
- アイデアを出す時は日本茶
- 実現困難なデザイン、引き受けたのは岐阜の老舗製陶所
- リモートワーク時代に特化したプロダクト
- 日本茶は面白い。だからこそ、“道具”であれ
新型コロナウイルスの影響によって、リモートワーク(在宅勤務)がスタンダードとなったことで新たな問題も生まれている。それが“働きすぎ”という問題。これまで当たり前に行っていた移動の時間が減り、オンとオフの切り替えがしにくくなったことがひとつの要因と言えるだろう。
そんなリモートワーク時代特有の悩みを抱える働く人に向けて、日本茶を活用した仕事中のいい「一区切り」を提案するのが岐阜県発の日本茶ブランド「美濃加茂茶舗(みのかもちゃほ)」だ。応援購入サービス「Makuake(マクアケ)」でワークスペースに特化した湯のみ「CHAPTER(以下、チャプター)」をリリースしたところ、予想以上の反響を得ている。
『いい仕事は、いい「一区切りから」』──そんな思いを実現するプロダクトの開発背景、そして今後の展望とは。
アイデアを出す時は日本茶
美濃加茂茶舗は、IT系のコンサル事業を行う名古屋のベンチャー企業が地域おこし事業の一貫としてスタートした日本茶ブランドだ。2020年、美濃加茂茶舗の店長であり、日本茶インストラクターの伊藤尚哉氏が代表取締役となり、日本茶専門の会社として独立した。
チャプターの開発が始まったのは2019年7月頃。“本物を知る先輩たち”を尋ねる自社マガジンの取材で、クリエイティブユニット「TENT」の青木亮作氏・治田将之氏に店長の伊藤がインタビューをしたのがきっかけだ。
TENTの2人は仕事内容やシチュエーションによって飲み物を分けており、特にアイデア出しのときには意識的に日本茶を選んでいる、という。日常の中にもっと「お茶でも飲みますか?」と言えるシーンを増やしたいと考えていた伊藤は、実現のための“道具”の開発を決意する。
この日から、仕事のシーンで自分たち自身が本当に使いたい茶器」をつくる共同プロジェクトが始まった。キーワードは、ひとり用・オフィス用・ひとつで完結。その結果、たどり着いたのが「湯量を計量できる湯のみと、茶葉を置ける蓋」の構造だった。
プロダクトの原型を見てみると、新しい時代の道具らしさと、湯のみとしてのスタンダードさを両立する佇まいを持ったものが完成した。

実現困難なデザイン、引き受けたのは岐阜の老舗製陶所
「お客さんの理想を実現するのが自分の仕事。自社ブランドで世界一になれなくても、OEM(Original Equipment Manufacturing。他社の名義やブランド名で販売される製品を製造すること)の世界一、つまりお客さんの理想を叶える世界一にならなれると思ったんです」と語るのは、チャプターの製造を担う丸朝製陶所4代目代表の松原圭士郎氏だ。
丸朝製陶所は国内外の名だたる企業・ブランドの製造を請け負う磁器メーカー。チャプターは蓋と本体のかみ合わせ部分の構造が複雑で、焼き物で再現するにはかなりの技術力が必要だった。ただ、図面を見せて打診した際、松原氏はすぐに「やってみましょう」と前向きな返答をくれた。

