標高約300メートルの山間にある小千谷市冬井地区の棚田
標高約300メートルの山間にある小千谷市冬井地区の棚田 すべての画像提供:高の井酒造
  • 30年間で4割の棚田が消えた
  • 大自然の恩恵が酒蔵の大事な財産
  • 今まで経験したことのないほど出荷量が減少
  • 新たな顧客を創造し、コロナ禍を生き抜く

日本有数の米どころとして有名な魚沼地域に位置する、新潟県小千谷市。同市は信濃川と魚沼の語源となった「魚野川」の水が集まる地点でもあり、大地の隆起と河川のはたらきによって作り出された河岸段丘を利用して、人々は田んぼを広げてきた。

私たち高の井酒造は前身の“山﨑酒造場”の時代を含めると、江戸時代後期から約130年にわたり酒造りに取り組み続けている。酒米の契約栽培をお願いしている小千谷市冬井地区は標高約300メートルの山間にあり、つづら折りの道を登っていくと信濃川を望む里山に美しい棚田が広がっている。そんな素晴らしい自然環境を守り、そして広く知ってほしい──そんな思いから、冬井地区の棚田米を100%使用して醸した日本酒が「田友(でんゆう)」だ。

田友は2007年の発売後から、さまざまな改良や新商品開発などを行い、ファンの人たちに喜んでもらえる酒造りを続けてきた。さらに2018年には、私たちが想い描く究極の味わいを目指し、史上最高の精米歩合30%、少量仕込み、手造りにこだわった日本酒「田友 手造りプレミアム」を発売した。

そして2020年秋、私たち高の井酒造は新たな挑戦を始めることにした。現在、応援購入サイト「Makuake(マクアケ)」限定で精米歩合30%、発酵微炭酸を封じ込めた「純米大吟醸手造りプレミアム 生原酒」と棚田米100%で醸す異なる精米歩合で表現する「特別純米手造りプレミアム 生原酒」の2種類の「田友 手造りプレミアム」の“生原酒”を限定販売している。

(左)「田友 特別純米手造りプレミアム 生原酒」(右)「田友 純米大吟醸手造りプレミアム 生原酒」
(左)「田友 特別純米手造りプレミアム 生原酒」(右)「田友 純米大吟醸手造りプレミアム 生原酒」

なぜ、私たちは新しい挑戦を始めることにしたのか。その裏側にある思いについて、語っていく。

30年間で4割の棚田が消えた

1970年から始まった米の生産調整を行うための農業政策「減反政策」に加え、耕作者の高齢化、担い手不足、また大型の機械が入らないことによる生産性の低さ、山間地特有の日照量不足などによる収穫量の少なさ──これらが大きな原因となり、ここ30年間で4割の棚田が消えたとの報告がある(出典:農林水産省HPより)。

小千谷市冬井地区も全国と同じく棚田の存続が大きな課題だ。棚田は平坦地の水田に比べて「労働力は2倍だが、収穫量は半分程度」と言われている。たしかに“食料の生産”というビジネスの面から見たら、棚田は非生産的であり非効率なのかもしれない。ただ、里山の棚田には食料の生産以外にもたくさんの役割がある。

棚田は、ただ米を生産する場所というだけでなく、自然環境を保全する役割も果たしている。洪水や地すべりを防ぎ、生き物の生態系を守る働きは棚田の多面的な機能だ。棚田で農業を続けることで私たちの生活にもさまざまな恵みを与えてくれている。

大自然の恩恵が酒蔵の大事な財産

そんな多くの機能がある棚田を、手遅れになる前に今あるだけでも何とか守っていかなければならない。それが問題を目の当たりにした時に強く思ったことだった。

棚田の米とそれを作る地域の人、そしてこの素晴らしい風景を未来へ繋ぐために私たちができることは何か──考えた結果、導き出した答えは“お酒造り”だ。

酒造りには良質な米、清らかな水、澄みきった空気などが不可欠であり、大自然の恩恵そのものが酒蔵の大事な財産となる。小千谷市は米どころとして有名な魚沼地域に位置し、清冽な雪解け水や肥沃な土壌は、米作り・酒造りには最適な環境にある。

