
- VRはコミュニケーションの可能性や楽しさを拡張する
- “嘘が苦手な人”でも楽しめるVR人狼
- XRゲームのヒットコンテンツを生み出す開発会社目指す
「高校に入るくらいまでは典型的なコミュ障で、不登校だった時期もありました。人とのコミュニケーションをネガティブに考えていたからこそ、当時から人並み以上にコミュニケーションというものに気持ちが向いていたのかもしれません」
そう話すのは京都発のVRゲーム開発スタートアップ・CharacterBank(キャラクターバンク)で代表取締役を務める三上航人氏だ。
現在同社ではバーチャル空間上でアバターを用いながら“人狼”を楽しめるVR人狼ゲーム「ANSUZ -アンスズ-」を開発中。2020年内のリリースを目標に準備を進めている。
ビデオ通話やテキストチャットを活用してオンライン上で人狼ゲームができるサービスは存在するが「VRだからこそできる体験がある」というのが三上氏の考えだ。
アバターというフィルターを通すことで、対面のコミュニケーションが苦手な人でも参加しやすい空間を用意。視線の向きや身振り手振りなど「非言語コミュニケーション」を取り入れることによって、離れた場所にいながらでもオフラインの人狼に近い心理戦を味わえるゲームを目指している。
VR人狼ゲームを皮切りに、今後キャラクターバンクではVRならではのコミュニケーションを活かしたゲームを複数手がけていく計画。そのための軍資金として既存投資家のTHE SEEDのほか、マネックスベンチャーズや個人投資家1名から総額1億円を調達した。
VRはコミュニケーションの可能性や楽しさを拡張する

なぜ「VRゲーム」領域で事業を立ち上げたのか。三上氏はその背景について「ゲーム開発をしたい、VRで何かを作りたいというよりは『コミュニケーションって面白い』という考えが根本にあって、その体験を拡張する技術としてVRに関心を持ちました」と説明する。
中学生ごろまでの自身を「ファッション的な意味でのコミュ障ではなく本当のコミュ障で、人と接すること自体が苦手だった」と振り返る三上氏。不登校を経験したこともあったが、高校では興味のあったロボット開発系の学科がある工業高校に進み、気の合う仲間もできたことでコミュニケーションに対しても徐々にポジティブになっていった。
コミュニケーションへの関心が高まるきっかけとなったのが、学生時代に関わっていたクリエイティブ企業での仕事だ。三上氏は1人のエンジニアとしてパーソナルロボット「Pepper」の会話開発や、TOYOTAのコンセプトカー開発のプロジェクトに参加した。
人が身近に感じるような会話をいかに設計し、プログラムに落とし込んでいくか──。特にPepperの案件では1つ1つの会話やコミュニケーションについて何度も考え、実装し続ける日々を過ごした。そんなこともあって、自然と「ゆくゆくはコミュニケーションの体験を豊かにするようなサービスを自分で開発してみたい」と考えるようになったという。
その手段としてVRを選んだのは市場の成長性もあるが、何よりも自身の体験が大きい。海外のVRコミュニケーションアプリを触ってみた時、英語が話せないにも関わらず、ジェスチャーを通じてオンライン上で海外の人とコミュニケーションを楽しむことができた。
「ものすごく現実に近くておもしろいと衝撃を受けたのを覚えています。仮に音声通話やビデオ通話だったとしたら、自分は絶対にコミュニケーションが取れなかった。ノンバーバル(非言語)なコミュニケーションができるVRの体験に興味が湧きました」(三上氏)

すでに存在するデバイスや技術を使っていかにコミュニケーションを拡張できるかを模索した時、VRに大きな可能性を感じた。ゲームから始めたのは、その体験をいろんな人が試しやすいからだ。
「急にVR空間に入って『さぁ、喋ってください』と言っても慣れていない人には難しい。自然と他の参加者と会話が発生するゲームとなると、ボードゲームが良さそうだと考えました。中でも短時間でカジュアルにできて、多くの人が知っているものは何か。思い浮かんだのが人狼でした」(三上氏)
“嘘が苦手な人”でも楽しめるVR人狼
キャラクターバンクが開発中のANSUZは4名のプレイヤーが2つの勢力に分かれて戦うゲームだ。

プレイヤーはランダムに「善」か「悪」どちらかの役が割り当てられる。「善」のプレイヤーは「悪 」のプレイヤーを見つけ出すことがミッション。反対に「悪」のプレイヤーは「善」のプレイヤーに見つからなければ勝ちだ。
手軽に遊べることで人気の「ワンナイト人狼」に近く、1回のプレイ時間は数分程度とカジュアルに参加できるのが特徴。プレイヤーは用意されたアバターを使ってお互いの心理を読み合いながらゲームを進めていく。
「(テストプレイなどを通じて検証をしていると)普段は嘘をついたりするのが苦手な人でも嘘をつきやすくなるといったように、『アバター』を使ってキャラを演じることでおもしろい効果が生まれることがわかりました。オフラインでやる場合と比べるとお互いの表情がわかりにくいなどの制約はありますが、向いている方向や身振り手振りなど仕草の変化がわかることで、『音声だけの時よりも誰が怪しいか予想しやすくて楽しめた』という声も多かったです」(三上氏)
今のところ2020年内〜2021年明けのリリースを予定しており、無料で提供する方針(有料アバターなどで課金することは検討しているとのこと)。SteamVR、VIVEPORT、Oculus、Oculus Quest、Oculus Quest 2といったVRプラットフォームと端末への対応を計画しているという。
XRゲームのヒットコンテンツを生み出す開発会社目指す
冒頭でも触れた通り、今後キャラクターバンクではVR人狼ゲーム以外にも複数のタイトルを開発していくことを目指している。
まずはVRゲームが軸となるが、ゆくゆくはARやMRなども含めたXR領域のゲームやコンテンツを手掛ける構想。今回の資金調達はそのために人材採用を強化し、複数ラインで開発を進めていけるような体制を整えることが目的だ。

三上氏は国内におけるVRゲーム市場の現状を「スマホにおけるカジュアルゲームが少しずつ増え始めたタイミングに近い」と考えているという。
スマホゲームの黎明期から成長期にかけてはベンチャー企業を中心にさまざまな企業がゲーム開発に取り組んだ。特にここ10年弱で一気に広がったソーシャルゲームの領域では、ディー・エヌ・エーやグリー、コロプラなど事業を急拡大させた企業がいくつも生まれた。
「(VRゲームに関しては)現時点でものすごくヒットしたタイトルがいくつも生まれている状況ではありませんが、一定の売上を生み出すコンテンツも出始めている状況です。遊ばれる時間も徐々に増えてきている一方で、まだ少人数のスタートアップが限られた予算でも十分に戦っていけるフェーズ。参入する時期としても今が1番いいタイミングだと考えています」(三上氏)
開発する上で大事にしているのは「ゲームのルール自体の再発明はしない」こと。人狼のようにすでに存在しているもの、多くの人が慣れ親しんでいるものにVRやアバターといった要素を加えていくことで「その体験をいかにリッチにできるか」にチャレンジしていきたいという。
「コミュニケーションが苦手な人でも1枚フィルターを通すだけで楽しく喋れるようになったり、生まれ持ったコンプレックスなどを取っ払って素の自分を出しながら純粋にゲームを楽しめたり。VRをかけ合わせることで、コミュニケーションが楽しくなるような体験を実現していきたいです」(三上氏)