MOSH代表取締役社長の籔和弥氏 すべての画像提供:MOSH
MOSH代表取締役社長の籔和弥氏 すべての画像提供:MOSH
  • スマホで手軽にサイト作成、予約や顧客管理などの仕組みをワンストップで提供
  • Zoomレッスンで月商が600万円近くになった例も
  • スマホ+SNS時代における、個人向けサービスEC
  • ホームページ作成ツールからのスタートに「なんで今さら?」
  • 目標は「情熱がめぐる経済」を作ること

「BASE」や「STORES」は簡単にネットショップを作って物販ができる仕組みを提供して、個人や小規模事業者のチャレンジを後押しした。これらのツールの“サービス業版”ともいえる、個人向けのサイト作成・予約受付システム「MOSH(モッシュ)」が事業を拡大させている。

MOSHでは個人が好きなことや得意なことを“サービス”というかたちで販売できる。コロナ禍においては様々な業界で対面でのサービス提供が難しくなったこともあり、MOSH上で自分の知識をデジタルコンテンツにして販売したり、Zoomと組み合わせてオンラインレッスンを提供したりする個人事業主が急増した。

2020年2月末時点で5000人だった事業者数はわずか3カ月で2倍の1万人を突破。4月にはサイト内の予約・取引件数が前月比で約260%増、流通総額も198%増を記録し、この数字は5月以降もさらに伸び続けている。

スマホで手軽にサイト作成、予約や顧客管理などの仕組みをワンストップで提供

冒頭でも触れた通り、MOSHはサービス業版のBASEやSTORESと考えるとわかりやすい。

スマホから自分の本拠地となるホームページを作成し、決済付き予約機能や顧客管理機能などを用いて有料のオンラインレッスン、月額制のコンテンツなどを簡単に販売できる。

ブログやSNSと連携させればホームページの内容を充実させることにも繋がるし、単発だけでなくサブスク型のサービスをラインナップに加えればビジネスの幅が広がるかもしれない。MOSHにはその際に必要となる機能が全て備わっている。

使いこなすのに高度なコーディングスキルなどは一切不要。スマホさえあればいい。運営元のMOSH代表取締役社長・籔和弥氏は同サービスの特徴を「サービス業を手がける個人の方にとって必要な機能がひと通り備わっていて、なおかつスマホから簡単に使えること」だと説明する。

サービス業であればどんな職種でも使える余地があるので、MOSHのユーザーはヨガやフィットネスのインストラクターをはじめ、ネイリストやスタイリスト、ミュージシャン、ダンサー、アスリート、イラストレーター、フローリスト、鍼灸師など幅広い。1万人を超えるユーザーの約8割は女性で、PCを持っていないという人が多いのも面白いポイントだ。

MOSHの代表的な機能

籔氏によると、従来はほとんどのユーザーが対面のサービスを販売する用途で使っていたものの、コロナ禍で状況が一変。オンラインレッスンや無観客ライブ配信のための利用が増えるなど、MOSH内でもビジネスのデジタル化が加速した。

2018年からMOSHを活用する、あるパーソナルスタイリストはまさにその代表例だ。もともとMOSHとSNSを駆使して月間100万円以上の売上を上げていたが、コロナの影響を受けて月額制のメールマガジンやデジタルコンテンツの販売、Zoomのオンライン診断などウェブ完結型のメニューを加えたところ月商が250万円を超えた。

「個人の発信力に最大限レバレッジをかけようと思うと、オフラインのサービスだけでは足りません。InstagramやTwitterのフォロワーの中には、実店舗には来れないけれどPDFのコンテンツは買いたい、Zoomを通じてサービスを受けてみたいという人もいます。消費者のニーズやユースケースに合わせて複数のサービスを提供できれば、機会損失も減らせる。オンラインを上手く組み合わせることで個人事業主の人たちは商圏を広げられます」(籔氏)

Zoomレッスンで月商が600万円近くになった例も

こうした事例が続々と生まれ始めている。4月にMOSHを使い始めた著名フィットネスインストラクターは、リアルな場でのレッスンが難しくなったため、MOSHとZoomを使った月額1万3000円のオンラインレッスンに着手した。するとたちまち500人以上が参加する人気レッスンに。個人運営ながら月商は600万円近くにまで拡大した。

