
- “破壊的なスタートアップ”の登場に期待
- スタートアップは「政治や行政の構造」に関する理解を深めるべき
- ASCENSION 2020で狙う国際交流による“化学反応”
- 兼業や副業で実現するスタートアップとの新たな共創
スタートアップの創業支援などを行う指針を示した2012年の「スタートアップ都市ふくおか宣言」から8年。強力な支援で知られる福岡市は今年、資金や実証実験といった面での支援だけに留まらない、スタートアップとの共創の新たなかたちを模索している。
また同時に、DX(デジタル化)にも積極的だ。9月に菅義偉内閣が発足し、河野太郎・行政改革大臣は「脱ハンコ」を打ち出すなど、行政手続きのデジタル化を推進。福岡市もこの波に乗り、9月29日には脱ハンコの完了を発表。11月17日には「DX戦略課」を新設する指針を明らかにした。スタートアップなどで働く技術者を兼業・副業というかたちで雇用し、市の行政手続きをデジタル化していく構えだ。
だが、高島宗一郎・福岡市長は、「実用的で良いアイデア」だけではつまらないと話す。「破壊的なイノベーション」への期待、そしてスタートアップ支援のMOU(Memorandum of Understanding:行政機関などの組織間の合意事項を記した文書)を結ぶ世界15拠点との交流を目的に、11月27日に福岡市主催で新イベント「ASCENSION 2020」を開催する。
福岡市とスタートアップによる共創の“今”や、ASCENSION 2020を開催する狙いについて、高島市長に話を聞いた。
“破壊的なスタートアップ”の登場に期待
──「スタートアップ都市ふくおか宣言」から8年が経ちました。開業率は政令指定都市中1位であり、日本を代表するスタートアップ都市の1つと言えます。他都市も力を入れる中、福岡市が引き続きスタートアップに選ばれている理由を教えてください。
福岡市が引き続き注目され続けている理由は、チャレンジし続けているからです。自分たちの強みである部分に対して、集中的にリソースを投下しています。
福岡市の強みは何なのか。まず、10代、20代の人口比率が日本で1番高いことです。ITリテラシーが高い世代が多いということになります。
それから、福岡市は政令指定都市だということも強みです。基礎自治体の現場と、県の権限の両方を持っていますし、国家戦略特区でもあります。そのため、(スタートアップが実証実験を行う)現場から規制(緩和)までが一直線に繋がっています。
行政の関係者でなければ、「県と市が分かれていても、協力すれば良いじゃないか」と思うかもしれません。ですが、実際には「市長と知事が話せば済む」といった簡単な話ではないのです。市議会や県議会など大勢の利害関係者と調整をする必要があります。
スタートアップは、これまで世の中になかったサービスやビジネスモデルを生み出しています。スタートアップを支援するということは、既得権を持つ人たちからすれば、「新しいライバルを市場に入れていく」ということになります。
そのため、スタートアップを応援するには、実は相当な覚悟が必要なのです。かなりドロドロとした既得権との戦いがあります。ですが、福岡市は政令市のため、権限が1本に繋がっており、新しいチャレンジがしやすい環境になっていると言えるでしょう。
そして、福岡市はアジアに近い都市です。ですから、福岡市の多くのスタートアップは“スケールアップ”と“グローバル”をテーマにしています。そんなスタートアップを後押しするために、私たちは11カ国15拠点と、スタートアップ支援におけるMOUを結んでいます。
スタートアップが違う国のビジネスと取引をする上で、「支払いはちゃんとされるのか」、「この約束はちゃんと履行されるのか」など、不安を感じることもあるかと思います。ですが、両都市がMOUを結んでいる枠組みの中でのビジネスマッチングであれば、スタートアップが安心して取引することができます。
また東京都は経済規模が大きい。ユーザーも多ければ資金もたくさん集まるなど、東京都にしかない強みがあります。なので福岡市では、東京都にはない強みにリソースを集中投下しています。
例えば、実証実験のフルサポート事業です。規制緩和、資金、地域との調整など、さまざまな側面でフルサポートを提供し、実証実験を成功まで導くための伴走をしています。
基礎自治体として、常に地域の自治会長や色々なプレーヤーと普段から付き合っているからこそ、このような調整ができるのです。そして政令市で県と同等の権限があるということで、福岡市とさまざまな分野において、規制緩和なども含めて、権限の中で色々なチャレンジができます。スタートアップは福岡市で「実証実験を問題なく行えた」という事例を作り、それを持って外に出ていく。このような取り組みを続けているため、福岡市は引き続きスタートアップに選ばれているのだと思います。
──一方で、今後改善しなければならない点もありますか。
