ハッカズークの鈴木仁志社長 Photo by Karin Hanawa
  • 辞めても縁を切らない“アルムナイ”
  • じわじわと広まる“アルムナイ”の活用事例
  • 普及しづらい背景にある「日本人の固定観念」
  • ライフステージに合わせて「出戻り」が可能
  • 「辞めてもコーセー“と”働く」共創意識

卒業生や同窓生という意味を表す英単語「alumni(アルムナイ)」。この言葉が、企業の人材活用で流行りつつある。一度は自社を離れた退職者をOB・OGとしてコミュニティ化し、再雇用やパートナーとして活用する新しい考え方だ。元社員同士や会社側が継続的にコミュニケーションをとることができるように、制度化するケースも増えている。「退職したらそれっきり」ではない、“辞め方の新常識”に迫った。(ダイヤモンド編集部 塙 花梨)

辞めても縁を切らない“アルムナイ”

「辞職したいけど、上司や同僚を裏切ることになってしまい辞めにくい……」
「ここまで育てたのに辞めるなんて、会社に恩を感じないのか」

 このような価値観は、いまだに根強く残っている。個人のキャリアやライフプランを考え、退職を決意しても上司に申告しづらい。仮に辞めたとしても、再び連絡をとるのが気まずい。こういった経験をした人も多いのではないだろうか。

 だが今、辞めることをポジティブにとらえ、企業にとっても離職者にとってもメリットを生む考え方が広まりつつある。退職者をコミュニティ化して、「アルムナイ(同窓生)」として活用するというものだ。この考えや、具体的な事例を伝えているのが、アルムナイ専門メディア「アルムナビ」を運営するハッカズークだ。ハッカズークの鈴木仁志社長は「辞めても縁をつなぐ“辞め方改革”」だと主張する。

「アルムナイは、これまで退職が原因で縁が切れていた企業と個人を結ぶ新しい考え方です。元社員はその企業の強みも弱みも非常によく知っています。社員として働いていたわけですから。新たなフィールドで経験を積んだ元社員と連携して仕事をすることは、まったく知らない人と組むよりもはるかに業務効率がいい。やらない手はありません」(鈴木社長)

 アルムナイの活用方法はさまざまだ。“出戻り”として再雇用するだけでなく、業務委託として契約して外部から支援を受けたり、転職先の企業とパートナーシップを組むようなケースもある。

アルムナイ同士で、求人情報や業務委託など協業の話をしているイメージ(提供:ハッカズーク)
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「『アルムナイ=出戻り採用』だと誤解されていることも多いんですが、実は業務委託やパートナーシップの実例もすごく多いです。それぞれ別の会社に散らばった元社員同士が連絡を取り合い協業するなど、ビジネスマッチングの機会にもなります」(鈴木社長)

 いずれにせよ、実際に社員として働いた経験があり、会社のことをよく理解しているからこそ、再雇用でも協業でも、新たに始めるより円滑に進むのだ。

「アルムナイの考え方が浸透していくと、少しずつ『辞める=気まずい、裏切り』という価値観が変化していきます。今は円満に辞めることが難しいケースも少なくないですが、『退職後も元社員としてつながっていく』と考えられるようになると、退職者側も企業側もポジティブに受け入れることができます」(鈴木社長)

じわじわと広まる“アルムナイ”の活用事例

 アルムナイの活用は2006年頃から米国で始まったが、日本で本格的に制度化され始めたのは、2017年頃からだと鈴木氏は説明する。それ以前にも、帝人が退職後10年以内の正社員を再雇用する制度「Hello-Again」を実施したり、Sansanの寺田親弘社長の呼びかけで三井物産の社員たちが集う「元物産会」があったりと近しい取り組みはあったが、ここ2年ほどで急増した。

 例えば、ANAグループが運営する卒業生コミュニティ「ANA Sky Community ~ソラミテ~」というウェブサイトがある。会員数は8300人ほどで、そのうち再雇用希望者は7割を超える(2018年1月時点)。ANAで質の高いサービスの教育を受けた人材をコミュニティに確保しておき、業務のニーズに合わせて再雇用しているのだ。

