BionicMのメンバー。前列右から2番目が代表取締役社長を務める孫小軍氏。 画像提供 : BionicM
BionicMのメンバー。前列右から2番目が代表取締役社長を務める孫小軍氏 画像提供 : BionicM
  • ユーザーの動きをアシストするパワード義足
  • 大手3社が7割のシェアを握る寡占市場
  • “義足ユーザー”だからこそ見つけた課題で起業
  • 目標は来年の実用化、ゆくゆくは義足以外の領域にも拡張へ

「ロボット技術と人間をうまく融合させることで、人々のモビリティ(移動)にパワーをもたらしたいと考えています。まずはニーズが高く、自分自身も課題を感じていた義足の領域から始めて、ゆくゆくは足の不自由な方々のモビリティを拡張するデバイスを作っていくのが目標です」

そう話すのは2018年12月創業の東京大学発スタートアップ・BionicM(バイオニックエム)で代表取締役社長を務める孫小軍氏だ。同社では現在ロボティクス技術を活用した“パワード義足”の製品化に向けて研究開発に取り組んでいる。

BionicMをけん引する孫氏自身、学生時代からの義足ユーザーだ。大学院卒業後は一時、ソニーで技術者として働いていたが、既存の義足の課題を自ら解決するべく、東京大学でロボティクス関連の研究が進む研究室へ進学。2018年にBionicMを創業した。

現在は試作品のブラッシュアップとユーザーテストに取り組んでいる段階で、2021年の実用化が目標。研究開発を加速させる目的で、総額5.5億円の資金調達を8月に実施している。第三者割当増資の引受先は東京大学エッジキャピタルパートナーズ(UTEC)、東京大学協創プラットフォーム開発、科学技術振興機構の3社だ。

ユーザーの動きをアシストするパワード義足

BionicMが開発を進めるパワード義足
BionicMが開発を進めるパワード義足

BionicMが現在開発を進めているのは、ロボティクス技術を用いてユーザーの動きをアシストするパワード義足だ。この義足にはさまざまなセンサーが内蔵されていて、人間の動きを読み取り、その動きに合わせてモーターを制御することでユーザーにパワーを与える。

孫氏によると、現在市場に出回っている義足の99%は動力を持たない「受動式義足」と呼ばれるオーソドックスなタイプのもの。自転車に例えるとシンプルなママチャリのようなイメージで、機能面では限りがある反面、他の義足に比べると価格も安く入手しやすい。

一方でBionicMが手がけるようなパワード義足(能動型)は、いわばハイスペックな電動自転車。義足自体が力を出してくれるのでユーザーの負担が少ないのが最大の特徴だ。

「受動式の義足は、人間の足に置き換えると骨と関節の機能しか持っていません。つまり筋肉の機能がないため、ユーザー自身の力で義足を振って動かす必要があります。一方でパワード義足には筋肉の機能が加わることで、義足自体が力を出してユーザーの動作を助けてくれる点が大きな違いです」(孫氏)

BionicMが開発中の義足では歩行時に振り出す動作を後押しすることで、身体への負荷を抑えながら自然に歩けるようにサポート。段差につまずいて膝が折れてしまうような場面でも、その動きを素早く検知して力を出すことでユーザーが転倒しないように支える。椅子から立ち上がる時も、ユーザーは両足に均等に体重をかけながら楽に起立することが可能だ。

既存の受動式義足とパワード義足の違い
既存の受動式義足とBionicMが開発するパワード義足の違い

孫氏が義足を作るにあたって受動式義足の利用者に課題点をヒアリングをしたところ、「階段昇降における難しさ」「足腰にかかる負担」「転倒への恐怖」がトップ3だった。

たとえば階段を昇り降りする場合、受動式の義足では体重をしっかり支えるのが難しいため完全に健足(義足をしていない方の足)に頼る形になり、健常者のように片足で交互に1段ずつ進むことができないという。常に健足側に負荷がかかるため、長期間使用していると足腰への負担が蓄積し、二次障害に繋がるケースもあるそうだ。

