ANOBAKA代表取締役の長野泰和氏
ANOBAKA代表取締役の長野泰和氏
  • CVCの「KLab Ventures」で感じた“悔しい思い”
  • KVPでの5年、ファンドを成功させる自信がついてきた
  • 「KVPはゲーム領域に投資するVCですよね?」という一言
  • 将来的な「上場」も視野に、新規事業の創出も

「KVPを設立してから5年。80社以上のスタートアップへの投資を通じて、自分の中にベンチャーキャピタル(以下、VC)を成功させる自信がついてきました。だからこそ、現状維持のまま2号ファンド、3号ファンド……と繰り返しファンドを組成するだけでなく、VCという枠組みを超えて、新しいことにもチャレンジしていくべきだと思ったんです」

こう語るのは、ベンチャーキャピタリストの長野泰和氏。これまでシード特化型のVCを運営するKVPの代表取締役として活躍してきた人物だ。その長野氏が率いるKVPが、設立から5年が経ったタイミングで新たなスタートを切った。

KVPは親会社のKLab(クラブ)からMBO(マネジメント・バイアウト。経営陣自ら会社の株式、事業などを所有者から買収すること)を実施。12月2日には社名をKVPから「ANOBAKA(アノバカ)」に変更し、新たな体制での事業を開始した。今回のMBOにおける買収額は非公表。

ANOBAKAのビジュアルイメージ 画像提供:ANOBAKA
ANOBAKAのビジュアルイメージ 画像提供:ANOBAKA

ANOBAKAという社名は、日本語そのままで「あのバカ」という言葉が由来だ。1990年代後半に登場したネットベンチャーの物語を綴った岡本呻也氏の書籍『ネット起業! あのバカにやらせてみよう』(文藝春秋)からインスピレーションを得た。この書籍はKLab創業者で現・取締役会長を務める真田哲也氏のほか、国内ネット企業の雄が数多く登場する。

長野氏は新社名について「すぐに忘れられてしまう名前、そして『◯◯Capital』という、多くのVCが掲げるような名前にはしたくないと思っていました。勇気のある”あのバカ”が、夢の実現に邁進していくのを支援したいというミッションを体現していて、インパクトがある名前を考えた結果、ANOBAKAになりました」と語る。

今後、ANOBAKAはシード期のスタートアップを対象としたVCの運営を通して、より積極的に投資活動を行っていくとともに、投資の枠を超えた取り組みにも挑戦していく。

なぜ、KVPはMBOを実施、独立しようと思ったのか。「上場企業の傘下ではVCとして限界があると感じていた」という長野氏の考えを聞いた。

CVCの「KLab Ventures」で感じた“悔しい思い”

長野氏がベンチャーキャピタリストとしてのキャリアをスタートさせたのは今から9年前、2011年にさかのぼる。KLabがSBIインベストメントと共同でコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)の「KLab Ventures」を設立したことがきっかけだ。

KLab Venturesの立ち上げに携わった後、取締役に就任。その後、2012年4月には代表取締役社長となり、合計17社のベンチャーへの投資を実行した長野氏だが、その一方で他社と共同で運営するCVCのスキームに課題を感じていた。

「KLabとSBIインベストメントの両社の担当者が合意しなければ投資を実行できない。最近上場したスタートアップ、これまでに大企業がM&Aしたスタートアップにも投資できる機会があったのですが、投資委員会で却下されることも多くありました。それがすごく悔しくて……。このスキームでは絶対にVCとしてパフォーマンスを発揮できないと思ったので、違う形を模索することにしたんです」(長野氏)

KLab Venturesは17社の投資先のうち3社が買収によってイグジットするなど、着実に実績が出はじめていた。SBIインベストメントからは次のファンド組成の提案もあったそうだが、結局それは実現せず、ファンド規模を縮小させることでKLab Venturesの運営は終了した。

きちんとパフォーマンスを発揮できるVCをつくりたい──そう思った長野氏は独立の道も考えたが、まずはKLab取締役会長の真田氏に相談することにした。

「新卒でKLabに入社し、ずっと真田のお世話になっていたので、まず変な辞め方はしたくないと思っていました。そして個人的にもKLab Venturesはあまり手応えを感じていなかったので、真田と話した結果、子会社を設立することになったんです」(長野氏)

こうして2015年10月に生まれたのがKVP(当時の社名はKLab Venture Partners。2020年4月に社名をKVPに変更している)だ。KVPはKLabと、長野氏がプライベートで立ち上げたLLP(有限責任事業組合)が共同でGP(無限責任組合員)を務めるスキームにし、ファンド組成にあたってLP(有限責任組合員)は外部から集め、投資に関する意思決定もLLPが行うという「半独立・半CVC」という珍しい形でスタートを切った。

KVPでの5年、ファンドを成功させる自信がついてきた

ファンド運営者であるVC(ここではKVP)と、ファンドの資金提供者である事業会社(ここではKLab)で組成する“二人組合”であれば、すぐにファンドを組成できたが、KVPは外部からLPを集める必要があった。そのため、ファンドの組成には半年ほどかかったものの、2016年4月には17億円規模の1号ファンドを組成し、運用を開始した。それまでの間は企業向けのコンサルティングで日銭を稼ぎながら、LP集めに奔走していたという。