私たち福岡市はプレーヤー側ではなく、あくまでも支援側です。支援する側だけが強すぎるのは問題なので、私たちに負けないくらい強力なスタートアップに出てきて欲しいと考えています。
「負けない」とはどういう意味か。我々が発想もしていなかったようなアイデアを持つスタートアップに出てきてほしいということです。今回福岡市が開催するイベントの名前である「ASCENSION」には「次元を変える」という意味があります。
「AからBに行く」、「BからCに行く」という(段階的な)改善型ではなく、「(アルファベットの)Aからいきなり(別の言語の)アラビア語になる」ような、次元やステージの違うところに突如として飛躍する、“破壊的イノベーション”が生まれることを期待しています。
日本を良い方向へと導いてくれるような、実用的で良いアイデアを持つスタートアップは多く出てきています。ですが、破壊的なスタートアップにこそ登場していただきたいのです。
ASCENSIONのロゴはデスメタル風になっています。あのロゴであれば、「ASCENSIONを始めたいと思います。まずは開会の言葉を〇〇さんお願いします」という(いわゆる自治体が開催するイベント)風にはならないじゃないですか。ですから、「あのロゴのイメージのままでよろしく」ということなんですよね。

「既存の企業や行政と一緒だよね」というようなスタートアップではつまらない。私個人としては、もっと面白くて破天荒なスタートアップが出てくることを期待しています。
スタートアップは「政治や行政の構造」に関する理解を深めるべき
──最近では破壊的なイノベーションを諦めているスタートアップが多いと感じています。規制を壊して戦ってきたスタートアップがことごとく負けてきたのがその理由の一端だと思います。福岡市は支援側が強いので、新しいイノベーションを起こしやすい環境だということなのでしょうか。東京都を中心としたスタートアップのエコシステムとの違いは。
先日、「ABEMA」の「NewsBAR橋下」(編集部注:元大阪市長・大阪府知事の橋下徹氏が出演するトーク番組)という番組に出演しましたが、楽しかったです。なぜなら、(橋下氏も)霞ヶ関に対して、色々な制度を変えるように促して、既得権を壊すようなチャレンジをしてきたからです。そんな首長とじゃないと話が合わないのです。
「うちもスタートアップ支援を頑張っています」と言う自治体は多く存在するものの、「既得権と戦いながらスタートアップのことを理解していく」ことができないと、スタートアップの支援は難しいのではないでしょうか。スタートアップの支援は非常に難しく、血みどろの戦いになるレベルと言っても過言ではありません。
「ポリティカルキャピタル」(政治家が有権者から得られる支持、支援、信託など)という言葉があります。それはゲームで言う“ライフゲージ”のように、どこまで使っているのか、どこまで上下しているのか、常に気にしている必要があります。
当然ながら「スタートアップを支援し、既得権を壊すためにポリティカルキャピタルを使おう」と考える首長に会うことはそうありません。
なぜなら、既得権の人は選挙運動をしてくれますし、政治資金パーティーに来てくれるなど、選挙運動に協力してくれます。一方、スタートアップは選挙運動に協力してくれませんし、政治資金パーティーに来てくれるわけでもありません。市場に競争原理をもたらすことよって、大勢の既得権サイドの人からは嫌われるし、 票も減ってしまいます。スタートアップを支援しても政治家個人に良いことはありません。
Uberの実証実験を行うにしても、タクシー業界からの反発が非常に強烈にあるわけです。(編集部注:Uberは2015年2月に福岡市でライドシェアの検証実験を開始したが、無許可でタクシー業を行う「白タク」を禁止する道路運送法に抵触する可能性があるとして、国土交通省から「待った」をかけられたのち、わずか1カ月ほどで中止した)私のところにも、タクシー業界の方々が、さまざまなつてをたどって話をしに来ました。
スタートアップも、失敗を繰り返す中で学ぶべきなのだと思います。ですが、その“学び”は現状、「失敗して諦めた個々の企業」の中だけに留まっており、スタートアップ業界全体には広がっていない状況です。
例えばですが、スタートアップはロビー活動をしません。サービスはより良いものに淘汰されていくという、経済の世界で物事を進めていく上での理屈が、行政でも同じように通用すると考えているからです。
より良いサービスが生まれたとします。ですが、そのサービスを実装したところで、汗を流す公務員の給料もボーナスも変わりません。税金が浮いたとしても、使い道は沢山あります。
むしろ、何かを変えようとすると、既得権や、議員に張り付いている人たちから、色々と言われるわけなのです。そんなことをされてまで何かを変えたとしても、政治家個人に戻ってくるメリットは正直ありません。
