
- 地方タクシー会社の“ガレージ”で生まれた現場のためのプロダクト
- 当事者が本当に必要とする仕組みをプロダクト化して提供
- インサイダーとして業界の内側からタクシーのDX推進へ
市場の縮小、従業員の高齢化に伴う人手不足、進まないIT化──。配車アプリの普及などによって都市部を中心にタクシーの乗車体験が進化する一方、タクシー業界側は多くの課題を抱えている。
町の交通インフラとして重要な役割を担っているタクシーを今後も機能させていくためには、サプライサイドである「タクシー事業者」を支える仕組みが求められているのではないか。そのような考えから事業者向けの「クラウド型配車システム」と、コールセンターの代行サービスを提供しているのが徳島に本拠地を置く電脳交通だ。
実は同社が手がけるプロダクトは「徳島の零細タクシー会社」から生まれた。電脳交通の代表取締役CEOを務める近藤洋祐氏は、2009年に祖父が経営していた徳島市のタクシー会社・吉野川タクシーに入社。2012年に代表取締役に就任し、廃業寸前のところから会社を再建してきた。
近藤氏自身、約5年間に渡ってタクシードライバーとして勤務するだけでなく、配車業務をはじめとしたタクシー事業者にまつわるさまざまな業務を経験。そこで感じた事業者の課題を自ら解決するべく、2015年に電脳交通を立ち上げた。
現在の主力プロダクトも最初は吉野川タクシー内でプロトタイプの仮説検証を進め、何度もテストを重ねながらブラッシュアップしたものだ。今では25の都道府県・約120社(導入台数ベースでは4000台を突破)に活用されるまでのサービスに成長し、年内には6000台前後まで拡大する見通しだという。
その電脳交通が10月8日、事業をさらに加速させるべく複数の投資家を引受先とした総額5億円の資金調達を実施した。同社では2020年1月までに複数回に渡って累計で4億円を調達済み。各投資家とは事業面での連携も進めながら、タクシー業界のデジタルシフトを推進していく計画だ。
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地方タクシー会社の“ガレージ”で生まれた現場のためのプロダクト
もともとメジャーリーガーになりたかったという近藤氏は18歳の時に単身で渡米し、アメリカで4年間野球に打ち込んだ後、日本に帰国した。転機となったのが2009年に家業である吉野川タクシーに入社したことだ。上述した通り2012年には代表に就任し、債務超過寸前の状態から会社を立て直した。
事業を再建するためには、働き盛りで活気のある若いドライバーを仲間にする必要がある。そこで当時は業界内で珍しかったSNSをフル活用し、働き方に関する投稿などを地道に積み重ねていったところ、次第にメディアなどでも取り上げられ有望な人材を採用できるようになった。
並行して多言語通訳システムの導入や妊産婦向け送迎サービスの提供など新しい取り組みにも積極的に挑戦。これらの施策が少しずつ形になり、売上の成長に貢献することになる。

ただ周囲を見渡してもタクシー業界は非常にアナログで、属人的なオペレーションが大半な状況は変わらないままだ。世界ではUberを筆頭にライドシェア市場が急速に盛り上がり、日本でも配車アプリが生まれてコンシューマー側の体験には大きな変化が起こり始めていたものの、事業者側の課題は残されたままだった。
近藤氏自身が課題に感じていたことの1つがタクシーの配車にまつわるものだ。タクシー業界はドライバーの高齢化とそれに伴う人材不足が顕著で、廃業も増えていた。人材不足の問題はドライバーだけに限らず、配車業務を行うスタッフにおいても同様だ。
特に地方のタクシー会社は高齢の利用者が多く、売上の7〜8割ほどが「電話による配車」で支えられているのだそう。タクシーが日常生活における重要な交通インフラとしての役割を担っており、利用者からのニーズは大きい。その一方で供給側が追いつかず、十分なサービスを提供できない状況が生まれていた。
「当時はライドシェアを筆頭にコンシューマー側の体験の変革が必要という議論が中心で、配車アプリで起業する人も増えていました。でも日本においてはタクシー事業者側の課題解決にテクノロジーを活用し、経営の合理化をサポートしていくことが、地方の交通インフラを維持していく上でも必要なのではないか。自分たちは事業者の困りごとを解決することに注力しようと決め、電脳交通を立ち上げました」(近藤氏)

配車業務を効率化するシステムは当時から存在していたものの、そのほとんどがベンダーが開発する大手事業者をターゲットにしたもの。全国に約6300社あるタクシー会社のうち、実に7割ほどを占める中小規模の事業者にとっては価格帯が合わず、いきなりハイエンドなシステムを導入することは難しかった。
それならその7割の企業が導入できるようなプライシングで、最新の機能を盛り込んだシステムを提供してしまえばいい。そこから近藤氏らによる配車システムのプロトタイプ作りが始動する。
開発を担当したのは近藤氏と同じく徳島出身のCTO・坂東勇気氏。坂東氏は東京のITベンチャーを渡り歩いた後、ゼンリンデータコムで地図情報を扱うエキスパートとして働いていた人物だ。坂東氏が作ったプロトタイプを近藤氏が実際にタクシーに設置してテストし、改善点を洗い出して改良する。このプロセスを繰り返しながら“吉野川タクシーのガレージ”でプロダクトを作り上げた。
当事者が本当に必要とする仕組みをプロダクト化して提供

