
- 世界一の会社の“社内ベンチャー”誕生から30年
- 「シェア100%から激減」、ドコモの“凋落”に焦るNTT
- 「5Gは広い視点が必要」
- ドコモをNTTグループの総合窓口に
- 「6G」開発で連携強化
- 「結果として、値下げが実現する」
- 「競争のための方法論だ」
NTT(持株会社)は9月29日、NTTドコモを完全子会社化すると発表した。現在NTTはドコモの株式を64%程度保有しているが、残りの株式も株式公開買い付けにより取得する。2020年度内に完全子会社化を完了する見込み。両者は9月29日にオンライン会見を実施し、完全子会社化を決めた経緯や今後の方針を説明した。
子会社化の完了後、ドコモはグループ内のNTTコミュニケーションズ(NTT Com)やNTTコムウェアとの事業連携を深め、グループ内の経営リソースの最適化を図る。研究開発体制ではNTTとドコモのR&D組織の連携を強化し、“5Gの次”に向けた技術開発を加速する。
あわせて、NTTドコモの社長交代も発表された。現社長の吉澤和弘氏は12月1日をもって退任し、NTT出身で現ドコモ副社長の井伊基之氏が代表取締役社長に就任する。
世界一の会社の“社内ベンチャー”誕生から30年
NTTドコモはもともと、NTTグループの“社内ベンチャー”的な存在だった。前身のエヌ・ティ・ティ・移動通信企画株式会社が設立されたのは1991年。日本中が好況に沸いたバブル景気から、後に“失われた20年”と呼ばれる停滞期への転換点となった年だ。
旧電電公社から民営化されたNTTは、バブル景気のさなか時価総額で世界一を記録する。そんな時代に生まれた子会社ドコモは、自動車電話やポケベルから、携帯電話事業を手がけ、大きく成長。1998年には東証一部上場を果たす。

ドコモの誕生からおよそ30年で、世界は大きく変動した。通信分野では主役がパソコンからスマホに交代し、固定回線よりもモバイル通信が重要視されるようになった。そして今年、2020年には5Gサービスがスタート。5Gは将来的にモノの通信網を形づくり、社会インフラに溶け込む存在になると目されている。
潮目が大きく変化する中、日系企業は低迷を続けてきた。モバイル通信においては、技術開発での影響力低下も目立っている。3G時代には日本からの出願が4割を占めていたのに対し、5G特許の国別出願数では6位に落ち込んでいる。その5G特許においてドコモは、日本企業として最大級の必須特許を保持している。
「シェア100%から激減」、ドコモの“凋落”に焦るNTT
ドコモの完全子会社化を決めた背景には、NTTの意向が強くにじみ出る。NTTはその出自が固定通信分野を独占する公社にあることから、競争力を抑えるための法的な制約を受けてきた。ドコモの上場後もNTTは親会社であり続けたものの、距離を置いた経営を続けてきた。
その一方、ここ数年のドコモの経営成績に対して、NTTは不満を抱いていたようだ。NTTは携帯電話市場ではシェア1位を維持し続けていたものの、現在のシェアは40%ほどにとどまっている。創業時に市場を100%独占していた状況と比べると、勢いは落ちている。

この数年間、総務省は携帯電話市場に対して強く介入し続けている。総務省は携帯電話キャリアが大きく利益を上げていることを問題視し、料金を引き下げるよう要請した。2019年度にはドコモは率先して料金の値下げを発表。その結果として、19年度第1四半期(4月~6月)には純利益1923億円減少(前期比11.9%減)という大幅な減収減益を記録した。

NTTの澤田社長によると、ドコモに完全子会社化を提案したのは、ことし2020年4月頃だという。6月にはドコモの吉澤現社長が任期を迎えたが、異例の続投が決まった。
井伊氏はNTT時代にはグループ全体の競争戦略を策定する立場にあり、親会社としてドコモの経営に関わってきた人物だ。NTTの澤田社長の意向を受け、2020年6月に吉澤社長の続投が決まると同時にドコモの副社長となった。井伊氏は社長就任にあたっての抱負として「新しいドコモを創業する」と表明。新技術の投入や新たなサービスの投入、品質の改善、信頼の回復といった目標を掲げた。
「5Gは広い視点が必要」
退任が決まったドコモの吉澤社長も子会社化に賛同の意を示している。吉澤氏はNTT入社当初からモバイル通信の立ち上げを担当し、社長まで上り詰めたドコモ一筋の人物だ。
2016年に社長に就任し、4年半の任期の中で、通信分野以外での収益源を選び取るべく、スマホを軸として金融やコンテンツサービスを強化する構想を推し進めた。
2020年3月には5Gサービスを開始したことで、将来的なIoTや産業分野などへの事業展開の余地を得た。

