Kaizen Platform代表取締役の須藤憲司氏 画像提供:Kaizen Platform
  • 「早く・安く」クリエイティブを制作できる体制を用意
  • 動画広告で培ったノウハウをテレビCMに生かす
  • 狙うは「テレビCMの民主化」

某大な費用がかかる一方で、広告効果は可視化されない──これまで当たり前とされてきたテレビCMの“常識”が、新たなサービスの登場で変わりつつある。例えば、印刷・集客支援のプラットフォーム「ラクスル」などを手掛けるラクスルが2020年4月にリリースした、広告のプラットフォーム「ノバセル」は印象的な事例だろう。

同社がこれまでに培ってきた独自の広告手法に加え、自社で開発したクラウド型テレビCM効果測定ツール「ノバセルアナリティクス」を活用することで、従来は難しいとされてきた広告効果の可視化を可能にし、広告投資の最適化を実現した。

また今秋以降、民放キー局5社がテレビ番組を放送と同時にインターネットに流す同時配信を始める準備をしていることから、ネット広告のようにテレビCMを“運用する”という考え方の重要性が今後さらに高まっていくことが予想される。

そうした背景も踏まえ、テレビ広告市場に参入する企業も増えてきている。8月25日、Kaizen Platformはマス広告のDX(デジタル・トランスフォーメーション)推進を目的とした、テレビCMのクリエイティブ制作サービス「Kaizen TV」をリリースした。

新たにリリースされた、テレビCMのクリエイティブ制作サービス「Kaizen TV」 画像提供:Kaizen Platform

「早く・安く」クリエイティブを制作できる体制を用意

Kaizen Platformは社名にもある通り、顧客体験の“改善”を支援する事業を手掛ける。これまでに1万人以上のクリエイターと連携し、彼らと協業することでスピーディーかつ低価格でDX推進やUX(ユーザーエクスペリエンス)改善を支援してきた。

同社の創業は2013年。サービス開始当初は企業の販促活動が紙からウェブへ切り替わり始めたタイミングだったこともあり、LP(ランディングページ)やバナー広告など自社サイトをA/Bテストなどを通じで改善することが主だったが、あらゆる領域にテクノロジーが活用され始め、事業の幅を拡大していった。

昨今は企業のDXをトータルサポートする「Kaizen DX」や、動画広告の普及に伴い動画クリエイティブを分析し、改善するサービス「Kaizen Ad」も手掛けている。

今回、新たにリリースしたKaizen TVは同社がこれまでに培ってきたノウハウとクリエイターのネットワークを活用することで誕生したサービスだ。大きな特徴はテレビCMのクリエイティブを早く、安く制作できる点にある。東京のキー局でCMを放送する場合、番組の視聴率によって料金は異なるが、一般的に数百万円から数千万円かかると言われている。そうした中、Kaizen TVが1本50万円からテレビCMのクリエイティブを発注できる体制を構築できた背景には、1万人以上のクリエイターの存在がある。

同社が抱えるクリエイターのネットワークを活用することで、テレビCMのクリエイティブを早く・安く制作できるほか、複数クリエイティブの検証も安価に対応できる体勢を構築。これにより、いち早くクリエイティブの”勝ちパターン”、つまり効果の高いクリエイティブの制作が確立できるようにした。

また、広告の目的やターゲットに最適化された配信枠の確保やスピーディーな効果検証・データ分析についてはCARTA HOLDINGSと連携。同社が提供する、テレビCMのマーケティングプラットフォーム「PORTO tv」を活用することで、クリエイティブの制作から配信、効果検証までを一気通貫で対応できるようにしている。

動画広告で培ったノウハウをテレビCMに生かす

「私たちの強みはデータドリブンで効果を改善していくことです。テレビ広告市場自体が強みを生かせる領域へと変わってきていたので、参入を決めました」(須藤氏)

Kaizen Platform代表取締役の須藤憲司氏は、テレビ広告市場への参入の経緯をこう語る。須藤氏によれば、何より大きかったのが「改正放送法」が可決・成立されたことだ。

