
- ロゴ自動生成AIでデザインの生産性が150倍に
- 製造業のプロセスと先端技術をデザイン業界へ導入
- 「成果の上がるデザイン」を効率よく予測・試作・制作
- デザイン改善効果を可視化するSaaS開発、オフライン領域進出も
AIと機械学習のデザイン領域への活用が進んでいる。デザインAIで最も知られているのは、Adobeが2016年に発表した「Adobe Sensei」だろう。Adobe Senseiは、写真内の被写体の選択や、デバイスサイズに合わせた動画のトリミングなど、自動で素材加工を行えるAI機能だが、こうしたデザインへのAI適用にはAdobeだけではなく、国内外のソフトウェア企業やスタートアップが取り組んでいる。
AIを活用したクリエイティブ制作サービス「AIR Design」を提供するガラパゴスがフォーカスするのは、マーケティングにかかわるデザインの生産性と効果の向上だ。同社は9月1日、動画制作「AIR Ad Movie」の提供を開始した。新プロダクトは、ランディングページ制作サービス「AIR Design for LP」、バナー制作サービス「AIR Design for Banner」に続く、サービス第三弾となる。
ガラパゴス代表取締役社長の中平健太氏は「デザインは左脳で作るもの」「パラメーターで定量化できるもの」と語る。AIを活用して高速・大量、かつ効果的なクリエイティブ制作を目指す同社のサービスについて、話を聞いた。
ロゴ自動生成AIでデザインの生産性が150倍に
ガラパゴスは2009年3月の設立。創業以来、ウェブやスマホアプリなどの制作を行ってきたデザイン畑の企業である。
中平氏はデザイン業界について「アナログでレガシーな、100年変わっていない産業」という。「給料は安く、人は減っていて、小さな事務所がたくさんある。少人数でやりくりする事務所がそれぞれにクライアントから受注して制作するので、ノウハウやデータは集約・蓄積されずに分散し、手法が独自進化を遂げている状態です」(中平氏)
その結果、低い生産性が業界の課題となっていると中平氏は指摘する。「キツい、給料が安い、人が減る」の三重苦の中にあるデザイン業界において、「ネガティブループを逆回転させて生産性向上を目指すのが、AIR Designというプロダクトの目的です」と中平氏は語る。
プロダクト着想のきっかけは、2015年9月のこと。当時ガラパゴスに入社した信頼の置けるデザイナーから、中平氏に自社ロゴの提案があったのだが、「提案書を見て、自分のそれまでの認識が間違っていたんじゃないかと気づいた」と中平氏は振り返る。
「まず『なんかテキストが多いな』と思ったんですよね。それまで、ロゴって右脳で作るアートだと思っていたんですが、本当は左脳で作るものだったんじゃないかと気づいた。さらに、提案書には『ロゴの図と地のバランス』や『カーニング(文字の間隔を書体に応じて調整すること)、ウエイト(フォントの太さ)』を精査したいとあった。それって、パラメーターで定量化できるものですよね」(中平氏)
「デザインは科学的に、再現性を持って作れるものかもしれない。それなら生産性も向上できるはずだ」と考えた中平氏は、2015年12月にデザインAIの研究開発をスタート。当時30人ほどの規模だったガラパゴスで、アプリ開発に携わっていたサーバーサイドエンジニア2名と中平氏とでプライベートプロジェクトを立ち上げ、ロゴの自動生成ができるAI開発を目指すことになった。
デザイナーの職人としての思考プロセスを可視化することで、デザイナーの「左脳」を再現。GAN(Generative Adversarial Network:敵対的生成ネットワーク)と呼ばれるディープラーニングを応用した生成モデルを用いて、400万個のロゴをAIが画像解析してパターン認識させ、ロゴの自動生成を試みた。
そして2018年8月、ロゴの自動生成を行うAIが完成。フォントや色、モチーフなどのオーダー情報をAIにインプットすると、数千パターンのロゴが一気に自動描画で生成され、AIのおすすめ順に表示されるので、人間はその中から最適なものを選ぶだけでよい。また、名刺や看板などにロゴを適用したときのイメージも自動で生成できる。
