健康労務クラウド「Carely」
健康労務クラウド「Carely」 すべての画像提供:iCARE
  • 働き方改革で増えた人事担当者、産業医らの負担を軽減
  • 健康管理システムでジャイアントキリングを狙う
  • Carelyの蓄積データ活用で健康経営のDXを推進

2019年4月1日から「働き方改革関連法」が順次施行されていることに伴い、労働時間や従業員の健康など、規模の大小にかかわらず企業が留意すべき責務の範囲が広がっている。

こうした変化を背景に、従業員の健康管理を企業が経営的視点から考え、戦略的に健康に投資する「健康経営」の考え方も拡大。企業の取り組みを支援するソリューションも増えている。2016年3月にサービスを開始した人事担当者向けの健康管理システム「Carely(ケアリィ)」もそのひとつだ。

Carelyを提供するiCARE(アイケア)は12月9日、JICベンチャー・グロース・インベストメンツ(産業革新投資機構:JIC傘下の認可ファンド)を筆頭に、三井住友海上キャピタル、SFV・GB投資事業有限責任組合(ソニーフィナンシャルベンチャーズとグローバル・ブレインが共同設立したファンド)、Salesforce Ventures、SMBCベンチャーキャピタルから、総額15億円の資金調達を実施したことを明かした。

働き方改革で増えた人事担当者、産業医らの負担を軽減

iCARE代表取締役CEOの山田洋太氏は、産業医の資格を持つ医師でもある。労働者の健康課題について「産業医だけでは解決しない」との思いから、iCAREを2011年6月に創業した。

iCARE代表取締役CEO 山田洋太氏
iCARE代表取締役CEO 山田洋太氏

「健康管理の領域はアナログで、産業医や産業看護師の頑張りによる属人性が強い。自分ひとりでは、自分が診ている人たちの範囲でしか、世の中を変えられません。テクノロジーを使って複雑・煩雑な作業を減らして、産業医や看護師、人事担当者も含めた関係者が考える時間をもっと作れば、健康な人を増やせるはずと考えました」(山田氏)

山田氏は「働き方改革は日本に大きく2つの変化をもたらしました」と語る。

1つ目は、健康を害しながら働いている人に対する企業努力が求められるようになったこと。具体的には長時間労働に対する労働時間の制限などがそうだ。企業には、従業員の労働時間を把握する義務が生じただけでなく、把握した情報を産業医と共有することが明確に指示されている。

「これは(産業保健の関係者にとっては)『事件』とも言うべき出来事でした。これまでも法律上、従業員の健康に関わってきた産業医ですが、情報という観点では共有を受けてきませんでした。従業員との面接時間の確保や健康診断結果の把握などをがんばってやっていた産業医はこれまでもいましたが、これを確実にやらなければならなくなりました」(山田氏)

このことは人事担当者にも負担をもたらした。情報が紙やExcelデータでファイリングされていた企業では、産業医と従業員の面接に当たり、紙やExcelデータを印刷・コピーなどで共有する必要がある。ここにひとつの課題が浮かび上がった。

2つ目は、多様化する雇用環境だ。多様で柔軟な働き方の実現を目指し、政府は裁量労働制やフレックスタイム制の拡充などのほか、時短勤務、外国人や障害者、高齢者などさまざまな雇用形態による待遇差の解消も企業に求めている。対応する企業には優遇策も用意した。

「これも大きな分岐点・転換点になる出来事だと思います。外国人労働者の例で言えば、日本ではあまり頻度が高くない疾病、たとえば結核などの感染症については、まだ感染率が高い国もある。そうした国からエンジニアを採用した場合など、企業が留意して事業所で流行しないような手立てを考えておかなければなりません。画一的な金太郎飴型の雇用が多様化することを意識して、特に健康問題に関しては敏感に企業が把握していく必要があります」(山田氏)

これを実現するためには、今まで以上に人事担当者や産業医・産業看護師らが、これまでにない環境に対応するための余裕を持たなければならない。

これらの課題を解決するために開発されたCarelyは、これまで紙やExcelで管理されてきた、従業員の健康診断やストレスチェック、長時間労働の状況把握や産業医面談の記録をクラウド上で管理できる、健康管理システムだ。データの一元管理や業務の自動化により、人事労務担当者や産業医・看護師などの産業保健スタッフの業務負担軽減をサポートする。

料金は、健康診断データの管理、ストレスチェックの実施と管理、残業時間の取り込みによる過重労働対策、産業医・保健師面談の管理と、労働基準監督署への報告データ書き出し機能を含む「クラウド」プランで月額200円(1従業員当たり、最低利用人数500人)。より小規模な企業向けに従業員からの相談受付やリモート産業保健師機能などを追加した「ベーシック」プランでは月額300円(1従業員当たり、最低利用人数50人)。健康診断予約機能を加えた「プラス」プランは月額400円(1従業員当たり、最低利用人数50人)。各プランとも、初期費用(クラウドで月額費用の3カ月分、その他のプランは従業員1人につき1000円)とオプション料金が加わる。

