Yazawa Ventures代表取締役 矢澤麻里子氏 写真提供:Yazawa Ventures
Yazawa Ventures代表取締役 矢澤麻里子氏 写真提供:Yazawa Ventures
  • 「より良い世界を作りたい」起業への思いをVCとして実現目指す
  • 出産によりブランク、「本気度を見せるために」ファンドを組成

激動の2020年も残り約1カ月。新型コロナウイルス感染症は国内スタートアップの資金調達環境にも影を落とすのではないかと当初考えられていたが、2020年上半期の動向を見る限りでは、昨年同時期を上回る金額の調達が実施されている。

一方で、ベンチャーキャピタル(VC)が起業家、そしてファンドへの出資であるLP投資家に選ばれる存在になるための競争は激化している状況だ。2020年上半期のファンドの設立数・金額も昨年同時期に比べて減少している。

ファンド設立には厳しい環境とも言えるが、ここにまた、新たな独立系VCが誕生した。その名は「Yazawa Ventures(ヤザワベンチャーズ)」。同社は1号ファンド(Yazawa Ventures 1号投資事業有限責任組合、以下YV1号ファンド)を組成したばかりだ。

Yazawa Ventures代表取締役でGP(General Partner)としてファンドを運営するのは、矢澤麻里子氏。シードステージに特化したベンチャーキャピタルのサムライインキュベートのキャピタリスト、米国発のVC・アクセラレーターであるPlug and Play JapanのCOOとして、スタートアップの支援・投資に取り組んできた人物だ。

「より良い世界を作りたい」起業への思いをVCとして実現目指す

矢澤氏は米国・ニューヨーク州で大学を卒業後、ニューヨーク市内で起業を試みたが失敗。日本に戻り、BI・ERPソフトウェアベンダーに就職してコンサルティングやエンジニアリングに従事。次いでリスクマネジメント事業を営む企業へ転職し、個人の与信管理モデル構築や国内外企業の信用調査を行っていた。

ただ、就職してからも起業への思いは消えなかった。「自分は起業で何をしたいのか」と考えを突き詰める中で、矢澤氏は「日本をもっと良くしたい。そのためにはVCとして起業家にかかわる方法もあるのではないか」という結論に至り、2009年ごろ、VCの領域へ足を踏み入れた。

VCでのインターン後、2013年にサムライインキュベートに参加。4年半の間、スタートアップ投資や支援を担当した。4号ファンドでは運用、5号ファンドでは資金調達にも携わり、計74社のスタートアップ投資にかかわった。マネジメント金額は総額約15億円。担当企業には月額制洋服レンタルのエアークローゼット、インフルエンサーマーケティングのレモネード(2018年にUUUMが買収)、保育プラットフォームのキッズカラーといったスタートアップがある。

2017年からはシリコンバレー発のPlug and Play日本支社立ち上げに、COOとして参画。2年間、組織づくりに携わる中で結婚。出産の1カ月前に退任するまでに、プログラムを通して約200社のスタートアップを支援した。

出産を機にいったんスタートアップの世界から離れた矢澤氏だったが、「VCとして独立したい」という思いが消えなかった。サムライインキュベートの卒業生には、これまでにF Ventures(両角将太氏)、Leapfrog Ventures(寺久保拓摩氏)など、これまでにも自らベンチャーキャピタルを立ち上げるメンバーもいたが、矢澤氏も一念発起。自身の名前を冠したYazawa Venturesを設立した。

これまでのスタートアップ支援では、自身の無力さを感じることが多かったという。過去には仁義こそ切ったが、投資家として守れなかった約束もあると振り返る。そんな思いも矢澤氏の背中を押した。

「1社ごとへの手厚い支援など、組織でやりたかったスタートアップ支援がやりきれなかった悔しさ、課題感がありました。これまでにやりきれなかったことに挑戦し、より良い世界を作るためのVC立ち上げです」(矢澤氏)

出産によりブランク、「本気度を見せるために」ファンドを組成

Yazawa Venturesの投資対象は創業初期のシードスタートアップ。企業価値2億円以下のスタートアップに1件あたり1000万円から1500万円前後の出資を予定している。

投資テーマは「働くことをより良くすること」。矢澤氏は、企業や組織の変革を目指す「トップダウン型」と個人の働き方の変革を目指す「ボトムアップ型」の二方向から、スタートアップ支援を行っていきたいと語る。

「BtoB SaaSなど企業活動や業務を効率化したり、組織など働く環境を構造から変革しようというスタートアップはもちろん対象となります。また個人の新しい働き方を推進したり、ヘルスケアや教育、育児・介護といった面から働く人を支える、ウェルビーイングを目指すスタートアップも支援していきたいと考えています」

「働くことは人の生きがいでもあります。もちろん『働きたくないな』と思いながら働く人もいますが、誰かのために働いて、喜んでもらって対価を得るということは、自己肯定にもつながること。働くことを良くすることにVCとしてかかわるのは、人を幸せにすることで、いいレバレッジのかかるモデルだからです。ユーザーの課題を解決するスタートアップをVCが支援して、その総量が大きくなれば世の中はハッピーになり、スタートアップも成長してVCも投資を回収できますから」(矢澤氏)

YV1号ファンドには、日本テクノロジーベンチャーパートナーズのGPである村口和孝氏や、IT系カンファレンスやスタートアップコミュニティ運営を支援するウィズグループ代表取締役の奥田浩美氏らが、LP投資家として参加する。今後も出資者を募り、2021年5月をめどにファンド総額7億円以上を目指す。

しかしコロナ禍の影響もあり、LP投資はなかなか集まりづらい状況ではあるようだ。「出産によるブランクもあり、『子どもがいて、本気でVCとしてやれるのか』と言われることもありました」という矢澤氏。風当たりの強い環境下だが「今は確かにまだ成果が何もない状態で、私も何者でもない。本気度を見せるためには、応援してくれる人たちからの出資でいったんファンドを組成して、ちゃんとやると宣言した方が早いと考えました」と話している。

世界的に女性ベンチャーキャピタリストはまだまだ少数派だ。日本でも、特にファンドの運用に携わるパートナー職の女性は日本にほとんどいない。ただ、矢澤氏は「あまり『女性GP』ということを強調するつもりはありません。パフォーマンスが出ることこそが大事」と述べている。

「女性の働きやすさを支援して社会活躍を促すスタートアップにも投資していきますし、ダイバーシティーを高める取り組みにも注目していきます。その一環として女性起業家の支援も進めますが、『女性だから』というだけではなく、テクノロジーを活用して世の中を変えるスタートアップを支援していきたいです」(矢澤氏)