これまでNHK(日本放送協会)は放送法で「ネット配信」と「テレビ放送」の分業が定められていたが、改正放送法によってネット配信とテレビ放送で同じコンテンツを常時同時配信(放送同時配信)することが認められた。実際、NHKプラスでは常時同時配信が始められており、この動きに民放キー局5社も追随すると見られている。

「これまではテレビ番組の合間に流れていた広告が“テレビCM”でしたが、コンテンツが常時同時配信され始めたら、テレビCMと動画広告の境目がなくなってきます。そうなったときに、ネットで培った広告制作のノウハウをもとにテレビCMを制作したらどうなるのか。今後、テレビCM自体もデータが取得できるようになってくるので、そのデータをもとにテレビCMを改善していくことは、私たちの強みを生かせると思ったんです」(須藤氏)

Kaizen Platformは2017年頃からKaizen Adを本格的に展開しており、これまでにFacebookやInstagram、Google、Amazonといったグローバルの大手動画プラットフォームからクリエイティブパートナーとして認定されている。須藤氏は「この3年間で動画広告のベストプラクティスやノウハウを蓄積できたことが大きかったです」と言い、その実績やノウハウがあったからこそ、テレビ広告市場に進出することができたという。

狙うは「テレビCMの民主化」

Kaizen Platformが、Kaizen TVの提供を通して狙うのは「テレビCMの民主化」だ。従来の全国で放送するテレビCMは、某大な予算がある大きなブランドしかできないマーケティング施策だったが、須藤氏は「エリア限定でテレビCMを実施したいニーズもある」という。

「テレビがネット化していったり、テレビCMが運用側に変わっていったりするときに、従来の広告宣伝目的ではないテレビCMがたくさん入ってくると思います。例えば、大手メーカーは新しい商品を発売したら、スーパーやドラッグストア、コンビニなどの棚を取るためテレビCMの実施を含めた施策を提案して交渉しますが、その一方で規模の小さいブランドがエリア限定でテレビCMを実施したいケースもあるはずです」

「実際、ネット広告も販促を目的とした広告はたくさんあります。YouTubeでエリアターゲティングして、限定商品を宣伝するといったものです。だからこそ、私たちは“販促費”を狙い、予算もないブランドでもエリア限定で安い価格でテレビCMを実施できる世界をつくっていきたい。そうすれば、テレビCMのあり方が変わってくるはずです」(須藤氏)

前述した通り、同市場ではすでにラクスルがノバセルを展開している。今後も類似サービスが多く登場することが予想されるが、須藤氏はKaizen TVの可能性をこう説く。

「Kaizen Adを3年ほど展開してきて何よりも意外だったのが、ほとんどのブランドが動画素材を持っていないことです。当初はすでに多くのブランドは動画素材を持っていて、私たちはそれを再編集するかと思っていたのですが、8割のブランドは動画素材を持っていませんでした。それでも『動画広告をやりたい』と言うんです。Kaizen Adがここまで成長できた理由は静止画から動画広告を制作できた点にあります。それによって初めて動画広告を実施してみたい会社が使ってくれました。きっと似たような動きがテレビ広告市場でも起きると思っているので、個人的には大きな可能性を感じています」(須藤氏)

テレビCMは動画広告と異なり、テレビの考査に耐えられるクリエイティブが求められる。特に音質は高いレベルを要求されるので、その要求を満たすべく「新たなフォーマットづくりにもチャレンジしています」と須藤氏は語る。

テレビCMのあり方が変わっていく中で、何より大事になるのが「放送したら終わりではなく、放送後のデータをもとにテレビCMのクリエイティブを改善していくこと」だ。まさにKaizen Platformが創業時から今まで強みにしてきた部分である。

「今後のターニングポイントになる技術として重視しているのは5G(第5世代移動通信システム)です。この技術が普及すると、4Kテレビがスマホで観られるようになると言われています。本格的に普及するのは2023年頃なので、この3年くらいでテレビ広告市場が変わっていくはずです。そこまでに向けてどれだけ実績を作れるか、が勝負ですね。動画広告は3年で1万本を制作しましたが、テレビCMはクオリティのハードルが異なるので同じくらいとは言えませんが、最低でも1000本、2000本の実績はつくりたいです」(須藤氏)