「特に日本では下肢切断者の約7割が60歳以上の高齢者であり、動力を持たない義足を使っても自力では立ち上がれなかったり、移動するのが大変だったりすることから義足を諦めてしまう人もいます。切断の原因は糖尿病などの末梢循環障害が中心のため、今後を見据えても高齢者の方にも使いやすい義足が必要です。自分たちは新しい技術を用いて、そこにイノベーションを起こしていきたいと考えています」(孫氏)

受動式義足は入手しやすい反面、機能面では改善の余地がある
受動式義足は入手しやすい反面、機能面では改善の余地がある

大手3社が7割のシェアを握る寡占市場

既存製品に関して課題感を感じるユーザーも少なくないが、その割に義足市場では大きな変化が起こっていない。孫氏はその一因に「海外の大手企業3社が7割のシェアを握っている寡占市場であること」を挙げる。

競争が進まないことによって、ユーザー視点では価格が高い。シンプルな受動式のものでも数十万円〜100万円ほどの価格帯で、少し高いものでは200〜300万円するものもある。すでに販売されているパワード義足に関しては約1000万円ほど。一部の人しか購入するのが難しい状況だ。

また技術の進歩も遅く、孫氏によると20〜30年前の技術が使われている製品も多いそう。それでも上位の企業は十分に利益が出て、市場からも評価されているので焦って先進的な製品を開発する必要性がないわけだ。

BionicMでは自社で研究開発を進めてきた技術を軸に、現在販売されているパワード義足の3分の1ほどの価格で、より高品質な製品を世に送り出すことを目指している。

現在パワード義足を扱っている大手企業は自社で開発に必要な技術を持っていないため、他社を買収したり、ライセンスフィーを支払ったりすることで対応しているそう。孫氏の話ではその結果として価格が高くなっている可能性もあり、自社でうまく開発できれば低価格化も決して不可能ではないという。

またコスト面だけでなく、機能面でも改善できる余地がある。パワード義足は義足自体が勝手に動くため、ユーザーの意図と違った動きをしてしまうと逆に不安材料になる。

「たとえばユーザーが握手をするために前傾姿勢を取った時に、義足が勝手に歩きたいのだと判断して膝を曲げてしまうことがあります。これでは返って転びやすくて危険。既存製品には安全面で改善の余地があると考えていて、BionicMでは独自のアクチュエーター技術や制御技術、センシング技術などを軸にユーザーがいろいろな動きをしても安心して使える義足を開発しています」(孫氏)

加えて、実際に日常生活で利用するとなるとバッテリーも大きなポイントだ。大きいバッテリーを使うと持ち時間が長くなる一方で、重さやサイズがネックになる。これについても省エネ設計で必要な時に必要なパワーを提供できる仕組みを作り、パワード義足の良さはそのままに、長時間稼働できる状態で実用化したいという。

“義足ユーザー”だからこそ見つけた課題で起業

中国で生まれた孫氏は、9歳の時に病気で片足を切断した。当時中国では補助制度などもなく、義足自体も非常に高価なものだったため、それから15年に渡って松葉杖を使った生活を続けてきたという。

学生時代に1年間の交換留学で東北大学に通っていた際に日本での生活に関心を持ったことをきっかけに、中国の大学卒業後に東京大学の大学院に進学。そこで生まれて初めて自分の義足を作った。

孫氏自身が義足ユーザーであり、自ら感じた課題を解決するために起業の道を選んでいる
孫氏自身が義足ユーザーであり、自ら感じた課題を解決するために起業の道を選んでいる

卒業後はソニーに入社し、エンジニアとして勤務する日々。義足を使い始めた当初は松葉杖に比べて両手が自由に使え、生活の自由度も増したと感じていたが、社会人になり徐々に状況が変わっていった。キャンパス内で多くの時間を過ごしていた学生時代と違い、都内のオフィスを往復することが増え、たくさんの階段を登ったり人混みを移動したりする中で義足の課題点を感じるようになったのだ。

