
- ジン市場がウイスキー市場を上回った衝撃
- ジンは最も自由でイノベーティブな蒸留酒
- 2020年以降のジンのイノベーション・テーマは「エシカル」
- 東京発、世界をリードする最先端の蒸溜所
世界で最も伸びている酒類カテゴリーは何かご存じだろうか。意外に思えるかもしれないが、それは「ジン」だ。実はたった10年でウイスキーの母国イギリスではウイスキーの市場を超え、ジンが蒸留酒市場のリーダーとなっている。
日本では必ずしもウイスキーほどの存在感があるとは言えないジンだが、その伸長の背景には「イノベーション」が関係している。同時にそのジンのイノベーションを世界的に引っ張る企業のひとつが日本企業であることもあまり知られていない。
この記事では、世界のスピリッツ市場におけるジンの伸長、そしてその伸長の背景にあるジンの自由さとイノベーション、そして最後にSDGs(持続可能な開発目標)が社会的に重視される今、世界をリードする「エシカル・スピリッツ」(エシカル:倫理的、ここでは環境や社会に配慮した考え方を指す)について紹介する。
ジン市場がウイスキー市場を上回った衝撃
イギリスのお酒と言えば、何を思い浮かべるだろうか。きっと多くの人はスコットランドを主な生産地とするウイスキーを思い浮かべるかもしれない。スコットランドと言えば、NHKの朝の連続テレビ小説「マッサン」でも主人公・竹鶴政孝(ニッカウヰスキー創業者)の修行先としても描かれたウイスキーの母国であり、本場だ。スコッチウイスキー、特にボウモア、アードベッグ、ラフロイグなどのピート香がしっかりしたアイラ島のシングル・モルトは、日本でも人気が高い。まさにウイスキー界を代表する場所がイギリスのスコットランドだ。
そんなイギリスで、異変が起きた。2018年に、ジンの市場規模がウイスキーの市場規模を金額ベースで抜いたのだ。2019年の統計ではイギリスにおけるウイスキーの市場規模が約28億ドル(約2900億円)に対し、ジンの市場規模が約36億ドル(3800億円)とジン市場はウイスキー市場を大きく上回る(statista調べ)。
2010年時点ではウイスキー市場が約25億ドル(約2600億円)だったのに対し、ジン市場が約6億ドル(約700億円)だったことを考えると、ジン市場の急成長ぶりが分かるだろう。
この逆転現象はどうして起こったのか。アルコール産業に関するグローバルリサーチファームであるIWSRによると、ジンは「ever-innovating(常にイノベーションを起こし続けている)」であり、「ever-changing(常に変化し続けている)」からだという。筆者も、自身の経験からそのように感じている。ジンの特徴とは商品特性の自由さと、それ故にイノベーションが起きやすい点にあるのではないか。

ジンは最も自由でイノベーティブな蒸留酒
イノベーティブな蒸留酒であるジンと、伝統を重んじる蒸留酒であるウイスキー。両者の違いは音楽で例えるとわかりやすいかも知れない。ウイスキーがクラシックだとしたら、ジンはジャズのようなものだ。
基本的にウイスキーは麦を主原料(トウモロコシを主原料とするバーボンを除く)としており、生産されるエリアによって味や風味の特徴がある程度想像でき、また商品面でも熟成を大きな特徴としている。エリアによって細かいルールは異なるが、3年以上の熟成が基本だ。まさに様式美の酒類と言えるのが、ウイスキーではないだろうか。
一方で、ジンは“ジュニパーベリーを基調とする”というボタニカル(添加する植物)の最低限のルールはあるが、それ以外のルールは極めて自由だ。また、さまざまな果実や根、花などを用いることから香りの幅が広く、風味もさまざまである。
本来、酒類カテゴリは原料で分けられることも多いが、原料の穀物も麦、コメ、イモ、その他何を使用しても良い。このように製造面で多種多様なのがジン市場だ。そのため、常に新しい商品が開発され、品質面も年々進化している酒類カテゴリと言える。
筆者は元々酒屋を経営していたが、その当時の印象からしてウイスキーは消費の面でも、ある程度確立されたブランドであるイメージが強かった。一方で、ジンは商品さえ良ければ知名度が高くないブランドでも手に取ってもらえる機会が多かった。
このことからも、ジンは消費の観点からも新しいブランドが受け入れられやすい素地があると思っている。プロダクトの自由度が高く、また新しいものづくりが市場からも受け入れられやすい。ジンは音楽で言えば、決まりきった様式に囚われないジャズのような自由さがあると言える。