中平氏によれば、このAIでロゴデザインの生産性は150倍になったという。「AIは人間より60倍速くロゴを作れます。さらに当社では一時、クラウドソーシングサービスでロゴ制作の依頼に対して、AIであることは伏せて提案を行っていたんですが、70人ぐらいのフリーランサーのライバルとして競争した結果、採用確率は人間の2.5倍で、品質の面でも遜色ないことが証明できました」(中平氏)
製造業のプロセスと先端技術をデザイン業界へ導入
ロゴAI開発において、職人の思考プロセスの可視化を可能にしたのは、中平氏をはじめとするガラパゴスの創業メンバーが、いずれもコンサルティングファームで製造業のプロセス改善に携わっていたからだという。
「金型製造現場にコンサルタントとして入り、職人の頭の中を解明していました。製造業の金型の現場はノウハウの固まり。職人のおじさんにしかできないことが何十個とあるわけです。その判断と作業を全て可視化する技術がプロセステクノロジー。作業であればオートメーション化できるし、判断であればデータベース化することによって、誰でもできる状態にして属人性を下げ、工程が短縮されます。それで工場の生産性を上げるということをやっていました」(中平氏)
このプロセステクノロジーと、ディープラーニングやAIといった技術を掛け合わせ、製造業のプロセスと最先端の技術をデザイン産業に持ち込むことで「デザイン業界における産業革命を起こす」と中平氏は語る。
現在、ガラパゴスのプロダクトの対象は、ロゴからランディングページ(LP)などのデザインへ移っている。
「何年かやってみて分かったのですが、ロゴのマーケットは小さく、単価も安い割には非常に手間がかかります。何がいいロゴかを説明する目的変数がないので、クライアントから『もうちょっとこうしてほしい』『ああしてほしい』と言われると、答えがないから永遠に修正するケースもあります」と中平氏は“ピボット”の背景について説明する。
「ロゴはブランドであり、どちらかと言えばアートの領域に近い。デザインを科学するなら、目的変数がはっきりした『パフォーマンスのデザイン』領域へ進出した方がいい。そこで、広告デザインの領域でプロダクトを展開することにしました」(中平氏)
広告デザインの現場もアナログではあるが、データは豊富だ。CPA(Cost Per Acquisition:案件獲得単価)、CTR(Click Through Rate:クリック率)、CVR(Conversion Rate:購買・登録などの成果達成率)といった数字がクリエイティブとひも付いているので、「より科学しやすい」と中平氏は言う。
またマーケットサイズも、人件費換算で国内5000億円、世界規模では8兆円と大きく、現状では競合はほとんどいないと中平氏はいう。
2019年9月に本格的にリリースされたAIR Design for LPは、広告主や広告代理店の課題を解決しようと生まれたプロダクトだ。インターネット広告から誘導された先でプロダクトやサービスを紹介し、ユーザーの購買や登録などの行動に結び付けるためのLPを、AIで生成。クリエイターが最終調整をしてクオリティを向上させつつ、高速・大量にLPを提供することを可能にしている。
インターネット広告の世界では、アドテクノロジーの進化により、広告配信の改善はGoogleやFacebookといったプラットフォーマーのAIが自動で実現するようになった。そこで改善すべき領域として残されたのが、バナーやLPのクリエイティブ。だが、この部分は属人的で、アナログに取り組まれているのが現状だ。
「全国8200カ所、デザイナー数平均4、5人ぐらいのデザイン事務所が、それぞれの勘と経験からひとつひとつを手作業でクリエイティブを制作しています。いまだに遅くて高くて精度があいまいなものづくりの方法です。これに対して僕らは、データやディープラーニングの技術を活用することによって、AIが成果の上がるデザインを予測して、自動で高速に試作し、そこでだいたいの方針を決めたら、最後はAIのサポートを受けながら人間がデザインを作り込むというやり方をとっています」(中平氏)

「成果の上がるデザイン」を効率よく予測・試作・制作