棚田米100%で仕込む日本酒を造ることで棚田の保全につなげたいと考え、『田友(でんゆう)』と名づけた日本酒でスタートしたのが「田友プロジェクト」だ。

“参加しよう米づくりから酒造り”がスローガンの「田友プロジェクト」
“参加しよう米づくりから酒造り”がスローガンの「田友プロジェクト」

田友プロジェクトは、“参加しよう米づくりから酒造り”をスローガンに、地域の人や弊社だけでなく、一般の消費者たちからも田植えや仕込み体験を通じて、自然環境の大切さ素晴らしさを楽しく学んでもらいながら“田んぼに集う友”の輪を広げる活動。私たちは酒造りを営む会社と生産農家が手を結び、消費者参加の田植えや仕込み体験を通じファンを増やすことで、自然豊かな地域を守ることにも繋がると考えている。

今まで経験したことのないほど出荷量が減少

だが、世界中の人々の生活は新型コロナウイルスの影響で一変した。日本では1月に初の感染者が確認され、日を重ねるごとに感染者の数は多くなり、4月には緊急事態宣言が発令されるほどの事態に陥った。

働き方はリモートワークが中心となり、飲食店や小売店は営業の自粛が要請された。その影響は日本酒業界にも大きなダメージを与えた。3月は毎年10万人が訪れる新潟県最大級の日本酒イベント「にいがた酒の陣」が開催されるはずだったが、中止となった。

4月は歓送迎会時期であり、年末に次いで日本酒の出荷が多くなる時期となる。5月はゴールデンウィークがあり、新潟には県外からたくさんの人が訪れ、観光売店では各メーカーが試飲販売を行い、お土産の購買に繋げている。この日本酒の出荷量が増える時期に新型コロナウイルスが猛威を振るった。

1月から8月までの出荷量を見ると、3月は前年同期比で87%、4月と5月は77%となっている。今まで経験したことのない出荷量の減少となり、各メーカーが販売に苦戦した。6月の出荷量は94%、7月は96%、8月は80%と持ち直しているように見えるが、実際には数字以上の苦戦を強いられている。飲食店でのイベント中止、各売り場での試飲販売、大規模展示会の中止と昨年まで行っていた事ができない状況に置かれている。

新たな試みとしてはオンラインツールを活用し、「オンライン飲み会」「オンライン蔵見学」「YouTube配信」など、人となるべく接触しないように日本酒を消費しようという動きも出てきている。「家飲み」需要が増えているから消費も増えていると言われるが、増えているのはRTD(Ready to Drink。蓋を開けてすぐにそのまま飲める缶チューハイなど)だ。

1月か9月までの出荷量で前年比109%、ビール類は1月から9月までの出荷量で缶は101%となっている。日本酒の1月~8月の出荷量は87%であることを踏まえると、家飲み需要が増えているのにもかかわらず、出荷量が落ちているのがわかる。

新たな顧客を創造し、コロナ禍を生き抜く

需要が減っているとはいえ、販売をしていかなければ私たちは生きていけない。1年前とは違う売り場、新たな顧客を見つけなければ生き残っていけないだろう。

とあるメーカーでは生産体制を大幅に改め、現在の15分の1サイズのタンクを複数導入し、小ロットで受注生産に切り替えるという。新型コロナウイルスの影響で日本酒の需要が落ち込み、従来型の生産では先行きが厳しいと判断したようだ。

そうした中、私たちは新たな取り組みとして、Makuakeでのプロジェクトに挑戦している。現在、挑戦中のプロジェクトは酒米を契約栽培している棚田や農家の方をより多くの方に知っていただき、おいしい日本酒をみなさんに届け、地元を守りながら私たちもコロナ禍を生き抜いていく──そんな思いで実施している。

今回のプロジェクトの応援コメントの中には「魚沼産のお酒とお米を初めて注文しました」との声もあり、新たな顧客への発信にはなっていると確信している。コロナ渦の中で厳しい状況が続くが、地元と日本酒を武器に生き抜いていきたい。

関勇人(せきゆうと)
高の井酒造営業部新潟県内担当。地元小千谷市の魅力を日本酒と共に発信しようと日々精進している。