「小説を音楽にするユニット」として誕生
「小説を音楽にするユニット」として誕生
  • 怒涛の1年、リリースから半年後に「ヒット」を実感
  • 余白を残しすぎると、共感までたどり着かない
  • 背中を押すのではなく、ダークな部分を重ね合わせる
  • サブスク主体でも「マネタイズを危惧する必要はない」
  • それぞれ「昼の姿」があり、その延長線上にYOASOBIがある

インターネットから人気に火が付いたアーティストYOASOBIは、「小説を音楽にするユニット」として誕生。小説投稿サイト「monogatary.com」にて実施されていたコンテスト「モノコン2019」の「ソニーミュージック賞」を受賞した小説を楽曲化するために結成された。

レコード会社のスタッフがコンポーザーのAyaseに初めてコンタクトを取ったのはInstagramのDMからだ。スタッフとAyaseがボーカル・ikuraを見つけたのもInstagramにアップしていた弾き語り動画がきっかけだったというのだから、結成の発端もまさにデジタル時代ならではと言えるだろう。

デビュー曲「夜に駆ける」はBillboard Japan Hot 100やオリコン週間合算シングルランキングで複数週にわたって1位を獲得し、ストリーミング再生回数は2億回を突破。日本国内に限らず香港、台湾、インドネシア、シンガポール、マレーシア、インドなど各地域のストリーミングサービスのチャートでもランクインを果たしている。また、デビュー曲以降の4曲もすべて、YouTubeのミュージックビデオ再生回数は数千万回以上を記録している。

怒涛の1年、リリースから半年後に「ヒット」を実感

11月16日は、彼らのデビュー曲「夜に駆ける」のミュージックビデオが公開されてからちょうど1年の日でもあった。ikuraは現役大学生であり、コロナ禍でのオンライン授業と急激に忙しくなった音楽活動の両立は大変だったと、この1年を振り返る。

「学校との両立もすごく大変でした。授業がリモートだったので出席確認のための課題提出が多くて、でもYOASOBIの曲のことも考えなきゃいけないし……と、24時間をどう使おうという気持ちにずっと追われてましたね。でも、成長できた1年だなと思います」(ikura)

「ガラッといろんなことが変わりましたし、怒涛の1年でしたね。いろんなお仕事にチャレンジさせてもらえるようになって、一つひとつに真摯に向き合いながら、振り落とされないように頑張って駆け上がっていった1年だったなと思います。小説を音楽にするといってもチームみんな手探りの状態だったので、正直、この速度感でここまでの規模にできるとは思ってなかったです」(Ayase)

彼らが「夜に駆ける」がヒットしているという手応えを感じたのは、公開してから約半年後だった。CDの販売を産業の主軸としていたかつての音楽業界では、作品をリリースした週に音楽チャートの上位に入り、それ以降は音楽チャートの順位が下がっていく一方……というのが通例であり、リリースした半年後に音楽チャート1位を取ることは非常に稀なケースだった。

今年の「紅白歌合戦」の出場者はCDがリリースされていないアーティストが計3組入ったことも注目すべきトピックとなった。「香水」がヒットしたシンガーソングライターの瑛人も、1年以上前に配信リリースした楽曲が本人の意図していないところで話題になり、各種チャート1位にまで上昇した例だ。音楽の聴かれ方、ヒットの生まれ方の変化について、YOASOBIの2人はこう語る。

「今の時代は音楽との出会い方、聴かれ方が変わっていて、最初にCDを手に取る人はかなり少ないと思うんです。インターネットが入り口になってるという実感がすごくあります」(Ayase)

例えば、YOASOBIはTwitter、Instagram、TikTokなどのSNSで話題になり、そこからYouTubeやAppleMusicやSpotifyなどのサブスクリプションサービス(以下、サブスク)のプレイリストやランキングに入るようになり、人気が拡大していった。

「1〜2月にSpotifyのバイラルチャートに入るようになり、そこから各サブスクのランキングや『COUNT DOWN TV』(TBS)のランキングが少しずつ上がっていって、人の目に触れる機会が増えていったのかな、と思います。それと同時にTikTokや“歌ってみた動画”など、自分たちが出しているコンテンツとは別のところで『夜に駆ける』が使われていることが増えて、みんなが聴くタイミングがじわじわ増えていったのが大きいと思います」(Ayase)

「普段、TikTokを使っている友達から、YOASOBIの『夜に駆ける』がいっぱい流れてくるって、3〜5月くらいにすごく言ってもらいました。カバーだったりダンスだったり、いろんな形で流れてくるよって。今って、若者ひとりが発信するとすごく広がっていくじゃないですか。なので、一人ひとりの手から発信されていった影響力が大きかったのかなと思います」(ikura)

SNSやサブスクを中心に人気を拡大していったYOASOBIだが、中でもメジャーシーンで活躍するミュージシャンによる一発撮りで収録されたパフォーマンスを収録した映像が不定期で公開されるYouTubeチャンネル「「THE FIRST TAKE(ザ・ファースト・テイク)」での動画公開はインパクトが大きかったという。

