haccobaのメンバー すべての提供画像:haccoba
  • 伝統産業への新規参入における大きなハードル
  • 2つの自由を目指す「Craft Sake」 のカルチャー
  • ビールの原料ホップを使った「古くて新しい」お酒
  • 再編集の先に描く、発酵文化の復活と継承

日本酒をよりカジュアルに楽しめるようにしたい——そんな思いのもと、お酒の新しいジャンル「Craft Sake(クラフトサケ)」を確立させるべく、私たちは2020年2月に福島県南相馬市でhaccoba(ハッコウバ)というスタートアップを立ち上げた。来年2月頃の営業開始に向けて、現在は酒蔵設立の準備を進めている。

先月から応援購入サービス「Makuake(マクアケ)」で試験醸造酒の限定販売を開始したところ、わずか5日間で目標金額の400万円を達成するなど予想以上の反響を得ている。

haccoba がつくろうとしているCraft Sakeとは一体どういったお酒なのか。そして、私たちが挑戦しようとしていることの背景にある哲学や思想はどういったものなのか。その考えを伝えていきたいと思う。

伝統産業への新規参入における大きなハードル

日本でお酒をつくるために「免許」が必要なことは皆さんご存じだろうか。最近、日本でもクラフトビールが人気となり、新しいブルワリーの設立が増えている。そういったプレイヤーたちも設立前に必ず免許を取得してからブルワリーを始めている。

ところが、「日本酒の酒蔵を新しくつくる」という話は滅多に聞かない。もちろん日本酒よりもビールの方が市場規模が大きいから、という理由もあるだろう。

ただ実は、業界の構造的課題もある。それは、清酒(日本酒)の新規免許の取得が実質的に規制されている、ということだ。

そんな日本酒業界でも、真正面からでなければ “抜け道的に” チャレンジできる方法がある。そのひとつが「その他の醸造酒」という厳密には日本酒ではないジャンルの免許を取得し、日本酒の製法をベースにしたお酒をつくる、というものだ。

両者の違いを簡単に整理すると、「清酒(日本酒)」とは、米、米こうじ、水を原料とし、こしたお酒のこと。「その他の醸造酒」では、日本酒の製法をベースにしながらも“こさない”お酒「どぶろく」をつくるか、発酵過程で米や米こうじ、水以外の指定の副原料を使えばお酒をつくることができる。

haccobaは「その他の醸造酒」という免許を取得し、本来日本酒には使わないような副原料も使いながらお酒をつくる。ある意味で「日本酒」という枠に囚われない自由な発想で挑戦をしていこうとしている。

2つの自由を目指す「Craft Sake」 のカルチャー

せっかく、ある程度自由に酒づくりができる免許区分なのであれば、日本酒の伝統を大事にしつつも、クラフトビールのように創造的で自由なカルチャーでお酒をつくってみても良いのではないか。それが haccoba のスタンスだ。

このスタンスは、私たちと同じ免許区分でいち早く酒づくりに取り組んでいるWAKAZE(ワカゼ)というパイオニアの存在の影響が大きい。実はWAKAZEをはじめ、同じジャンルの酒蔵をつくろうとしている仲間が知る限りでもあと2〜3社はある。

これからジャンルとして確立されるのか、それとも小さなスタートアップ数社の取り組みで終わってしまうのか。そのスタートラインに立っているのが「Craft Sake」というお酒なのかもしれない。

そんな中、haccoba としては大きく2つの「自由」を実現する酒づくりを目指している。

1つ目は「味わいの自由」。米や米こうじ、水を原料としつつ、クラフトビールのようにフルーツやハーブ、スパイスなどを入れて、味わいや香りの違いを楽しむ。最初の試験醸造酒は、ビールの原料である「ホップ」を使ったお酒をつくる。日本酒(米)のクリアな甘みと旨みに、ビール(ホップ)の鮮烈な苦味と香りが調和することを目指す。

