管理者向けのiPadアプリを開発するほか、10月にはスタートアップのWovn Technologiesと連携して英語や中国語など5カ国語に対応する予定。さらに、メールアドレスを持たないため給与明細などを送れない若年層向けに、LINEとの連携も計画しているという。
さらに子会社での新規事業開発も進める。1つは会議の効率化サービスで、もう1つは確定拠出年金の導入支援サービスだ。サービス開発に先駆けて、SmatMeetingとSmartHR Insuranceという2つの子会社を設立している。
「SmartHRのミッションは『社会の非合理を、ハックする。』です。会議はまさに非合理で普遍的なところがあると考えており、そこにテクノロジーのメスを入れたいと考えています。また最近では老後の2000万円問題が取りざたされていますが、毎月3万円、複利でためる手段として確定拠出年金があります。導入のハードルが高いところを支援していき、ゆくゆくは保険の提案をやっていきたいと考えています。両社ともまだ社員5人未満の組織ですが、反響はかなりいい状況です。サービスが立ち上がれば、そこにも投資していきたと考えています」(宮田氏)