
- コロナ禍のチュニジアで発案した“空間を再現する”音声チャット
- 学会・展示会や婚活パーティー、演劇イベントまで利用シーン拡大
今年はリモートワークを取り入れた企業が増え、通勤時間の削減や服装の自由さなどに恩恵を感じた人も多かっただろう。ただ、同時に「紙の書類の処理・決裁ができない」「同僚との何気ないコミュニケーションが取りづらい」といった課題を感じた人も多く、これらの課題解決を目指すソリューションにも注目が集まった。
前者の紙の書類の処理をはじめとする業務の電子化や効率化に関しては、官民挙げての「ハンコ廃止」の動きなどもあって、電子署名や電子契約関連サービスの導入が進んでいる。また以前から提供されてきた、業務そのもののデジタル化を支援するサービスも大きく成長した。今後も、さらにこうした動きは加速するだろう。
一方で、後者の「何気ないコミュニケーションの取りづらさ」に関しては、これぞという解が見つけにくく、各社が苦労しているところだ。「Zoom」や「Teams」「Slack」といったコミュニケーションツールの普及が進んで、ミーティングやテキストベースで相談するための手段は確保できたものの、リアルなオフィスで行われていた“雑談”を再現するには、もうひと工夫が必要だ。
この解決策として、ゲーム用ボイスチャットとして使われてきた「Discord」のほか、日本のスタートアップが開発するリモートワーク用ボイスチャット「roundz(ラウンズ)」のようなツールを併用する例が出ている。またSlack自体も、音声チャットの実装を検討しているという。どうやら、リモートワークで会話の気軽さや偶発性、常時つながっている感覚などを再現するカギのひとつとして、“音声”が注目されているのは間違いなさそうだ。
2020年8月にサービスを開始した「oVice(オヴィス)」も、音声を軸にしたリモートコミュニケーションのためのツールだ。その最も大きな特徴は、リアルと同じような「空間」の概念や「距離感」を、ウェブブラウザ上にレイアウトされたバーチャルオフィスで再現している点である。
コロナ禍のチュニジアで発案した“空間を再現する”音声チャット
サービスを提供するoVice代表取締役社長で、シリアルアントレプレナーのジョン・セーヒョン氏は2020年2月、出張で訪れたチュニジアから出国できなくなっていた。新型コロナウイルスの急激な感染拡大により、予期せぬロックダウンに見舞われたのだ。
帰国のめどが立たない中、外出も禁止となり、完全にリモートで仕事を進めなければならなくなったジョン氏。Zoomなどのツールも試したが、仲間と簡単に会話するにはあまり適していないと感じた。ジョン氏はその理由を「距離や空間の概念がないからではないか」と考え、早速、空間の概念を取り入れたチャットツールの開発に着手した。
「空間の概念を取り入れる」というと、VR/AR技術を応用したものが思い浮かぶところだが、情報量の多さ、処理の重さを考えると、チュニジアのインターネット通信環境では安定的な利用は見込めない。VRヘッドセットを常に使うとなると、ますます現実的ではなくなる。
そこでジョン氏はVRやARではなく、平面のレイアウト上にオフィス空間を再現し、その中でアイコン状のアバターを動かすことで、声を中心にコミュニケーションするツールを作ることにした。
6月に帰国したジョン氏はツールを広く公開すべく、チームとともに開発をさらに進め、8月にはブラウザ上にバーチャルオフィスを再現するoViceをリリースした。
oViceはブラウザで指定のURLにアクセスするだけで利用できる。専用アプリのダウンロードは不要。スペースにアクセスすると、すでにアクセスしているメンバーとともに自分のアバターとなるアイコンが表示される。メンバーにアイコンを近づけると会話の音声が大きくなり、遠ざけると小さくなる。距離だけでなく、アバターの方向も指定でき、前にいるアバターからの声は大きく、背を向けているアバターからの声は小さく聞こえる。
オープンスペースでは、自分以外のメンバー同士が会話しているところにアバターを近づけると、話が聞こえるようになり、会話に参加することもできる。ミーティングルームでは外部の音は聞こえず、中の会話も外に漏れないので、リアル空間の会議室のように利用することができる。
Zoomのようにカメラをオンにして、ビデオ通話状態にすることも可能。画面共有も行える。空間レイアウトはカスタマイズが可能で、オフィスの形態や働き方に合わせた設定に変えられる。