電脳交通のクラウド型配車システムは、配車オペレーター用のインターフェースとドライバー用の車載タブレットで構成される。オペレーター用のシステムでは1画面上でオーダーと車両の両方を確認できるようにすることで、スムーズな配車を実現。会社ごとの細かな配車ルールを分析し、最適な配車をサポートする仕組みも搭載する。
車載タブレットでは4G通信で車両位置と状態を管理できる仕組みに加えて、送迎場所と目的地への経路を分析し、ルートを最適化する機能を搭載。IP無線で音声配車にも対応可能だ。
「タクシー業界において徳島県は47都道府県中最も売上が低い地域だと言われています。吉野川タクシーはその中でも最小規模で、タクシーがわずか9台だけ。そんな自分たち自身が欲しい機能、納得できるプライシングをベースにプロダクトを作ってきました。またローンチ前から現在に関しても、常に顧客の声を参考に機能開発を進めています。だからこそ現場で本当に必要とされるものを作れている手応えもあります」(近藤氏)


これらのサービスをタクシー1台あたり月額数千円規模で利用できるSaaSとして展開。直近では大規模事業者からの要望に応える形で、自動配車機能やデータ解析機能といった追加プランの拡充も進めている。
また配車スタッフの採用が難しい企業には「配車業務の代行サービス」も提供する。近藤氏の話ではコールセンター部門における人材不足の悩みはどの会社にも共通する上に、多くの会社が同じような業務をしているそう。それらを統合して一箇所で効率よくやってしまおうというのが、代行サービスのコンセプトだ。
実際に導入企業からは代行サービスの引き合いがかなり多い。そもそもタクシー市場自体が緩やかに衰退傾向にあるため、今まで負担になっていた配車業務をアウトソースすることで経営を合理化したいという考えを各事業者が持っている。そしてその流れを加速させたのが新型コロナウイルスだ。
「コロナの影響で全国平均では売上が昨対比で50〜60%落ちているような状況」(近藤氏)であることから、コスト削減を目的とした代行サービスの需要が増しているという。
クラウド型配車システムについても配車業務の効率化・コスト削減が事業者視点での大きなメリットになるが、最近では徐々に新たな顧客を獲得するための「ハブ」としても機能し始めていると近藤氏は話す。
「そもそも旧来型のシステムでは最新のコンシューマー向けの配車アプリと連携できないため、アプリ経由の注文に上手く接続してスムーズに対応するということができませんでした。弊社の配車システムの場合、連携しているサービスからの注文は全て1台のタブレットに集約して処理することが可能です。その結果として、今までタクシー業界に発生していなかった売上や顧客を送客することもできます」(近藤氏)
現在はMobility Technologiesが展開する「JapanTaxi」とJR西日本のMaaSアプリ「setowa」に対応済み。こうした他サービスとの連携も含め、最新の社会状況を踏まえたアップデートが頻繁に実施されるのも、クラウド型配車システムの強みだ。
「配車システムを買い換えるサイクルは通常8〜10年ほどです。変化のスピードが凄まじい今の時代において、数年間アップデートされないというのは大きな機会損失にもなります。細かいアップデートが随時行われるのはSaaS型の強み。実際に2019年には1年間で600のマイナーチェンジを実施しました」(近藤氏)
インサイダーとして業界の内側からタクシーのDX推進へ

電脳交通では今回調達した資金を活用しながらさらに事業を加速させていく計画。これまで同様“インサイダー”として、内側からタクシー業界のデジタルシフトに取り組む。
ただこれまでと方向性自体は変わらないものの、「地方の中小規模のタクシー会社を救うことから、徐々にタクシー自体を再定義していこうというモードに変わってきているフェーズです」と電脳交通でCOOを務める北島昇氏は話す。
今では25都道府県に顧客が存在し、大規模な事業者にもサービスを提供するようになった。既存株主のJR西日本やNTTドコモなどともタッグを組みながら、複数の地方自治体と一緒に各地域における移動の課題解決に向けた事業も始めている。

主な調達資金の使途は「プロダクトの機能強化や配車センターの拡充に必要な人材採用の強化」「全国への事業展開」「新サービスの開発」などになるが、電脳交通としては特にタクシー業界に足りていない「事業開発、マーケティング、人材」という3つの側面を軸に、顧客が必要とする解決策を全て取り揃えていきたいという。
「自分たちとしてはあまりポジションやケイパビリティに固執しすぎず、あくまで課題解決チームとして事業を展開しながら成長を目指していくという考え方です。地方で最先端の課題を拾って解決し、そこで得られた知見やデータをタクシーの再定義に繋げていきたいと考えています」
「今回のラウンドでは、言ってしまえば『タクシー配車をやっている会社』にすぎない電脳交通に対して、三菱商事やJR東日本をはじめとする大手事業会社から投資をしていただきました。これは地域交通におけるタクシーの隠れたポテンシャルに期待し始めてもらえていることの裏返しとも感じてます。(株主とも協力しながら)今後はタクシーをハブとして、いかに地域交通のDXを推進していけるかにもチャレンジしていきます」(北島氏)
