
- 安価なエッジデバイスでもAIモデルを動かせる独自技術
- デバイス1台、1日単位でAIアプリを活用可能
- 小売やデジタルサイネージ用途を中心に拡大目指す
スマートフォンアプリの世界では、iOSのApp Store、 AndroidのGoogle Playのような“マーケットプレイス”が存在することで、ユーザーは膨大なアプリの中から自分が求めるものを探し、簡単に試すことができる。
同じような仕組みがIoT市場におけるAIアプリの領域においても成り立つのではないか。Idein(イデイン)はそのような考えのもと、2020年1月にエッジAIプラットフォーム「Actcast(アクトキャスト)」をローンチした。
Actcastは簡単にいうと「エッジ端末上で動くAIアプリに特化したApp Store」のようなプラットフォームだ。
近年はクラウド上ではなく、カメラなど末端のデバイス(エッジデバイス)上で画像や音声データを処理する“エッジコンピューティング”が注目を集めている。Actcastでは安価で汎用的なデバイスとして定評のあるRaspberry Pi(ラズベリーパイ)をターゲットに、このデバイス上で動かせるさまざまなAIアプリを集約してユーザーに届ける。
ActcastにはApp Storeと同じように複数のベンダーが開発したAIアプリが並び、ユーザーは好きなものを1日単位で試すことが可能。たとえば小売企業が店舗のデータを取得してビジネスに活かしたい、デジタルサイネージを扱う企業が効果測定に画像認識技術を使いたいといった場合に、初期コストを抑えて小さく実験することができる。
Ideinは2015年の創業以降、ベンチャーキャピタルや事業会社から複数回に渡って累計で10億円以上の資金を集めながら、コア技術の研究開発や大手企業との共同開発などに取り組んできた。2018年12月にActcastのアルファ版をリリースしてからは、同サービスの開発にも力を入れる。
今後はこのActcastを主力事業として、研究開発やパートナーとの連携をさらに加速させる計画。10月28日には事業会社を中心に複数社から20億円の資金調達を実施した。
調達資金は主にビジネスサイドおよび研究開発サイドの人材採用強化に用いる方針。Ideinとしては今回のラウンドを事業戦略ラウンドとして位置付けていて、株主と事業面の連携も進めるという。
- アイシン精機(既存投資家)
- KDDI
- 双日
- DG Daiwa Ventures(既存投資家)
- DGベンチャーズ
- 伊藤忠テクノソリューションズ
- いわぎん事業創造キャピタル

安価なエッジデバイスでもAIモデルを動かせる独自技術
そもそもIoTの領域でエッジ技術が注目を集めているのは、データ量の増加やプライバシー保護の影響が大きい。特にAIを活用したサービスは画像や音声といったボリュームの大きいデータを扱い、常時動き続けるタイプのものが多くなる。
膨大な生データを処理するために、結果として通信コストやサーバーコストが従来のウェブサービスとは比べ物にならないくらい膨れ上がってしまうわけだ。
エッジコンピューティングでは「末端デバイスで計算を行い、必要最小限なデータのみをサーバー側に送る」ことで、通信コストやサーバーコストを大幅に削減できるのが特徴。クラウド側で処理を実行するクラウドAIでネックになりがちだった通信の遅延や、個人情報・機密情報の漏洩といったプライバシー面のリスクも抑えられる。
一方でエッジ技術を用いたAI/IoTプロダクトを広げていく上では、いくつか超えなければならない壁もある。たとえばカメラ端末などが1台10万円もするようであれば、どうしてもコストがネックになって用途が限られる。何台もの端末を現場で運用する場合、1台1台を遠隔できちんと管理できる仕組みも必要だ。

