Looper代表取締役の佐野一機氏
  • 変化する事業戦略に置きざりにされる終身雇用制度
  • 「人と企業の関係性は終わりと始まりがあいまいになる」
  • Looperはタレントの“プレイリスト”、人材の「Spotify」
  • ポストコロナでも新しい人と企業のあり方は有効

人事労務クラウド「SmartHR」を運営するSmartHRが、人材マネジメントシステムを開発・提供する子会社の設立を発表した。新会社の名前はLooper。その代表に就任したのは、クラウド型採用管理サービス「Talentio」を運営するタレンティオ代表の佐野一機氏だ。

佐野氏がLooper設立に至った、現在の人事担当者が直面する人材マネジメントの課題とは何なのか。Looperではそれをどのように解決しようとしているのか。SmartHRの傘下でHRマネジメント領域へ進出する理由を佐野氏に聞いた。

変化する事業戦略に置きざりにされる終身雇用制度

「僕は企業のHRについて、この10年ぐらい、同じことを言い続けてきました。それは人と企業の関係性をどうしていくべきか、という話です」と佐野氏は切り出した。

佐野氏は2015年8月、連続起業家の家入一真氏とともにキメラを創業。2018年5月には採用管理サービス「Talentio」のプロトタイプを開発していたハッチを買収。プロダクトの開発を続け、サービスを提供するに到った。その後の2016年9月には、ハッチはタレンティオに社名を変更し、佐野氏が代表取締役に就いている。

Looper設立にあたり、佐野氏はタレンティオの代表とLooper代表を兼務する。「両社の間に資本関係はありませんが、協力関係は持ちます。両社が提供するサービスは、同じHR領域でも少し離れたエリアを捉えていますが、HRマネジメントの課題感においては通底するものがあるからです」(佐野氏)

人と企業の関係性は、「採用」に始まる“インフロー”、採用した人の「配置」「評価」「報償」「育成」を行う“インターナルフロー”、そして出口である「退職」の“アウトフロー”からなると佐野氏は説明する。

これまでの採用から退職までのイメージ
これまでのHRマネジメントのイメージ 画像提供:Looper

経済成長期の日本においては、採用は新卒一括採用、インターナルフローは年功序列で、定年になったら退職するという「終身雇用」が成立していた。「この終身雇用というシステムにはいいところがたくさんあり、よくできた仕組みです。僕はこれ自体が否定されるものではないと思っています」と佐野氏はいう。ただ、90年代のバブル崩壊から、00年代のITバブル崩壊、リーマンショックと環境が変わり、「失われた10年」が20年、30年と長引くにつれ、事業戦略の方に変化が現れるようになったと指摘する。

「企業の事業戦略は評価や報酬制度など、人事をどうしていくかというインターナルフローの部分にも影響を与えるものですが、外部環境の不確実性が高まる中でそのあり方も変化し、柔軟性が求められています。ところが従来の人事マネジメントの仕組みが強固すぎると、簡単に手を入れることができない。そうなると事業戦略と人事の仕組みとの間に不整合が起きます。大きな目線では、そこがHRマネジメントの課題だと僕は考えています」(佐野氏)

確かに企業も今、変化に合わせて柔軟な人材活用を迫られている。転職/中途採用は珍しくもなくなり、採用手段でリファラルが取り入れられたり、副業人材の活用を検討したりする企業も出始めてはいるが、企業規模が大きければ大きいほど、採用からのフローも評価・報酬制度も、なかなか大きく変えられないのが現実だろう。

「例えば外部環境の変化が緩やかで、事業戦略も大きく変えなくてもよい会社であれば、従来の人事マネジメントの仕組みは維持できるという理屈になります。それでも社会は変化するので、多少のアップデートは必要ですが、大きくは変わらなくていいのです」(佐野氏)

経済成長期には、企業はオペレーションやマーケティングに力を入れれば良かったと佐野氏。特に製造業ではオペレーションを洗練させることで1から100,1から1000への発展が見込めるため、新卒を採用して自分たちのやり方を発展させるというモチベーションが働き、終身雇用がマッチしたと述べる。

