
- 「STORES」ブランドの認知度は“たったの10%”
- コロナ禍の中、クービックをグループ化した真意
- EC・決済・予約の「統合型」インフラこそが“勝ち筋”
「hey(ヘイ)を立ち上げてから約2年半。個人、スモールビジネスの人たちの役に立てるプロダクト、サービスを提供すべく、一定の資金を調達し、プロダクト、組織への投資を続けながらこれまで成長してきました。実際、会社としては決済・EC事業で今年中の黒字化も見えていましたが、新型コロナウイルスによって個人、スモールビジネスの人たちが想像以上に大きなダメージを受けてしまった。それは今後もさらに続くことが予想されています。ヘイはお客様ありきのビジネスなので、彼らが上手くいかなければ、僕たちも結果的には上手くいかない。そこでもう一度、リスクをとって彼らをサポートできる体制をつくることにしました」(佐藤氏)
決済・EC事業を展開するヘイ。その代表取締役社長の佐藤裕介氏は、このように思いを口にする。同社はコロナ禍の最中、大型の資金調達とスタートアップの買収をあきらかにした。
店舗のキャッシュレス化、Eコマース対応など、商売のデジタル化を支援する「STORES(ストアーズ)デジタルストアプラットフォーム」 を開発・運営するヘイは8月4日、米投資会社のベイン・キャピタル、香港投資会社のAnatole、米金融機関のゴールドマン・サックス、米決済会社のPayPalのほか、ベンチャーキャピタルのYJキャピタル、三菱商事、既存株主のWiLなどを引受先としたシリーズEラウンドの資金調達を実施。ベイン・キャピタルからの調達額は約70億円で、日本のスターアップへの投資はこれが初となる。ヘイは本シリーズ全体の金額を非公開としているが、関係者によれば、合計で百億円程度の資金を調達したと見られる。
あわせてオンライン予約システム「Coubic(クービック)」を開発・運営するクービックの全株式を取得し(株式交換および現金。買収額は非公開)、グループ化する。
Coubicは将来的に「STORES ブランド」として統合の予定。クービックの経営陣はヘイの株主として、引き続き経営にコミットしていくという。またヘイは今回調達した資金をもとに、人材の採用と働く環境への投資を進め、採用については現在の約2倍となる400人体制の組織を目指していく予定だ。
ネットショップ作成サービス「BASE(ベイス)」や、カナダ発のECプラットフォーム「Shopify(ショピファイ)」がコロナ禍で急速に成長を遂げる中、ヘイが大型の資金調達、スタートアップの買収に踏み切った狙いを佐藤氏に聞いた。
「STORES」ブランドの認知度は“たったの10%”
もともと、ヘイは2018年2月にネットショップ開設サービス「STORES(旧 STORES.jp)」を提供するストアーズ・ドット・ジェーピーと、事業者向けの決済サービス「STORESターミナル(旧 Coiney)」を提供するコイニーが経営統合を実施したことで立ち上がった企業。半年前に両サービスのブランドを「STORES」に統合し、テレビCMを実施したほか、売上金の早期出金やオンラインストア開設サポートなど、着々と進化を遂げてきた。
「ただ、STORESやSTORESターミナルの認知度は(調査したところ)たったの10%ほど。世間の9割の人はまだSTORESの存在を知りません。そのために、プロダクトをより良くするための人材を採用し、STORESのブランドをより多くの人に知ってもらうためにマーケティング活動にも投資していくべきだと思い、そのための資金を調達することにしました」(佐藤氏)
実際に資金調達に動き始めたのが、4月頃のこと。ここ数カ月の間でベイン・キャピタルやPayPalなどとコンタクトを取り、交渉を進めていった。
しかし、その間にも新型コロナウイルスの感染者は増加の一途をたどり、緊急事態宣言が発令。これにより、多くの店舗や施設が休業を余儀なくされてしまった。実際、営業ができなくなったことで、EC化に活路を見出した店舗や施設は多い。
「物販のデジタル化については、STORESを通して支援することができますが、フィットネスジムなどの施設を運営するサービス事業者をデジタル化するためのケイパビリティ(組織的な能力)は持っていません。そうしたシステムは業種・業態によって必要な機能が異なるため、自社でゼロからサービスを立ち上げるには数年かかってしまいます」(佐藤氏)
コロナ禍で苦しむ"サービス事業者”をサポートする良い手はないか──佐藤氏が色々考える中で浮かんできたのがGoogle時代の同僚、倉岡寛氏が代表を務めるクービックだった。