「YouTubeチャンネルの『THE FIRST TAKE』で動画が出たタイミング(5月15日)は、かなりターニングポイントだったなと感じています。インターネット発のアーティストって、あえて正体を隠して人間味を出さないことが多い中、この動画を出したことで『YOASOBIはちゃんと存在してるし、この人が生で歌うんだ』ということが伝わったのが良かったのかな、と。ikuraちゃんの純粋無垢な感じが、あの動画で一発で伝わるので(笑)」(Ayase)

余白を残しすぎると、共感までたどり着かない

口コミや二次創作をしたくなるようなコンテンツを作って、応援してもらえるように人間味を出して……。こうしたことを戦略的にやっても、上手くいかずに終わってしまった事例はこの世に数多くある。多額の予算をかけて、緻密にプランニングして、強力なコラボレーターを揃えて、何度も会議をやって、満を持して世に出したのに無風で終わってしまった。そんな経験をしたことがあるビジネスマンはきっと少なくないだろう。

YOASOBIの作品をこれだけ多くの人が熱量を持って口コミや二次創作をするようになった要因のひとつとして、楽曲・ミュージックビデオ・原作/小説・映画と、いくつもの表現形態を作り、受け手にとっては複数の接触ポイントがあることも大きい。

「人に説明したくなるときって、いい曲であることに加えて、何か別の要素が必要だなと思うんです。YOASOBIにおいては、まず『原作の小説がある』というのが“布教”したくなる文言になっていると思います。『パッと曲を聴いたらこう感じたけど、小説を読んでみたらこういう意味でさ、一回小説読んで聴いてみな?』って人に言いやすいのかなって。原作の小説がまずあって、楽曲はそのストーリーを一度分解して音楽という形で再構築するというやり方をしているので、小説を見ることで補完される部分もあるし、音楽も聴いたからこそ小説を読んだときに新しい世界観や色味が見えてくることがあったりして。そうやって2個、3個と奥行きがある構造になっているところが、人にオススメしたくなるポイントになっているのではないかなと思います」(Ayase)

音楽に限らず、どんなものでも何かを広めようとしたとき、熱量のある口コミや二次創作が影響力を持つ今の時代において、「受け手に深く理解させる」というのは重要なポイントだ。人は自分の知識不足や浅はかさがバレることを他人に話そうとはしない。それゆえに、何度か接触すれば深く知ることができる、もしくは理解しようと思えばきちんと理解ができるように導かれている、という点が大事になってくる。

先日、松本人志と中居正広がMCを務めた特別番組「まつもtoなかい〜マッチングな夜〜」(フジテレビ・21日午後9時放送)で、元THEBLUEHEARTS(ザ・ブルーハーツ)のボーカルで、現在はザ・クロマニヨンズのボーカルを務める甲本ヒロトがアナログ世代とデジタル世代の違いについて「若い人は歌詞を聞きすぎ。もっとぼんやりでいい。ぼんやりしてるとみんな自分でピントを選べるから」と話していたことがSNSなどで話題となった。

確かに今は、ぼんやりとしたものが広まりづらい時代なのかもしれない。多くのミュージシャンは歌を作るときに、聴き手の想像力をかき立たせられる「余白」をもたせようとするものだが、YOASOBIの場合は、各曲に明確なストーリーが小説・ミュージックビデオ・映画で提示されている。

「(曲の元になる作品を)理解していないと当然アウトプットはできないので、理解しやすくしたり、説明しやすくさせたりしているのは、もしかしたらあるかもしれないですね。余白を作るという意識も一応あるんですけど、わかりやすい言葉や日常的な言葉を曲に入れることは、すごく意識してます。聴く人が曲のストーリーとまったく同じ状況にいることはほぼないと思うので、そこを意識して余白を残しすぎると、『なんかわかるわ~』っていうところで止まっちゃうと思うんですよね」

「それだと『共感』まではいかなくて、楽曲やストーリーに参加してる感覚が薄れてしまう。なので、共感できる言葉をわかりやすくピンポイントで配置して、より物語の中に入っていきやすいようにするということは、曲を作る上で意識してます」(Ayase)

「Ayaseさんから新しい曲が届くたびに思うのは、たとえば『ありがとう』とか『愛してるよ』など、使われすぎていて自分で使うのはちょっと躊躇してしまうような言葉を、ありふれた形ではなく必ず伝わる言葉として曲の中で使われていることが多いところです。そういうところがすごく考え尽くされてるなって、いつも思います」(ikura)

背中を押すのではなく、ダークな部分を重ね合わせる

YOASOBIが人気を得ている理由について掘り下げるとき、「小説から音楽を作る」といった特異な活動方法や構造、曲の書き方の新しさに着目したくなる。だが、最も大切な要因は、彼らが今を生きる人たちの心情や欲望を見事に感じ取っているという、アーティストとしての時代と人間に対する感性の鋭さだ。YOASOBIの2人は「ダーク」や「ネガティブ」といった言葉を使い、「夜に駆ける」がヒットした要因をこう語る。

