台湾政府デジタル担当大臣のオードリー・タン氏 画像提供:LINE
  • 高速、公平、そして楽しい──台湾の新型コロナ対策
  • インフォデミックへの台湾の対策
  • AIは「人間社会を支援する存在」であるべき
  • 先端技術を一部の企業が独占すべきではない

未曾有の危機に対して、どのように対応するか──新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染対策では、各国の政府が危機管理能力を見せる機会となった。

震源地とされる中国の隣、台湾ではロックダウン(都市封鎖)をすることなく、新型コロナの抑え込みに成功した。LINEが9月11日に開催した年次イベント「LINE DAY 2020」では、台湾政府でデジタル担当大臣を務めるオードリー・タン氏(Audrey Tang、唐鳳)がオンラインで現地から参加し、台湾のコロナ対策、AIの未来などについて語った。

高速、公平、そして楽しい──台湾の新型コロナ対策

9月16日現在、台湾の新型コロナ感染者は累計500人、死者は7人だ。各国と比較しても、その数は圧倒的に少ない。なぜ台湾は新型コロナの抑え込みに成功したのか。タン氏は台湾の新型コロナ対策として、3つの"F"があったと明かす。そのFとは「
Fast(高速)」「Fair(公平)」「Fun(楽しい)」だ。

これらについては、次のタン氏の話を聞けば伝わってくる。まずは”高速”について、タン氏はこのように語る。

「2019年12月、台湾のソーシャルメディアで中国・武漢で新しいウイルスが話題になっていました。ですから、医療機関はすぐに武漢から台湾に向かうフライトの乗客に対して検疫を開始することを決めました」(タン氏)

その意思決定を下したのは、1月1日。「これは世界よりも、少なくとも10日は早かったのではないでしょうか」とタン氏は胸を張る。その背景には、2003年に大流行した前回のコロナウイルスSARS(重症急性呼吸器症候群)の教訓がある。「毎年訓練を実施してきた成果です」とタン氏は語る。

また、公平についてはマスクの配布でわかる。まず台湾政府はマスクの生産体制を、1日200万枚から10倍の1日2000万枚体制に整備した。だが、それをいかに公平に配布するか、が課題となっていた。単純に販売するだけでは日本でも起きたようにマスクの買い占めが発生してしまうかもしれない。そこで台湾は国民の99.99%が持っている健康保険証を活用し、これをかざすことで2週間分のマスク(9枚、子供は10枚)をもらえるようにした。実はここに、”楽しい”の要素もある。

タン氏は台湾のマスクマップを紹介した 画像:筆者撮影

台湾政府は、最寄りの薬局とそこにあるマスクの在庫数がリアルタイムで表示されるマスクマップを用意したのだ。

「内閣レベルでのミーティングを開き、薬局の協力をえて、薬局の営業時間、マスクの在庫を30秒ごとに更新するオープンデータを活用した仕組みを構築しました」(タン氏)

実際に列に並び、前の人がマスクを受け取ると、その薬局のマスクの在庫数は9枚減ることになる。このような仕組みは「人々がオープンなデータを信じる、という点で非常に重要でした」とタン氏は語る。

最後の”楽しい”は、チャットボットだ。これはマップの操作に慣れない高齢者などを想定したもので、チャットボットを使って位置情報からマスクの在庫がある最寄りの薬局を知ることができる。最も人気だったチャットボットがLINEで、台湾疾病管制署のLINEアカウントのフォロワーは1週間も経たないうちにフォロワーが急増した。

なお、台湾政府は国外から入国する人に対して14日間の隔離を求めるが、台湾に居住地を持たない人の宿泊施設として高級ホテルが部屋を無償提供した。さらには1日33ドルも支給。これには14日間の隔離をきちんと守ってもらう狙いが込められているが、ここでもチャットボットが活躍する。

台湾疾病管制署のLINEアカウントはチャットボットを導入して問い合わせに対応した 画像:筆者撮影

HTC傘下のDeepQがLINEのチャットボットと連携し、AI対話ロボット「蘭医師」を開発。LINEを通じて、高齢者は正確な受診情報を得られる体制を整えた。開発・実装に要した期間はわずか1ヶ月。これにより、保健所や医療機関の担当者の負担も軽減できたという。

こうした台湾の取り組みを聞いたLINEの代表取締役兼CWO(Chief WOW Officer)、慎ジュンホ氏は、「どのような問題意識を持ち、リソースを調達して解決案を出すか。(台湾政府の動きは)民間企業が課題やプロジェクトを進める時と同じです」と台湾政府を評価した。

代表取締役兼CWOの慎ジュンホ氏(左)と台湾政府デジタル担当大臣のオードリー・タン氏(右) 画像:筆者撮影

インフォデミックへの台湾の対策

コロナ禍において、タン氏は民間企業にどのような期待をしているのか。慎氏の質問に対し、タン氏は「インフォデミック」をあげた。インフォデミックは情報の”インフォメーション(information)”と伝染病の”エピデミック(epidemic)”を組み合わせた言葉で、根拠のない情報がSNSなどを通じて急速に伝播することだ。WHO(世界保健機関)も、新型コロナに合わせインフォデミックへの警戒を呼びかけている。