「要するに(どのような状況でも)勝ちパターンを発展させるように人事マネジメントの仕組みもマッチさせていけばよいのですが、今は勝ちパターンの寿命もどんどん短くなってきているので、どう仕組みを直せばよいのかも検討しなければなりません」(佐野氏)

「人と企業の関係性は終わりと始まりがあいまいになる」

従来型のHRマネジメントの仕組みでは、「採用時と退職後の2カ所で分断が起きる」と佐野氏はいう。採用しなかった人と企業とのつながりはそこで途絶える。また退職した人と企業とのつながりも消えてしまう。

「従来の仕組みでは秩序があり、人と企業の関係性に始まりと終わりがハッキリとあるんです。入社したら始まりで退職したら終わりという関係性です。しかし、これも今、アルムナイ(卒業生:ここでは退職者の意)が元の企業に再就職するケースが増えるなど、状況は変わってきています。HRマネジメントは、よりカオティックな『終わりと始まりがないモデル』『終わりと始まりがあいまいなモデル』になっていくだろうと考えています」(佐野氏)

新しいHRマネジメントでは、「今は入社できない採用候補者にも接触し続けて、キープしておく」「退職した人にもいつでも声をかけられるように、キープしておく」ようになると佐野氏はいう。

Looperが考えるこれからのHRマネジメントのイメージ 画像提供:Looper

「経済学ではインターナルフローの中の仕組みが対象とする領域を『内部労働市場』、求人メディアなど外部のデータベースが対象とする領域を『外部労働市場』と言いますが、ここに、もうちょっとあいまいな『半内部労働市場』が形成されるであろうというのが、僕の考え方です」(佐野氏)

終身雇用の仕組みが維持できる企業は、それほどドラスティックに制度を変更する必要はないが、事業戦略のステージがいろいろと変わる企業では、企業がタレントの情報を活用して友好な関係を築いていくことが、今後のHRマネジメントの新しい要素になるだろうと佐野氏は予測している。

そうなったときに、重荷を負うことになるのは人事部門だと佐野氏は指摘する。半内部労働市場の部分だけを変えればいいというわけではなく、従来のシステムも維持する必要があるからだ。

「経営コンサルタントのラム・チャラン博士が戦略人事の重要性を説いていますが、これはHRマネジメントの事業戦略へのアジャストには戦略人事の考え方が必要だからです。僕はオペレーションも大事だと思っているので、オペレーション人事を否定するものではありませんが、どうアジャストするかを考えることなく硬直化したHRマネジメントを続けていくのも、無理がある。となると、人事はマネジメントする要素が増えて、大変になるんです」(佐野氏)

採用管理クラウドのTalentioがリリースされたのは2016年、サービスが本格化したのは2017年のことだが、当時は「採用管理ツールすら、あまり一般的ではなかった」(佐野氏)という状況。従来の採用管理システムは終身雇用を前提としたデータベースで、「採用時に入社に至らなかった人の離脱を許容する設計となっていた」という。

「ステップとしては、その部分をまずデータ化しないと意味がないと考えました。外部市場(人材採用や求人広告、人材紹介)のデータベースは既にいっぱいあるので、採用候補者のタレントデータベースの部分をTalentioで用意しました」(佐野氏)

佐野氏はまた、半内部労働市場を対象とするHRマネジメントのモデルを取り入れることで、インターナルフローの部分も変わると考えている。

「『ノーレーティング』(従業員をランク付けしない評価手法)などを使いだした企業もありますが、四半期ごとに評価をするというのは結構負荷がかかります。何より、報酬と評価が連動していることは硬直化の原因にもなります。そこを切り離すような仕組みはいろいろ考えられると思うので、この部分については従来のシステムから改善が必要なところもあるだろうと考えます」(佐野氏)

さらに採用時点のタレントプールをデータ化するだけでなく、アルムナイのマネジメントも加わる。採用管理についてはTalentioでカバーできるようになってきたとして、選考からいったん外れた候補者(タレント)の情報やアルムナイの情報をデータとして蓄積しておく必要がある。そのため、半内部労働市場を対象としたデータベースとしてLooperを考えたと佐野氏はいう。

