
- 東大生と元ガリバー取締役、37歳差の創業者コンビ
- 「日本の研究力の低下」に対する危機感、で起業
- 本当に求める理系学生を探せるサービス
- 学生にとっては、“就活しなくていいサービス”
- 登録者集めには強力な学生ネットワークを活用
- 博士を検索できるデータベース
- 次のユーグレナを生み出すプラットフォームに
研究者の課題をテクノロジーで解決するスタートアップ・POLが勢いを増している。創業から丸3年、直近には総額10億円の資金調達も実施した。彼らが事業領域として掲げるのは、研究領域をテクノロジーで解決する「ラボテック」。特に、理系学生と企業のマッチングが主力事業だ。採用マッチングサービスは数あれど、POLは他社と一味違うアプローチが評価されている。その理由を聞いた。(ダイヤモンド編集部 塙 花梨)
AI、機械工学、船舶、燃料可視化——理系学生専用のスカウト型就活サービス「LabBase」の検索画面には、学生たちが取り組む研究分野や専門領域をこと細かに分類したタグ(キーワード)が並ぶ。
「理系学生が欲しい」という企業は数多くあるが、学生が大学で研究している分野は幅広い。そこでLabBaseでは、企業が求める専門性を持つ学生を、キーワードによってピンポイントに検索し、直接スカウトできる機能を提供しているのだ。
学生にとっての負担も少ない。LabBaseに登録する際は、自分の研究内容をプロフィールとして打ち込むだけでいい。LabBaseが独自のデータベースと照らし合わせ、自動的に研究分野のキーワードを付与してくれる。学生がスカウトを受け入れれば、企業は直接学生とやり取りをして、少人数座談会やインターンなどの選考フローに持ち込める。
LabBaseを提供するのは、東大発スタートアップのPOL。代表を務めるのは、現役の理系東大生でもある加茂倫明社長だ。
「これまでは理系学生を喉から手が出るほど欲している企業があっても、教授や研究室からの推薦しか採用ルートがありませんでした。私たちのサービスでは、登録している理系学生の専門領域を詳細にマッピングしており、欲しい人材に直接アプローチできます」(加茂社長)
東大生と元ガリバー取締役、37歳差の創業者コンビ
POLは、2016年に創業したスタートアップだ。9月17日には、第三者割当増資により総額10億円の資金調達を実施したことを明らかにした。引き受け先は、Spiral Ventures Japan Fund、サイバーエージェント(藤田ファンド)、BEENEXT Pte.Ltd、SMBC信託銀行。同社はこれまでにもDraper Nexus、Beyond Next Venturesから累計11億円超の資金を調達している。
加茂社長は東京大学工学部に籍を置く現役の大学生。大学の研究室や学生と直接接点を持ちやすい環境を作ることができるため、POLの事業を進める上でも効率がいいという。
POLの共同創業者は、個人投資家として活躍するガリバー・インターナショナル(現:IDOM)の吉田行宏元取締役。加茂社長とは37歳差のコンビだ。
「元々両親が大学職員だったので、小さい頃から研究室に出入りしていました。大学に入り、研究者の先輩や友達が困っているところを見て、研究領域の課題解決をしたいと思いました。偶然出会った吉田にPOLのアイデアを見せたら、『一緒にやろう』と言ってくれたんです。吉田は、“世界で活躍する経営者を育てれば、その経営者が優秀な経営者を育てていく”というポリシーで活動しており、私も今まさに育ててもらっています」(加茂社長)
「日本の研究力の低下」に対する危機感、で起業
理系人材市場は3000億円。研究委託市場は2.28兆円におよぶなど、研究関連の市場規模は大きい。しかし、いまだに旧態依然とした商慣習が続いており、テクノロジーが入っていないのが実情だという。それが結果として、日本の科学技術の発展にブレーキをかけてきているのではないかと加茂社長は主張する。

「科学技術力を表すひとつの指標である論文引用数で、かつては世界4位だった日本が、2019年には12位にまで下がったんです。こうなった原因には、研究者の待遇悪化や研究費不足、研究室の情報がブラックボックス化していることなどが挙げられる。ヒト・モノ・カネ・情報と、あらゆる分野で問題が残っています。それらを解決していきたい」(加茂社長)
理系学生と企業をつなぐLabBaseは大きな目標を成し遂げるための1つのソリューションに過ぎない。最終的には、研究者の抱えるあらゆる課題を包括的に解決する、一気通貫のラボテックスタートアップを目指しているという。
本当に求める理系学生を探せるサービス
さまざまな課題を持つ研究者の環境のうち、まず就職活動の課題解決を目指したのが、LabBaseだ。どこの研究室にどういう学生がいてどういうキャリアを持っているのか、キーワード検索するだけですぐにわかるもので、POLの主力事業になっている。
登録社数は150社ほどで、大企業とベンチャーの割合は5対5だ。大学とのコネクションが弱いベンチャーが人材に困るのは分かるが、大企業でのニーズも多い。
前述のとおり、理系の求人の場合、求める人材がピンポイントであるためだ。例えば、機械系に強い会社では機械系の学生は容易に集まるが、専門分野が異なる学生は応募してこないという事態が起こってしまう。そのため、ネームバリューのある大企業であっても、自社の強みとは違う分野の学生は、なかなか採用しにくくなってしまうのだ。

