
- 2本の電話に導かれ、自社ホテルブランド確立へ
- ライフスタイルホテルとして徹底した2つの要素
- ようやくオープン、再び起こった新型コロナウイルスの第3波
緊急事態宣言の発令、 GoToトラベルキャンペーンの開始、そして感染拡大の第3波──2020年、旅行業界は甚大なダメージを受けた1年となった。
感染拡大防止のため移動に制限がかかったことで旅行をためらう人が増え、その影響から閉業に追いやられたホテルや旅館は多い。帝国データバンクの調査結果によれば、2月末から12月21日の間に倒産したホテル・旅館の数は70件にのぼっており、これは飲食店に次いで2番目に多い数だ。コロナ禍で事業を畳む決断を下す人もいれば、中には事業を立ち上げる人もいる。
スターリゾート代表取締役の佐々木優也氏もそのひとりだ。佐々木氏は今年7月、沖縄県・石垣島に初のライフスタイルホテル「THIRD石垣島」をオープンした。
ライフスタイルホテルとは、宿泊以外の付加価値の提供をテーマにしたホテルのこと。THIRD石垣島はホテル施設の2割をパブリックスペースにし、500冊以上の本を揃えたブックラウンジを設置。また、ホテル内での飲食代がすべて宿泊料金に含まれる「オールインクルーシブステイ」を導入している。「旅行者のサードプレイス(自宅や職場ではない、居心地のいい「第三の場所」)を目指す」として、ホテルの名前もTHIRDとした。

「一度は泊まってみたいホテル」としてSNS上で注目を集め、一休やRelux、Booking.comなどで石垣島の人気ホテルランキングで1位を獲得するTHIRD石垣島だが、オープン当初は批判の声もあった。今年3月といえば新型コロナの感染が拡大し始めていた時期。佐々木氏がTwitterでTHIRD石垣島についてつぶやいたところ「こんな状況下で何を考えているのか」「開業するとか頭おかしい」「従業員がかわいそう」といった声も寄せられたという。
だが、そんな「批判」もごく一部の声であるとすぐに証明される。開業翌月の4月には宿泊日を決めずに購入できるチケット「みらいパスポート」を販売。購入金額は1人2万円と決して安くはない金額だが、販売開始3日で500万円の売上を記録した。そして、緊急事態宣言が解除された後、同年7月のオープンにこぎつけた。
なぜこのタイミングで「ライフスタイルホテル」だったのだろうか。第3波として猛威をふるい始めた新型コロナウイルスの影響はどうなっているのか。THIRD石垣島の誕生までの経緯、そして現状を聞いた。

