- スタートアップを「ゼロから育てる」スタジオ
- SIerがスタートアップスタジオに挑戦するワケ
- 「スタジオに持ち込めばかたちになる」を浸透させる
スタートアップをゼロから支援する、新しい起業支援のモデルである「スタートアップスタジオ」。世界各国のテックシーンで注目を集めているが、日本でも徐々に増えてきた。スタジオの役割や意図について、6月にスタジオを立ち上げたSun Asterisk(サン・アスタリスク)に聞いた。(フリーライター こばやしゆういち)

スタートアップを「ゼロから育てる」スタジオ
「スタートアップスタジオ」がアメリカで誕生したのは、2000年代の後半だといわれる。ハリウッドの映画スタジオが数多くの作品を制作するように、スタートアップを生み出していく組織として誕生したのが、このスタートアップスタジオと呼ばれる新しい形態だ。
スタートアップの支援という面では、これまでベンチャーキャピタル(VC)に焦点が当たってきた。彼らは、スタートアップの将来性を読み取り、その成長を助けるために資金面で支援することを主眼にしている。創業期から支援するVCやエンジェル投資家もいるが、たいていの場合は製品やサービスをリリースした後、いわゆる「アーリー期」以降のスタートアップが支援の対象になることが多い。
これに対してスタートアップスタジオは、一般に「シード期」から製品やサービスのリリースを支援し、スタートアップをゼロから育てることを目的とする組織を指す。VCとは異なり、資金面だけではなく起業に必要な人的資源や開発環境なども含めて多面的に支援するというのが大きな特徴だ。
映画スタジオを例にとるとわかりやすい。ワーナー・ブラザーズやユニバーサルといった大手スタジオが映画を制作する場合、優秀な映画監督をスタジオに招き、優秀なスタッフや資金を提供して1本の作品を作る。これと同様に、映画監督の代わりに「起業家」を招き、作品の代わりに「スタートアップ」をつくるのが、スタートアップスタジオというわけだ。
現在、こうしたスタートアップスタジオは、世界各地に数多く存在しており、すでに多くのスタートアップを育ててきている。なかでも有名なのが、米ニューヨークに拠点を持つBetaworks(ベータワークス)。2008年の設立以来、短縮URLサービスのBitlyやアニメーションGIF検索サービスのGIPHYなど、数多くのスタートアップを生み出してきた実績を持っているのだ。
そんなスタートアップをめぐる新しいムーブメントが、ここ数年、日本でも広がりつつあるといわれている。
いまのところ、スタートアップスタジオの国内での大きな成功事例は、残念ながら見あたらないのが現状。しかしそれでも、大小含めると数多くのスタートアップスタジオが存在しているのは確かだ。博報堂グループの「quantum(クオンタム)」や、ガンホー・オンライン・エンターテイメント創業者の孫泰蔵氏が創業した「Mistletoe(ミスルトゥ)」、サイバーエージェント元取締役でWiL共同創業者でもある西條晋一氏が立ち上げた「XTech(クロステック)」などがその代表格として知られている。
新しいスタートアップ支援のかたちとして注目されるなか、今後、スタートアップスタジオは果たして日本でも定着していくのだろうか。
SIerがスタートアップスタジオに挑戦するワケ
今年6月、Sun Asterisk(サン・アスタリスク:以後サン)が、新しくスタートアップスタジオ事業を開始した。同社はベトナムの拠点を含め1000人規模のエンジニアを擁し、ソフトウェアの受託開発を手がけるSIerであると同時に、スタートアップに対する投資事業にも積極的に取り組んできていた。
そんなサンがスタートアップスタジオに事業として取り組むのはなぜか。同事業を担当する船木大郎氏はこう話す。
「もともとサンのパートナーはスタートアップが多く、われわれの豊富なリソースを活用することで一気に製品やサービスをスケールできる点を、最大の武器にしてきました。その経験を生かしていけば、将来的にパートナーになり得るスタートアップをシード期から育てていくことができるのではないかと考えたわけです」
実際に、これまでサンが関わってきたスタートアップやプロダクトは300件以上。なかにはマネーフォワードやユーザベースなど、パートナーとして開発に携わった後にIPOを果たした企業もある。ほとんどはスタートアップの成長期からのパートナーシップだが「スタートアップのそれぞれのステージでどんな課題が発生するか、われわれは数々の経験から熟知している。それが強みになっている」とサン執行役員の梅田琢也氏はこう話す。
「シード期からスタートダッシュを決めたいとき、もっとも根幹的な課題になるのがエンジニア不足。どんなに優れたアイデアのサービスであっても、その開発を担うエンジニア集団がなければ勝ち残ることはできません。欧米型のスタートアップスタジオは、ビジネスを生み出すことに重きを置いた体制であることが多いため、開発リソース不足という課題については解消することが難しいんです」
その点、サンにはすでに1000人を超える規模のエンジニア集団がある。このため「ゼロイチ段階のサービスであってもスピーディーにスケールさせることができるのではないかと考えた」(梅田氏)という。
「スタジオに持ち込めばかたちになる」を浸透させる
サンでは、シード期のスタートアップを初期段階から支援する「Build」と、ミドルからレイター期のスタートアップや企業の新規事業の成長を支援する「Boost」の2つのスキームを用意している。このうちBoostは同社の以前からの取り組みに近く、Buildについては今回はじめての挑戦ということになる。「現在すでに複数のスタートアップに取り組んでいるが、支援内容はさまざま。各社それぞれの課題に合わせてスキームを考えている」(船木氏)という。
そのBuildに選ばれた1社が、店舗物件とテナントのためのマッチングサービス「テナンタ」だ。今年2月に設立し、6月にサービスのベータ版をリリースしたばかりというスタートアップで、現在はサンのオフィスに“同居”して「必要に応じて支援を受けている」とテナンタ代表取締役の小原憲太郎氏は話す。
「サンからは、出資を受けるとともに、1人のエンジニアをテナンタ専任のCTOとして迎えています。そのほかデザインやマーケティングなどについても都度協力してもらったり、将来に向けた事業計画について相談したりと、臨機応変に支援してもらっています」
サンにとって、テナンタとの取り組みは「Buildの最初のテストケース」(船木氏)。こまめに課題や進捗を確認しながら支援のフォーメーションを決定している。そうした実際のケースを検証しながら、当面は「年間30社をゼロから立ち上げるのが目標」(梅田氏)だという。
「われわれとして目指しているのは、『アイデアやプロトタイプをスタートアップスタジオに持ち込めばかたちになるんだ』ということを浸透させることです。そのために実績をどんどん積んでいきたい。まずは、起業したいという人に『スタートアップスタジオっていうものがある』と知ってもらうことが肝心だと思うんですよ」(船木氏)
スタートアップスタジオへの取り組みは、日本では始まったばかり。サンの取り組みでも、まだIPOや売却を果たしたスタートアップは生まれていない。だがこれから起業を考える際の選択肢として、どれだけ認知されるのかが課題だ。そのための重要なステップとして、数多くの成功実績を積み重ねていくことが求められている。