「人々はストレスや不安を感じており、デマもあります。LINEのように簡単に情報を共有できる仕組みがある一方で、その情報や考えが事実をベースにしているのかのチェックなしに広がる恐れがあるんです」(タン氏)

TwitterのようなオープンなSNSとLINEの違いとして、LINEはクローズドな点を挙げる。

「LINEはエンドツーエンドで暗号化されており、受信者しか見ることができませんが、Twitterならスパムであるとフラグを立てることしかできません」(タン氏)

そこで、「LINEがファクトチェックのパートナーと協業することに期待する」とタン氏は自身の思いを述べた。LINE台湾ではCSRの一環として、どのような噂がトレンドなのかを見たり事実を確認するための取り組み「LINE Fact Checker」を用意している。

LINE台湾はインフォデミック対策としてファクトチェック「LINE Fact Checker」を開発、20万人以上の通報があったという 画像:筆者撮影

タン氏はLINE Fact Checkerに触れながら、「20万人を超える人が通報し、4万件以上がデマとわかった。言論の自由、コミュニケーションの機密を犠牲にすることなく、簡単に通報したり共有できる仕組みになっています」と語った。

これを受けて慎氏は、「台湾チームと定期的にやりとりする中で、フェイクニュースの問題が出ていました」と明かした。LINE台湾のスタッフが社会貢献を含めてこのプロジェクトを進めたいと持ちかけたので、社内プロジェクトとして全面的に支援したという。

AIは「人間社会を支援する存在」であるべき

タン氏はシビックハッカーを名乗り、AppleのAIアシスタント「Siri(シリ)」の開発に6年関わった経験もある。AIが今後もっと使われるようになり、社会に入ってくることについて意見を聞かれたタン氏は2つの点を強調した。

1つ目は、AIが人間の利益を最優先にし、ユーザーの価値と一致していること。AIは「Artificial Intelligent(人工知能)」の略だが、タン氏は「AIはAssistive Intelligent。つまり人間社会をアシストするものと考えています」と述べる。例として、「ユーザーが個人情報を気にするなら、AIもプライバシーを最優先にして機能します」と説明した。

2つ目は、相互の説明責任だ。「AIが『なぜそのような決定をユーザーの代わりにやっているのか』を説明できるようにすべきです」(タン氏)

LINEの慎氏はタン氏の意見に同意しながら、「AIはテクノロジーの観点から入ると社会問題を起こしたり、弊害が起きやすくなります」と述べながら「LINEが考えるAIは、ユーザーにどのような新しい価値や利便性を提供できるかからスタートしています」と強調した。

LINEの取り組みとして、コロナ禍で音声認識を使った自動応対により医療機関の人手不足問題に対応したり、スマホの扱いが得意ではない高齢者などを支援したりしているとした。また、顔認識技術により対面せずとも本人確認ができるなど、研究開発を進めているという。福岡市と進めているスマートシティプロジェクトでは、キャッシュレスやAIによる行政手続きの効率化など、「色々な場面でどうすればもっと住みやすい環境にできるかを議論している」と報告した。

これに対しタン氏は、スマートシティをスマートフォン、市民を個人に置き換えて、「スマートフォンがスマートすぎると人はスマホ中毒になる。スマートシティもスマートになりすぎて意思決定をするようになると、市民が市政に参加しないようになる」と警告した。

「スマートフォンもスマートシティも素晴らしいが、デザイナーのように謙虚であるべき。特定の問題にはこの解決策とロックインされるのではなく、異なるやり方を選ぶことができ、イノベーションを起こすことができるようにすべきです」(タン氏)

先端技術を一部の企業が独占すべきではない

最後の話題は、ニューノーマルの時代においてアジアのインターネット企業がどのような役割を果たすべきか、だ。

LINEの慎氏は現在のAIについて、「一部の大手企業が主導権を握って主なテクノロジーを自社で持ち、特許で独占されている状況」と、GAFA(Google、Amazon、Facebook、Appleの略)ら米国企業による独占を暗に指摘する。

「例えば新型コロナのような危機において、この技術が公平に使われているのか、アジア各国でこの技術を必要な場面で、必要な企業が持っているかという課題もあります」先端技術を一部の大手企業だけではなく自社で開発したり、欧米の目線ではなくアジアの観点で正しい人が使う世界があるべきだと思います」(慎氏)

画像提供:LINE

一方のタン氏は、「企業の社会的責任」を強調した。「自然災害やパンデミック発生時、職業に関係なく災害救済活動が取り組むことができると信じている」とタン氏。また、日本だけでなく台湾でも切実な問題である高齢化社会をとりあげ、「高齢者が社会から排除されるのではなく、テクノロジーを利用して退職した後も社会に参加できるのでは」と提案、IT企業はこれを支援することができると提案した。

「IT企業は社会の価値を支援する存在と見ることができる。これにより社会にもっと受け入れられるだろう」とタン氏は述べ、GAFAについてもその国の規範を守るべきとした。