 また、大学生のアルバイトをアルムナイ組織化する事例もある。東京個別指導学院では毎年1500人前後の大学生講師がアルバイトを卒業する。直近20年で約6万人のアルムナイが存在し、それぞれが社会で活躍している。そこで、アルムナイが現役講師の就職活動を支援したり、異業種交流の機会を設けたりして、コミュニティの付加価値をつけている。

普及しづらい背景にある「日本人の固定観念」

 事例が増えつつあるとはいえ、海外に比べると日本では浸透しにくいのも事実だ。人事担当者がアルムナイの活用に前向きでも、決裁権を持つ役員クラスになった瞬間、昔ながらの「辞めること=裏切り」とする考え方で、実施に至らないケースもある。

「いまだにキャリアを会社に委ねるのが当たり前で、退職に対してネガティブな印象をもつ日本人も多くいます。企業側は退職者を裏切り者だと判断してしまいがちですし、退職者側も、辞めた会社と連絡を取るのは常識外れだと考えてしまうようです。『新入社員はお客様のように扱え』などと言う一方で、せっかく数年間育成した人材なのに『辞めたらおしまい』だなんて、もったいないですよね」(鈴木社長)

ライフステージに合わせて「出戻り」が可能

 コーセーの戦略ブランド事業部では、「アディクション」や「ジルスチュアート」といったブランドの美容スタッフ向けにアルムナイ制度を部分導入している。実際に導入を決めたコーセーの戦略ブランド事業部長・佐々木秀世氏は「新卒入社の社員は、研修をしっかり受けており、当社にとって大きな資産。戻ってきてくれたら、即戦力になる」と語る。

 美容スタッフは、全国で600人ほど。結婚や出産、転勤などの理由で退職するケースは後を絶たず、毎年2割が離職している。

コーセーのブランド戦略事業部長・佐々木秀世氏 Photo by K.H.

「20、30代の女性は特に、ライフステージが大きく変わる時期なので、退職も多いです。しかし以前から、退職して数年後に『結婚して落ち着いたので戻りたい』など、復帰を望む声がちらほらありました。“退職”とくくると1つの現象に過ぎないですが、理由は十人十色なんですよね。理由次第では、外の文化を知って戻ってくることが、むしろプラスになることもあります」(佐々木事業部長)

 やむを得ない理由で退職する人も多いことから、働ける環境さえ与えられれば、戻ってくる確率も高いのだ。しかし、退職者は前職の情報を得にくい。だがアルムナイが組織化されていれば、最新の採用情報も周知できる。

 例えば、ジルスチュアートは「少女らしい可愛さを引き出す」というコンセプトで20代をターゲットにしている。そのブランドの特性上、若い販売員が多く、ブランドと実年齢が合わなくなって退職する人も一定数いる。しかし、2018年にジルスチュアートの系統はそのままに、少し大人びたデザインを取り入れた姉妹ブランド「フローラノーティス」が誕生して以降、年齢を重ねた販売員がフローラノーティスに転籍するケースが増えているのだ。

 こうした情報も、これまで退職者は認知しておらず、「年齢とブランドのミスマッチで、もう戻れない」と思い込んでいることも多かった。しかし、アルムナイ組織を作ったことで、転籍事例を共有できるようになった。

「アルムナイを体系化するため、退職した元社員に声をかけました。初めは、再雇用の募集だという誤解も多く、アルムナイの考え方を理解してもらうのに苦労しました。これから退職する社員には、辞める前から『辞めてもアルムナイとして繋がっていられる』と伝えられるので理解も広がると思います」(佐々木事業部長)

「辞めてもコーセー“と”働く」共創意識

 アルムナイは長期的なメリットを重視するコミュニティの形成であり、必ずしもすぐに再雇用したい人材を求めるだけのものではない。まずは繋がり、お互いの状況を把握することで、タイミングが合えば再雇用や協業に至ることができるのだ。

「辞めたら仕事上の関係ではなく、1対1の人間です。学校の卒業生のように、定期的に同窓会を開くような関係性が築けるといいと考えています。辞めていく人たちも、会社のファンです。退職しても、『コーセーで働く』ではなく『コーセー“と”働く』という考え方をしてもらえたら、うれしいです」(佐々木事業部長)

“辞める”という現象をポジティブに、終身雇用が崩壊した時代の新しい考え方だとマインドセットできれば、アルムナイは企業にとっても個人にとっても、有効であることは間違いない。