スタートアップが展示会場で「うちのスタートアップはこんなに良いサービスを開発しているんです」と叫び、メディアに掲載された内容について褒められたとしても、サービスを社会実装するには全く別のノウハウが必要となります。
政治や行政は自分たちとは全然別の理屈と論理で動いていると言うことを理解しないまま、経済の世界の中だけで「これは良いサービスだということが何故わからないのか。このサービスは世界を変えるのに」と言っていても、“社会を変える側”の政治家は動きません。
私は(スタートアップイベントの)SLUSH ASIAに登壇した際には、「スタートアップと政治が一緒になって初めて社会が変わる」と話しました。新しいサービスやビジネスを生み出すのはスタートアップ。どういう社会であるべきかを規定するのは政治であり行政です。これを理解しなければ、どんなに良いサービスだったとしても、展示会場の外に出ることはできません。
ですので、このような(政治や行政に関する)ノウハウを、スタートアップ業界で共有することは重要です。スタートアップは一丸となり、政治に対してロビー活動をしていく。政治や行政に働きかけるためには、スタートアップが彼らにとっての“メリット”にならなければなりません。
順調に行っているスタートアップは、政治家の協力をしていきながら、自分たちの味方として取り込んでいく。もしくは選挙運動をする。影響力がある存在だと認識されないと、政治や行政の世界において、スタートアップが発言力を持つことはできません。
スタートアップの人たちに見えている氷山の下には、非常に大きな世界が広がっています。ノウハウを持っている自治体と組むことも重要ですし、そろそろ、スタートアップ業界自体も(政治や行政の)構造を理解していても良い頃なんじゃないかな、と思います。でなければ、このまま足踏みをしたままで終わってしまうのではないでしょうか。
ASCENSION 2020で狙う国際交流による“化学反応”
──11月27日に開催されるASCENSION 2020は国際交流のイベントです。イベント開催の目的を教えてください。また、これまで福岡市が台湾などの海外都市と結んできたMOUの話やその後の具体的な施策など教えてください。
福岡市ではスタートアップが最初からグローバルな環境に挑戦することを重要だと考えています。価値観や発想が違うような人たちが混じり合うことで、想像もしていなかったような化学反応が生まれるからです。
異質なものが混じり合うことは「想像を超えた明日を生み出す」ためには非常に重要です。まさにASCENSIONと言いますか、次元を超えていくことに繋がると思っています。
今年はコロナ禍でリアルなイベントではなくなってしまいましたが、オンラインで開催するにあたって、民間のスタートアップイベント「Startup Go!Go!」、ふくおかフィナンシャルグループのイベント「X-Tech Match up」と連携し、「STARTUP FUKUOKA 3 DAYS」と銘打って開催することになりました。
これまでにMOUを結んだ地域とは、例えばピッチ大会を(相手の国や地域の)現地で行ってきました。そうすると、「日本に進出したい」というスタートアップがピッチをしてくれる。日本から見て「あの企業とマッチングできる」、「日本でも伸びるんじゃないか」と思えるスタートアップを厳選して連れてくることができます。
海外から連れてくるスタートアップには、優遇的に航空券や事務所費などのサポートを提供して来てもらいます。結果として、成功確率の高いスタートアップを連れてくることが可能となります。
福岡市が開催するASCENSIONのようなイベントにも、(海外から連れてきたいスタートアップに)優先的に参加していただきます。日本展開の支援を受けられるような企業が見ているので、ビジネス機会の拡大に貢献していると思っています。
兼業や副業で実現するスタートアップとの新たな共創
──スタートアップ支援以外の、福岡市の動きについても教えて下さい。今月、「DX戦略課」を新設すると発表しました。この狙いについてお聞かせ下さい。
「FUKUOKA NEXT」(編集部注:アジアのリーダー都市を目指す上での福岡市のスローガン)の「NEXT」には“次世代”と“次のステージ”など色々な意味が込められています。福岡市は人口増加率も税収伸び率も開業率も、全国1位です。ただ、これから少子高齢が進むと、前提条件が変わってきます。
今の素晴らしい街を次の世代にも残していく中で、特に高齢者や福祉へ向けた対策のニーズが高まってきます。これにどう対応するのかというのは、デジタル化と関係なく、行政としての大きな課題としてありました。
そんな時によく言われるのが、「支える側と支えられる側のバランスが崩れて、支えきれなくなるんじゃないか」という議論です。