Carely料金プラン
Carely料金プラン

健康管理システムでジャイアントキリングを狙う

企業の働き方改革、健康経営に対する課題感を踏まえ、企業を支援する健康経営ソリューションも増えている。山田氏に競合環境について聞くと、「この事業領域は複雑で、産業医紹介や健康経営サポートなどさまざまなサービスが出ているのは確かですが、我々は開発力がコアだと思っています」との答えが返ってきた。

iCAREでは110名の従業員のうち、4分の1がエンジニアやデザイナーなどの開発メンバーとのこと。「クラウドサービスはアップデートのスピードやUI/UXがカギとなるので、改善したら迅速に提供できるように心掛けています」と山田氏は話す。

また、Carelyの最大の競合は「大手IT企業」ともいい、山田氏は「健康管理システムでジャイアントキリングを狙う」と抱負を語る。

「もともとNECや富士通、NTTデータといった大手IT企業やSIerは、長い間企業のIT化を委託されて開発を進めてきました。そこには企業ごとのカスタマイズという要素が入り、どうしても開発費用が高額化する傾向にある。一方、SaaS、クラウドサービスはコストパフォーマンスがよく、使いやすく改善を重ねることもできます」(山田氏)

Carelyのユーザーは人事労務担当者や産業医、看護師などさまざまな属性の人たちだ。山田氏は「70代の産業医でもマニュアルなしで使えている」という。

「オンプレミス(自社運用)のシステムでは分厚いマニュアルが用意されることがほとんどですが、それではみんなマニュアルを読みません。その結果、システムも使われなくなります。Carelyではシステムの使いやすさに加えて、カスタマーサクセスチームの手厚いフォローもあります。その使いやすさが評価されて、既存システムからのリプレイスが多くなっており、問い合わせからの受注率も40%にまで上がっています」(山田氏)

Carelyは時代とともに企業から高いニーズを受けている。2019年3月期は昨年比で売上2倍に成長し、その翌年も同じ成長率を達成した。2020年12月現在で、契約者数350社、契約アカウント数が13万件にまで利用が拡大している。これには働き方改革の時流にプラスして、コロナ禍が後押しをしている側面もあるようだ。

「これまで紙で従業員の健康管理を運用していた企業からの問い合わせはたしかにコロナ禍で増えました。紙のままでは、産業看護職のスタッフが自宅で勤務となったときに、情報を見ることができなくなりますから。コロナ禍ではメリットもデメリットもあって、SaaSへの関心が高まったことで問い合わせ件数は過去最高となる一方で、企業の財務体質悪化や見直しによって、新規契約の意思決定までの時間は全体としては長くなりました。それでもリード数や受注数は加速しています」(山田氏)

Carelyの蓄積データ活用で健康経営のDXを推進

今回の調達資金15億円のうち、6億円は既存株主からの追加出資によるものだ。「仲間が実績を作ったこと、投資家の支援やクライアントの評価があってのことで、ありがたい」と山田氏。資金の使途については「プロダクト開発は永遠に続けていくことだが、加えてセールスやマーケティングにも投資し、しっかり効率よく、必要な顧客へリーチして、受注するための力を付ける」と説明する。またカスタマーサクセスやコーポレート部門への投資にも注力する予定だ。

iCAREのメンバー
iCAREのメンバー

長期的には「健康経営のDX推進」「海外展開」「BtoCサービス展開」についても、5年後ぐらいをめどに視野に入れていると山田氏は語る。

健康経営のDX推進については、Carely提供により蓄積したデータを活用した分析によって、課題を可視化し、最適なサービスを提案するというもの。同社が今年9月10日にリリースした健康経営プラットフォーム「Carely Place(ケアリィプレイス)」は、その第一歩となるサービスだ。

海外展開については、東南アジアや米国、ヨーロッパなど、日本と法整備が似通っている国々への展開を検討しているという。

「健康経営は日本だけの課題ではなく、世界中で労働者が健康を害しているわけですから、そうした国々へもサービスを提供していきたいと考えています」(山田氏)

また、BtoCサービスに関しては、これまでの法人向けサービス展開に加えて、健康を個人にひも付けることで、サービスをより良いものへアップデートさせていくことに挑戦していくつもりとのこと。

「健康経営は産業保健がベースとなっています。そのほとんどは法律を遵守していれば実現するはずの部分なのですが、これが確実にできるように土台をしっかり作ろう、というのが我々が考えてきたことです。さらに進んでもうひとつ、健康管理のデータを使って、それぞれの企業が自社の課題を浮かび上がらせることが大事だとも考えています。日常の健康管理を行うことでデータがたまり、これを分析することで健康経営を目指そうという企業のあり方を、これからも支援していきたいと考えています」(山田氏)