
- withコロナ時代の“日常”が回復しつつある中国
- 次の動画プラットフォームとして存在感示す、中国版TikTok
- 急伸するTikTok、米・印での苦悩
- DXとグローバル化で大きく動く近隣国のエンタメ
本稿はクオンCEOである水野寛和氏による寄稿だ。クオンはメッセンジャーアプリなどで使われる「スタンプ」にはじまり、さまざまなデジタルキャラクターの制作、IPビジネスを日本およびアジア圏を中心に展開している。そんなクオンの水野氏は、中国や韓国の動向から、日本のエンタメ・コンテンツビジネスに対して、DXとグローバル化の重要性を訴える。
私が代表を務めるクオンは、2011年に創業したネット発のキャラクター会社だ。2013年頃から世界中のメッセージアプリと提携して(日本のLINE、米国のFacebook、中国のWechat、韓国のKakaoTalk、ベトナムのZalo、インドのHike)、スタンプなどのデジタルコンテンツを国内外で一気に流通させ、スタンプのダウンロードは全世界で35億件(無料、有料含む)を突破している。
そして、ネット上での認知度をテコにキャラクターのライセンスビジネスを推進している。現在、日本以外に中国、タイに支社があり、ベトナムにも支社を設立予定だ。クオンは従来のキャラクター業界の常識と比較して、デジタル化とグローバル化に振り切って事業を推進してきた。それ故に、デジタル化、グローバル化の良い部分と難しい部分の両面を身をもって経験している。
今後、多くのエンタテインメント企業が、コロナを乗り越える為の戦略としてデジタル化、グローバル化に直面していくのは間違いない。直近では自社主催のイベントでも話す予定だが、この記事では、クオンが経験したことや考えていることをシェアする事で、日本のエンタメ企業にとって何かしらのヒントやきっかけになれば、と思っている。
withコロナ時代の“日常”が回復しつつある中国
世界を見渡すと、8月6日時点の統計(Googleが保健省庁、The New York Times、WHOなどのデータを集約したもの)によると、新型コロナウイルスの感染者数1位は米国で490万人、2位のブラジルが286万人、3位のインドが190万人と続き、今年2月ごろに大流行した中国は30位(8.4万人)、日本は49位(4.2万人)となっている。
もちろん、日本でも現在、第二波と言われるようにコロナ感染者が再び増加しているので、安全という訳では全くない。しかし、ファクトベースで世界の中で比較すると、日本をはじめとした東アジアは、現時点では、世界の中でも影響が少ないエリアと言える。
中国では、4月ごろから生活が通常の状態に戻りつつあり、当社の上海支社(WeWork)も5月からは通常通り週5回のオフィス出勤に戻った。事業売上も4月にはコロナ前の12月同レベルまで回復している(もちろんECサイト、キャラクターライセンスなど影響が少ない事業ではあるが)。また、コロナ前の段階で、世界で最もDX(デジタル・トランスフォーメーション)が進んでいたのも、withコロナ時代に中国の経済・日常が一気に回復してきているポイントだ。
アプリを通じた飲食店のテイクアウトやデリバリーはコロナ前に当たり前の日常体験になっていたし、ECもモールでユーザーが自ら検索して買うだけではなく、ソーシャルメディア経由での購入や、ライブ配信動画アプリ経由でのライブコマースなど、ユーザーのエンタメアプリ導線の中に、「モノを買う仕組み」が組み込まれていた。店舗、デリバリー、テイクアウト、ECでとオンライン・オフラインを問わずに簡単に決済できるAliPayなどQRコード決済の普及もコロナ前の話だ。
そして、コロナ禍でのエンタメ領域の状況として、「抖音」(TikTokの中国版アプリ)や「快手」などの短尺動画アプリが大きく売上を伸ばしたことにも、中国のコンテンツの行方をうらなうヒントがある。
次の動画プラットフォームとして存在感示す、中国版TikTok
日本だと、まだまだ「若者のエンタメアプリ」という認識のTikTok。だが、本国の抖音では利用世代も広く、企業も公式アカウントを開設するなど、新しい動画のプラットフォームとして台頭してきた。
メインコンテンツである短尺動画だけでなく、ライブ配信(投げ銭)、ライブコマース、ECなどの機能やコンテンツを組み合わせて、次なるユーザー体験を提供している。コロナ禍では、淘宝(タオバオ)や、京東(JD.com)といった従来のEコマースサイトもライブコマースによって大きく売上を伸ばしているが、エンタメを起点にした短尺動画やSNSアプリがライブコマース市場の中で大きく存在感を示したのは大きい。
コロナ禍でのライブコマースでは、もともと、若者に人気のあった配信者だけではなく、中国最大手の旅行代理店 Trip.comの代表や、閉鎖された百貨店の店員さんによる配信・販売など、配信側、購入側、双方の幅が広がった。
加えて、春節に公開予定だった映画「ロスト・イン・ロシア」が、映画館閉鎖に伴い、抖音内で完全無料公開されたこともニュースになった。「ロスト」シリーズは、興行収入200億円を越える人気作だが、抖音を運営するByteDanceが約100億円の費用で配信権利を獲得したと報道されている。
