「picki」のサイトイメージ すべての画像提供:picki
  • 生産プロセスのコンテンツ化で「売る前から売れるモデル」を確立
  • 先行予約開始から3日で700万円分の注文が入る事例も
  • ブランドの拡充に加え、アパレル企業のDX支援やM&Aも計画

出版社の編集者が企画の段階から作家に伴走して作品をプロデュースしていくように、“インフルエンサーのアパレルブランド立ち上げ”を全面的に支援するーー。ファッションD2Cプラットフォームをうたう「picki(ピッキー)」が担っているのはそんな役割だ。

同サービスではノウハウを持っていない個人でもオリジナルブランドを作れるように、企画から生産、物流、販売までの各工程に必要となる人材や仕組みをまるっと提供する。

昨年10月からインフルエンサーと共同で複数のブランドを手がける中で、先行予約開始から3日で約700万円分の注文が入った事例など徐々に成功例も生まれてきた。今後はたまった知見を活用し、新ブランドの立ち上げやアパレル事業者のデジタルシフトを進める計画だ。

そのための資金として、運営元のpickiでは8月18日にサイバーエージェント・キャピタル、セゾン・ベンチャーズ、個人投資家から総額で1.2億円を調達したことを明らかにした。同社ではシードラウンドでサイバーエージェント・キャピタル、Coral Capital 、VOYAGE VENTURES、コルク、GOなどから約6000万円の資金調達を実施済み。今回はそれに続くプレシリーズAラウンドとなる。

生産プロセスのコンテンツ化で「売る前から売れるモデル」を確立

pickiはインフルエンサーのもの作りを支援するプラットフォームだ。社内にデザイナーやMD(マーチャンダイザー)、クリエイティブディレクターなどのプロフェッショナルを抱え、コンセプトの立案から商品が消費者の手に届くまでをプロデュースする。

最初の工程は同社の編集者がインフルエンサーの原体験を深く掘り下げ、ブランドのコンセプトを一緒に練っていくところから。picki代表取締役の鈴木昭広氏は「ブランドの軸となる世界観を整理して、それを服の形で表現するという観点では自分たちの仕事も編集だと思っています」と話していて、この工程がオリジナルブランドを作っていく上でも大きなポイントになるという。

picki代表取締役の鈴木昭広氏
picki代表取締役の鈴木昭広氏

その点pickiには出版社のコルクが株主として参画しているのも興味深い。原体験を聞く際には同社の代表を務める佐渡島庸平氏直伝の“質問集”を用いるなど、プロ編集者の知見も取り入れられている。

コンセプトを固めた後は具体的な企画からデザイン、生産へと進んでいくが、pickiでは一連の過程を記事や動画などの「コンテンツ」にして配信する。SNSを軸とした個人ブランドでは「いかに熱量の高いファンコミュニティを構築できるか」がカギを握り、そのためには服を作るプロセスにファンを巻きこむことこそが重要だからだ。

「この記事についてどう思うか」「服の型はどうか」など、各プロセスごとにオンライン上でファンの意見を求めるだけでなく、試着会などのリアルなイベントで直接フィードバックをもらう。当事者として一緒にストーリーを作り上げる体験を通じて愛着や共感が深まるからこそ、鈴木氏いわく「売る前から売れるモデル」が成立する。

pickiではそのように出来上がった完成品を主に「予約販売形式」で提供。注文が入ったあとで生産する仕組みを採用することで、在庫リスクも減らせる。

ファンに情報を共有しながらブランドを作っていく

このモデルを実現する上では、中国の協力工場の存在も大きい。通常は難しい100枚などの小ロット生産にも柔軟に対応できるため、個人ブランドの要望にも応えられる。

鈴木氏はpickiを始める前に韓国や日本でアパレルOEM会社を経営していた人物だ。その後「世界に挑戦できるような事業をやりたい」という思いから、約1年半の間に世界50カ国以上を回った。その期間を通じて海外では日本のものづくりが高く評価されていること、アメリカではD2Cモデルのブランドが勢いを増していることを知り、この領域なら自分でも挑戦できると考え2017年に創業したのがpickiだ。

従来のアパレル産業では分業体制が進んでいたため、消費者の手に商品が届くまでに複数のプレイヤーが介在していた。商社やメーカー、卸売、小売店など中間業者が増えるほどコストも膨れ上がるが、pickiでは一連の業務を全て同社が担うため発生するマージンも少ない。結果としてインフルエンサーにより多くの収益が還元される仕組みを作れているという。

先行予約開始から3日で700万円分の注文が入る事例も

pickiでは昨年10月よりブランドの本格展開を始め、現在は4つのブランドを運営中だ。

必ずしも全てのブランドが大きな成長を遂げたわけではなく、現在は休止中のものもあるが、Instagramで28万人以上のフォロワーを抱えるモデルの瀬戸あゆみ氏が立ち上げた「Dear Sisterhood」のような成功事例も生まれ始めている。

同ブランドの服は展示会実施後に先行予約の受付を始めたところ、3日で約700万円分の注文が入った。一般的に60%ほどと言われる在庫消化率も96%と高い数値を叩き出したという。

「今までは店頭に並べてみてからでないとお客さんの反応がわからなかったので、『売る前から売れる』ということはありませんでした。pickiでは企画段階からそのストーリーを見せていくことでエンゲージを高めつつ、お客さんの反応を見ながら生産していくことでその仕組みを変えた。『ブランドを科学する』ことを意識しながら試行錯誤を続ける中で、ようやく思い描いていたビジネスモデルが成り立つことを証明できたのかなと思っています」(鈴木氏)

ブランドの拡充に加え、アパレル企業のDX支援やM&Aも計画

今後pickiでは蓄積してきたナレッジを横展開しながら事業を拡大していく計画。個人ブランドについては「年商1億円規模のニッチなブランドを100個生み出すこと」を長期的な目標に掲げつつ、まずはロールモデルとなるような成功事例を作ることが当面のミッションだ。

直近では新型コロナウイルスの影響でリアルなイベントの開催などが難しくなったこともあり、新しいマネタイズ手段としてブランド作りに興味を示す芸能事務所やインフルエンサー事務所からの問い合わせも増えてきているとのこと。当初はフォロワーが数万人規模の個人ブランドが中心だったが、これからはマスメディアなどに登場する芸能人がオリジナルブランドを作る際にpickiをパートナーに選ぶという例も出てくるかもしれない。

pickiではアパレル企業のデジタルシフトを支援する事業を5月から始めた

またpickiではインフルエンサーブランドの運用経験を活かして、アパレル企業のデジタルシフトを推進するサポートにも取り組む。これはアパレルの生産、SNSブランディング・動画制作・運用、データマーケティング、キャスティングを含めた販促企画など、オンラインでのブランド運営に関わる業務を一括してサポートするというものだ。

すでに卸売をメインにしていたメーカーなど数社のサポートを始めているが、引き続きコロナ禍で事業構造の変革を迫られた企業などのDXにも伴走していく方針。同時にブランドのM&Aなども視野に入れていくという。

インフルエンサーによるD2Cアパレルが成功するカギは何なのか。鈴木氏は「フォロワーの交換」という言葉で、自説を語る。

「影響力のある個人やブランドがコラボすることで、双方のフォロワーが交換されて成長が加速していく。複数のブランドが一緒になって合同展示会を開催することで、お互いの関係者や顧客が行き来してそこにバイラルがかかっていく。実際にそんな事例が生まれてきました。ゆくゆくはそのような変化が起こる基点となるような、(個人ブランドに加えて支援先の企業ブランドなども集まった)プラットフォームにしていければと考えています」(鈴木氏)