
- VRデバイスの普及を難しくしていた「3つの限界」
- 初代が抱える課題を克服した画期的なVRデバイス
- ゲーム機として位置づけられた「Oculus Quest 2」
- FacebookはVRで独自のエコシステム創出を目指す
米Facebook傘下のOculusから10月13日、新型のVR(仮想現実)デバイス「Oculus Quest 2(オキュラス クエスト)」が発売された。このハード端末はさまざまな意味で画期的な性能を持ち、一般への本格的な普及が期待できるほどの可能性を秘めている。
数年前から幾度となくVRが普及すると言われながら、あまり普及が進んでいない。一体何がネックとなり普及を妨げてきたのか。それを踏まえて、Oculus Quest 2は何がすごいのか。そしてVRの体験は何が重要なのかを紹介していきたい。
VRデバイスの普及を難しくしていた「3つの限界」
2016年に各社のVRデバイスが本格的に出揃うと言われ、日本でも「VR元年」と呼ばれた。しかし、実際にはなかなか期待通りに普及が進まず、毎年のように今年こそが「VR元年になる」と、業界関係者の中では繰り返し言われていた。
2020年初頭には、推計で1000万台程度の販売台数に達したと考えられていたが、そのうちの500万台を占めていたのはPlayStation 4(PS4)の周辺機器であるPlayStation VRだ。すでに単体で5000万台以上の販売に成功している家庭用ゲーム機のPS4からすると、その伸びは緩やかだった。
なぜVRデバイスは普及しなかったのか。ネックとなっていたのは、何よりもその複雑さと価格だった。当時、VRデバイスが普及するためには、大きく3つの問題を抱えていた。
1.値段が高い
2.VRデバイスをPCにセッティングすることが手間
3.PCとVRデバイスのケーブルを接続した状態でプレイする煩わさしさ
2016年頃に販売されたOculus Riftや、HTC VIVEといったVRデバイスは、PCに接続して利用するのが大前提となっていた。しかも、VRを表示するためには、これまで以上にマシンパワーを必要とするため、性能の高いビデオカードを搭載しなければならない結果的にハードを1セット揃えるのに30万円近い初期投資が求められたのだ。
さらに、PCでVRデバイスをセッティングするためには、それなりの専門知識が必要になるなど、PCに詳しくないユーザーが手を出すにはハードルが高すぎた。誰もが簡単にVRデバイスが使える、というわけはいかなかったのだ。
そして設定が完了しても、常にPCにつながっているケーブルで遊ぶのでは動く範囲が限られてしまう。ケーブルが自分の身体に引っかからないか気を配って遊ばなければならない煩わしさがあった。
そのため、VRは一部のユーザーには熱狂的には受け入れられたものの、これらの問題は普及の上では大きな障害となり続けていた。
初代が抱える課題を克服した画期的なVRデバイス
これらの状況を変えたのが、2019年5月に発売が始まったOculus Questだ。Oculus Questは一体型VRデバイスで、ケーブルレスでVRを楽しめる画期的なハード端末だったが発売当初から弱点を抱えていた。
搭載されているチップはスマートフォンのものを流用。これは価格を抑えるためと思われるが、発売時点で最新のものに比べて2世代ぐらい前のものを採用していた。そのため、映像表現の能力はPCと比べるとかなり物足りない。
VRデバイスとしては、簡便に付け外しを可能にするなど完成形の形を示したものの、デバイスの能力では、物足りない部分をいくつも持っていたのだ。399ドル(日本円で約43800円)という手に取りやすい戦略的な価格設定により、調査会社のSuperData社によれば、2019年に約70万台を売ったと推測されているものの、まだまだ爆発的な普及とまでは至っていなかった。
今回新たに発売されたOculus Quest 2は初代Oculus Questが抱えていた弱点の大半が見事なまでに克服されている。現時点で一体型VRデバイスとしては考えられる限りの高度な性能を持っている。

Oculus Quest 2は最新のスマートフォンに使われているチップを採用。VRの没入度を左右する液晶の解像度はOculus Questに比べて1.27倍も広く、現在発売されているVRデバイスの中でも最大クラスだ。液晶の密度が増すことによって、一つひとつの液晶の小さな粒が見えてしまうスクリーンドア効果をほとんど潰すことに成功している。
実際にQuest 2を付けてみたらすぐにわかるが、画面は非常にクリアだ。もちろん、ハードそのものの反応も素早くなっている。
さらに思い切ったのが、299ドル(税抜3万3800円)という価格設定だ。アメリカでは「299ドルライン」と呼ばれる有名な指標がある。ゲーム機などのハードが大ヒットするためには、299ドルよりも安いかどうかで販売量が爆発的に変わる。
例えば、2017年に発売が始まったNintendo Switchは約300ドルで発売が開始された。この価格が、Switchの爆発的なヒットにつながった一因であることは間違いない。発売当初、Switchの原価は1台当たり約250ドルと推計されており、さまざまな開発費用を勘案すれば当初は赤字であったと考えられる。
Facebookは、Oculus Quest 2でも任天堂と同じように思い切った販売戦略を採った。性能は劇的に向上しているのに、価格を100ドルも下げるということは、現在は1台当たりでは利益が出ているとはとても考えにくい。それだけに、普及に対してFacebookは強い意気込みを持っていると推測できる。
すでに公式サイトでの注文は、9月26日現在、アメリカでは3週間待ちという状態になっており、ユーザーの期待の高さが読み取れる。Quest 2はVRデバイスとして考えたとき、市場状況を一変させうる可能性がある革命的なVRデバイスであることは間違いないと言えるだろう。

