
- 「毎日の食事を豊かにしたい」が起業の原動力
- まとめて注文することで、配達コストを削減する
- 厳選された飲食店の料理を、店主の顔が見える形で伝える
- 個人店をエンパワメントし、毎日の食を豊かにする存在に
新型コロナウィルスの影響で外での食事が難しくなっている今、急速に注目を集めているのがフードデリバリーサービスだ。東京では街中でUber Eatsや出前館の配達員を見る機会が明らかに増え、芸能人を起用したテレビCMを打つ企業も出てきている。筆者はライター業と並行して都内で飲食店を経営しているが、3月末に加盟店登録を申し込んだUber Eatsは、登録完了までに2カ月もかかった。それほど申請が殺到していたということだろう。
そんなフードデリバリーサービスのマーケットに挑戦する新たな国内発スタートアップがシンだ。同社は8月6日、フードデリバリーサービス「Chompy(チョンピー)」を正式ローンチした。合わせて、合計6億5000万円の資金調達を実施したことも明らかにした。
「毎日の食事を豊かにしたい」が起業の原動力

Chompyの基本的な使い方は、Uber Eatsに代表されるフードデリバリーサービスとほぼ同じだ。アプリから好みの飲食店やメニューを選択し、決済を行えば、飲食店には専用アプリを通じて注文が入る。それと同時に、その時稼働できる配達員(契約形態は個人事業主。いわゆるギグエコノミーを活用する)に連絡が入るため、飲食店が調理した商品を配達員がピックアップし、ユーザーにとどけるというものだ。
手数料は、ユーザーが一律300円、飲食店は購入金額の30%となっている。2020年2月からベータ版としてノンプロモーションでサービス展開してきたが、正式版ローンチ時点でのサービスの対象とするのは、渋谷駅から約3km以内の飲食店。登録者数はこれまで約2万5000人、加盟飲食店は個人店を中心に約400店。
サービスを提供するシンは、2019年6月創業のスタートアップだ。今回、シードラウンドの資金調達として、ANRI、Coral Capital、DCM Ventures、Delight Ventures、GO Fundから6億5000万円を調達。創業直後に実施したDelight Ventures などからの調達と合わせて、累計で約9億円を調達したことになる。
シン代表取締役の大見周平氏はディー・エヌ・エー(DeNA)の出身。個人間カーシェアサービス「Anyca(エニカ)」の事業責任者や、子会社であるDeNAトラベルの代表取締役社長などを務めてきた。DIAMOND SIGNALではその前身媒体(現在は記事をSIGNAL内に移行)でシンの創業についても取材している。
その際にも触れているが、DeNA時代は渋谷の一等地(渋谷ヒカリエ)に勤務しているにもかかわらず、多忙なせいで食事を疎かにしていた。その経験や、日本の食文化を大切にしながら世界に誇れるサービスを作りたいという思いから、大見氏はフードデリバリーサービスで起業するに至った。
まとめて注文することで、配達コストを削減する
冒頭に挙げたUber Eatsや出前館など、複数のフードデリバリーサービスが乱立しているが、後発のChompyにはどんな特徴があるのか。
1つの目玉機能となるのが、「らくとく便」だ。これは生協などの生鮮食品の配達のように、近場の注文をまとめて届けることで配達コストを抑える仕組み。昼は10時59分、夜は17時59分までに注文すれば、1時間後以降の決まった時間に、配達料無料で料理を届けてもらえるというもの。
配達員が複数の飲食店の料理を中継地点まで運び、それをほかの配達員が自動車でまとめて各家庭に配達する。例えば5件の注文があった場合、通常なら5人の配達員が飲食店を経由してユーザーのもとに向かわなければならないが、らくとく便の場合は飲食店から中継地点まで料理を運ぶ配達員と、そこからまとめてユーザーを巡る配達員だけがいれば済む。
また、グループ注文にも対応する。同じ場所へ配達を行う場合、2人以上の注文で配達料が無料になり、4人以上の場合は幹事に5%のキャッシュバックが行われる。もともとオフィスなどでのグループ注文を想定してアプリを設計しており、複数ユーザーでカートを共有してメニューを選択するといったことにも対応する。コンビニ食が多くなりがちな渋谷周辺のビジネスパーソンのランチの選択肢としても好評で、ベータ版では週次の課金リピート率は約40%にものぼったという。

