
- 松尾研メンバー中心に創業、AI技術の社会実装
- カギはアルゴリズムのモジュール管理とパッケージ化
- アルゴリズムの事業会社としてさらなる拡大目指す
AI技術の研究開発においては日本でも有数の研究機関として知られる東京大学松尾研究室。その松尾研のメンバーが中心となって2017年11月に創業したACES(エーシーズ)は、ここ数年の間にいくつも生まれた“AIスタートアップ”の中でも着実に事業を拡大させている1社だ。
創業3年の若い企業ではあるものの「ディープラーニングを用いた画像・映像認識技術」を強みに、電通やテレビ東京ホールディングス、インターメスティック(Zoff)をはじめ、各産業を代表するエンタープライズ企業と共同でリアル産業のデジタル化を進めてきた。
直近では陸上自衛隊のAI活用・デジタル化推進に協力したり、他社と共に開発した配筋検査AIが国土交通省の「建設現場の生産性を飛躍的に高める革新的技術の導入・活用プロジェクト(PRISM)」で最高評価を獲得したりと活躍の場を広げている。
これまで20社以上の企業と共同事業に取り組みつつ、そこで磨いてきたアルゴリズムのパッケージ化にも力を入れてきたACES。今後はAIアルゴリズムをAPI/SDKという形で外部企業に提供したり、システム化した上で業界特化型のSaaSプロダクトとして展開したりする動きを強化することで、さらなる事業拡大を目指す計画だ。
そのための資金として、同社では12月3日に既存投資家である経営共創基盤(IGPI)とDeep30より総額で約3.2億円を調達した。
松尾研メンバー中心に創業、AI技術の社会実装
ACESは松尾研の博士課程に在籍中の田村浩一郎氏(同社CEO)を中心に、6人のメンバーが集まって立ち上げられた。

創業メンバーの6人中5人はエンジニアとしてのバックグラウンドを持ち、さらにそのうち3人は松尾研の出身。AI領域の知見や技術力は同社の大きな特徴で、田村氏自身も起業する前から研究室を通じて複数の企業との共同研究プロジェクトに携わってきた。
特にACESが得意とするのが人間の行動や感情を検知・解析する“ヒューマンセンシング技術”にまつわる領域だ。たとえば電通など数社とは「野球選手の身体情報」を定量化し、選手の特徴分析や怪我の原因特定につなげられる仕組みの研究に取り組む。
具体的には姿勢推定技術・行動認識技術を用いて、カメラで撮影した映像から選手の身体情報を抽出。そのデータを分析し、従来は“センス”で片付けられていた身体の細かい位置や角度、速度情報などを定量化するアプリケーション「Deep Nine」を開発した。
同システムはフォームや球種ごとの選手の特徴を把握したり、身体動作とパフォーマンスとの相関を分析してトレーニングの参考にしたりできるほか、怪我の原因特定や予防にも使える。まさにそのような目的から国内のプロ野球球団にも導入された。
テレビ東京やZoffなどの企業とはリアル産業における業務のデジタル化を進める。テレビ東京とのプロジェクトでは報道現場のDXに向けて、AIを活用したプレスリリース情報のデジタル化アプリケーションを開発。すでに報道局内での実運用が始まっている。
このアプリケーションを通じて従来は紙によるアナログな方法で管理されていた膨大なプレスリリースの情報を、OCRや構造化処理技術を用いてデジタル情報として一元管理できる仕組みを構築。誰もが簡単にリリース情報にアクセスできるようになったことで、確認作業や振り分け作業の削減、リサーチ時間の短縮などにつながった。

