
- 持ち運べるホワイトボード「バタフライボード」
- 新商品は“手帳サイズ”のホワイトボード
- “口下手エンジニア”が生んだコミュニケーションツール
- きっかけは“闇副業”、クラウドファンディングでニーズを発掘
- 生産から販売までを1人で担当
- ユーザーの声を取り入れて品質向上
- 副業の経験は、本業の糧にもなる
マグネット式のページを着脱して自由に並び替えたり、壁に貼ったりできるメモ帳サイズのホワイトボード「ノーツ・バイ・バタフライボード」が、発売前ながら人気を集めている。クラウドファンディングサービスを通じての注文額は、発表1日で400万円を突破し、現在は800万円以上になっている。商品を手がけるバタフライボード社の代表取締役・福島英彦氏は、もともと外資系企業でスピーカーを開発していたエンジニア。副業からスタートした商品の開発秘話を聞いた。(編集・ライター 野口直希)
持ち運べるホワイトボード「バタフライボード」
会議室で大きなホワイトボードを使うと、机に向かっている時よりもアイデアが浮かんでくると感じたことはないだろうか。多くの人の意見を素早く書き留めて、それらのつながりを図示し、議論を展開させる。1人で使っても複数人で使っても便利なホワイトボードだが、使用できる場所はそう多くない。
そんな問題を解決するのが、「バタフライボード」だ。A4判の薄いホワイトボードがリングノートのように複数枚繋がっている「持ち運べるホワイトボード」で、出張先での打ち合わせやカフェなど、あらゆる場所で使うことができる。各ボードのヒンジ部分はマグネットで接続しているため、自由に着脱可能。会議室の壁など金属製の場所に貼り付けたり、複数枚のボードを繋げた大きなボードとして使ったりすることができる。

また、パートナー企業とともに独自開発した0.5mmの極細マーカーを同梱する。「ホワイトボードで使用するマーカーはペン先が太く、細かな文字を書きにくい」という不満に対応した。
現在はA4/A5判の「バラフライボード2」と、A3判でもストレスなく持ち運びできるよう軽量化を図った「バタフライボードPro A3」の3つのラインアップ展開中だ。価格は、バラフライボード2のA4判が4320円、A5判が3780円、バタフライボードPro A3が8100円。
新商品は“手帳サイズ”のホワイトボード
そんなバタラフライボードは、9月12日に新製品「ノーツ・バイ・バタフライボード」を発表した。バタフライボードの手軽な書きやすさや消しやすさ、拡張性はそのままに、片手で持てる手帳サイズにコンパクト化。また、フリクションボールペンやユニボールアールイーなど、市販の“消せるボールペン”で文字を消せるのも嬉しい点だ。
これまでのバタフライボードはA4~A3というサイズだったが、新製品はつねにポケットに入れておき、アイデアを思いついたらすぐに書き込むという使い方を想定しているという。バタフライボード社の代表取締役・福島英彦は、「これまでバタフライボードを利用していたユーザーの多くは、自分にあったホワイトボードを探すうちにバタフライボードを見つけてくれた人が多い。手帳やメモ帳しか使わない人にも、バタフライボードの使い心地を知ってほしい」と話す。
9月12日に開始したクラウドファンディングサイト「Makuake」でのプロジェクトにも支援が殺到。プロジェクト開始の翌日には400万円を超える支援が集まり、目標金額の30万円をすぐさま達成した。
“口下手エンジニア”が生んだコミュニケーションツール
バタフライボードが注目を集めるもう1つの理由が、プロダクト開発の経緯だ。なんとこの製品は、それまで文房具開発に一切携わったことのない会社員だった福島氏の「副業」から誕生したのだ。福島氏の取り組みは、副業として始めた製品開発を本業に発展させたモデルケースとして「2019年版中小企業白書・小規模企業白書」でも紹介されている。
「私は口下手なので、口頭ではなかなか人に意見を伝えることができませんでした。そんな自分が、うまく人とコミュニケーションするためのツールだったんです」と福島氏。本業では外資系の音響メーカーでスピーカーを開発しているが、製品の仕様や狙いを口頭で上手く伝えるのが苦手だった。そんな彼の強力な支えになってくれたのが、ホワイトボードだったという。

福島氏はその魅力を、「口頭だけでなく、図示することでスムーズに意図を説明できるようになる。また、双方の意見がボードに書かれた文字として対象化されるので、感情的にならずに議論を進めることができるんです」と説明する。
きっかけは“闇副業”、クラウドファンディングでニーズを発掘
自身の業務補助のためにつくったバタフライボードだったが、周囲からの評判も良く、量産化を決意。当時勤めていた会社は副業を認めていなかったため、会社には申告しない、いわば“闇副業”として事業を始めた。
全国の町工場に足を運び、製造を依頼した。当初はテープで留めただけの簡易な作りだったボードの接続部は、スピーカー開発で培った磁石の知識を活用してマグネットによる着脱に改良し、「スナップバインディング」として特許を出願した。
プロダクトとしてのイメージも固まり、製造できる工場は見つかった。しかしここで問題が発生した。工場から「ロット数が見込めないままでは、量産できない」と言われてしまったのだ。当時のバタフライボードは、資金や信頼の乏しい個人が作ったオリジナル製品。販売数の予測が難しい中で量産するのは、工場にとっても大きなリスクになるからだ。