フードデリバリーの注文を躊躇する最大の要因は、高額な手数料だ。フードデリバリーではユーザーが支払う配達料に加えて、飲食店が負担する手数料が料理の価格に上乗せされることがほとんど。その結果、飲食店の店内で同じメニューを頼んだ場合と比べて、3割以上高額になるケースがほとんどだ。これに対してChompyでは、らくとく便を活用してもらうことで、配達コストを下げることを狙う。配達料を下げることで注文量が増えるのであれば、結果として飲食店からの手数料が増え、収益を確保できる。これで、ユーザー、飲食店、Chompyの「三方良し」のフードデリバリーサービスになることを目指す。
「フードデリバリーの手数料が高額になる主な原因は、配達員の人件費です。現在は、ピークタイムには時給換算で2500円程度稼げる値段でなければ人材が確保できないほど。らくとく便は通常より配達に時間がかかるのがネックですが、上手く巡回できれば配達にかかるコストを3分の1にまで抑えることができます。他社の定額サービスも認識していますがChompyでは飲食店、配達員、ユーザーの三者それぞれにとって適正な手数料でサステナブルなビジネスモデルを目指したいです」(大見氏)
大見氏が言うように、8月5日にはUber Eatsが配達料が月額980円になるサブスクリプションサービスを発表したばかり。同じくフードデリバリーサービスのmenuでも「menu pass」の名称で月額980円の配達サブスクリプションサービスを展開している。
これらはユーザーが支払う配達料の値下げには成功しているが、配達員の作業量は減少しない。むしろ、サブスクリプションの導入によって少額の注文が増えれば、配達員の負担増加につながる可能性があり、将来的には単価の低下などで彼らの報酬が減る可能性もないとは言い切れない。これらに比べてらくとく便は、飲食店・配達員・ユーザーそれぞれが無理なく利益を享受できるというわけだ。
厳選された飲食店の料理を、店主の顔が見える形で伝える
Chompyのもう1つの特徴は、厳選された加盟飲食店のラインナップにあると大見氏は語る。シンは商品ラインナップや既存の評判といった多角的な評価軸に基づいて、店舗を掲載するかどうか判断している。
「掲載希望の飲食店から多数ご連絡をいただいていますが、そのうちの約7割はお断りしています。私たちが目指しているのは『美味しくない店は存在しない』状態です」(大見氏)
また、店舗ページでは店長の顔写真とともにおすすめ商品やコメントを掲載し、飲食店の個性が見えるUI設計を心がけているという。その背景には、「現状のフードデリバリーでは多様な美味しさを提供できていない」という問題意識があるからだ。
一般的に、フードデリバリーサービスの注文画面は、全国展開のチェーン店から個人店まで一律で表示されることが多い。そのため各店の特徴を見分けづらい。その結果、味を想起しやすいチェーン店の料理を注文してしまうことも少なくないだろう。
「お店の空気感や雰囲気といった実店舗で得られた情報はアプリ上では手に入らないため、飲食店ごとの特色を把握するのは困難です。顔写真やコメントを入れているのは、そうした情報を少しでも感じ取ってもらうため。まだまだ至らない点は多いですが、各店舗の魅力を最大限に引き出せるサービスを目指しています」(大見氏)

個人店をエンパワメントし、毎日の食を豊かにする存在に
今後はアプリの受付時間を延長するとともに、対応地域を徐々に拡大していく。具体的な拡大ペースは明かされなかったが、一気にエリアを拡大する予定はなく、地域ごとにマネタイズできる状態を作ることを優先するという。
新型コロナウィルスの拡大によって一気に注目を浴びたフードデリバリーだが、今後もその流れは続くと大見氏は予想する。また、アマゾンや楽天ばかりが目立っていたEC領域にBASEやSTORESが登場し、個人や中小のネットショップが増えたように、これからは飲食業界でも「個人化」が進むと指摘。もともと外食産業における全国チェーンの割合は高くなかったが、フードデリバリーの登場によって作り手とエンドユーザーとつながることがより大事になると見込む。
「こうした流れを踏まえると、(ECでもSEOが重要視されるように)これからはフードデリバリーサービスのトップに表示されることが、『駅前の一等地に店を構えること』と同じくらい重要になるでしょう」(大見氏)
しかし、現状ではその位置をチェーン店が占めているケースがほとんど。そんな中で、各店舗の魅力がはっきり伝わるようにし、個人店をエンパワメントすることがChompyの役割だと大見氏は言う。
売り上げなどの数値的な目標は明らかにしていないが、大見氏はChompyの長期的な目標について「週に2回以上利用する、日常に寄り添ったフードデリバリーサービスに成長させること」だと説明する。
「現状では、フードデリバリーの利用頻度はせいぜい月に2回程度でしょう。しかし、価格やUIを改善していけば、より身近な存在になるはず。Chomyを通じて魅力的な飲食店を発見してもらい、毎日の食を豊かにできればいいと思っています」(大見氏)