ビデオ取材に応じるSlack・CEOのスチュワート・バターフィールド氏

今やチームでのコミュニケーションに欠かせないツールとなったビジネスチャットツールの「Slack」。新型コロナウイルスの感染拡大によって進んだ仕事のリモート化は、ITツールを開発する多くの企業にとって成長の追い風になったが、Slackを提供するSlack Technologies(以下、Slack)もコロナ禍で業績は好調だ。

7月31日締めの2021年度第2四半期決算では、売上高は前年同期比49%増の2億1590万ドル(約226億円)。有料顧客数は前年同期から30%増加し、13万件以上となった。新規有料顧客の獲得数は約8000件。有料顧客のうち、985件はSlackに約10万ドル以上の年間経常収益をもたらした。

ただし売上高こそアナリストの予想を上回ったものの、成長速度が期待よりも鈍化していたため、株価は一時約20%下落した。成長速度の鈍化は、同じコミュニケーション領域のサービスであるMicrosoft Teams(以下Teams)の躍進も一因にある。Microsoftは4月、TeamsのDAU(Daily Active User:1日あたりのアクティブユーザー数)が7500万人に到達したことを明らかにした。一方、Slackは2019年10月にDAUが1200万人に到達したと発表して以来、DAUに関しては言及していない。 

Slack・CEOのスチュワート・バターフィールド氏はDIAMOND SIGNALの単独取材に対し、「SlackはTeamsと違い、よりエンゲージメントの高い顧客を多く抱えている」と説明。新機能の「Slack Connect」が好評で、エンタープライズ顧客数が伸びたと述べている。

6月より提供するSlack Connectは企業間コミュニケーションを可能にする新機能。企業が自社のチャンネルの中で外部組織のユーザーを招待し、コミュニケーションを取ることができるというものだ。

さらに米国時間10月7〜9日に開催された年次イベントの「Slack Frontiers」では、全てのSlackユーザー間でのダイレクトメッセージを可能にする新機能「Slack Connect DM」(2021年初頭に提供開始予定)や、Discordのようなプッシュツートーク式の音声チャット機能(提供開始時期は未定)を追加する方針を発表した。Slackはリモートワークを支援し、かつメールを置き換えるツールとしての進化を遂げている最中なのだ。

リモートワーク時代におけるSlackの新たな役割、そして競合との関係をどのように見ているのか、バターフィールド氏に聞いた。

——Slackのスタッフは現在フルリモートで働いていると聞きましたが、いつ頃オフィスでの勤務を再開する予定でしょうか。Slackにとってオフィスの意義とは。

従業員がいつからまたオフィスで働き始めるのかというスケジュールは、今のところ明確には決まっていません。希望するのであれば、これからもずっとリモートで働いても構わないとは伝えています。

Slackでは「future forum」という新たな調査組織を9月に組成したのですが、世界中の数千人ものビジネスマンに調査を実施して明らかになったのは、「これまでの働き方に戻りたい」と希望しているのはたった12%の回答だったということです。大半の人たちは、より柔軟な働き方を希望しています。

オフィスにはさまざまな役割があると思うのですが、その機能は分散できるのではないでしょうか。会社のロゴを掲げた、サンフランシスコにある我々の本社は、お客さんや採用候補者を招いたり、全社集会を開催したり、人々が交流するにはもってこいです。

ですが、工場式農場の野菜や家畜の鶏のように、会話をするわけでもないのに、パソコンを置いたデスクをくっつけて、窮屈な環境で働く意味はどこにあるのでしょうか。単にパソコンでの作業なのであれば、どこでも仕事をすることは可能です。

オフィスのあり方については今後も検討を続けます。オフィスから離れた地域に住む従業員は、フルリモートで働きつつも、年に数回程度は顔を出してもらうのが良いかもしれません。オフィスの近くに住む従業員は、毎週もしくは隔週、集まってアイディアを出し合い、優先順位を決めてから、作業に取り組むことが理想的かもしれない。作業場所はオフィスでも自宅でも、コワーキングスペースでもお気に入りのカフェでも構わないと思っています。

コロナ禍で従業員は今まで以上に柔軟性な働き方を必要としていますし、今後も求められ続けるでしょう。

——Netflix・CEOのリード・ヘイスティングス氏はWall Street Journalの取材で、リモートワークにプラス面はなく、アイディアを議論することが困難になったと述べています。Slackではどのように考えていますか。

(ヘイスティングス氏の発言は)一理あると思います。私の知る多くの企業も同じような考え方です。

多くの人は今、リモートワークで多大なストレスを抱えています。生活を快適で豊かにするサービスを利用できないことが原因にあります。レストラン、ネイルサロンやヘアサロンに行くことはできず、カフェでまったりとくつろぐことも困難になりました。

業務に関しても、使用するツールはまだまだ発展途上です。次から次へとZoom会議に参加していては疲弊してしまいます。ですが、Slackを含めてツールは改善されてきていますし、これからも新しいツール、新しい働き方が誕生してくるでしょう。