「『夜に駆ける』は雰囲気が暗かったり、グロテスクなニュアンスをポップなもので包み込むという手法が、今の時代にフィットしたのかなと感じます。今って、ダークストーリーが流行る時代というか、明るいだけのものをみんなが選ばない時代になってるなって、すごく感じているんです。そんな時代の背景と、『夜に駆ける』の『ハッピーに思えるんだけどものすごくダークな部分がある』というところが、今の若者に刺さってくれたのかなとは思います」(Ayase)

「私もそこは共感していて。最近の傾向として、落ち込んだり悲しいことがあったときに『大丈夫、頑張れ』って背中を押してもらうような曲よりは、同じだけ悲しんでダークなものが重なり合う部分を持っている曲を聴くことで勇気を持って前に出れたりするのかなと思っています。ネガティブになっている人に対して、ポジティブなものを出すよりも、ネガティブなものを出したほうがプラスになるっていう流れは、もしかしたらあるのかなと思います」

「やっぱり人って、日々人前に出るときに、どうしてもありのままの自分ではなく少しコーティングされた自分になってしまうところがあると思うんです。でも、表向きじゃない自分の心の中にずっとあるダークさやモヤモヤがあるはず。みなさんが日々生活している中での心の内側に触れられるのは、ちょっとダークなものなのかなって。勝手にそう解釈しています」(ikura)

(左)YOASOBIのikura (右)YOASOBIのAyase
(左)YOASOBIのikura (右)YOASOBIのAyase

サブスク主体でも「マネタイズを危惧する必要はない」

活動から1年。まだCDはリリースしておらず、ストリーミングやYouTubeでの楽曲公開、原作小説集の販売、原作小説「たぶん」の映画化に取り組んできたYOASOBIだが、2021年1月6日に1st EP「THE BOOK」として、いよいよCDをリリースすることに決めた。

「この1年はYOASOBIを知ってもらうこと、YOASOBIの楽曲をできるだけ多くの人に届けることを目的としてやってきました。そのため、CDを出さなきゃいけないっていう緊急性がそもそもなかったと言いますか……。この1年である程度、YOASOBIのことを知ってくれてる人のベースができたかなと思うし、改めて『YOASOBIはこういうアーティストなんですよ、よろしくお願いします』という名刺代わりのものをこのタイミングで出したいなと」

「サブスクやYouTubeで音楽を聴くことが主流になっている中で、CDが欲しいと思うことはそのアーティスト自体がすごく好きだとか、生活のコレクションに加えたいと感じたときだと思うんです。特に今の若い子にとってはCDが身近なものではなくなってるからこそ、手に入れたいと思ってもらえる形にまで仕上げないといけないと、そこはすごく意識してました」(Ayase)

現状、まだCDを出していないからといって、彼らがマネタイズできていないわけではない。YOASOBIを取り巻く音楽産業のビジネスモデルについて、Ayase氏は「恐ろしく危惧する必要はない」と語っていた。

それぞれ「昼の姿」があり、その延長線上にYOASOBIがある

AyaseはボカロP(音声合成ソフト・VOCALOID技術を駆使して創作活動を行う人)/ソングライターとして、ikuraはソロのシンガーソングライター「幾田りら」としても活動中だ。サラリーマンにとっても会社に身を捧げることだけが唯一の選択肢ではなく、副業・復業を選んでキャリアを築いていく人が増えているが、音楽界隈でも、ひとつのバンドに専念するのではなく、マルチな活動で個々人を磨いていくことが結果的にバンドの向上に還元されていく、と考えるミュージシャンが増えている。

「幾田りらというシンガーソングライターと、AyaseというボカロPの活動の延長線上にYOASOBIがあることはすごく大事な部分だし、これからもやっていくべきだと思っています。それも楽曲に小説や映画などのコンテンツが紐付けされているのと同じ感覚で、それぞれの活動があることで、YOASOBIのことをさらに知ろうと思ったときの深さが圧倒的に変わってくると思うんです」(Ayase)

「私はシンガーソングライターでAyaseさんはボカロPっていう『昼の姿』があって、その延長線上に『夜の姿』としてYOASOBIがあるというコンセプトでやっているので、それぞれの軸がしっかりあって、それが並走しているという形を求めています。YOASOBIのikuraとしては小説を音楽にするというテーマを最大限に活かすボーカルに徹することを意識していますが、幾田りらというシンガーソングライターは、自分の言葉やメロディーを紡いで日常を歌うというふうに区別しているんです。まったく違うものなので、それぞれがそれぞれを生かしつつ伸ばしていける関係であれるように頑張っていきたいなと思います」(ikura)

デビューから約1年。めまぐるしいスピードで2020年を駆け抜けたYOASOBI。今年はコロナ禍で従来のような音楽ライブが開催できず、多くのアーティストがダメージを受けたが、来年以降についてはどのように考えているのだろうか。

「YOASOBIとしては、来年以降ライブをやっていけるようになったらいろんな番組にも出ていけるんじゃないかなと思いますし、それもすごく楽しみにしています」(ikura)