ユニークな例としては「オンライン瞑想」の予約にも使われている。リアルな場で早朝に瞑想の講座を開いていた指導者が、その様子をInstagramの鍵アカウントを通じて配信する。月額1000円のため自宅から気軽に参加でき、数十人が登録しているそうだ。

こうしたオンラインサービス提供の仕組み自体は以前からMOSH内に存在していたものだが、籔氏の話では「モチベーションが高い一部の人を除いて、ほとんど使われなかった」という。事実、今でこそMOSHを使って販売されるサービスの約7割がオンライン型のものになっているものの、昨年末時点では9割以上がオフライン型だった。

「サロンやスタジオなどのリアルな場所に所属されている方も多く、オフラインでやることを非常に大事にしていました。そのため以前はオンラインサービスを提案しても断られることが圧倒的に多かったんです。ただコロナの影響で店舗がストップしてしまったことを機に、自分のSNSを活かしてオンラインでビジネスをしてみようという人が増えました。実際に試してみると顧客からの反応も良いので、『これからはオフライン+オフラインの形がスタンダードになるよね』と認識が変わった人も少なくない。今まではごく一部の人のみが共感していた考え方が、この数カ月で一気に共通認識になった印象です」(籔氏)

MOSHでは個人のオンラインサービス提供を後押しするべく、5月にはサービスの予約が入るとZoomミーティングが自動で作成される「Zoom連携機能」を実装した。これは今や多くのユーザーが利用する人気機能にもなっている。

オンラインでのサービス提供の需要が高まり「流通総額」、「予約・取引件数」ともに急増した

スマホ+SNS時代における、個人向けサービスEC

個人がオンライン上でサービスを販売できるツールはMOSHだけに留まらない。先日ヘイがグループ会社化したCoubic(オンライン予約システムを展開)はこの領域の先行プレイヤーに当たるし、既存ツールを組み合わせても同じようなことができる。

実際にMOSHユーザーの中にも以前はCMS(コンテンツマネジメントシステム)の「WordPress」やウェブサイト作成サービスの「Wix」などに決済ツールを紐づけたり、「Peatix」などのイベント系ツールを活用したり、BASEやSTORESでサービスを出品したりすることで対応していた人もいるようだ。そういったユーザーがMOSHを使うようになったのはなぜだろうか。

「複数のツールを使い分けながら、自分でホームページを立ち上げて(単発や月額サブスクなど)数パターンのサービスを提供し続けることは多くの人にとって難易度が高い。『MOSHではそれがスマホから、ワンストップで簡単にできる』と説明すると気に入って頂けます。初期は単発のサービスのみであったとしても、事業の延長線上に月額プランや回数券、デジタルコンテンツ販売などの展開を考える方がほとんどです。将来的に必要になるものも含め、基本的なユースケースに沿った機能を取り揃えているので(複数の選択肢で比較された際にも)選んでもらえていると思っています」(籔氏)

「ココナラ」や「ストアカ」を始めマーケットプレイス型のスキルシェアサービスも複数存在するが、今の所は競合することもほとんどないそう。集客を期待してこれらのツールと併用するユーザーも中にはいるが、MOSHは基本的に自分のフォロワーにサービスを提供することを目的としているため、用途が異なる。

また同サービスは初期費用がかからず手数料も3.6%と手頃なのも特徴だ(通常は8%だが現在は割引中)。スキルシェアサービスの多くは、10%〜数十%ほどの手数料が発生することが多いため、これらとに比べてもハードルが低い。その反面、スキルシェアサービスのようなポータル機能がないため、SNSを全くやっていないユーザーにとっては集客面で使いこなすのが難しいツールと言えるだろう。

この点について、籔氏はMOSHの開発にあたって「『スマホおよびSNS全盛期』における、個人を主役にしたサービスECの最適解を作ること」を意識したと話す。

「これからはスマホとソーシャルの時代というのは数年前から言われてきましたが、個人がスキルや経験をネット上で売れる『サービスEC』の領域には、このスマホ+ソーシャルの思想で設計されたプロダクトがまだ存在しないのではないかと考えました。たとえば物販であればBASEやSTORESが該当しますが、サービスECにはない。だから今からでも十分にニーズやチャンスがあると思ったんです」(籔氏)