エンジニアとして、自分自身でもっと便利な義足を作りたい──。そう考えた孫氏はソニーを退職し、再び東大の大学院に進むことを決断する。

進学先として選んだのは、ヒューマノイドロボットを研究する情報システム工学研究室(JSK)。かつてJSKからスピンアウトする形で設立されたSCHAFT(シャフト)は後にGoogleに買収されたことでも注目を集めたが、これまでに何人もの技術者や起業家を輩出している、この分野では日本有数の研究室だ。

BionicMで開発するロボット義足にも、孫氏がここで学んだ最先端のロボティクス技術が活用されている。研究室時代に作ったものをベースに何度も改良を続けていて、現在の試作品は8代目。昨年3月にはUTECから億単位の資金調達を実施し、体制を強化しながら研究開発に取り組んできた。

現段階で孫氏の感覚的には「8割くらいの完成度」までは仕上がってきているとのこと。ここからさらにブラッシュアップを重ねながら、来年の実用化を目指していく。

「とはいえ残りの2割がとても大変で、ここからが勝負です。人間の足はすごくよくできていて、意識していない状態でもいろいろな動きをしています。安全な義足を作るには、その動きを全て認識した上で、適切に制御しなければいけません。まだまだブラッシュアップが必要です」(孫氏)

研究室時代から何度もブラッシュアップを重ねていて、現在は8代目になる
研究室時代から何度もブラッシュアップを重ねていて、現在は8代目になる

目標は来年の実用化、ゆくゆくは義足以外の領域にも拡張へ

今回の資金調達は実用化に向けてもう一段階ギアを上げるためのものだ。現在は12名ほどのチームで研究開発を進めているが、ここからさらに組織体制を強化し、引き続き製品のブラッシュアップや臨床評価試験に取り組む。

その一環として、BionicMではpopIn代表取締役の程涛氏が社外取締役に就任したことも明かしている。popInは程氏が東京大学情報理工学研究科の修士在学中に立ち上げたスタートアップで、2015年に中国百度の日本法人であるバイドゥと経営統合し子会社となった。2017年より世界初のプロジェクター付きシーリングライト「popIn Aladdin」を手がけるなど、程氏はIoT技術領域やアジア地域のマーケットにも明るいため、その知見を基にパワード義足の開発や販売面での支援を受ける計画だ。

すでにBionicMは中国におけるビジネス展開の拠点として現地に子会社を設立済み。材料の調達や一部の開発などを中国で行うなど、日本・中国双方の強みを活用したいという。

今までは開発面にひたすら注力してきたが、今後は「ビジネス側のイノベーション」にもチャレンジする方針だ。たとえばローンなど金融面のスキームを整えたり、レンタル・リースなどビジネス構造を拡張したりすることができれば、より多くのユーザーが自分の使いたい義足を手にできるチャンスも増える。その点は「いろいろな企業とのパートナーシップも模索しながら、進めていきたい」と孫氏は話す。

「自分たちとしては、モビリティカンパニーとして事業を拡大していきたいと考えています。パワード義足からスタートして、そこで蓄積した技術を活かしながら人間のモビリティを高めるパーソナルデバイスを実現する。そのためにも、まずは来年の実用化に向けてパワード義足の研究開発を加速させていきます」(孫氏)

BionicMのメンバー。前列右から2番目が代表取締役社長を務める孫小軍氏
BionicMが開発を進めるパワード義足
既存の受動式義足とBionicMが開発するパワード義足の違い
受動式義足は入手しやすい反面、機能面では改善の余地がある
孫氏自身が義足ユーザーであり、自ら感じた課題を解決するために起業の道を選んでいる
研究室時代から何度もブラッシュアップを重ねていて、現在は8代目になる