8月に業務提携を実施したインターメスティックとは同社が展開するメガネブランド・Zoffの現場において、小売業界のDXに向けた研究開発をスタート。ヒューマンセンシング技術を基にエキスパート店員の接客を再現する試みなどを行っているという。
カギはアルゴリズムのモジュール管理とパッケージ化
上述したような案件を中心に、ACESでは「共同DX事業」を通じて、AIを活用したプロジェクトの設計からアルゴリズムの開発、導入、活用までを一気通貫でサポートしてきた。
近年は「Po死」という刺激的な言葉が使われることもあるように、AIプロジェクトの中には焼畑農業のような形でとりあえずPoC(概念実証)を実施し、そのまま終わってしまうケースも珍しくない。ただACESの場合はこれまで携わってきた20件以上の案件のうち、PoCで終了したものは1つもないという。
田村氏の話では顧客の課題や業界の構造を深く掘り下げながら「バリューチェーンやサプライチェーンのどの部分にアルゴリズムを組み込んでいくべきか」をひもといていくことで、高い継続率を維持できているという。
「もちろん技術力やディープラーニングに関する専門性も大きな強みですが、PoCで終わらせないために、価値を出すことにこだわってきました。重要なのは業界を深く理解した上で、人の認知処理や作業が必要とされている節目を見極めること。人がやっても価値が出る業務でなければ、ディープラーニングを用いてデジタル化したところで価値はありません。その上でディープラーニングの方が得意なところ、人よりも上手くできるところを見分けられるかがポイントです」(田村氏)
共同DX事業がACESの成長の源泉であることは間違いなく、今後も継続していく計画に変わりはない。一方で典型的な受託開発のモデルになってしまうと「どうしても人月ビジネスになりがち」なことがネックになる。
そこで同社はスタートアップとして“指数関数的な成長”を達成するべく、初期から「アルゴリズムのモジュール管理」を徹底し、人月に制約されないスケーラブルな体制作りをめざしてきた。
主に顧客との共同研究を担当するエンジニアと、コアとなるアルゴリズムの研究開発を担うエンジニアで役割を分担。競争力に繋がるアルゴリズムの研究開発にしっかりと時間を注げる体制を整備するとともに、開発したアルゴリズムを横展開できるようにモジュールとして整理する。
秘匿性の高い顧客データの管理などには十分に配慮した上で、あるプロジェクトで培ってきたアルゴリズムを同じ課題を抱える新たな顧客にもライセンスとして提供できれば、過去の資産を活かしてスピーディーに事業を進めることもできる。
「プロジェクトを積み重ねるごとに、無形資産が社内に蓄積される。それをアルゴリズムライセンスとしてさまざまな企業の課題解決に繋げていくという構想が、徐々に形になり始めてきました」(田村氏)
画像・映像認識アルゴリズム「SHARON」はまさにその一例だ。人物の特定や姿勢の推定、表情認識、物体検出などさまざまな用途で使えるアルゴリズムをAPI/SDKサービスとして切り出し、顧客に開放している。

また上述した姿勢推定アプリケーション・Deep Nineのように、蓄積してきた知見やアルゴリズムを特定の領域に特化したバーティカルSaaSとして、外部提供する取り組みも始めた。
アルゴリズムの事業会社としてさらなる拡大目指す
今回の資金調達は事業の基盤ができ始めた中で、将来的なエグジットも視野に入れながら事業をさらに拡大させていくことが目的だ。
また資金調達とあわせて、株主・IGPIの共同経営者である川上登福氏がACESの取締役に就任した。同社としてはIGPIとの関係性を強化しながら、引き続きディープラーニングを用いてリアル産業のDXを推進していく。
「自分たちの中では、DXを『業界のバリューチェーンを垂直的にデジタル化していくムーブメント』だと捉えています。点でソフトウェアを提供するだけではIT化は進んでもDXは進まないのではないかということが、事業を続ける中で見えてきました。業界の構造を正しく理解した上で最適な戦略を考えていくためには、(プロフェッショナルファームの)IGPIの存在は大きく、一緒に事業を推進していくことが重要になると考えています」(田村氏)
調達した資金はエンジニアを中心に人材採用に用いる。直近では「アカデミアと社会を橋渡しする存在」を目指し、博士課程に在籍中の研究者が自身の研究を続けつつACESで働ける制度も作った。10月から早速2人の研究者がこの制度を活用して同社で働き始めているという。
アルゴリズムの生成能力を武器に、リアルな産業を変革する。自社を「アルゴリズムの事業会社」と表現するACESの挑戦は今後さらに加速していきそうだ。