2020年以降のジンのイノベーション・テーマは「エシカル」
それでは、私たちが考えるジンのイノベーション余地とは何か。それはベーススピリッツ改革である。それにより、私たちが追い求める「エシカルさ」と、それによる「エシカルだから、もっと美味しい」の実現がセットとなる。
ベーススピリッツ改革について、まずはコンセプトを説明しよう。ジンの製造プロセスは大まかに2つの工程に分けられる。ひとつはベーススピリッツの製造あるいは購入であり、もうひとつはボタニカル(草木や果実、花など)の浸漬・再蒸留である。
実は、世界的に見てジンの蒸溜所のマジョリティはベーススピリッツを専門業者から仕入れている。無味・無臭に近いクリアな酒質のベーススピリッツは、さながら真っ白なキャンバスのようだ。そこにボタニカルを使って絵を描くので、自ずと作りたい香りの世界観が実現できる。ベーススピリッツ製造を自社でしなくていい分、時間も圧倒的に短縮できる。
ただし、繰り返すが規定のベーススピリッツを各社が使う場合、当然ながら元の白いキャンバスの特徴は似たり寄ったりになるので、ボタニカルによる絵だけで差別化しなければならなくなる。
私たちはこれに対し、日本酒を製造した際にできる副産物の酒粕から自社企画でベーススピリッツをつくる。そもそも酒粕とは何か。酒粕とは、酒ができたあとで搾った際に、フィルターの目を通らなかった「固体」部分である。
原料は「液体」として売られる日本酒と全く同じで、同じ発酵過程を辿ったものだ。もちろんアルコール分を含んでいるし、その蔵の日本酒が誇る香り(吟醸香など)をきちんと持っている。しかし、この酒粕は現在、粕そのままの使用シーンが限定されていることから、小さな酒蔵では産業廃棄物として処理されることも少なくない。
国税庁の調べによれば、純米酒や純米吟醸酒を作る場合には日本酒の半分の量の粕が出る。上記のようなスペックの日本酒を年間10万本作る蔵は(同じ瓶に入れたと仮定しリットル換算した場合)、その半分の5万本相当の酒粕を生み出すことになる。例えば日本酒を月に2本、年間24本ほど飲んでいる人がボトル12本分の粕を消費するだろうか。現実的にはそのようなことはあまりなく、需要が限られるため供給が需要を大きく上回り、したがって価値が付きにくいことになる。
私たちは、この廃棄される運命にある蔵の酒粕を用いてベーススピリッツをつくり、そこからジンを製造する。そしてそのジンの売上で新米を購入し、これを酒粕提供蔵に送る。それでまた日本酒蔵は日本酒を製造し、搾った後の酒粕を私たちに送る。このような循環経済型のジンを新たに販売していく。

東京発、世界をリードする最先端の蒸溜所
「エシカル」と「食」というキーワードを聞いて、何を思い浮かべるだろうか。環境に配慮したヴィーガン、その実践としての大豆を用いた植物由来のものをベースにした代替肉、あるいは卵の代替としてのアクアファバなどを思い浮かべる人がいるかもしれない。
このようなエシカルな食文化は、個々の消費行動により未来を変えていく意思を感じるし、間違いなく素晴らしいことなのだが、人によっては味を二の次にした思想先行と想像するかもしれない。
そこで、味について語ろう。実は未活用の酒粕からベーススピリッツをつくると、一般的な原料用アルコール(ベーススピリッツ)と比較して元の酒の持つ芳醇さ、特に香りの豊かさが段違いとなる。真っ白なキャンバスというよりは、そのもの自体が個性を持つ立体的なものにボタニカルによるフレーバーを加えることで、三次元の彫刻のような次元の違う表現が味や風味の点で可能になるのだ。

エシカルな作り方をすることで、通常の作り方よりも美味しさが追求できる。まさに「エシカルだから、もっと美味しい」のである。
私たちの作るジンは、実際に飲んだ人から「飲む香水」のようだと言われる。それだけ香り高いのだ。私たちは今年の2月に活動を開始したばかりのスタートアップだが、すでに食べログの東京フレンチランキングで1位を獲得した「レフェルヴェソンス」のメニューに採用されるなど、プロ中のプロにも味の面で高い評価をいただいている。

現在は私たちがレシピを開発し、蒸留免許を持っている酒造会社の設備を使って製造を行っているが、在庫薄の状態が続いている。また、どうしてもパートナー会社設備だと当該設備のオフシーズンを中心に製造することになるため、製造回数が限られ、ロットの調整も難しいため小ロットでの臨機応変なモノづくりができない。私たちは現在の製造方法に限界を感じ始めていた。
そのような背景の中、私たちは大きな決断をした。それがジンの一大消費地である東京・蔵前に、エシカルな蒸溜所をつくるということだ。原料は、酒粕を含む「廃棄される可能性のあるもの」のみを使用し、一般的には自社で賄われることが少なく輸入物が多くを占めるボタニカル原料についても、一部を蒸溜所の屋上やバルコニーで育てた国産のハーブなどを生摘みで使用。
エシカルでありながら、徹底的にクオリティにこだわった「エシカルだから、もっと美味しい」ジンを製造し、美味しいものを飲んだ結果として世界が少しずつ良くなっていく。そういう無理なく楽しめる社会貢献に私たちは寄与したいと考えている。
そして、その蒸溜所建設のために、応援購入のプラットフォーム「Makuake(マクアケ)」でプロジェクトを開始した。これはまさに私たち(we)のプロジェクトであり、ぜひ一緒に「エシカルだから、もっと美味しい。美味しいものを堪能することで、世界がどんどん良くなっていく」という循環を作っていけたらと考えている。

山本 祐也(やまもと ゆうや) エシカル・スピリッツ株式会社ファウンダー。1985年生、石川県出身。2014年より日本酒産業での取り組みをスタート、一次産業である酒米生産(佐渡島)、二次産業である委託醸造(11銘柄)、三次産業である日本酒小売専門店経営にそれぞれ取り組む。これらを有機的に繋げて運営していることが評価され、2018年に農林水産大臣により、六次産業化推進事業者として認定を受けた。過去にはAKB48プロジェクトの運営会社にて事業開発を担当。それ以前は、野村證券及びJPモルガン証券にて投資銀行業務に従事。ケンブリッジ大学大学院修了。酒匠(SSI認定)