リモートワークを許可した理由は、多くの採用候補者が、家族とより豊かな生活を送るために郊外に引っ越すなど、人生における重要な決断を今まさに下そうとしているからです。

彼らはリモートワークの可否を今すぐに知る必要があります。そして一度リモートワークを許可すると、後戻りはできません。1〜2年後に「やっぱりオフィスで勤務してほしい」と言ったところで、引っ越してしまった従業員は戻ってはきません。

我々はNetflix、SalesforceやTwitterなどとエンジニア採用で争っています。SalesforceやTwitterはリモートワークを許可していますし、我々も同様です。リモートワークが可能な企業の方が、採用候補者にとって魅力的に映る可能性は高いでしょう。

——Slackでは6月に複数企業間でのコミュニケーションを可能にするSlack Connectを、年次イベントのSlack Frontiersでは、全てのSlackユーザー間でのダイレクトメッセージを可能にするSlack Connect DMを発表しました。これらの新機能を追加した意図は。

Slack Connect DMはイベントの目玉とも言える発表でした。これまでもSlack Connectを使ってチャンネルでやりとりをしている複数企業間の従業員は、ダイレクトメッセージでやりとりすることが可能でした。

Slack Connect DMではもう一歩踏み込んで、全てのSlackユーザー間でのダイレクトメッセージを可能にします。LinkedInのプロフィールにSlackのアドレスを記載したり、名刺にQRコードを載せたりすることもできます。

ですが、EメールやSMSのように、誰にでも気軽にダイレクトメッセージを送れるようになるわけではなく、承認が必要になります。この機能の目的は異なる企業で働いている従業員同士の連携を強化することにあります。マーケティング担当者であれば、広告会社と密に連携する際に、Slack Connect DMを活用することが可能です。

Slackでは、TwitterやInstagramのアカウント名の横にあるチェックマークのように、企業や組織を認証していく予定です。これはエンタープライズ顧客にとって、Slack ConnectやSlack Connect DMを利用する上で、セキュリティーやコンプライアンス面での強化が重要だからです。

——Slack Frontiersでは、Discordのようなプッシュツートーク式の音声チャット機能の実装も検討していると発表しましたね。

米国でトラック運転手が使うCitizens Band Radio(市民ラジオ)から着想を得ました。(編集部注:付近を走行する運転手同士がトランシーバーのように会話を楽しめる、短距離の音声通信用無線システム)

Slackで検討している音声チャット機能でも同様に、誰かが発言するとチャンネル内の全員に聞こえ、マイクを有効にすれば会話に参加することができます。オフィスで働いていた頃は近くに座る従業員との会話を楽しみましたよね。そんな会話の持つ即興性や偶発性を再現した機能です。

この機能を使えば時間の節約にも繋がると考えています。1時間でセッティングされた会議でも、蓋を開けてみれば10分程度で終わることもあるからです。

新機能なので、これまでにない体験だということも利点だと言えるでしょう。Zoom会議を1日に何度も繰り返していれば、従業員同士、顔を合わせるのも嫌になってしまいます。

この機能では音声を聞くだけなので、マイクをオフにしていればステージに立っている感覚はなく、リラックスして会話に参加できます。従業員が孤独感を感じることを防げますし、作業にも集中できます。

——Slackは同じコミュニケーション領域のサービスであるMicrosoft Teamsと比較されることが多い印象です。Teamsとの相違点についてはどのように考えていますか。

SlackとMicrosoft Teamsの相違点は、顧客にとっても市場にとっても明確になってきていると考えています。Teamsにあって、Slackにない機能もあれば、逆もしかりです。Slack Connectは更なる差別化に繋がる大きな要素となったと言えるでしょう。

Slackが抱える顧客の多くはMicrosoftの顧客でもあり、Microsoft 365を利用しています。365を利用している場合はTeamsも無料で利用できるため、多くの顧客はSlackとTeamsを併用しています。Teamsは我々がZoomを使うように、ビデオ会議ツールとして使われていることが多いです。

SlackではTeamsと争うために行っていることは特段ありません。Slackにはツールとして目指すべき理想が明確にあり、Teamsと争うためにその理想を犠牲にすることは今後もあり得ません。

——TeamsのDAUは4月に7500万人に到達しました。Slackは2019年10月に1200万人に到達したと明かした以来、発表していません。コロナ禍でDAUはどのように推移しましたか。

Slackの規模が小さかったころは、急成長を証明するためにもDAUは重要な指標でした。現在の成長を証明するにはより重要な指標があります。

その重要な指標とは、有料顧客数です。(第2四半期の)新規有料顧客の獲得数は約8000件で、約5000件だった前年(同期)と比較して約16%増加しています。

Microsoft 365を利用していれば、Teamsは無料で利用できます。ですからTeamsのユーザーエンゲージメントは低く、DAUはMicrosoftが自慢できる唯一の指標なのです。