新技術への転換を陣頭指揮した吉澤氏は、市場環境の変化を肌で感じているようだ。スマホの登場によって、GAFAのようなプラットフォーマーの影響力が増し、携帯キャリアの影響力は相対的に低下した。5G展開にあわせてネットワーク設備の仮想化(ソフトウェア化)も進みつつあり、今後さらなる競合が登場する可能性もある。
「5Gがスタートして、市場は変わった。競争環境はモバイルだけではなくなった。視点を広げて勝負する必要がある。その必要性を実感してきた」と吉澤氏はふり返った。
ドコモをNTTグループの総合窓口に
ドコモ子会社化の理由として挙げられたのは「経営リソースの効率化」と「ネットワークの強化」「研究開発体制の強化」だ。
完全子会社化を通じて、ドコモはNTTグループとの連携を強化し、スマートフォンにとどまらず、固定通信その他幅広いサービスを扱う企業を目指す。
経営体制の面では、NTT傘下のNTT ComやNTTコムウェアとドコモの連携を強化していく方針が強調された。全国に店舗や法人営業網を持つドコモが2社のサービスを拡販する。ドコモにとってはモバイル通信以外の商品ラインナップを得ることになる。加えて、営業リソースなどの重複する組織体制を整理し、ビジネスの効率化を狙う。

澤田氏は「ドコモへグループのさまざまなリソースを集中し、グループ企業とのシナジーを高められる。ドコモがNTTグループの中核となり、料金値下げも可能となり、良いサービスを出していく。そして研究も行う。そうして事業が広がっていく。ドコモはグループの宝だと捉えている」とグループ内連携の意図を説明している。
なお、同じNTTグループの上場企業、NTTデータについては発表の中で「今後の子会社化の予定はない」と言及されている。わざわざ言及した理由について、澤田社長はNTTデータは海外事業が強く、NTTグループ外との取引が多いことなどを説明した。
「6G」開発で連携強化
研究開発の分野では、NTTとNTTドコモがそれぞれ持っている研究所の連携を強化する。NTT研究所が強みとする固定通信の基礎技術をドコモ研究所へ迅速に展開する体制を整えるという。
ドコモは“5Gの次”の「6G」の構想を既に公表し、仕様を提案するための調査に入っている。また、NTTは次世代ネットワーク構想「IWON」を掲げ、研究を進めている。
6G時代には高速通信のネットワークが宇宙から海まで広がり、固定とモバイルの垣根はなくなり、通信ネットワークを意識しなくてもつながれる……というのが未来のネットワークの構想だ。理想のネットワークでは、ユーザーにとっては固定通信かモバイル通信かは区別がなくなる。その前提を踏まえると、固定通信とモバイル通信の技術を一体で開発するのは合理性があると言えるだろう。

「結果として、値下げが実現する」
子会社化を決めたきっかけとして、総務省が繰り返し求めている“値下げ要請”があるのかと問われた際、澤田氏は「値下げと子会社化は完全な別事象。並行しているが要因ではない」と否定。
その上で「子会社化によって、財務基盤が改善し、ドコモは強くなる。その結果として、値下げが実現することになる」と付け加えた。
「競争のための方法論だ」
ドコモにとってはNTTとの結びつきを強めることが、競争力の改善につながる。
一方で、モバイル分野で競合となっているKDDI(au)やソフトバンクモバイル、楽天モバイルにとっては、大きな脅威となる可能性もある。ドコモは依然として携帯電話契約数でシェア約40%を維持するガリバーだ。
これに対しNTTの澤田社長は「30年間で時代は変わった。ドコモは1980年代後半、シェアは100%だった。それが40%まで落ちた。他社の30〜20%に拡大している」と会見の中で繰り返し強調。
「もはやドコモがとても大きく、他社がとても小さいという市場ではない」とも述べ、ドコモは大手3キャリアの中で利益率が最も悪い状態だと指摘。ドコモの競争力強化の正当性を主張した。
NTT法の制約については固定通信網に対するもので、澤田氏は今回のドコモ子会社化に法律上の問題はないという認識を示した。総務省にも事前に説明を行っているという。

一方、競合のKDDIは「NTTの経営形態のあり方については、電気通信市場全体の公正競争の観点から議論されるべき」(KDDI広報部)と批判。ただし、子会社化は“値下げ問題”とは別の事象だという認識を示している。
競合の懸念に対して、澤田氏の見解は明快だ。
「ドコモが強くなれば、ソフトバンクやKDDIは競争で負けるかもしれない。そこで、競争が活性化する。それがいま必要なことではないか。ドコモ一強という認識を改めていただきたい。これは、競争のための方法論ですから」(澤田氏)