
- プレパラートのデジタル化から遠隔診断まで、病理医をトータルで支援
- PidPortのルーツは九州大学の非公認サークル
- 病理現場のデジタルシフトを支援、製薬企業などからの引き合いも
- 日本ではデジタル化の基盤整備に注力
新型コロナウイルスの影響を受けて、さまざまな業界で業務のデジタル化が加速している。これまでオフラインが主流だった「病理診断」もそのひとつだ。
従来は病理組織・細胞のガラス標本(プレパラート)と顕微鏡を用いて、病院内で病理診断を行っていた。そもそも病理専門医は日本で約2500人しかおらず専任の医師がいない病院も少なくないため、1人の病理医が複数の施設を周りながら診断をすることも珍しくない。
ただコロナ禍においては、今までと同じようにオフラインで業務を進めるのが難しくなった。現場でも業務のデジタル化のニーズが高まっている。
2018年設立のメドメインは、そんな「病理診断のデジタルシフト」を推進するスタートアップ。プレパラートをデジタルデータに変換する事業に加え、遠隔診断やAIによる病理画像解析機能などを搭載したソフトウェア「PidPort(ピッドポート)」を提供することで病理医と患者双方の課題解決を目指している。
そのメドメインが、さらなる事業拡大に向けて複数の投資家を引受先とする第三者割当増資により約11億円を調達したことを明らかにした。同社では2018年8月にディープコアとドーガン・ベータから1億円を調達済み。今回はその2社からの追加出資に加えて、病院グループのほか事業会社やVC、個人投資家などから新たに出資を受けた。
- 福岡和白病院グループ
- 国際医療福祉大学・高邦会グループ
- QTnet
- Hike Ventures
- みらい創造機構
- Hike Ventures SPV1(Hike VenturesによるSPV(Special Purpose Vehicle)、つまりメドメインへの出資を目的とした専用ファンド。このスキームを活用して複数の病院経営者などが出資をしている)
- 個人投資家
- ディープコア(追加投資)
- ドーガン・ベータ(追加投資)
プレパラートのデジタル化から遠隔診断まで、病理医をトータルで支援
現在メドメインでは大きく2つのサービスを展開している。1つが標本プレパラートのデジタル化を支援するイメージングセンター。もう1つがSaaSのPidPortだ。

このPidPortにはデジタル化した病理画像データを管理する「クラウドストレージ」、オンライン上で病理医に診断依頼ができる「遠隔病理診断」、そして病理画像データをAIがスクリーニングすることで病理医を手助けする「AI画像解析(病理AI)」が内包されている。
病理AIについては日本では薬事承認が必要になるため、2月から海外向けに先行して提供を始めた。そのため国内については病理AI以外の機能が使える状況だ。
病理のデジタルシフトを進める上では、AIで画像解析するにしろ遠隔にいる病理医に診断を依頼するにしろ、プレパラートをデジタルデータに変えることが前提になる。病理の領域ではこの「デジタルデータ化」がネックとなり、業務のオンライン化やAI解析ソリューションの実用化もなかなか進んでこなかった。
背景にあるのがデジタル化に伴うコストだ。専用のスキャナーは通常1000万円以上するため導入ハードルが高く、外部に依頼する場合の平均的な相場は1枚あたり2000〜3000円。やりたくても手が出せなかったという医療機関も多い。
そこでメドメインではオフラインのイメージングセンターを自社で開設し、医療機関などから送られてきたプレパラートを1枚あたり数百円でデジタルデータへ変換する仕組みを作った。そこでデジタル化した病理画像データをPidPortに取り込むことで、普段の業務をもっと効率よく進めることも可能になる。
たとえば病院で顕微鏡を使って行っていた診断やコンサルテーションがPidPort上のビューワーを用いてオンラインで実施できるようになれば、時間や場所の自由度が上がり病理医の働き方も柔軟になる。病理医が不足しているエリアでも遠隔診断を活用することにより、患者へ迅速に診断結果を伝えられるようになるだろう。
日本でも“病理医の診断支援ツール”としてAI画像解析が実用化されれば、医師の診断工数を削減するだけでなく、人間が気づきにくい病気を発見する効果も見込める。

PidPortのルーツは九州大学の非公認サークル
メドメインは代表取締役の飯塚統氏が九州大学医学部に在学中の2018年1月に立ち上げた、九大発スタートアップだ。
飯塚氏はもともと物理学者になることを志していたが、18歳の時に持病の腎臓病で入院。その経験をきっかけに医学への関心が強くなり、研究医の道を目指すべく九大の医学部に進学した。
転機になったのは、医学部の友人と「九州大学医学部物理学科」という非公認サークルを作ったことだ。所属していた数理医学研究室で学んだプログラミングスキルを用いて医療分野で役立つソフトを作ろうと、手探りで複数のシステムを開発。機械学習技術を使った「細胞のトラッキングシステム」もその際に生まれた。
後にこれを見た研究室の教授から「病理診断にも使えるかもしれない」とフィードバックを受けたことが、PidPortのルーツになっている。
冒頭でも触れた通り、病理診断を担当する専門の病理医は約2500人しかいない。全ての病院やクリニックに病理医がいる訳ではないので、1人の病理医が複数の施設を周ったり、病理医がいる病院や検査センターへ細胞組織を郵送して診断を依頼したりすることで対応してきた。
病理医の業務負荷が大きいことに加えて、検査結果が出るまでに数週間を要することもあり患者側のペインも大きい。この双方の課題を機械学習技術を軸としたテクノロジーで解消できないか、というのがメドメインのチャレンジだ。
同社では特に病理AIの研究開発に創業期から力を入れてきた。国内外で50以上の病院・関連施設とタッグを組み、複数の臓器・疾患に関するデータを収集。専門家の力を借りながら教師データを作成し、それを深層学習させることで独自の病理AIを作り上げてきた。