この議論に対して、「支える側の人数を増やすために少子化を解消しましょう」という話はずっとありました。ですが、人を増やすと言っても、人が増えるためには非常にさまざまな要因が重なり合わなければなりません。
私は、人が支えるところをロボットやオートメーションのテクノロジーが担えば良いのではないか、と考えています。
もちろんデジタルで全てが解決するわけではなく、役所にも、人と人との絆や、人ならではの温もりのある対応は今後も残ります。ですが、人と人との情報のやりとりについては、デジタルで行い、人を介さないことで、間違いのリスクを減らすことができます。そして、人を使わずに済みます。要するに、職員を高齢者対策や福祉の方に回すことが可能になるのです。菅(義偉)さんが総理大臣、河野(太郎)さんが行革担当大臣になり、デジタル化を一気に進めていこうという流れになりました。
一方で「デジタル化が進むことで、若い人は対応できるが高齢者は取り残されるのではないか」といったことが議論されています。つまり、“アナログ対デジタル”というような構図で物事が語られるようになりました。
私はそうは見ていません。アナログ対デジタルという構図ではない。単純に“ユーザーインターフェイス”に問題があるのだと思います。
これは、スマートフォンは難しくて使えないから抵抗があるという人でも、「(NTTドコモの)らくらくホン」(高齢者向けの携帯電話)なら使えるということに象徴されています。高齢になるにつれ、目が悪くなってくる。難しいことはわからない。ですが、らくらくホンのように機能を限定すれば、簡単に操作ができる。
高齢者の方々からすればらくらくホンはスマホとは別物かもしれませんが、裏を開けてみれば中身は同じです。今後は、デジタルを“電脳機器”的な難しい話として捉えるのではなくて、もっと丸みのある、柔らかいものとして捉えていく必要があります。そのためにはデザインの力が重要になってきます。デジタルは誰にとっても利便性の高いものにしていかなければなりません。
今、福岡市役所には約1万5000人の職員がいます。デジタル化を進める中で、各局・各部がそれぞれオンライン申請の仕組みを発注しかねない状況になったため、待ったをかけました。
「誰もが間違いなく簡単に利用できるインターフェイス」を完成させるには、1つの部署にノウハウを集約し、福岡市全体が利用する1つのフォーマットを作るべきだと考えました。各局や各部が申請事項を作る時には、その部署のノウハウをふんだんに活かす。もしくは用意されたフォーマットに入れ込んでしまったほうが良い。このような発想から、DX戦略課を新設しました。
役所にも非常に多くのベンダーが入り込んでいます。ベンダーは、信頼感のある大きなシステムを構築するのは得意です。一方で、ユーザーインターフェイスについては、工夫がうまくいかないことが多く、動きも遅い。
この分野はスタートアップが非常に得意です。LINEに象徴されるような、「シンプルで直感的な操作性」といったノウハウを、役所でも取り入れていきたいと考えています。
公務員のように月〜金曜日でフルに出勤しなくても良いので、兼業や副業、テレワークも可能なかたちで、第一線で活躍する民間の人たちに全体の仕組みやデザインを考えていただく。役所のメンバーは出てきたアイデアを役所に落とし込んでいく。こんなチームを今後は作っていきたいな、と思っています。
──DX戦略課で募集するDXデザイナーは副業・テレワークでの勤務となります。副業解禁元年は2018年でしたが、近年、行政とスタートアップ従業員などIT人材との共創に新たな形が生まれたと考えています。市長のお考えをお聞かせください。
私は就任して10年になります。福岡市がスタートアップの特区になったのは今から6年ほど前です。
当時、「スタートアップ」という言葉が新聞に出てくることはありませんでした。「創業支援」というのは昔からありましたけどね。
経験や資金、販路といった面では、当然スタートアップより既存企業の方がしっかりとしています。ですが、“新規性”や“とがり”についてはスタートアップの方が圧倒時に強い。なので、既存企業とスタートアップのコラボレーションが出来てきているのは良い傾向だと見ています。
福岡市としても、役所の人間とスタートアップという、強みが真逆な人材間での交流がより進むと良いなと考えています。そのために、国家戦略特区の規制緩和を使い、役所の人間がスタートアップに就職した場合、3年以内であれば役所に戻ることが可能で、退職金にも影響が出ないという制度を作りました。スタートアップから役所に人材が入ってくる流れにも期待しています。
今回、兼業や副業とすることによって、福岡市で働くハードルは劇的に下がったのではないでしょうか。「日本で最先端の事例をここで作っていく」というモチベーションがあれば、「役所がどんな論理と理屈で動いているのか」を知ることができます。スタートアップにとって、絶対に活きてくる経験になるでしょう。