
- スマホの5G化が必要なワケ
- 「エンタメ」が5G当初のキラーコンテンツに?
- “コンテンツ化”する高性能スマホ
- 「安いスマホ」ほど差別化が難しい
- 「すべて5G化」と「サブブランド強化」はコインの裏表
- 5G小容量プランは「4Gと同額」に
- 公約は「携帯値下げ」菅総理の誕生が与える波紋
東京オリンピック開催にあわせ、この夏から一斉に普及させるべく準備が進んでいた日本の5G環境。3月に携帯3社が5Gスマホ第1弾を一斉に発売している。
それが昨今の新型コロナウイルスの流行という“逆風”に見舞われた。東京オリンピックは延期となり、緊急事態宣言下での外出自粛や携帯ショップの営業短縮により、5Gスマホの販売は思わしくない状況が続いている。

KDDIが9月25日に開催したauの発表会からは、この5Gを「再始動」させる意図が透けて見えた。スマホの新機種は、折りたたみスマホ「Galaxy Z」シリーズの5Gの高速通信を生かせるハイエンドモデルを用意する一方で、現在のラインナップで手薄になっている中・低価格帯のモデルを並べる。総務省が“スマホ値引き規制”を進める市場環境の下で、「高性能」と「低価格」に両極化するニーズに応える構成となった。
スマホの5G化が必要なワケ
モバイル通信サービスは、1980年代に自動車電話として始まった第1世代以降、約10年のサイクルで大幅なアップデートを行ってきた。その第5世代にあたる「5G」は、2020年をターゲットとして標準規格化され、世界の携帯キャリアが順次、導入を計画している。
5Gではこれまでの人が使う携帯電話だけでなく、モノが通信する「IoT」の導入が加速するとみられている。たとえば自動運転では、高速なだけでなく低遅延な(反応が高い)通信技術が必要となる。5Gの要求スペックには、そうした新技術を見据えた仕様が盛り込まれている。

ただし、現在の商用化5Gサービスで、IoTや自動運転で活用できる低遅延な5Gは行えない。その実現のためには、5G単独で動作する「SA(Stand Alone)」という仕様に切り替えていく必要があり、2021年以降に可能となると見込まれる。
現在は4G LTEネットワークとの連携が必須の「NSA(Non-Stand Alone)」と呼ばれる仕様に基づき、5Gの特長の中でも「高速・大容量」だけを実現している。
携帯キャリアとしては、まず「スマホでの5G」の普及を進めてモバイルネットワークを広げ、IoT向け通信の基盤を作る必要がある。
スマホで使うユーザーを増やし、全国の通信網を作らない限りは、IoT向けの低価格な通信サービスも展開が難しい。時間をかければすべてのユーザーが5Gに移行することになるが、移行が早く進めば4G LTE向け周波数帯を5Gエリアへ転換し、ネットワーク拡充を早めることができる。
auの「みんな5G」宣言は、5Gへの移行を促すための積極策に出たものと言える。
「エンタメ」が5G当初のキラーコンテンツに?
5Gスマホの最初のキラーコンテンツとなるは、「エンタメ」だろう。たとえば動画配信サービスでは4K・HDRのような高画質なコンテンツを5Gでどこでもストリーミング再生できるようになる。また、ARやVR、クラウドゲームのような、5Gスマホなら手軽に扱えるようになるだろう。
5Gでのエンタメコンテンツ重視の傾向は、世界の携帯キャリアで共通して見られるが、auは特にエンタメコンテンツの拡充に力を入れている。
5Gの料金プランでは映像配信サービスをセットにしたパッケージ料金を複数取り揃えている。auでは従来からNetflixなどの動画サービスをセットにしたプランを展開していたが、25日の発表会では新たに民放テレビ系の動画配信サービス3種をセットにした料金プランを発表。テレビ視聴者層への訴求もアピールした。

また、渋谷区と取り組む「バーチャル渋谷」や、出資先のSHOWROOMが運営するショート動画サービス「Smash.」など、エンタメコンテンツの紹介にスマホや料金プラン以上の時間を割いた。



高橋社長は「5Gではサービスがネットワークを選ぶ。auは魅力的なサービスとの連携で、選んでもらえるネットワークになる」とコンテンツ重視の姿勢を語った。
モバイル通信の進化でもっとも重要なのは「高速・大容量化」だ。通信能力が向上すれば、多くの機器の同時通信(トラフィック)を捌けるようになる。
つまり、多くの人に安価なデータ通信が提供できるようになり、潤沢なデータ通信を使った新しいサービスが登場することになる。大容量のデータ通信を使う動画見放題サービスが重視されるのは、そのような背景があってのことだ。

“コンテンツ化”する高性能スマホ
背景には、スマートフォンの台頭がある。アップルのiPhone、グーグルが主導するAndroidの2大プラットフォームへの集約が進んだ。どこのメーカーやキャリアのスマートフォンを買おうと、使える機能はほとんど変わらない。
また、3Gまでは携帯キャリアが積極的に端末の開発を行っていたが、スマホメーカーの淘汰が進み、その力関係も変化した。大手スマホメーカーのモデルを世界の携帯キャリアが一斉に導入する形式が一般的になっている。
つまり、携帯キャリアにとっては、スマホ自体で差別化できる要因が減っている。それがエンタメ重視の遠因になっているというわけだ。
さらに、スマホそのものが“コンテンツ”になっている傾向もある。初期の5Gはエリア展開も限られている、スマホに「5Gでしか使えない」機能を投入しても魅力は薄い。そのため、5Gスマホでは、5Gとは直接関係の無い新技術を投入が進んでいる。

