
- アーティストや職人を経済的にも豊かに
- スーツケースを2つ持ち、単身でロサンゼルスへ
- 香り、見た目を工夫。和菓子をアメリカにローカライズ
- 人との縁でドリームワークス本社での販売へ
- 目指すのは「日本版の新しいLVMHグループ」
“世界で最も影響力のあるインフルエンサー”の1人として知られる、キム・カーダシアン氏。2020年11月時点でInstagramのフォロワー数は1億9000万人を記録するなど、日本の人口を軽く超える規模のフォロワー数を誇る。
また、“お騒がセレブ”としても知られており、彼女の一挙手一投足は世界中で注目集める。例えば昨年、自身の矯正下着ブランドに日本の伝統的な衣服である“着物”と同名の「Kimono(キモノ)」と命名し、文化の盗用と批判を受けたことは記憶に新しい。
そんな世界的に有名なカーダシアン氏とコラボレーションを実現した日本人起業家がいる。それがMISAKY.TOKYO共同創業者の三木アリッサ氏だ。三木氏は米ロサンゼルスを拠点に、ヴィーガン仕様でグルテンフリー・無添加の和菓子を提供するD2Cブランド「MISAKY.TOKYO(ミサキ・トウキョウ)」を展開している。
MISAKY.TOKYOは先日、キム氏が手がけるフレグランスブランド「KKW Fragrance」とコラボレーションを実施したことを発表した。具体的には、KKW Fragranceの限定顧客向けPR特別BOX製作のパートナーとなり、MISAKY.TOKYOのオリジナル和菓子「Crystal Treats」をベースにコラボレーションセットを製作・提供した。
また、同社は併せてiSGSインベストメントワークスとKZM & Companyの山内一馬氏(元KonMari Media, Inc. 共同創業者)、franky取締役COOの西川順氏(エウレカ共同創業者)から総額30万ドル(日本円で約3100万円)の資金調達を実施したことも明かしている。今回調達した資金は量産体制の強化、2021年にローンチ予定の新商品開発に充てるという。
MISAKY.TOKYOの創業は2019年9月の創業。三木氏に和菓子づくりの経験はないが、単身でロサンゼルスに渡米。知識、人脈、資金もない状態からブランドを立ち上げ、創業から1年で累計5万個を販売。価格は5個で40ドル(日本円で約4100円)、8個で64ドル(日本円で約6600円)となっている。
すでに『シュレック』や『マイノリティ・リポート』などを手がけるハリウッドの大手映画会社・ドリームワークス本社やビバリーヒルズの最高級宝石店などをクライアントに持ち、月間の売上は昨対比で20倍に。さらには、TikTokのフォロワー数は13万人を突破し、累計動画再生数は500万回を記録するなど、着実にブランドのファンを増やしている。
なぜ、彼女はゼロの状態からロサンゼルスで和菓子のD2Cブランドの立ち上げることにしたのか。創業から1年でキム氏とのコラボレーションを実現させた三木氏の歩みを聞いた。
アーティストや職人を経済的にも豊かに
三木氏が起業を志したのは7年前。きっかけは“母親”にある。母親は陶器の繊細な造形・絵付を行うアーティストとして数多くの賞を獲得するなど活躍していたが、その一方でビジネス面ではなかなか稼げず、苦戦していた。そんな母親の姿を見た三木氏は「アーティストや伝統工芸の職人が経済的にも豊かになる仕組みをつくりたい」と考えるようになった。
「アーティストや職人さんは素晴らしい作品を創るのですが、なかなかビジネスとして成立させづらい状況にあります。それは彼らの才能をマネジメントする存在がいないからです。例えば、芸能界はマネジメント事務所があり、マネージャーなどが芸能人の才能をマネジメントして、さまざまな仕事を引っ張ってきます」
「アーティストや職人さんの世界に才能をマネジメントする存在がいないのであれば、私たちが才能をマネジメントして仕事を引っ張ってくる存在になればいいのではないか。彼らが補助金や年金など国に頼るのではなく、きちんとしたビジネス仕組みを構築して生活をより良くしたいと思ったんです」(三木氏)