ゲーム機として位置づけられた「Oculus Quest 2」
またFacebookはキャンペーンを展開する上で、Oculus Quest 2を「新しいゲーム機」という位置づけを強調する形で展開しようとしている。公式サイトに掲げられたキャッチコピーは「何ものにも縛られず、思いのままに、遊び尽くせ。」と、ゲーム性を強く意識した内容になっている。
Oculusが公開したCMは、既存の家庭用ゲーム機やPCゲームが机に縛られて座ってプレイするしかない状態を揶揄し、VRではそうした制限から解放されるというメッセージを打ち出した内容になっていた。つまり、ライバルは同じような価格帯のNintendo Switchということなのだろう。
それでは、VRゲームは既存のゲームと比べて何が違うのだろうか。VRゲームは、一度体験すると、これまでのゲームとの差が理解しやすいものの、ヘッドセットを被った経験が少ない人にはその違いはなかなか伝えにくいという難しさがある。
筆者の体験から言うならば、決定的に違うのはゲームから得られる体感の違いだ。VRゲームはVRデバイスによって視覚を覆われ、目の前に表示されている立体感のあるコンピュータグラフィックスに自分のいる空間のすべてを覆われることになる。前後左右を向いてもすべての空間が、バーチャルな空間で覆われている。そして、目の前の空間そのものがすべてゲーム空間へと変わるのだ。
その上で、「VRゲームだからこそ実現できるもの」を体験できたときに、ユーザーは満足感を得られる。いま多くのVRゲーム会社が挑んでいるのは、どうすればこの体験を作り出せるのかという競争である。
200万本以上の販売に成功していると推測されている音楽ゲーム「Beat Saber」(Beat Games)はVRゲームだからこそ体験できるゲームの代表格でもある。

音楽に合わせて前方から飛んでくるブロックを、両手に持ったライトセーバーで斬っていく。リズムに合わせて適切なタイミングで斬ることでスコアが上昇していくが、うまく行けば行くほどだんだんと身体の動きが音楽とシンクロしていくような体感によって満足感を得ることができる。熱中度はなかなかのものだ。
筆者が開発に関わっているオンラインマルチプレイが可能な剣戟ゲーム「ソード・オブ・ガルガンチュア」(Thirdverse)では、自分よりも大きな敵も襲ってくる剣も、まさに目の前に迫ってくる感覚を体験できる。
このゲームでは敵が振り込んでくる剣を適切なタイミングで自分の剣で受け止め、隙を作り出し、相手に反撃をすることができる。剣の振りはこれまでのコンシューマ向けゲームのようにボタンを押すといったものではなく、実際に現実空間でコントローラーを振るのだ。こうした動きも、VRでなければ実現できない。

不思議なことにVR空間では、その中で身体を動かせば動かすほど、没入度が上がる。見えている空間からのフィードバックを受けて脳と身体がシンクロしていくことによって、ただのバーチャルな空間ではなく、現実に存在する世界であると信じていくからだろう。
VRらしさは、見えているVR世界を、現実に存在する世界として認識していく行為であることは間違いない。こうした知見は、VR元年以降、急速に蓄積されつつあり、VR空間をさらに興味深い環境へと発展させつつある。
FacebookはVRで独自のエコシステム創出を目指す
FacebookはなぜここまでVRに入れ込むのであろうか。Facebookは、過去にAppleやGoogleの戦略によって自身の成長を抑制されてきた経験を持つ。ハードウェアプラットフォームを押さえている2社に挑むには、ソフトウェアサービスだけでは限界があり、どうしても独自のハードウェアで独自のエコシステムを作り上げるしかないと、マーク・ザッカーバーグCEOは考えていると思われる。
Oculus Quest 2はまさにFacebookが他社を圧倒できる可能性を持ったハードなのだ。なので、当初は1台当たり赤字であろうとも普及を目指すのであろう。
VRは今まで存在しなかったフロンティアでもある。VR空間の中であれ、新しい空間を生み出せることは、それは新しい土地を開拓しているのと変わらない。
Oculus Quest 2がヒットするならば、モニター上に表示されるだけだった2Dの世界から、真の3D空間がよりアクセスが簡単な形で出現することになるだろう。それは社会の中にどんどんと組み込まれ、浸透していくだろう。