その後、2018年10月に30億円規模の2号ファンドを組成。1号ファンドでは約50社、2号ファンドでは約30社に投資するなど、この5年で約80社への投資を実行している。すでに投資先のうち以下の6社については、上場も視野に入った状態だという。

・配送マッチングプラットフォームを手がける「CBcloud(シービークラウド)」
・ピルのオンライン診察サービスを手がける「ネクストイノベーション」
・建設業の人材マッチングサービスを手がける「助太刀」
・コスメショッピングアプリを手がける「NOIN(ノイン)」
・学習塾向けの業務管理アプリを手がける「POPER(ポパー)」
・花のサブスクリプションサービスを手がける「Crunch Style(クランチスタイル)」

特にCBcloudとネクストイノベーションは「ユニコーン企業(時価総額10億ドル以上の未上場企業のこと)超えを目指せる」(長野氏)とのことで、この6社が上場するだけでも、1号ファンドのマルチプル(投資回収率)は約8倍になるとのこと。

“将来有望な、起業したての人に投資するシード特化のVC”という立ち位置を築き、成功可能性が高い企業には投資額を大きくするなどバランスをとる──これによって、長野氏はKVPが高いパフォーマンスを出せるVCであるという確信を持つようになった。

「KVPは週に1回の勉強会で各VCのポートフォリオをもとに、どれくらいのパフォーマンスを出せそうか分析しているんです。毎週、他社を分析しているからこそ、自社がどれだけのパフォーマンスを出せるかはよくわかります。それでVCとしてファンドを成功させる自信がついてきたんです。それと同時に2号ファンド、3号ファンド……とファンドを組成してVC業だけを続けているだけでいいのか。色々考えるうちに、もっと新しいことにチャレンジしたいと思うようになり、それならKLabという上場企業の傘下では限界があると思いました」(長野氏)

「KVPはゲーム領域に投資するVCですよね?」という一言

KLab傘下でそれなりに実績を出す見込みが立っているKVPだが、「限界があると思っていた」とはどういう意味なのか。長野氏はこう続ける。

「KVPは自由に事業をやらせてもらっていて、日々の投資活動における制限もあまりありませんでした。ただ、上場企業のCVCの場合、ファンドが上場企業の決算に連結されてしまうんです。17億円規模の1号ファンドはだったので親会社への影響が低く、連結から外れていましたが、30億円規模の2号ファンドは監査法人から『影響あり』と見られて、連結に組み込まれました。その結果、何が起こったか」

「四半期ごとにすべての投資先を監査法人にチェックされるようになったんです。実際、監査に対応したのですが、すごく大変でした。KVPはシード特化で分散投資のスタイルなので、どうしても投資先が増えてしまう。これをやり続けていくのは正直厳しいと思っていました」(長野氏)

また設立から5年が経ち、社名も変更して、“独立性の高いCVCである“と主張してきたKVPだが、最近でも「KVPは(KLabの本業である)ゲーム領域に投資するVCですよね?」と言われたのだという。すでにさまざまな領域に投資を行っているにも関わらず、社外からの認識は「ゲーム会社ためのCVC」と見られていた。その一言は長野氏にとって、大きなショックを与えた。

「去年からMBOの可能性について悶々と考えていたのですが、MBOが実現できるかが別の話で現実的には厳しいのではないかと思っていました。ただ考えているだけでは何も変わらないので、まずは真田に率直な気持ちをぶつけることにしたんです」(長野氏)

今年の6月、長野氏は真田氏と直接話をする機会をもらい、その場で新しいチャレンジをしたい思いを伝えた。不義理な辞め方はしたくない。だけれども新しいチャレンジしたい。それを応援してほしい──そう真田氏に伝えたところ、二つ返事で「応援するよ」と言われた。

その上で真田氏は「ただ、自分がひとりで決めることではないので自分でKLabの全役員を説得してほしい」と言われ、長野氏は全役員に話をする。結果的に全員から「長野がそこまで言うなら、応援する」という回答を得て、長野氏は独立を決めた。

将来的な「上場」も視野に、新規事業の創出も

KlabからMBOを実施し、独立。ANOBAKAとして新たなスタートを切った(ただしMBO後もKLabは少数株主として残る)。将来的にはANOBAKAの上場を視野に入れながら、既存のVC業はもちろんのこと、新たな事業の創出にも取り組んでいく。

「ファンドと複数の事業の運営を通じて企業体として強くし、今まで以上のパフォーマンスを発揮していきたいと思っています」(長野氏)

VC業に関してはKVPとして組成した1号ファンドおよび2号を継続していきつつ、来年をめどに3号ファンドの組成を計画している。

「ファンド規模を大きくし、長い周期で投資をしていくのもファンドのひとつのあり方だと思っています。ただ、私たちは30億円規模のファンドを3年でコンスタントに組成した方がパフォーマンスを最大化できると思っているので、今後もその戦い方をセオリーにスタートアップへの投資を続けていきます」(長野氏)

また、新規事業について長野氏は「頭の中に15個ほどアイデアが浮かんでいる」とした上で、まずは年明けからスタートアップへの人材紹介サービスを始める計画があるとした。将来的には、VC業で売り上げの6割、残りを別の事業でまかなうような、ポートフォリオを作ることを狙う。

ANOBAKAは従来のVCの枠組みを超え、VCを核としたスタートアップ支援のコングロマリット(複合企業)を目指し、新たな挑戦を始めていく。