
- テクノロジー企業が「金融サービス」を手がける時代に
- 与信サービスに必要な機能をクラウドサービスとして提供
- きっかけはクレジットカードを作れなくなった経験
- 資金調達で「Credit as a Service」の開発強化へ
“金融業界”は事業を立ち上げるハードルが高く、参入が困難な領域の1つだ。
サービスを始めるには強固なシステムを開発し、ライセンスを取得した上で、円滑に運営し続けるためのオペレーション体制も構築しなければならない。ウェブサービスやアプリであれば、ユーザーが迷うことなく使える画面設計も求められる。
こうした環境を整えるには金銭的にも時間的にも膨大なリソースが必要とされ、大企業など資本力のある一部の企業を除き参入するのが難しかった。ただ近年は「BaaS(Banking as a Service)」をはじめとする新たなテクノロジーの台頭によって、その状況が少しずつ変わり始めている。
BaaSとはバンキング機能をサービスとして提供する仕組みのこと。預金・貸出など銀行が担ってきたような業務・機能を切り出し、“クラウドサービス”として使えるようにする。
2019年創業のCrezitが開発を進めているのはその「与信サービス版」とも言える「CaaS(Credit as a Service)」。与信サービスを作る際に必要となる機能を一括して提供することで、小規模な事業者でも金融サービスに挑戦できるような世界を目指している。
テクノロジー企業が「金融サービス」を手がける時代に
現在Crezitでは消費者信用市場の変革を見据えてプロダクトの開発に取り組んでいる。
同社の指す消費者信用とは「消費者の信用力をもとにして与信を行う金融サービス」であり、これまでは消費者金融や銀行、クレジット会社などが代表的なプレイヤーとして君臨してきた。Crezit代表取締役社長の矢部寿明氏によると、この消費者信用市場が主に2つの外部環境の変化の影響を受け始めているのだという。
1つは働き方の変化だ。「サラ金(サラリーマン金融)」という言葉が広がったように、既存の与信サービスや与信モデルは終身雇用制度の時代をベースに作られたものも多い。フリーランスやギグワーカーを筆頭に雇用形態が多様化する現代においては、当然ながら新しい働き方にマッチした与信サービスが求められるようになる。
もう1つはサービスを提供するプレイヤー側の変化。日本ではLINEやメルカリ、海外ではUberやアリババを始め、「テクノロジー企業」が金融サービスに参入する動きが目立つようになってきた。これらの企業は既存の金融機関が保有していないようなデータや顧客接点を武器に、独自のアプローチで顧客を獲得できるチャンスがある。
このような背景から「新しい与信サービスが生まれるタイミングを迎えている」(矢部氏)が、実際に金融サービスを作るとなるといくつものハードルが存在するのが現状だ。
「与信サービスを提供する場合、信用情報機関との接続、与信管理や債権回収の仕組み、ライセンス取得などを含めてどうしても1年ほどの時間と膨大な予算が必要になります。たとえばAPIが存在しないため、信用情報機関と接続するだけでもかなり重たい作業です。必要な基盤を整えた上でさらに与信モデルも作らないといけないとなると、できる企業は限られます」(矢部氏)


こうした課題に対して、既存の解決策はSIerが開発するパッケージなど選択肢が限られる。
パッケージ製品では、サービスの質自体は悪くなかったとしても価格が高いのが大きなネック。矢部氏自身も昨年とあるSIer企業から融資サービス用のパッケージの営業を受けた際に「初期費用だけで数億円」かかると言われた経験がある。この価格帯ではベンチャー企業や小規模事業者では簡単には手が出せないだろう。
与信サービスに必要な機能をクラウドサービスとして提供

Crezitが開発中のCaaS「X Crezit」ではリソースの限られる非金融事業者でも与信サービスにチャレンジできるように、必要な機能をクラウドサービスとして提供する。
信用情報機関との接続、信用リスク分析機能、スコアリング機能、債権管理機能、債権回収機能などのシステム関連はもちろん、ライセンス取得のサポートや人的作業が必要な裏側のオペレーションも含めてだ。
ユースケースには次のような例が想定されている。たとえば賃貸ポータルサイトの運営企業が引越しをしたいユーザー向けに初期費用の分割払い機能を実装する。クラウドソーシング事業者がフリーランス向けのローンや保証サービスを開発する。金融機関が物理的なカードローンからモバイルローンへシフトする。