ジョン氏への取材もoViceを使って行ったが、ZoomやTeamsと比べると会話のかぶりが少なく、話しやすい印象だ。通信環境は「推奨が3Mbps以上」(ジョン氏)とのことで、3G回線でもスムーズに会話ができるそうだ。遅延が少ないのは「音声データに何も処理をせず、P2P通信を利用しているから」(ジョン氏)とのこと。同じ場所から複数ユーザーが接続するとハウリングしやすいのが難点とジョン氏はいうが、別々の場から利用する分にはむしろ快適に使えそうだった。
学会・展示会や婚活パーティー、演劇イベントまで利用シーン拡大
自社でもoViceを活用しているジョン氏は「勤務中はoViceをブラウザ上で開きっぱなしにしておき、声をかけられたら返事をする、といった使い方をしています」と話す。
プロダクトはOpen Network Lab(Onlab)の起業家支援プログラム「Seed Accelerator Program」第21期にも採択された。リリースから1カ月弱で導入企業は100社を超え、現在は約700社が利用する。
利用シーンも広がっており、企業の社内向けのコミュニケーションツールととしてだけでなく、休校が続く大学での導入も増えている。また、パーティや学会、展示会、演劇イベントなどの開催の場としても活用されている。
「Onlabのオンライン発表会でも使われましたし、学会などの学術イベントにも、だいたい毎月1回は利用されています。大ホールでの基調講演のような発表と同時に、ホール外のロビーのようなオープンスペースでの交流や、ポスターセッションのような出展が可能な点がニーズに合っているようです」(ジョン氏)
カジュアルなイベントでは、ハロウィーンや婚活パーティーなどでも使われており、ほかにもユーザー参加型の謎解きイベントの会場としても利用された例もあるそうだ。
「物理的に会えない今だからこそ、oViceで忘年会をやるというのもオススメです」(ジョン氏)
料金はイベントなどの単発利用で、1週間2500円から。オフィスやキャンパス代わりの定期的な利用の場合、10〜20人の利用に適したBasicプランで月額5000円、30〜50人利用を想定したStandardプランが月額2万円、100〜300人の比較的大きな規模で利用するOrganizationプランで月額5万円だ。


いずれも初期費用などは不要。同時接続の上限はあるが、アカウント数や接続数ごとの課金ではなく「不動産のように、スペースの広さに対して課金する考え方」(ジョン氏)をとっているという。中には1フロアではなく、建物の概念をいれて、複数フロアで利用している企業もあるそうだ。
「新型コロナ感染拡大が落ち着いて、必ずしもリモート必須でなくなってからも、新しい市場が作れそうだと考えています」とジョン氏。将来的にはAR的な、オンラインとオフラインを融合するサービスの展開も考えているという。
「oVice専用のデバイスをオフラインのオフィスに置いておくだけで、ブラウザを開かなくてもオンラインでoViceに接続した人との話がシームレスにできるような仕組みを検討しています。このプロダクトは来年上期には実現したいと思っています」(ジョン氏)
また、マーケットプレイスとしての展開も進めたいとジョン氏はいう。「オフィスでは、物理的な空間でもいろいろなデータが集まります。oVice上ではさらにいろいろなデータが集まると考えているので、このデータをうまく活用してプラグインを作ったり、AIを使ったデータ分析をするなど、エコシステムをつくっていこうというのが、来年からのマイルストーンです」(ジョン氏)
開発者向けのイベントで会場として使われたことで、海外からの問い合わせも増えているoVice。まずはジョン氏の母国でもある韓国でプロダクト利用を広げ、海外展開も図るつもりだ。
「oViceはレイアウトが自由で、比較的簡単に各社向けのカスタマイズができます。このレイアウトコンテンツもアジアではウケるのではないかと考えています。現実でも企業イメージに合わせたデザインオフィスがつくられるように、オリジナルデザインを企業ごとに提供するのも良さそうです」(ジョン氏)
これらの開発や新たな市場開拓へ投資するため、oViceは12月、シードラウンドで総額1億円の資金調達を実施した。引受先はベンチャーキャピタルのOne CapitalとMIRAISEだ。なお、oViceは資金調達の発表と同時に、社名をNIMARU TECHNOLOGYからoViceへと変更したことも公表している。