Looperはタレントの“プレイリスト”、人材の「Spotify」

半内部労働市場をマネジメントするときの考え方として、佐野氏はインターナルフローの中の「配置」が鍵になると考えている。採用が「外部労働市場から人材をいかに企業へ呼び込めるかのための活動」だとすれば、配置は内部労働市場からの採用活動である、と佐野氏は言う。

「採用管理システムでは採用プロセスを合理化して、いかにいい採用体験をつくるかということが目的となります。採用プロセスの合理化では、応募者の情報を一元管理できたり、候補者との書類のやり取りを効率化したりすることが価値になります。しかしデータを活用するのはまた別の話で、半内部労働市場のデータを扱おうというときに、その価値だけでは足りない。そこでLooperでは、内部労働市場からの採用活動である『配置』にタレントがヒットする状態を、データベースを活用していかに早く作るかを考え、有意義な体験を双方につくろうとしています」(佐野氏)

佐野氏は具体的に、以下のようなユースケースを挙げている。

「例えば大企業では、空いているジョブスクリプション(仕事のポジションや目的)はたぶん把握しきれていないところが多く、グループ会社も含めると1000を超えるところもあるでしょう。似たような求人があったとしても、事業部ごとに独立して採用をかけていれば、『1つのポジション×職種』の求人がそれぞれにある状態です。しかも年数万人の新卒採用候補者との接触もしなければならない。となると、中途採用も含めて『この人には、こちらのポジションの方が良かったかもしれない』という機会損失が起こります。より適切な配置が、担当者の認知の外にあるか、あるいは属人化してしまっているわけです」(佐野氏)

こうした状況をLooperではどう打開しようとしているのか。その1つが、タレントプールに自動で、企業の現時点での求人情報を送ることだ。

「オファーはしたものの採用に至らず、半年接触がない人をピックアップして、アップデートされた求人情報を送ることで、新たなポジションで適切な採用ができる可能性が出てきます」(佐野氏)

現在、Looperでは機械学習などによるタレントデータと求人とのマッチングについて、いくつかのアルゴリズムでコンセプト検証を進めているところだ。

「SmartHRは人事システムの外にあって、入社時の手続きや労務手続きを対象に業務効率化を行ってきました。その労務管理のデータと突き合わせて考えたときに、例えば『ポジションが頻繁に変動していて、給与も上がっている人は優秀な確率が高い』といった仮説が考えられます。すると評価データを読み込まなくても、労務管理のデータからアルゴリズムを学習して、本社で活躍しそうな人材としてピックアップすることができる。こうしてLooperの中に人材情報の蓄積ができ、循環していくことで、人と企業の関係性の終わりと始まりをあいまいにする、HRマネジメントの仕組みがつくれると考えています」(佐野氏)

Looperのアルゴリズムの考え方について、佐野氏は「『Spotify』のようなもの」と説明する。

「まずはタレント情報をアーカイブしましょう、とLooperでは言っていますが、アーカイブ化すると次に何が起こるかというと『発見できない』ということです。Spotifyが優れているのは、『あなたにはこの音楽がいいんじゃないでしょうか』というものをアーカイブに埋もれた中からプレイリストにしてくれる点です。Looperはタレントの“プレイリスト”なんです」(佐野氏)

Looperの中には、自動ではなく手動で“プレイリスト”を作成する機能も用意するという。「目利きの人が『この人たちと働きたい』というプレイリストを作ったら、そのプレイリストはフォローしたいですよね。『この人たちに接触して欲しい』という情報が目利きの頭の中だけにある、あるいはそれを忘れてしまうから、マネジメントがキツいんです。それがちゃんと管理されていれば、始まりと終わりがない、人と企業の関係性のマネジメントというのが実現できるのではないかと思っています」(佐野氏)

ポストコロナでも新しい人と企業のあり方は有効

SmartHRの宮田氏は、以前から同じHR領域のサービス事業者として佐野氏と交流があり、プロダクトのAPI連携やイベントの共催などでも協力してきた間柄。佐野氏からLooperのコンセプトを聞き、宮田氏は「すごく面白がってくれた」(佐野氏)そうだ。SmartHRもデータをいかに活用するかという点で、大きな方向感が同じだったと佐野氏。そこでLooperを一緒に手がけることになったという。