AIR Design for LPで「成果の上がるデザイン」を予測し、試作し、制作するプロセスをもう少し具体的に見ていこう。予測のための学習データとなるLPは、インターネット上をクローリングして収集。出稿量や改善の回数などからスコアリングを行い、パフォーマンスの良し悪しを測定する。
そこから、成果の出そうなLPのデザインの構成要素を、AIによる画像解析「Reverse Design」で因数分解。完成されたデザインから、色やキャッチコピーのフォント、文字、使われている写真の被写体が占める面積、性別年齢、向きなどを把握する。
ガラパゴスでは、4万件のスコアリング・因数分解済みのLPをデータベース化し、「成果の上がるLPデザイン」の予測を可能にした。これにより、例えば「美容化粧品を20代の女性にこういう形で売りたい」というインプットがあれば、CVRの高い、パフォーマンスが良いと推測されるLPの構成順序や枠組みを、AIがレコメンドしてくれる。
レコメンドされるLPのパターンは1つではなく、複数個を高速に試作して提案してくれる。その中から選択したデザイン構成に合わせて、AIR DesignのライターがAIのサポートを受けながら、オーダー情報に合わせてコピーライティングを行い、ワイヤーフレームを完成。ラフデザインの初期工程もAIが自動で行い、最後の仕上げをAIR Designのデザイナーが担当する。
「このプロセスのいいところは、品質は高いんだけれども、従来よりも4倍速く制作できるところ。かつ安いので、デザインのパターン展開を同時に複数案、実施できます。同じ価格で5倍のデザインを試すことができる例もあり、毎月複数パターンでのA/Bテストを行って、改善して勝ちパターンを探すことで、CVRを上げることも可能になります」(中平氏)
「1社だけでなく、導入各社でCVR改善を再現できている」(中平氏)というAIR Design for LP。「顧客から見れば何もしなくても、ただチェックするだけで最適なLPを複数パターン、毎月毎月受け取ることができるというサービス」と中平氏は述べている。
サブスクリプション型で提供されるサービスの料金は、月1本程度のLP提供を想定したライトプランで月額30万円、2本のLPでA/Bテスト実施を想定したスタンダードプランで月額50万円だ。
AIR Design for LPは2019年9月の提供開始から、10カ月で導入企業が100社を超えた。クライアントは美容・健康食品のほか、通信や金融・保険、人材やB2B SaaSなど幅広い。また、LPに加えて2020年6月にはバナーデザインのAIR Design for BANNERをリリース。こちらも現在、60社ほどの利用があるという。そして9月1日には、広告動画制作のAIR Ad Movieもシリーズに加わることとなった。
AIR Ad Movieでは3万点以上の動画広告データをAIが分析。動画制作においても効果予測と試作、制作を高速・大量に行うことで、制作時間の短縮とコストの低減を実現。A/Bテストもより容易に行えるようにすることを目指している。
AIR Designシリーズの競合は大きく「クラウドソーシング型」と「AI・工業型」の2種類に分かれると中平氏はいう。そのうち、クリエイターをマッチングしてデザインを供給するクラウドソーシング型については、「マッチングのプラットフォーマーとしてサービスが展開されており、クオリティーコントロールの概念はそれほど強くない」と中平氏は見ている。
「僕らは製造業上がりなので、『工場』を作っていると思ってるんですよね。今まで手織りだったところへ、自動織機を持ち込んだ豊田自動織機のように、我々は、手作業でやっていたデザインを、機織り機を作って自動化するというのを体現している。そこはクラウドソーシング型とは違うかなと思っています」(中平氏)
AI・工業型ではサイバーエージェントの「極予測AI」などがAIR Design for BANNERと近いプロダクトだと見ているとのこと。ただ、極予測AIは既存クリエイティブよりもAIによる効果予測値が上回ったクリエイティブのみを成果報酬型で納品するのに対し、AIR Designは高速・大量に試作を行い、スコアの高いものを選んで、最後は人が調整して納品する点が異なる、と中平氏は説明する。