この問題を解決したのが、クラウドファンディングだ。開発資金を集める手段としての印象が強いクラウドファンディングだが、開発前にその商品に程度の需要があるのかを確認することができるのも大きな利点。福島氏がMakuakeでプロジェクトを発表したところ、約800人から計300万円近い支援が集まり、2015年7月に初めての量産化を開始した。
その後も、ユーザーからのフィードバックをもとにオリジナルマーカーの開発などの改良を重ね、2017年8月には「バタフライボード2」のクラウドファンディングで1400万円以上の支援金を集めた。
これにより、これまで資金面での不安や家族の安心を原因に踏み切れなかったバタフライボードへの一本化をついに決意。本業を辞職し、株式会社バタフライボードを設立した。実数は公開していないが、初年の売上高は副業時代の約4倍。2期目の収益も前年比10%増と好調だ。
生産から販売までを1人で担当
みずほ総合研究所の調査(2018年)によれば、副業を行なっている就業者数は約270万人で、これは就業者数全体に占める割合は約4%だという。もちろんこの中には福島氏のような“闇副業”従事者の数は含まれていないが、リクルートキャリアの調査(2018年)では国内企業の71.2%が兼業・副業を禁止しており、これまでは副業を視野に入れてこなかったサラリーマンも多いはずだ。
しかし、近年は副業に対する風向きが変わりつつある。昨今は定年まで面倒を見てくれる会社が減り、「人生100年時代」を安心して過ごすための収入源確保が必要だ。政府は2018年を「副業元年」と位置づけ、これまで副業の禁止を規定していた厚生労働省の「モデル就業規則」を、「勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる」と改定し、副業を容認した。前述のみずほ総合研究所の調査では、収入補てんや新たなスキル・人脈獲得等の目的から副業を希望する就業者数は約2200万人だと推測されている。
キャリアアップや転職ではなく、副業による収入増加という選択肢を検討している人も、すでに少なくないだろう。とはいえ、フルタイムで本業に従事すれば時間や体力のほとんどを使ってしまい、副業に割けるリソースは決して多くない。限られたリソースの中で副業を成長させるには、どうすればいいのか。
まず福島氏が挙げた工夫が、「オートメーション化」だ。会社を立ち上げて2年経った現在でも、バタフライボードの社員は福島氏のみ。経理の一部は福島氏の妻が担当しているものの、商品の開発や修正はもちろん、外部サイトでの販売管理や発送まで全て独力でこなしている。
クラウド会計サービスなどを使いこなし、事務作業を極力デジタル化。また、商品の販売にはAmazon.co.jpやアスクルなどを選んだ。一度ストアに商品を登録すれば、商品の発送などの作業をほとんどやってくれるからだ。
ユーザーの声を取り入れて品質向上
自動化を進める一方で、ユーザーからの問い合わせについては、必ず自分で全て引き受けるようにしているという。前述の通り、バタフライボードではユーザーの声を取り入れて、繰り返しクオリティを高めてきた。
「もちろん努力はしますが、個人で製造する製品なので初めから完璧なクオリティに仕上げることは難しい。だからこそ、こまめにユーザーの声を聞いて修正を繰り返すことで、ここまで支持される製品にできたのだと思います。事務作業など効率化できる部分で無駄を省き、プロダクトのクオリティに直結する部分で手を抜かないようにしています」
また、副業に注力するために必要な要素として福島は「そもそも好きな仕事であることが大切」と言う。彼の場合、「自分の頭で考えたプロダクトを、実際に手を動かしてつくりあげる」という行為がそれだ。
「どんなに本業で疲れていても、帰宅後に自分のために手を動かす時間は楽しくて仕方がありませんでした。リソースに限りがある副業では効率化のための工夫が大切な一方で、どんなに疲れていても時間を惜しまず没頭できることを事業にすることが大切です」
副業の経験は、本業の糧にもなる
工夫を凝らして好きな仕事に取り組んできたといっても、やはり副業を進めるのは決して楽ではなかったと福島氏。バタフライボードを本業にしたのは副業を始めてから約4年後だが、家族からの理解や資金面での不安がネックとなり、本業化に踏み切れなかった時期も長かったという。
「それでも、トータルで考えれば副業は確実にプラスの経験です」と福島氏は断言する。その大きな理由は、企画から開発、製造元とのやり取りや販売まで、物作りに関わる全ての段階を経験したことで、本業にも影響したことだ。ほかの部門の人々の考えていることもわかるようになり、自分の仕事を商流全体から俯瞰できるようになったという。
現在、バタフライボードはちょうど3期目を開始したばかり。すでに「ノーツ」以降の製品アイデアもあり、これからは従業員の雇用も視野に入れて急ピッチで事業を拡大していく。「今年度はバタフライボードの今後を左右する重要な年になるはず」と福島氏の意気込みも十分だ。
「これまでの事業で私が培ってきた最大の資産は、町工場の職人や販売店の方々といった、会社の中だけでは関わることがなかった人々とのつながりです。副業を通して感じたのは、新たな取り組みの成否を大きく左右するのはその人が持つ人脈だということ。そして、人脈を増やすためには、とにかくアクションするしかない。『バタフライボードだけの一発屋』と言われないよう、もっとヒット製品を生み出したい」