Ideinの強みはまさにこれらの課題を関連するコア技術にある。同社では以前からRaspberry Pi上でディープラーニングモデルによる高度な計算を実行できる仕組みを研究してきた。
同じ課題に取り組む企業の多くが「モデルを小さくすることで計算量を圧縮し、高速化を測る」アプローチを取っている一方、Ideinでは「エッジデバイス側をハックすることで処理能力の限界を引き上げ、モデルを圧縮せずに高速化を実現する」という難題に挑戦している。
そのために必要となるソフトウェア基盤をすべて自社で開発。処理速度や精度を担保した状態で、安価なデバイスでもAI技術を使える仕組みを作った。

デバイス1台、1日単位でAIアプリを活用可能
Actcastでは開発ベンダーに対してこのコア技術をSDK(開発キット)という形で無償提供するほか、ユーザーが遠隔からアプリをインストールしたり、ベンダーが遠隔からソフトウェアをアップデートするために必要となるインフラ面の仕組みも供給する。
要はベンダーはIdeinが研究開発を重ねてきた技術をフル活用してAIアプリを開発し、Actcast上で自由にユーザーへ販売できるわけだ。

Idein代表取締役の中村晃一氏によると現時点でマーケットプレイスに並ぶのはIdeinが自ら開発したアプリのみではあるが、すでに協力関係にあるベンダーが自社アプリを作り始めている状況とのこと。ベンダーのアプリを順調に増やすことができれば、まさにAIアプリのAppStoreのように、ユーザーがさまざまな選択肢を探せる空間になりうる。
ユーザーの視点では公開されているアプリをデバイス1台から、1日単位で試すことができるため利用のハードルが低いのが特徴。アプリの料金は各ベンダーが設定でき、アプリ利用料の30%か最低手数料のどちらかがIdeinの収益となる仕組みだ(最低手数料は公開アプリは10円、特定のクライアントのみが使えるようにするなど限定公開アプリの場合は160円。いずれも1日1台あたり)。

小売やデジタルサイネージ用途を中心に拡大目指す

まだまだベンダーとユーザーが活発にアプリを売買する規模には至っていないものの、中村氏は「昨年は0だったのが0.5くらいの段階には来ました。(投資家や顧客企業から)今までは技術面を評価してもらうことが多かったものの、最近ではプラットフォームである点に期待をしてもらえることも増えてきています」と事業の進捗に手応えを感じている。
今はもともと共同開発などに取り組んでいたクライアントやパートナー企業を含めて十数社にActcastを試してもらっている状況。冒頭で触れた通り小売やデジタルサイネージ関連の問い合わせが特に多いそうだ。
「たとえば小売企業であれば来客人数や欠品情報などさまざまなデータを活用したいというニーズがあります。これまでは各用途にフォーカスした、ニッチなソリューションが乱立している状況でした。それぞれのソリューションでUI/UXから料金モデル、契約体系、インフラや対応デバイスに至るまで条件がバラバラなため、顧客の視点では使いにくさと無駄が発生していることが複数社にヒアリングをした結果わかりました」(中村氏)
Actcastではそれらをすべて統合することで、シンプルに使えるマーケットプレイスを作った。コア技術やインフラは自社のものに一本化。すべてのアプリが同じデバイス(現在はRaspberry Pi)で使え、利用フローも統一されている。

「いろいろなアプリが1日単位で試せて、デバイスも安価なRaspberry PiでOKとなれば、トライアンドエラーもやりやすい。今までであれば年間契約である程度の初期投資が必要なため尻込みしてしまっていた場合でも、まずは小さく始めて試行錯誤をしながら自社に合った形を見つけるというアプローチを選べるようになる点を評価してもらえています」(中村氏)
マーケットプレイスとして機能するようになれば、次々と新しい技術がストアに並び、ユーザーができることもどんどん増える。結果としてActcastに集まるユーザーとデバイスの母数が増えれば、ベンダー側にとっては新たな収益源にもなりうるだろう。
Ideinとしてはそのような世界観の実現を目指し、組織体制を強化しながら大口の企業を中心に自らも顧客の開拓を進めていく方針だ。並行してベンダーを含め現在70社を超えるパートナーとの連携も加速させていく予定。Raspberry Pi以外のデバイスへの対応などにも取り組むという。