起業に対する強い思いを持っていた三木氏だが、まずは“就職”の道を選ぶ。最初から職人を巻き込む自信がなく、就職していろんな知見を得たいと思ったからだ。
日本酒ベンチャーのリカー・イノベーションで新ブランドの立ち上げを行った後、職人・クリエイターがこだわりの逸品をストーリー(モノ語り)形式で伝えるECサイトを手がける藤巻百貨店で新規事業の立ち上げに従事。アーティストや職人の才能を引き出し、それを価値に変える会社で働き、楽しさも感じたが同時に課題も感じたという。
「アーティストや職人さんを取り巻く状況を改善しようとしている会社はたくさんあります。ただ、その多くが“国内”だけを見ていて“海外”を見ていなかったんです。少子高齢化が進んでいき、どんどんマーケットがシュリンクしてゆく日本国内だけでビジネスをするのではなく、いかに彼らの作品を海外に持っていくかを考えなければいけません。それができる人が業界内にいないことが大きな課題だと感じました」(三木氏)
そこから三木氏はグローバルを意識したキャリアに方向転換。イスラエル専門商社で新規事業開発マネージャーとして働く。その後、中・高校生向け ITプログラミング教育サービスを手がけるLife is Tech ! (ライフイズテック)のメンバーとして、アメリカ進出の戦略立案に従事した。
スーツケースを2つ持ち、単身でロサンゼルスへ
領域の異なる会社でさまざまな経験を積んだ三木氏は、「職人の技術を生かした和菓子のブランドを海外で立ち上げよう」と思い、2019年9月に渡米。2つのスーツケースに荷物を詰め込み、貯金の200万円と航空券を持ってロサンゼルスに飛んだ。
渡米後、すぐに和菓子づくりに取り組み始めた三木氏だが壁にぶつかる。日本の食材とアメリカの食材が異なるため、レシピ通りに形にならず味が美味しくならなかった。三木氏は「職人さんにお願いしてレシピ開発をしてみたのですが、うまくアメリカナイズできなかったんです」と当時のことを振り返る。
「ただ、職人と対等に話せるようになるまでは自分でできることから始めよう。そう思い、まずはYouTubeを見ながら頑張って和菓子をつくり始めたんです。最初の2カ月は砂糖の量を5g単位で変えたり、温度を1度ずつ変えたりしながら200通りのレシピを試していました」(三木氏)

商品のプロトタイプが出来上がったタイミングで、三木氏は現在の共同創業者に出会う。それが会計事務所EY(旧:アーサー・ヤング)・サンフランシスコ支部初の日本人スタッフを務めたほか、カプリチョーザやハードロックカフェなどを運営するWDIのアメリカ法人立ち上げ、CFO(最高財務責任者)を務めた遠藤昭彦氏だ。
両者に全くの接点はなかったが、三木氏がハウスメイト募集の書き込みを掲示板で見つけ、たまたま入居したら、そこが遠藤氏の家だったという。
そんな遠藤氏にMisaky.Tokyoのプロトタイプを見せてみたところ、「これは面白いと思う」ということで、共同創業者として事業に参画することになった。
香り、見た目を工夫。和菓子をアメリカにローカライズ
また、日本人が海外でブランド展開をしていく際、一般的には“アジア人の富裕層”をターゲットにするが、三木氏は違った。
「アジア人から攻めていくのはセオリーなんですが、アジア人に流行っても他の人たちに商品が広がっていくかと言われると微妙です。アジア人は昔から西洋の食文化を受け入れる土壌がありますが、白人やアルメニア人は“日本食ブーム”と言えど、なかなか受け入れてもらえません。だからこそ、ビジネス戦略として、まずは富裕層の白人やアルメニア人をターゲットにすることを決めました。そんな人たちに受け入れてもらえる商品を提供できれば、他の人たちにもどんどん広がっていくと思ったんです」(三木氏)
実際、三木氏はクラシファイドコミュニティサイト(ローカル情報を共有・交換するためのネット掲示板)「Craigslist(クレイグスリスト)」で、キャンディデイト(条件に合った候補者)として富裕層が暮らす街のルームシェアに申し込み、富裕層の生活習慣を研究した。加えてCraigslistで出会った人の食事についても研究した。その結果、富裕層の人々が実はほとんど日本料理を食べていないことがわかった。そこから「白人やアルメニア人が食べたくなる香りや見た目にシフトチェンジすることにしました」と三木氏は語る。