折りたたみスマホはその代表格で、大画面をコンパクトに持ち歩けるという機能性が売りになっている。また、高解像度な8Kビデオ撮影が可能なスマホも複数のメーカーから登場している。
ハイエンドスマホのラインナップは、言ってしまえばブランディング戦略だ。機能的に尖った機種を並べることで、5Gの先進性をアピールできる。
「安いスマホ」ほど差別化が難しい
その一方で、販売の主力となるのが、中価格帯(ミドルレンジ)のスマホだ。だが、こと5G対応のミドルレンジとなると、差別化が難しい。
携帯電話販売の現場では、2019年10月に大きな市場変動が発生した。かつては高性能なスマホに高額な値引き(キャッシュバック)をつけて他社からの契約獲得を狙う呼び水にしていた。
だが、総務省が携帯キャリア向けの新たな販売ガイドラインを策定。スマホの高額な値引き販売が制限された。スマホ本体代の価格が重視されるようになった。ミドルレンジに追い風が吹いたとも言える。
大手携帯キャリアでもミドルレンジスマホの取り扱いを増やし、1万円台で買えるモデルも登場した。

「すべて5G化」と「サブブランド強化」はコインの裏表
そこでauが打ち出したのは「今後のすべてのスマホを5G化する」という方策だ。販売するスマホがすべて5G対応となれば、新機種を購入する際には5Gしか選ばれないことになる。

UQ mobileはWiMAXサービス提供するKDDI子会社が開始したMVNOだ。2020年10月にKDDI本体が吸収合併し、UQ mobileはauのサブブランドとして「シンプルかつお手頃価格」を求めるユーザーに対応する。KDDIグループのBIGLOBEやJ:COMが運営するMVNOは、特に小容量でより安価な料金プランを充実させていくという。
そしてauは大容量のデータ通信と多様なサービスを求めるユーザーに向けたプランを拡充していく。それがNetflixやテレビ系の動画配信とのセットプランだ。
つまり、低価格なスマホや小容量の料金プランを求めるユーザーに対しては、サブブランドへの移行を促す狙いだ。その意味で、「5G化」と「サブブランド強化」はコインの裏表の関係にあると言える。
5G小容量プランは「4Gと同額」に
ただし、auブランドは全国に店舗を展開し、充実したサポートを提供している。サブブランドのサポート体制はその料金構造上、auと同水準とはならない。あまりデータ通信を使わないが、au本体で契約をし続けたいというユーザーも一定数は残ることになる。
そこで25日には、小容量プランでの「値下げ」もあわせて発表された。月7GBまでの段階制プラン「5Gピタットプラン」が月当たり1000円値下げされ、4G LTEの同名プランと同額の設定になった。
ただし、この施策には料金重視のauユーザーの離脱を招くおそれもある。KDDIは、サブブランドのUQ mobile、BIGLOBEモバイル、J:COM Mobileを受け皿として活用する方針を示している。
ここで、5Gの不十分なエリア展開が足かせとなってくる。5Gでミドルレンジのスマホを投入する場合、4G LTEスマホよりも割高な価格設定となる。限られたスポットだけでの高速通信は、差別化要因として機能しづらいだろう。

もっとも、5Gの付加価値分として「4G LTEプラス1000円」の値上げをしていたものを、小容量プランに限って元の値段に戻したと捉えることもできる。データ通信をあまり使わない人にとって、現在の5Gサービスは魅力的ではないため、割高感を抑えるために致し方ない措置だったと言えるだろう。
大容量プランでは値下げは無いが、キャンペーンにより期間限定の割引が付けられている。
公約は「携帯値下げ」菅総理の誕生が与える波紋
携帯電話市場に対しては、さらなる逆風が吹きつつある。9月に菅義偉内閣が発足した。新首相となった菅氏は総務大臣時代から「携帯電話料金の値下げ」に対して強いこだわりを持っている。
菅氏が安倍内閣の官房長官を務めていた2018年には、「日本の携帯電話料金は4割下げられる余地がある」と発言。この発言がきっかけとなり、携帯3社は料金を引き下げた新プランを発表した。
一方で、総務省では携帯電話市場の競争活性化のためとして、「分離プラン」の導入を図った。2019年10月の“過度なスマホ値引き禁止”のガイドラインがそれだ。正確には携帯電話契約を前提とした端末値引きを制限する内容だ。この施策を5Gの普及という観点から見るとマイナス要因としかならないというのは前半で述べた通りだ。
料金値下げと端末値引き制限(スマホ代金負担の上昇)が同時に実施されたため、消費者にとって携帯電話の値引きによる恩恵は薄くなった。また、2019年10月の消費税引き上げも、負担を増す要因となった。
菅氏は首相となった際も、公約の1つとして「携帯電話料金のさらなる引き下げ」を主張している。
携帯キャリアはますます難しい状況に置かれていると言えよう。携帯キャリアは無線免許を元にサービスを提供しているが、全国に広がる通信ネットワークへの構築と運営は大きな資金を必要とする。また、収益を上げて投資家に還元される営利企業の顔も持つ。
菅氏がどのようにして「さらなる引き下げ」を実現するのかは現時点では不透明だが、5Gの普及を進めたい携帯キャリアにとっては喜ばしいことではないだろう。auの小容量プラン値下げやサブブランド戦略もこれに先手を打って対応したものと言えるが、今後の出方を慎重に伺っている様子も見受けられる。
髙橋社長は菅氏の発言について問われ、「国際的に比較しても遜色のない料金を求められている。昨今、求められている値下げを1一日も早く実現できるよう対応していきたい」と言及。
続けて「我々としても持続的に成長する必要がある。通信以外の分野で収益もしっかりと稼ぎつつ、携帯電話事業者としての使命を果たしていきたい」とコメントした。