コロナ禍の中、クービックをグループ化した真意
Coubicは"めんどくさいをなくす”をミッションに掲げたオンライン集客システム。ユーザーは登録したアカウントで予約と決済が一度にでき、サービスを提供する店舗や企業は、ネット予約、決済、月謝や複数回チケットでの集金、顧客管理などが行える。
現在、180を超える業種に対応しており、個人やスモールビジネスの人たち、そして業界大手・公共機関まで8万社以上の事業者が利用。また、ビデオ会議サービス「Zoom(ズーム)」と公式に連携し、オンラインレッスン予約を誰でもかんたんに実現できる機能や、「Googleで予約」にコンテンツを提供し、予約の簡易化も手掛けている。
「Google時代の同僚でもあり、業種も近いので倉岡さんとはよく事業の壁打ちなどをしていました。そうした中で新型コロナウイルスの被害が拡大し、サービス事業者にとっても大変な状況になってきました。事業者の役に立つためには(STORESとCoubicが)一緒に事業をした方がいいのではないかと思い、倉岡さんにグループ化の話を持ちかけたんです」(佐藤氏)
サービス事業者のデジタル化の需要が高まったこともあり、クービックの業績は過去最高を更新していた。だが、佐藤氏からグループ化の打診を受けた倉岡氏は「こういう状況だからこそ、みんなで大きな価値を発揮できることをやった方がいいと思います」と回答。もともとの信頼関係もあって話は一気に進み、今回の発表に至った。
「倉岡さんはGoogle時代、検索担当のプロダクトマネージャーを務めていて、当時から『社会に大きなインパクトを残す仕事がしたい』と言っていた人でした。クービック自体は数字も伸びていますし、黒字化していたので経営的にも困っていなかったのですが、彼の視野の広さと懐の深さで話が進んでいきました」(佐藤氏)
EC・決済・予約の「統合型」インフラこそが“勝ち筋”
クービックをグループ化したことで、ヘイはEC・決済の領域だけでなく、"予約”の領域までカバーできるようになった。これにより目指すのは「統合型」のデジタルインフラだ。
「例えば、freeeはバックオフィス周りの統合型ソフトウェアを提供していて、会計領域から入り、人事労務や経費精算など対応領域を横に広げていっています。ヘイも考え方は同じです。ECサービスや決済サービスも様々ありますが、どのサービスを使うか詳細に比較検討して決める人はほとんどいません。であれば、いろんな領域で比較検討が始まり、STORESブランドを想起してもらったら 、審査が共通化されていることから、最終的にすべてSTORESブランドで統一すればいいのではないか、となると思うんです」
「BASEやShopifyのように”物販”にフォーカスする専門性の強みもあると思いますが、そうではない山の登り方(事業の成長の仕方)もあると思っています。ですから今回、STORESのプラットフォームにCoubicが加わったことで、サービス事業者が簡単かつ安価に自社予約サイトを構築し、オンラインレッスン予約などにも即時に対応できるようになりました。ここから、さらに個人、スモールビジネスの人たちがすぐに活用できるデジタルインフラの提供に力を入れていければ、と思っています」(佐藤氏)
新型コロナウイルスの"第2波”が到来し、8月に入ってから飲食店とカラオケ店を対象に再び休業や営業時間の短縮が要請されるなど、個人、スモールビジネスの人たちがまたしても窮地に追い込まれそうになっている。そんな新型コロナウイルスによって大きなダメージ受けている人たちのデジタル化を支援すべく、組織規模も2倍の400人体制にする。
「まだまだ、やりたいことはたくさんあります。そのやりたいことを実現するには今以上にプロダクトを良くしていかなければいけないですし、プロダクトを良くしていくのは”人”です。だからこそ、人材の採用に積極的に投資していきます」(佐藤氏)
Just for Fun──ヘイが掲げる「楽しみ」によって駆動される経済の発展を実現していくためには、いかにヘイ自身が個人、スモールビジネスの人たちがコロナ禍を乗り越えるためのデジタルインフラになれるか、が重要と言っていいだろう。
「今はコロナ禍で困っている人たちをとにかく集中的に支援することが最重要です。ありがたいことに、僕たちのビジネスは社会から求められているものなので、BASEやShopifyを含め、みんなで個人、スモールビジネスの人たちをサポートしていければいいな、と思っています。競争している側面もゼロではないですけど、みんなで頑張っていく"健康な市場”ではあるので、その中でヘイが提供できる価値を常に考え続けていきたいです」(佐藤氏)