病理AIでは画像データを取り込むだけで瞬時に画像を解析し、腫瘍の有無などを表示する。最終的には人間の病理医が確認してジャッジするのはこれまでと同様だが、AIが診断支援ツールとして最初のスクリーニングをすることで病理医の負荷を減らせる。スクリーニングしたとしても自院に専任の病理医がいない場合には、遠隔診断機能を併せて使うことでスピーディーに診断を進めることも可能だ。
現時点では臨床的に症例数の多い、胃・大腸・乳腺・肺の腫瘍性病変における組織判定および、子宮頸部や尿の細胞判定(腫瘍性判定の有無)に対応。今後は膵臓・肝臓・皮膚など他の臓器における腫瘍性病変を含む疾患などもカバーしていくほか、AIの特長を生かした革新的な疾患予測モデルの創出にも取り組むという。
病理現場のデジタルシフトを支援、製薬企業などからの引き合いも
日本では病理AIを除く機能からの提供にはなっているものの、2月のローンチ以降、複数の病院や製薬企業などに活用されている。
ある大病院では関連病院を各地に抱えているため、グループ内の病理医が飛行機や鉄道などを使って複数の施設を訪れ、現地で診断やコンサルテーションを行っていた。そこにPidPortを取り入れることで場所の制約がなくなり、わざわざ現地に行かずとも遠隔から効率的に業務ができるようになったという。

別のケースでは、デジタル化が“ひとり病理医”の支援に繋がった。従来は数日おきに実物のプレパラートを大学病院に持参して、オフラインでコンサルテーションを受けていたそう。その際にメドメインのイメージングセンターやPidPortを使うことにより、オンライン上で一連のやり取りをスムーズに完結できるようになった。
「今は『デジタルならではのメリット』を最大化できるように開発を進めています。(プレパラートが)デジタルデータになれば、従来はオフラインで何とかするしかなかった病理診断や業務がウェブを介して迅速にできるようになる。特にコロナの影響でそのニーズが加速しているので、ビューワー機能の改善や遠隔診断時における複数施設間での連携機能などを中心に、顧客のフィードバックを踏まえてプロダクトをアップデートしてきました」(飯塚氏)
実際にサービスをローンチしてみると、当初は想定していなかったようなニーズも見つかった。PidPortは複数の製薬企業にも導入されているが、病院以外にも需要があることは先方から問い合わせを受けて初めてわかったものだ。
「製薬企業も自社で相当数のプレパラートを保有していますが、リモート環境で業務を進めることも増えている中でデジタル化の問い合わせをいただくようになりました。プレパラートをデジタル化したものは画像容量も大きく、普通のビューワーでは快適に見れない場合もあり、その先入観から従来はデジタル化を積極的に進めてこなかったという声も聞いています」(飯塚氏)
また一部では病理医以外の医者にも使われ始めている。プレパラートをデジタル化して「顕微鏡ではなくオンラインで確認したい」というニーズは病理領域に限った話ではないため、実際に皮膚科医が利用していたり、腎臓内科から問い合わせがあったりもするそうだ。
日本ではデジタル化の基盤整備に注力
今回調達した資金は主にプロダクトの研究開発とサービス拡大に向けた、エンジニアやセールスを中心とする人材採用の強化に用いる。
病理AIの研究開発、オンラインストレージ・遠隔診断システムのアップデートに加え、現在国内に3拠点あるイメージングセンターにも投資をする計画だ。日本をはじめとした国の薬事申請に向けた準備にも引き続き取り組む。
飯塚氏の話では、精度の改善や対象臓器の拡張などはもちろん必要になるが、海外で病理AIを展開する中でも「このマーケットに関してはAIが大きなソリューションになり得る」と手応えを掴み始めているそうだ。国内外で病理AIに対する要望も大きいという。
「そのためには、前提としてデジタル化の基盤が整備されている必要があります。デジタル化をサポートし、(病理AIと)合わせて使ってもらうことで大きな効果を生むのがイメージングセンターや遠隔診断です。特に日本ではユーザーのニーズやペインを踏まえながらデジタル化の基盤を作るのが最優先事項。病理AIが実用化したタイミングでその土壌がしっかりと整っている状態を目指していきます」(飯塚氏)