ホームページ作成ツールからのスタートに「なんで今さら?」

ホームページ作成ツールに予約受付機能と顧客からのレビュー機能を搭載したものーー。MOSHはとてもシンプルなサービスとして、2018年2月に正式ローンチを迎えた。

ホームページを作る手段としてはWordPressやWixなどいくつもの選択肢があったので、投資家に話をした際にも「なんで今さら」「Web1.0の時代じゃないんだから」なんてリアクションが返ってくることも珍しくなかったという。

初期のMOSHのランディングページ

「個人事業主の方にインタビューを繰り返す中で『SNSをやり始めてだいぶ盛り上がってきたので、次のステップとして自分でホームページを持ちたい』という声をたくさん聞きました。ITに詳しい人なら既存のツールで十分だと思うかもしれませんが、事業主の方は初めてチャレンジするという状態です。『簡単にホームページを作りたいけど難しい』と話す方が多かったので、まずはその障壁をなくすことから始めようと考えました」(籔氏)

ターゲットとなる個人が必要としていたのは、スマホで簡単にホームページを作れるサービス。MOSHの開発にあたってはドメインの取得やサーバーの構築、サイトのデザイン、予約サービスとの連携などユーザーに少しでも「難しい」と思われる要素をなくすことを心がけた。

たとえばデザインのカスタマイズ機能などはあえて省き、後に実装した決済や月額サブスク機能なども最初は取り入れなかった。必ずしもネットが得意ではないユーザーでも、迷わず使えるようにするためだ。

目標は「情熱がめぐる経済」を作ること

籔氏がこの領域で事業を立ちげたのは、約3年間務めた前職のRettyを退職した後、世界一周の旅の途中で東南アジアを訪れた際に目にした光景が大きく影響している。

そこではUberやGOJEKといったギグエコノミー型のサービスが日常的に使われていて、それらのサービスが個人をエンパワメントしている様子を肌で感じた。

「(ギグエコノミー型のサービスを含めて)広義のCtoCサービスがこれからさらに普及すると感じました。同時に現地では20〜30代の人がSNSを通じて自分が好きなこと、やりたいことを情熱的に発信しているのがすごく印象的で。SNSによる情報発信が加速していく世界において、個人がパッションを持っていることを仕事にしたい思った際に、どんなサービスがあれば応援できるかを考えるきっかけになりました」(籔氏)

籔氏の知人の中にはクリエイティブ関連の仕事をしていたり、農業を営んでいたりと個人で活動している人も多いそう。「すごく努力しているものの、収益を上がるのに苦労している」状況に籔氏自身も何かできないかと感じていたため、個人をエンパワメントできるサービスには元から興味があった。

またMOSHのアイデアをプロダクトに落とし込む際には、Retty時代のサイドプロジェクトでの経験も活かされている。神楽坂にある予約の取りづらい割烹料理屋で外国人客と会話をした際、「日本人の友人を何人か経由して代理で予約を取ってもらった」という話を聞き、外国人向けの予約代行サービスを思いついた。

籔氏が作っていた外国人向けの予約代行サービス

英語で簡単なランディングページを作成し、オンライン決済の仕組みと連携。自身のInstagramを使って集客をしたところ、20人ほどから依頼がきた。同じような体験をいろんなジャンルの個人がもっと簡単にできるようになれば便利ではないかーー。その構想をブラッシュアップして生まれたのがMOSHだ。

ローンチから約2年半が経ち、現在のMOSHは当時に比べて機能面でもトラクションの面でも大きく進化してきている。

今後は「個人がオフラインとオンラインを滑らかに組み合わせることで、商圏を広げられる基盤」を作るべく、新しい機能追加や細かい使い勝手の改善を進めていく計画だ。サービスの成長に伴い、個人を束ねる法人や店舗からの引き合いも増えてきているため、両者が上手く共存していくための「法人向けのサポートツール」の開発にも取り組むという。

「個人事業主のビジネスのやり方も日々変わっていくので、最先端の人たちの使い方を見ながら自分たちも常にアップデートし続けたいと思っています。MOSHのミッションは『情熱がめぐる経済をつくる』こと。エッジの効いた個人の方々が多様性あるサービスを提供できるように、極限までサポートしていきたい。そしてその情熱がMOSHを通じて顧客にも巡っていくような、そんなプラットフォームを目指していきます」(籔氏)