
- テクノロジーを用いて「心房細動」を見つけやすくする仕組みを
- AIの診断根拠を示せなければ現場では使えない
- 非発作時のデータから「隠れ心房細動」検知へ
- 心臓専門医がヘルステックで起業した理由
- 年内にも最初のプロダクトの市場投入を目指す
「心電図の波形を集めてAIに繋ぐことで今までは難しかった心臓病の早期発見・早期治療ができる。そう考えたのが起業のきっかけであり、それが自分たちの最終目標でもあります」
そう話すのはヘルステックスタートアップのカルディオインテリジェンスで代表取締役CEOを務める田村雄一氏。国際医療福祉大学三田病院で心臓専門医として現場に立ちながら、昨年創業した同社の代表としても働いている。
カルディオインテリジェンスで研究開発を進めているのが、心電図のデータをもとに心房細動を早期に発見する「AI診断支援システム」だ。心房細動は不整脈の一種で、脳梗塞の原因になることでも知られる疾患。早い段階で見つけられれば脳梗塞を予防することもできるため、いち早く心房細動に気づけるように、医師の診断を手助けするシステムの実用化を目指している。
まずは指定管理医療機器の認証基準に合わせる形で、機能を限定したプロダクトを市場に投入する計画。年内にも複数のクリニックなど、小規模な範囲から試してもらう予定だ。
同社ではそれに向けて組織体制や開発体制を強化するべく、8月27日に独立系VCのANRIを引受先とした第三者割当増資により3500万円を調達したことも明かしている。
テクノロジーを用いて「心房細動」を見つけやすくする仕組みを
心房細動の診断において大きな課題になっているのが「なかなか見つけけられない」ことだ。
カルディオインテリジェンス取締役COOの波多野薫氏によると日本には心房細動の患者が約100万人いるが、実は「(心房細動になっているものの)未診断でまだ発覚していない人」が同じくらい存在すると考えられているという。
早く見つけられなかったがゆえに、対策が間に合わず脳梗塞を発症してしまうケースも少なくないのが現状。心房細動由来の脳梗塞患者は年間3万人ほどいるものの、そのうちの2.4万人は「心房細動が発見できれば脳梗塞を予防できた」とも言われている。
前提として心房細動にはたまにしか症状が起きない「発作性」と継続して症状の出る「慢性」がある。厄介なのは前者の発作性だ。
症状が起きていないときにいくら病院で診断しても発見するのが極めて難しい。患者からすれば発作が起きた時には違和感を感じるものの、診断時には症状が出ていないために医師から「問題なさそうなので、もう少し様子を見てみよう」と言われてしまう。
24時間に渡って心電図を測定できるホルター心電計やパッチ型心電計などを使えば異常に気づける可能性も高くなるが、導入しているクリニックは珍しい。心臓専門医がいないクリニックでは心房細動を診断すること自体が困難なため、ハイスペックな心電計を導入する理由がないからだ。そのため、結果として早期発見が遅れてしまう。
クリニック側では判断のしようがない場合に専門医を紹介することもあるが、専門医側も多忙で何件も検査を受け入れられる状態ではないことが多い。このように患者、非専門医、専門医のそれぞれがペインを抱えているような状況なのだという。
それならば、テクノロジーを活用して心房細動を見つけやすくする仕組みがあればいいのではないか──。それがカルディオインテリジェンスのアプローチだ。
同社では創業以来、心電計と自動診断支援AIを組み合わせることによって「従来見つけられなかった心房細動を特定する」技術の研究開発を進めてきた。
AIの診断根拠を示せなければ現場では使えない

カルディオインテリジェンスでは主に2つの技術の研究開発に取り組んでいて、今後順々に実用化することを目指している。1つが診断の根拠を可視化する「説明可能AI」。そしてもう1つが非発作時でも心房細動を見つけられる「隠れ心房細動診断支援AI」だ。
説明可能AIを搭載したプロダクトは、クリニックなどで働く“非専門医”が主なターゲットユーザー。患者の心電図データをシステムにアップロードすれば、早ければ数分以内で心房細動の兆候がないかを自動でチェックする(結果を返す時間はデータ量に応じて変わる)。
現在開発中ではあるが、具体的には以下の3ステップで結果を表示する予定だという。