そういったシーンでX Crezitを活用することで、時間や費用を最小限に抑えながら自社のサービス体験と連動した与信サービスを作れるようにしたいという。
「自社サービス内にローンや分割払いの仕組みを実装したいという声を複数の企業から頂いています。事業戦略上のどこかで金融サービスの展開を考えている企業は多く、自分たちの持っているデータを使って、自社の顧客にフィットした与信モデルや金融サービスを作れる仕組みには大きなニーズがある。中長期的には顧客体験に1番近いプレイヤーがどんどん金融サービスを手がけるようになると考えているので、それを後押しするようなシステムやオペレーションを一括で提供していくのが目標です」(矢部氏)
X Crezitのビジネスモデルは月額のサービス利用料と利息収益(X Crezitを利用した貸付に対する利息の一部をレベニューシェアとして受け取る)を軸に考えているとのこと。ユーザー視点では初期費用ゼロで与信サービスが作れるのも利点だ。

きっかけはクレジットカードを作れなくなった経験
矢部氏は新卒で入社したGE(ゼネラル・エレクトリック・カンパニー)でファイナンス業務に従事した後、2018年3月にBASEへ参画。同社では子会社BASE BANKの立ち上げや、将来債権譲渡のスキームを用いた「YELL BANK」の企画・開発などに携わった。
最終的に与信サービスの領域で起業を決めたのは、学生時代の経験が大きく影響しているという。当時ケニアでインターンをしていた矢部氏はクレジットカードの支払いが滞ったことが原因で、クレジットカードを作れなくなってしまったのだ。
事業の方向性を検討するに当たって改めて消費者向けの金融サービスや与信について調べてみると、消費者が自身の信用情報について正しく把握した上で、それを管理したり向上させたりできるような手段が乏しいことを知った。
信用情報に関しては不透明な部分が多く、アップデートできる余地が大きい──。「信用の最適化」をテーマに、2019年3月にCrezitを立ち上げた。最初に開発したのは個人向けのモバイルクレジットサービス「CREZIT」だ。

同サービスでは独自の与信審査に基づき各ユーザーに最大10万円の与信枠が付与され、与信枠内の金額であればいつでも好きなタイミングで借入を行うことができる。登録から借入までスマホで完結し、24時間オンライン上で申し込みが可能。ベーシックプランの場合は金利が0%であることに加え、審査時間が最短5分とスピーディーなのも特徴だ。
2020年3月のローンチ以降、2週間で2000人から申し込みが殺到。これまでで累計4000人弱が申し込みをしている状況で、累計の貸付額は約4000万円にのぼる(申し込みの一時停止中にウェイティングリストに登録したユーザーも含めると6000人近くになるそう)。
今後はユーザーがCREZIT上で信用情報を管理したり、自身の信用情報(スコア)を育てていけるような仕組みも取り入れていく方針。同時にこのサービスで培った与信モデルや裏側のシステムなどをX Crezitに落とし込み、外部企業へ解放していく計画だ。
資金調達で「Credit as a Service」の開発強化へ
個人向けサービスのCREZITはある種、X Crezitを使ったモデルケースの1つという捉え方もできる。
自社でクレジットサービスをゼロから作る中で、Crezit自身も金融サービスを作ることの難しさを感じてきた。その過程で得られたノウハウや構築してきたシステムをCaaSという形で他社に提供し、与信サービスの開発や運営をサポートしながら収益を得る。
創業からこれまでの期間はC向けのクレジットサービスを展開する企業としての色が強かったCrezitだが、今後はB2B2Cの金融サービス(CaaS)の比重が徐々に高まっていくことになりそうだ。
同社では12月1日に千葉道場ファンド、ジェネシア・ベンチャーズ(既存投資家)、East Ventures、Plug and Play Venturesを引受先とする第三者割当増資により総額1.65億円の資金調達も実施。この資金を活用してX Crezitの開発体制強化を進める。
矢部氏の話ではX Crezitのブラッシュアップと並行して複数社とディスカッションを進めている状況で、来春のサービス展開を予定しているという。