多くの雑貨店で売られている家庭用食器は、十分な酸素がある状態で短時間で焼く「酸化焼成」で作られる。それに対して、汚れにくさや強度が求められる業務用の食器を多く扱う丸朝製陶所では、ほぼすべての製品を窯の中の酸素が足りない状態で1300度の高温で24時間焼き締める「還元焼成」の手法で製造している。ここにはOEMの世界一を目指す同社が誇る“多治見締め”の製法が使われているのだ。手間と費用がかかるが、この製法によって他には真似できないプロダクトを作ることができる。
この製法であれば、湯のみの内側を素地のままにできるため、釉薬を塗ることで生じる厚みの変化の影響を受けずに済む。内側に複雑な構造を持つ、チャプターにぴったりの製法だったのだ。
リモートワーク時代に特化したプロダクト
3Dプリンターで作った試作品を見ながら修正を繰り返し、ようやく図面上でのデザイン完成が見えてきたタイミングでコロナ禍に突入。サンプル制作を筆頭に、このプロジェクト全体がリモートで進むことになった。
この期間に感じた世の中の変化やメンバー自身の価値観の変化は、商品名や打ち出し方を見つめ直す良いきっかけとなった。中でも、移動の減少が仕事にもたらす影響は、チャプターを通じて解決したい問題でもあった。
気分転換したり、アイデアを出すためにお茶する──そんな「ちょっとしたひと区切り」がなくなっている。暮らしや仕事のシーンにいい「一区切り」の習慣をつくる存在としてチャプターを使ってもらいたい。そんな思いがあった。
一人分の煎茶をデスクで飲む、その行為に最適な形を目指して開発してきたプロダクトは、「オフィス用」の枠を越え、『いい仕事は、いい「一区切りから」』の想いを乗せたリモートワーク時代の湯のみへと進化することになった。

予約販売のプラットフォームを自社のECサイトからクラウドファンディングサービスへと変更すると決断したのは、販売を開始する1カ月前のこと。「素地なのに汚れず頑丈、湯量も測れ、100年使える耐久性を持つミニマルデザインの湯のみ」は、それだけでも魅力を感じてもらえたかもしれない。
しかし、込めた想いを最も伝えられる仕組みを考えたとき、このプロダクトのリリースにふさわしいのはクラウドファンディングだろう、との結論に至った。
9月25日現在、Makuakeでのチャプターの応援購入者は500人を越え、1500%の目標達成まであと一歩に迫っている。美濃加茂茶舗、TENT、丸朝製陶所がこのプロダクトにかけた想いは、リモートワーク時代の働く人たちに少しずつ届き始めている。
日本茶は面白い。だからこそ、“道具”であれ
日本茶は歴史が長く、茶室やお作法のイメージも強いため、とっつきにくい分野である。一方で、無料で出てくるものと思われていたり、ペットボトル飲料のように喉の乾きを潤す存在として普及していたりするなど、“あって当たり前”の側面も持つ。言ってしまえば「0か100か」の世界である。
いま、日本茶はかなり進化していて面白い。産地ごとの味わいを楽しんだり、シングルオリジンの概念が広まったりする。ワインやコーヒーのような楽しみ方の土壌ができつつある。生産者の自社ブランドからお茶のセレクトショップ的なブランド、フリーランスの茶人まで、プレイヤーも提案内容もさまざまだ。しかし、一般の人が嗜好品として十分楽しめるクオリティのプロダクトが揃っているにも関わらず、他の商材ほど生活に入り込めていないのが実情とも言える。
特に「仕事中」の飲み物の選択肢は、コーヒーに完敗していると言っても過言ではない。ストレートに「日本茶っていいですよ」と伝えても誰も見向きもしないだろう。チャプターはまさに日本茶を習慣にしてもらうための“道具”。飲み物そのものではなく、ワークスペースに必要な「一区切り」と、それを実現するガジェットの提案なのである。
美濃加茂茶舗は誰よりも日本茶の可能性を信じている。ただ、日本茶は決して世の中にとって主役ではないとも考えている。主役はあくまで人であり、暮らしだ。

「普段お茶は飲みませんが、これを機に日本茶を試してみます」
クラウドファンディングを通じて届いたサポーターの声を胸に、美濃加茂茶舗は今後も日本茶を現代社会に実装するための挑戦を続けていく。

松下沙彩(まつしたさあや)
美濃加茂茶舗を展開する「(株)茶淹」取締役。広告会社にて国内企業のコミュニケーションプランニングに従事。美濃加茂茶舗立ち上げ期よりプロジェクトマネージャーとして参画。同年、日本茶アドバイザーの資格取得。2020年代表の伊藤と(株)茶淹を共同創業。