例えば商品のビジュアルに関しては、和菓子ということで当初は“日本らしさ”を意識したものにしていたが、日本らしさは2割以下に抑えた。実際、アメリカの人たちに聞いてみても日本要素が2割以下でも十分に日本らしさが感じられることがわかったという。

「多くの人がイメージする和菓子のビジュアルだと、あまりにもオーセンティック(正統的)すぎて、逆にアメリカの人たちは手が出しづらい。例えば、『チーズとピスタチオにシロップがかかってる中東の伝統的なスイーツ』と言われても、(それを見慣れていない)日本人には美味しいかどうか分からないじゃないですか。それと同じことです。アメリカに昔からあって、ラグジュアリーなイメージを与えるものはなにか。考えた結果、思いついたのが“クリスタル”でした。アメリカにはジュエリーキャンデイーというお菓子が昔からあるので、クリスタルであれば『ジュエリーキャンディーのラグジュアリー版』というイメージがしてもらいやすいと思いました」(三木氏)
また、ローズやネコヤナギ、ラベンダーなどの香りを入れている。そこにも日本と海外の違いが関係している。
「日本人を含むアジア人は“食感”を重視する傾向にあります。一方で海外の人はコーヒーやチョコレートのように“香り”を重視する傾向にあります。だからこそ、香りが立つような木のエキスや花のエキスを入れることにしました」(三木氏)
人との縁でドリームワークス本社での販売へ
こうした試行錯誤を繰り返した結果、誕生したのが主力商品の「Crystal Treats」だ。これは海草をベースにフルーツや花などの自然由来のエキスを贅沢に使用しているほか、ヴィーガン仕様でグルテンフリー・無添加を実現したグミのような食感の和菓子。

この商品を持って飛び込み営業をするなど、地道に泥臭く営業活動を続けていくことで、少しずつチャンスが舞い込んでくる。その顕著な例がヘアサロンでの販売だ。
ヘアサロンでCrystal Treatsを購入してくれたスタイリストにはドリームワークス本社で働く彼氏がいたそうで、購入した商品を自宅持って帰った日には偶然、彼氏がいた。その彼氏がCrystal Treatsを食べたところ美味しさに感動して、ドリームワークス本社で販売する推薦状を書いてくれて、10社しか枠がない中販売できることになったという。
「アメリカは動けば動くほど、たくさんチャンスが落ちている国。『アメリカで起業』と聞くと大変なイメージを抱く人が多いと思いますが、『改善すること』に強みを持つ日本人ならたくさんチャンスがあるんだな、と感じました」(三木氏)
目指すのは「日本版の新しいLVMHグループ」
その後、オンラインやファーマーズマーケットでの販売にも着手していったが、最も売上に貢献しているのはTikTokと三木氏は語る。
アメリカではヒーリングや占いなどを専門にする人たちを“魔女(Witch)”と呼ぶそうで、彼女たちは自然や他動物に優しい人が多いことから、ヴィーガン向けでグルテンフリーのMISAKY.TOKYOの和菓子が支持され、TikTokの魔女業界から話題が生まれていったという。そこを起点に三木氏は製作過程やクイズ、ASMR(咀嚼音)などのコンテンツを試しながら投稿し続けた結果、現在TikTokのフォロワー数は13万人を突破している。
また、今回のキム氏とのコラボレーションも知人とのつながりがきっかけで、キム氏の会社のCMO(最高マーケティング責任者)から連絡があり、実現に至った。
「本当にどこにどんな縁が落ちているか分からないな、と思います。有難いことにトランプ大統領保有の高級ゴルフクラブで30社ほどしか選ばれない公認ベンダーのひとつに認定されるなど、この1年で少しずつ実績も出てきました」
「ただ、まだ出来ていないことはたくさんありますし、やりたいことも無限にあります。まずは和菓子のブランドを成長させていきつつ、来年には新たなブランドを立ち上げる予定です。今後も毎年新た強いブランドを投入できる状態をつくり、どんどん職人さんを巻き込んでいければと思っています。目指すのは日本版の新しいLVMHグループです」(三木氏)