2つ目は「つくりの自由」。酒蔵を新しく立ち上げるということ自体が稀有なものだからこそ、お酒を「飲む」だけではなく「つくる」過程も一緒に楽しむコミュニティをつくる。具体的には、コミュニティ内で新しいレシピの企画や、パッケージデザイン、メインプロダクトを決める投票企画などをオンライン・オフライン両方で実施し、酒づくりやブランドづくりに参加できる仕組みにしていく。

ビールの原料ホップを使った「古くて新しい」お酒

Craft Sake の第1弾として haccoba がつくるのが、ビールの原料「ホップ」を使ったお酒。ビールと日本酒の掛け算で新しい味わいをつくることで、クラフトビール好きにも興味を持ってもらえるのではないかというマーケット拡大の視点もあるが、それだけではない。

実は haccoba の拠点でもある東北地方では、古くからホップ(厳密には唐花草)を使った酒づくりが行われていたという文献がある(参照:『諸国ドブロク宝典』)。

しかし、一般家庭で行われていたような酒づくりのため、製造免許が必要になってからは実質的に途絶えてしまった製法だ。ただ、昔ながらの製法にも回帰することで、「一見新しいけれど実は伝統を受け継いでいる」という“ものづくりのあり方”を目指したいと考えた。

土地の文脈も受け継ぎながら、いまの飲み手にとっても素直に美味しく面白いものをつくりたい。そんな思いから、Makuakeで限定販売する試験醸造酒は、味わいや香りの違う2種類を用意し、どちらが美味しいか投票企画を実施する。飲み手とともに酒蔵としてのメインプロダクトを決めていく、参加型の商品開発を行うことにしている。

日本酒にホップを加えた伝統製法(花酛)をベースとしながら異なるホップを付加し、味と香りの違いを表現した試験醸造酒タイプAとB

再編集の先に描く、発酵文化の復活と継承

クラフトビールのカルチャーで日本酒を捉え直すことで新しいお酒をつくれると考えているが、本当に実現したいのは「日本酒(発酵)文化の復活と継承」だ。

例えば最初の試験醸造酒でホップを使ったお酒をつくるが、これも先に述べた通り、東北地方でかつて行われていた「花酛(はなもと)」というどぶろく(濁酒)の伝統製法に根ざしたもの。酒づくりが自由にできなくなってから途絶えてしまったレシピを復活させつつ、現代の視点で再編集する。

また、飲み手をつくり手側に巻き込むのも、本来自由に行われていた酒づくりを身近な「日常」に取り戻すためのもの。単純にお酒を「つくる」という行為自体が、現代においては新鮮で今までにない体験価値になると考えているのもあるが、そこから本格的につくり手になりたいと思ってくれる方が増えると、よりイノベーションが起きやすい業界構造になるかもしれない。

来年2月頃の営業開始を予定している酒蔵のスケッチ画像 ©️Puddle Inc.

新しいつくり手が増えることで、きっと新しい飲み手も増えるだろう。さらに、多様なプレイヤーが出てくることで、既存の伝統的な酒蔵さんがつくる日本酒の魅力に回帰する方も増えていくのではないだろうか。

日本酒を再編集したCraft Sakeを楽しむことが、自然と日本酒や発酵という日本の伝統文化を継承していくことになる。お酒の飲み手がいつの間にか文化の “つくり手” にもなる。

長い年月をかけて飲み手とつくり手の境界をゆるやかに溶かしていく、新たな挑戦が静かに始まろうとしている。

佐藤 太亮(さとう たいすけ)
Craft Sakeの酒蔵を立ち上げるhaccobaの代表取締役CEO。慶應義塾大学在学中に児童養護施設での学習支援や、地方でのソーシャル系大学の立ち上げなど、広く教育に関わる活動を行う。新卒での楽天株式会社を経て、ウォンテッドリーへ入社。新規部署の立ち上げや自治体・教育機関とのアライアンス業務等を担当し、マザーズ上場を経験。酒づくりの可能性に魅了され独立。酒蔵を中心に、地域や個人の可能性が発酵することを目指す。