デザイン改善効果を可視化するSaaS開発、オフライン領域進出も
2019年10月ごろからメンバーも増え、現在は80人規模となったガラパゴス。2020年4月には、みずほキャピタル、アコード・ベンチャーズ、アーキタイプベンチャーズ、GA3号投資組合/GA4号投資組合(グローブアドバイザーズ)、G-STARTUPファンド(グロービス・キャピタル・パートナーズ)、三生キャピタルを引受先とし、プレシリーズAラウンドで総額2億2300万円の資金調達を実施している。
調達資金の使途の方向性は大きく2つ。1点目はプロダクトのラインアップを増やすことだ。

「クライアントの立場に立てば、ある商品を1つ広告で売ろうと思ったときに、結局はCPAを見ている。つまりCTRとCVRを両方改善したいというのがニーズです。そうするとLPからコンバージョンが得られたら、次は(CTRを上げるために)バナーもやってほしい、バナーで限界が来たら動画もやってほしい、となります。そうしてCTRを上げてみると、今度はCVRが下がってきたのでLPも改善しよう、とつながっていく。こうしてバナー、動画、LPの中でグルグルと改善サイクルが回せる状況を作るために、今回の調達資金でLPに加えて、バナー、動画制作のプロダクトリリースを実現しました」(中平氏)
もう1点は、これらのプロダクトによる改善効果をクライアントが見ることのできるSaaS製品の開発だ。
「バナーや動画の改善をしたときに、どれが良くてどれが悪いのか、どう改善すればいいのか、過去にどういうパターンが良かったのか。それを見られる状態をクライアントは欲しがっています」(中平氏)
中平氏は「僕が考えるクリエイティブ視点での改善サイクルは、お医者さんと同じで、診断から特定、解析、治療があって、再診して予後を見るというサイクルがクリエイティブにもあると思っています」と話している。

「CPAが高くなってきたとして、どの部分が悪いのかを特定し、バナーのCTRが悪いのだとしたらバナーを画像解析して改善の計画を人間が立て、過去のクリエイティブパターンから最適なデザインを予測、試作、制作して、広告を配信し、また集計して診断するというサイクルが、今は誰もできていないし、その仕組みもない。これができればクライアントもうれしいし、僕らもデータが集まるので、同じようなサービスの参入障壁になります。予測はデータがいかに集まるかが勝負なので、SaaS展開が次の戦略かなと僕らは考えています」(中平氏)
開発中のSaaSのクライアント画面では、バナーやLPの組み合わせでパフォーマンスを可視化。問題の出ているクリエイティブについては、どの部分にデザイン的な課題があるのかも指摘する。また、デザインをデータで因数分解して、色や文字のバランス、写真の有無など、次の制作の改善のための仮説を立てることも可能だ。
SaaSからデザインの改善を始めて、AIR Designシリーズを利用してもらった顧客に、さらに続けてもらうための施策として、中平氏はチラシやダイレクトメールといった、オフラインのマーケティングにかかわるクリエイティブにもラインアップを拡充することを目論んでいる。
「紙のデザインにも間違いなくニーズはある。ここに関しては、他社と共同で研究開発を行っています。チラシのデザイン、印刷から、配送、効果測定を行い、またデザインへフィードバックするという仕組みを作ろうと考えています」(中平氏)
中平氏は今後、オンライン、オフラインでの集客のほか、メールやLINE、アプリといった、いったん顧客になった人をフォローするCRM領域にも踏み出したいと語っている。
「マーケティングファネルのクリエイティブを全方位で押さえて、マーケティングにかかわるデザインのデータをどんどん蓄積していきます。さらにもっと先では、マーケティングデータから、商品の何が顧客に『刺さる』のか、どういう訴求が当たるのかが分かり始める。すると、商品開発まで遡れるのではないかと考えています。そうなれば新商品開発の段階で、これまでのマーケティングのクリエイティブデータが必ず欲しくなるはず。そこまで行ければ、このプロダクトの対象とする市場はもっと大きくなると期待しています」(中平氏)