第1ステップ:心房細動が発生している波形区間を高精度に特定し時系列で表示し、心房細動が発生している時間帯を可視化
第2ステップ:心房細動区間の一時点を選択すると心房細動部位の波形を表示
第3ステップ:心房細動の波形上にAIが着目した特徴部位を強調表示
田村氏の話では約2000人分の心電図データを用いてアルゴリズムの研究開発を進めてきた結果、正答率は97%まで上がってきているそう。単に心房細動かどうかだけでなく、心房細動だと判断した場合には根拠として「AIが着目した特徴」を赤色で示すのがポイントだ。
「医師が実際に現場で使うことを考えると、なぜAIがそのような判断をしたのかが明らかでなければ、いくら精度が高いと言われても自信を持って患者に説明するのは難しいです。非専門医といっても疾患の特徴などは知っていることも多いので、それを裏付けるような形でシステム側が根拠とともに診断結果を示せれば、非専門医でも安心して使えるのではないかと考えています」(田村氏)
非専門医でも心房細動をスクリーニングできるような仕組みができれば、心房細動に早い段階で気づける可能性も高まる。
長時間心電図を測定するためのパッチ型心電計やなどを組み合わせることで、仮に診断時以外に発作が起こった場合でもその兆候を捕らえられるかもしれない。今まではそもそもパッチ型心電計を導入するメリットのなかったクリニックでも、カルディオインテリジェンスのプロダクトと併用すれば自院で検査できるようになるため心電計自体の普及も見込めるという。
「今までは『うちではわからないから、専門の先生のところに行ってください』と言うことしかできなかったクリニックも多い。そこをシステムがサポートすることによって、『最初のスクリーニング検査ならうちでもできますよ』と言えるように変えていくのが目標です」(田村氏)
実際にパッチ型心電計などを導入していないクリニックの開業医数十人にヒアリングをしたところ、約70%の医師が「(説明可能なAI診断支援システムがあるなら)心電計と合わせて導入したい」と答えたそう。同社のプロダクトは特定の機器に依存しないため、汎用的に使えるのも特徴だ。
非発作時のデータから「隠れ心房細動」検知へ

この説明可能AIに加えて、非発作時の心電図データから特徴量を抽出し、心房細動の発作を予測するAIの開発も進めている。これまでは見つけられなかった「隠れ心房細動」をディープラーニングを活用して検知する仕組みだ。
この2つが実用化されれば、患者や非専門医だけでなく心臓専門医をアシストすることにも繋がると田村氏は話す。
田村氏によると心臓専門医は日本で1万人ほどしかいないという。あくまで推定値にはなるが、他の診療科から相談を受けたものだけでも年間約100万件のコンサルテーションを実施しているという。単純計算すれば1人平均100件だ。
専門医のほとんどの業務時間は「治療」に当てられ、「検査や診断」に使えるのは業務時間の10%ほど。その中で上述したコンサルテーションに加えて外来受診にも対応することになる。
「正直時間は全然足りません。検査や診断は専門性が高い一方で、(治療の優先度が高いため)そこにたくさんの時間を使えるわけではない。その業務をAIがサポートしてくれるのであれば助かるという専門医は多いです。何より自分自身もそんなシステムが欲しいと思っていたので、この会社を立ち上げました」(田村氏)
プロダクトの利用フロー自体は説明可能AIと同様だ。非発作時の心電データを読み込ませると、そこから特徴量を自動で抽出し、心房細動の可能性を予測。これまでは限られた診察時間の間でしか評価できなかったものを、AIの助けを借りることでより早期に診断できる技術の創出を目指して開発をしている。
これが実用化すれば、従来24時間分のデータが必要だったところが、数分分だけでも済むようになる。また初診から結果を聞きに行くまでに4〜5回病院に行く必要だったが、それも初診もしくは2回目で数分程度寝ているだけで測定が完了するため患者の負担も減らせるという。
心臓専門医がヘルステックで起業した理由
それにしても、なぜ第一線で活躍してきた心臓専門医がヘルステックスタートアップを立ち上げるに至ったのか。田村氏は自身が現場で働く中で、患者と非専門医の間にギャップがあると感じるようになったことが大きなきっかけだと話す。