TalentioとLooperとでは、「人と企業の関係性を変えるという根本の思想は変わらない」という佐野氏だが、「Talentioは採用管理システムとして、求められているものがまだまだたくさんある。採用管理システムがきちんと運用できなければ、タレントのデータ化が進まないので、それはそれで頑張りたいと思っています。そこでLooperを社内で一緒にやっていると、頑張る方向性が違うので、コンテキストスイッチが難しくなるんです」と別会社に分けて事業を進めることにした経緯を説明している。

ところで、佐野氏が言う新しい人と企業の関係性を支援する領域では、リファレンスチェックや採用候補者マネジメント、アルムナイマネジメントなど、個別には他社からもさまざまなサービスが出てきている。佐野氏はこうしたツールについて、「いいシステムがいろいろとあって、Talentioでも連携しているものもあります。ただ、何でもかんでも連携するということではなく、僕自身はあくまでも、この全体像に向かってどういう仮説検証ができるかを突き詰めなければ意味がないと感じています」と話している。

「僕はいろんな事業に興味がありますが、特にHRマネジメントをどう事業戦略にアジャストしていくかという領域では、この全体像の検証をせずに事業をやろうとしてもモチベーションが続かない。LooperとTalentioは分かれてはいますが、抽象化したレベルでは同じところを目指しているので、そういう意味では違和感なく2社の事業を進められるかなと思っています」(佐野氏)

佐野氏は「働く側も変わらなければいけない」とも述べている。人事担当者の中には、新しい人と企業の関係性について話をすると「自社のためにがんばれる人でないと不安なので、やはり新卒採用がよい」という人もまだ多いそうだが、佐野氏は「それは逆なのではないか」という。

「出入りが自由だからこそ、その会社に貢献するというプロのマインドを持った人でなければ、出たら戻って来られなくなる。不義理をしたらそこで終わりなんですよ。採用担当者は、結構採用する人のレピュテーション(評判)も気にしているものです」(佐野氏)

Looper自体、新しい人と企業の関係を体現するような体制で運営されているという。「Looperは今、SmartHRの方にも手伝ってもらい、エンジニアが中心の開発部隊が事業化を進めていますが、僕も含めて全員、時間的にはパートタイムです。だから副業かどうかとか、関係ないんですよね。会社にいかに貢献できるかというマインドセットを持った人が、自分の役割にコミットしてやることが重要だと、Looperをやり出して再認識しています」(佐野氏)

コミットが中途半端な人材がフルタイムでやるより、コミットしている人がハーフタイムでやる方が生産性は上がるし、ストレスもかからないと佐野氏。「これからは、そういう時代になっていくでしょう」と語る。

10年、HRマネジメントについて考えてきて「HRに関する課題感の強さ、方向性は変わっていない」という佐野氏だが、コロナ禍で、この方向性が変わってしまうかもしれないという可能性については「めちゃくちゃ考えた」という。

「コロナ禍で別の方向性へ進むのなら、今回のSmartHRとの取り組みも一度白紙に戻した方がいいと思ったのですが、検討した結果、変わらないと確信しました。むしろオンラインで仕事を進めることになった場合、一緒に働く人の背景、価値観を知っていて、それをベースにどうコミュニケーションできるかというのが信頼関係構築のベースになる。背景を理解していて、コミュニケーションを円滑に取れる人と働きたい、そうすると文化の形成も維持しやすいということになります。かつ、『その人がオススメしている人であれば安心して一緒に働ける』ということも出てくる。となると、人と企業の関係性があいまいでありながら、つながっていくという仕組みは、この時代、有意義だと思うんです」(佐野氏)

Looperでは、現在コンセプト検証を進めているタレントデータベース構築機能、求人との自動マッチング機能を、まずは一部のエンタープライズ企業を対象に提供し、さらに実績を積みたい考えだ。そして2020年内には検証を終え、2021年からは、クローズドベータ版としてより広く展開できるようにしたいと佐野氏は話している。

「Looperは、終身雇用は終わると感じながらも何から手を付ければいいか分からない、何とかしたいと考える担当者を支援するものです。事業戦略が変わっても、働き方のマインドセットが変わらなければ、HRマネジメントは硬直したままになってしまう。Looperで、挑戦するクライアントに貢献したいと考えています」(佐野氏)