しかし、LabBaseだと詳細な専門分野ごと就活中の学生を検索できるので、企業は自社が求める人材を的確に探し出してアプローチすることができる。
「学生に直接連絡することができて、返信率も高いです。通常のナビサイトだと1~2%の返信率が、LabBaseだと20%ほど。また、全国の研究室について理解しているカスタマーサクセス部門が、どのようなコミュニケーションを取ればいいかサポートをしています」(加茂社長)
社員45人のうち10人をカスタマーサクセスに当て、サポートしている。「AI人材が欲しい」という企業があれば、学会情報や適性のある学生を探し出してリコメンドするなど、きめ細かい対応をする。案内文やダイレクトメールの文章を読んだ学生の感想も企業にフィードバックしている。学生と企業のどちらの視点もよく理解しているからこそのンサルティングだ。
学生にとっては、“就活しなくていいサービス”
LabBaseは学生にとってもメリットがある。
「学生にとっては、“就活しなくていいサービス”なんです。理系学生の多くは研究に集中したいため、就職活動にできるだけ時間を割きたくない傾向があります。LabBaseは登録しておくだけで企業から連絡がくる。研究に集中しながら、キャリアの選択を広げられます」(加茂社長)
現在、学生の登録は1万5000人以上。POLが定義する研究力の高い上位大学の学生のうち、3人に1人が利用している計算だという。
登録者集めには強力な学生ネットワークを活用
登録者集めには、学生ならではのネットワークを活用している。
「全国各地にインターン生がいて、彼らが自分の大学でLabBaseを広めてセミナーを開催しています。地方にいながらインターンが経験でき、給与も出るため、学生のモチベーションも高い。また、大学に協力してもらって、企業と学生をつなげる勉強会も開催しています」(加茂社長)
加茂社長は、理系学生の採用に関して「(売り手市場は)しばらく続く」と確信している。
「テクノロジー人材の獲得競争は一層激しくなるでしょう。完全な通年採用になることを見越して、早いタイミングから企業が学生に声掛けできるような仕組みになっています。学生も、早めに内定がもらえた方が研究に時間を割けるので嬉しいようです」(加茂社長)
博士を検索できるデータベース
もうひとつ、2019年3月から始まった事業が、研究者プラットフォーム「LabBase X」だ。産学連携を加速させ、大学に眠っている技術を社会に還元していくことを目指したサービスだと説明する。
「研究室では、社会を変えるイノベーションの種がたくさん生まれています。しかし、企業が産学連携を目指しても、もともとコネクションのある教授としか連携できません。研究室がブラックボックス化しているせいです」(加茂社長)
各大学が研究者のデータベースを保持してはいるものの、大学ごとで分断されていた。そのため企業側は、「(ある特定分野の)研究をしている先生はどこの大学にいるのか」を知りたいにもかかわらず、大学を横断して検索ができなかった。そこでPOLは、全国の大学で研究をする博士人材400人が登録する研究者データベースのプラットフォームを作ったのだ。
「学生100人がオフラインで研究室に声掛けすることで、研究者の独自データを入れることができました。また、クラウドソーシング機能もあります。企業が調査や技術的な相談を登録している博士に募るんです。R&Dコンサルのイメージです」(加茂社長)
博士にとってのメリットも大きい。自身の研究を社会で活用でき、同時に企業から報酬がもらえるからだ。昨今、博士号を取得しながら正規ポストに就けない任期付き研究者が増えている「ポスドク」問題が深刻視されており、深夜にコンビニバイトをするなど金銭的に苦しい研究者も多い。
次のユーグレナを生み出すプラットフォームに
今回実施した資金調達は、マーケティングと人材投資に使用する。特に、課題を抱えている優秀な研究者に認知・信頼してもらうことが課題だ。

「単純なマーケティングよりも、研究領域にムーブメントを起こすような仕掛けをしていきたいです」(加茂社長)
そして、今後見据えるのは、まだ手を付けていない研究者の課題を解決することだ。理系研究者には、人材以外にも研究機器の運用や試薬の購入に関わる課題も山積みだという。
「研究領域のすべての課題に対して“事業群”を作り解決していくことで、世界で戦える企業になれると考えています。最初に人材領域をカバーしたことで、最新の研究技術データがPOLの元に集まりつつあります。これをもとに、いずれは先端研究支援もしていきたいです。お金を出し合って、次のユーグレナのようなディープテックに挑戦するスタートアップが作れたら面白いですよね。科学の発展スピードすら変えていけるかもしれません」(加茂社長)