「(発作性で病院では症状が出ないことから)心房細動だと診断されていない患者がたくさんいる一方で、専門的な知識がないために自信を持って診断できる医師は少ない。その間を補うのに、テクノロジーが使えるのではないかと考えたのが原点です」(田村氏)
専門医の数を増やせば解決できるかもしれないが、それは現実的ではない上に時間もかかる。それなら汎用的なシステムを作った方が誰にでも使ってもらえる可能性があるのではないか。田村氏はそのように考えた。
「心電図は電気的な波形で構成されている上に取得できるデータ量も多いので、本来は機械学習を役立てやすい領域なんです。実際に以前から自動診断支援技術などが実用化されてきましたが、多くの機器ではいまだに1980年代の機械学習モデルが使用されていて、診断精度などにも改善の余地があります。自分が医者になった15年以上前から大きな技術革新が起きておらず、そこにディープラーニングなど最新のテクノロジーを投入すれば、医者の仕事を助けることや患者を救うことに繋がるはずだと思いました」(田村氏)
世間ではちょうどCTやMRIなどの領域で「画像診断AI」が話題になり始めていた時期。
心電図の分野でも同じことができるのではないかと考え、田村氏は高校時代の同級生であり、現在は立命館大学情報理工学部で教授を務める谷口忠大氏に相談をした。
「データを集められればおそらく高精度な自動診断支援技術は実現できるだろうが、それだけでは物足りないよねという話になりました。『医者が気づかないような兆候』すらも発見することができれば、本当の意味で社会を変えていける、医療従事者を支えていけるような仕組みを作れるのではないか。そこにディープラーニングが使えるのではないか。とはいえ上手くいくかはわからないので、まずは研究レベルのプロジェクトとしてやってみることになったんです」(田村氏)
そこから取締役CTOとしてアルゴリズムの開発を主導する高田智広氏なども参画。研究開発やヒアリングなどを重ねていくうちに徐々に手応えを感じるようになり、2019年10月には正式に会社を立ち上げた。
同社の強みは実用化する上で必要とされる量のデータを“医療機器開発に利活用できる状態”で保有していて、なおかつアノテーション(教師データを作るために、元データに正しいタグをつける作業)ができる体制を持っていること。田村氏が在籍する国際医療福祉大学の専門医の協力を得ながらアノテーションを行うことで、質の高いデータを準備できたという。
海外ではすでに心電計を手がける医療機器メーカーが自社デバイスで使える高精度な自動診断支援機能を実装し始めている状況だが、単に精度が高いだけでは社会実装は難しいというのが田村氏の考え。カルディオインテリジェンスとしては田村氏のバッググラウンドなども活かしながら、それ以上の付加価値を持った汎用的なシステムの実現を目指す計画だ。
年内にも最初のプロダクトの市場投入を目指す

冒頭でも触れた通り、まずは今年中に最初のプロダクトを市場へ投入するのが目標だ。
AIを活用した医療機器には薬事承認が必要で、そこにある程度の期間と費用がかかる場合も多い。今回カルディオインテリジェンスでは最初のプロダクトを指定管理医療機器の認証基準に沿った形で機能を限定してローンチする。そうすることで、より早く実用化する道を選んだという。
一方で「隠れ心房細動診断支援AI」を搭載したシステムについては、薬事承認を得るためのプロセスを進めていく方針。2022年度までにAI医療機器の実用化開発と医師主導治験を実施する予定で、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)が公募した「医療機器開発推進研究事業」にも採択された。
「自分たちが手がけるプロダクトが実用化できれば、専門医を助けるだけでなく、専門医がいない僻地や地方の施設であってもそれに近い精度の診断が可能になると考えています。テクノロジーによって現場の医師をサポートすることで、少しでも早く心臓病の発見・治療ができるような環境を整えていくことを目指します」(田村氏)
医師とテクノロジーのタッグで心臓病の早期発見へ。カルディオインテリジェンスのチャレンジは始まったばかりだ。