もちろん、これは映画館にとってはネガティブな状況だ。業界団体は、映画全般を管理する「中国国家映画局」に対して配信についての抗議・嘆願をしたとも報道されている。だがwithコロナの時代において、エンタメ・コンテンツの各プレイヤーが、自らのできる範囲で、どれだけ即座に行動すべきかを表した例とも言える。
これらの中国の事象は、日本に置き換えて、今後の展開を考える意味でも価値があるし、日本から直接、中国市場に乗り込んで、コンテンツを輸出するという選択肢も考えられる。ちなみに中国法人などを通じて抖音でのコンテンツ配信は可能で、クオンでも、昨年10月からADKエモーションズ、ファンワークスと共同でショートアニメ「破裂蛋蛋君」の配信開始している。

また、中国大陸だけでなく、台湾では、5〜6月の2カ月間の新型コロナ感染者数はわずか10名程度で新型コロナの封じ込めに成功しており、小売店、カフェ、イベントなどが続々と復活している。
日本国内のイベントを後回しにして、台湾でのイベントを優先するといった日本のアニメ・キャラクターコンテンツメーカーの話も聞こえており、実際、当社のキャラクターで台湾で人気のある「うさぎゅーん」は、6月10日から、台湾のパートナー主催で、期間限定カフェとポップアップストアを、大々的にオープンした。残念ながら現地には渡航できないのだが、渡航しなくてもコンテンツは拡げられる一例といえる。
急伸するTikTok、米・印での苦悩
世界全体のデジタルコンテンツを相対的な力学で捉えた際にも、日本より先にwithコロナ時代に突入した東アジアのプレイヤーの動向や取り巻く環境の変化は、良くも悪くも非常に参考になる。
コロナ禍でさらに大きく成長した中国のByteDanceや短尺動画アプリ企業は、中国の次に明らかに米国市場を狙っている。ByteDanceは、5月18日には、米The Walt Disney Company(以下、Disney)で動画配信事業の責任者を務めたケビン・メイヤー氏をCOO(最高執行責任者)兼米TikTokのCEOに迎えたと発表した。
このまま、世界中にプラットフォームを拡大するかと思われたTikTokだったが、7月7日に米国のトランプ大統領は、TikTokの米国内での使用禁止を政府内で検討していると認めた。またMicrosoftやTwitterとの買収交渉に関する報道も続いている。もともと中国国内向けの抖音とグローバル向けのTikTokは別運営されているが、中国資本であること自体が大きなリスクになってしまった。
また、中国との国境付近での軍事的紛争が発生したインドでは、米国に先んじて、TikTokの使用を禁止した(他にもWechatなども禁止している)。インドにおけるTikTokのダウンロード数は6億件以上。10億ドルの投資やデータセンターの開設を計画していたと報道されており、ByteDanceに取ってはかなりの痛手ではないだろうか。
その隙をついて、Facebook社は、インドを狙う。インドでTikTokが禁止になったタイミングで、Instagramの「Reels」の機能がテスト的に解放された。
Reelsは、TikTokのようなUI/UXの機能で、先んじてブラジルなどでテストローンチされていた。中国発のデジタル・プラットフォームは、コロナ禍で大きく伸びている一方で、混乱する各国の社会情勢を背景に、利用が制限されていく事が予想される。中国発のプラットフォームに限ったことではないが、国の分断がプラットフォームに影響する状況は、しばらく続くのかもしれない。この機能は米国時間の8月5日に正式ローンチしており、すでに日本でも多くの投稿が行われている。
DXとグローバル化で大きく動く近隣国のエンタメ
プラットフォームがグローバルで分断されている今、エンタメ・コンテンツ領域のプレイヤーはどのように動くべきなのか? 中国と同じく一足先にwithコロナ時代に突入した韓国のエンタメ産業にもそのヒントがあるのではないだろうか。コロナ禍で視聴者数を増やしているNetflix上では、韓国の放送局や制作会社発のドラマが多数配信されており、日本でも「愛の不時着」「梨泰院クラス」などがこの数カ月で大人気になっている。
韓国エンタメ産業は、Netflix上でのドラマコンテンツに加えて、コロナ前から米国を席巻していたBTSやBLACKPINKなどのアーティストによる音楽コンテンツや、米国アカデミー賞を獲得した「パラサイト」などの映画コンテンツ、梨泰院クラスの原作にもなったウェブトゥーン(デジタルコミック)コンテンツなど、世界へのコンテンツ供給国としてのポジションを確立して来ている。また、中韓政治情勢悪化により、一旦閉まっていた韓国コンテンツの中国市場への輸出も、この状況下で再度加速するだろう。
翻って日本のエンタテイメント産業を見てみれば、引き続き厳しい状況にあるのは間違いない。産業や文化の存続のために、政府による支援や業界全体での支え合いが行われることを願ってやまない。だが一方で、今までの慣習ややり方を捨て、真の意味でDXし、グローバル対応しなくては生きていけない状況にもうなっているのだとしたら……。少なくとも近隣国のプレイヤーは、たくましく変化して、withコロナの世界に対峙している。