2本の電話に導かれ、自社ホテルブランド確立へ
佐々木氏のキャリアプランは、プロ野球選手だった父・佐々木誠氏を目指すところからスタートする。しかし、怪我のため高校卒業とともにプロ野球選手になる夢は断念。その次に追うこととなったのは、経営者である祖父の背中だった。
佐々木氏は大学へ進学し、19歳で起業。当初は海外から仕入れた商品を日本で販売する卸売業、その後は美容系の会社を経営していた母親の影響を受け、韓国の美容商品を日本の店舗やオンラインショップへ卸すといったこともしていた。
「卸売業をするうちに、在庫を抱える仕事以外をやりたいと思い始めて。2013年頃は街コンが流行っていたこともあったので、全国で街コンを開催するような事業もやっていました。これが時流にに乗ったこともあり想像以上に成長して、1年少しで売却しました。そのあと3年ほどは、ピボットを繰り返しながらいろんなな事業を続けていました」(佐々木氏)
そんな佐々木氏に「ホテルビジネスをやらないか?」と、とある投資家から提案が舞い込む。もともと佐々木氏は旅行が好きで、ブームになり始めていたAirbnbを使った民泊にも興味があった。話を聞いていくなか、沖縄のヴィラ運営をきっかけに、ホテルの企画・デザイン・運営をワンストップで行う事業を行うスターリゾートを創業。2017年12月にBEENOSとVOYAGE GROUP代表取締役社長兼CEOの宇佐美進典氏、続いて2018年12月にはエアトリとパンスールなどから合計約9900万円を調達した。
しかし、やってみてわかったのは、集客や接客、プロデュースを行うホテルの運営代行会社は下請けであり、事業を発展させるには難しいこと。「ホテル事業は、自社ブランドをつくることが何よりも重要」と感じ、佐々木氏も何か大きく発展できるチャンスはないかと考えていたころ、一本の電話が入る。
「当時、いろんな会社からホテル運営の委託や新規ホテルの開発依頼をいただいていました。そして2018年の年末ごろに、金融機関の方から『石垣島で、一緒にカプセルホテルをやらないか?』と話を持ちかけられたんです。それが、工事が5回目で中断してしまった土地があり、その土地を使ってカプセルホテルをテーマに新たな事業を立ち上げるためのコンペだったんです。でも……コンペ当日は『カプセルホテルは失敗する。ゼロからやり直すべき』と前提を否定するプレゼンをしまして(笑)」(佐々木氏)
ちゃぶ台をひっくり返すようなその提案は、意外にもその土地の所有者から受け入れられ、石垣島にライフスタイルホテルをオープンすることになった。
THIRD石垣島のBefore After pic.twitter.com/6AscgOnBin
— 佐々木優也 / THIRD石垣島 (@hksh) November 9, 2020
こうして順調にオープンに至ると思いきや、開業半年前に壁にぶつかる。出資する予定だった銀行から、開業半年前になって「融資できない」と言われ、佐々木氏は調達に奔走することに。そこへ畳み掛けるように発生したのが、新型コロナウイルスの感染拡大だ。なんとか信用金庫から融資をしてもらうも、次はオープン日が定まらない。
「本当は、2020年4月にオープン予定だったんです。新型コロナウイルスが2月に発生し、延期に延期を重ねて、7月にオープンさせました。そのため4〜7月は完全休業状態。資金も4000万円くらいは失った気がします。ようやくオープンできたと思ったら、ほぼ同日に沖縄県独自で緊急事態宣言が発令されました。当時は、毎日のように胃薬を飲む生活を送っていました」(佐々木氏)
ライフスタイルホテルとして徹底した2つの要素
THIRD石垣島の特筆すべき点は2つある。それがミレニアル世代に特化した「徹底したブランドづくり」と「テクノロジーによる業務効率アップ」だ。
「徹底したブランドづくり」は、ミレニアル世代をターゲットにしたデザインや設備を導入。その1つが、宿泊料金に飲食代を含む「オールインクルーシブステイ」。また、宿泊施設の約2割をブックラウンジといったパブリックスペースにした。フィットネスルームだった場所は、サウナスイートルームとして改装予定とのことだ。

「オールインクルーシブステイは、まさにミレニアル世代に特別な体験を届けるために考えたものです。前提として、宿泊代は高い。それにホテル内の食事は割高で、それほど活用されていません。ならば、宿泊代内で飲食も自由に楽しめるようにできないかと考えたとき、思いついたのがオールインクルーシブステイでした。国内のホテルで実施しているところはほぼなかったので、早めにポジションを取りにいくことも狙いでした」(佐々木氏)
そして「テクノロジーによる業務効率アップ」。佐々木氏いわく、ホテルで働くスタッフの多くは接客に時間を割いているように見えて、実は1日の半分以上をデスクワークに費やしているという。そこでTHIRD石垣島では「デスクワークをなくす」をコンセプトにシステム化に注力。QRコードを使ったセルフチェックイン機や、顔認証での開錠・施錠を可能にした。宿泊者は今までにないホテル体験ができると同時に、ホテルスタッフは空いた時間で、本来費やすべき「宿泊体験向上」へ注力するようになった。
「そもそもホテル業界で働くスタッフの年齢層は高く、キャリアも年功序列型が一般的です。一方で、THIRD石垣島のホテルスタッフの年齢層は平均27歳。何かあれば僕に対しても『それはゲスト想いじゃない』と突っ込みます。そんなフラットな組織を維持させていきたいんです」(佐々木氏)

ようやくオープン、再び起こった新型コロナウイルスの第3波
自社ホテルブランドとして誕生し、約5カ月経とうとしているTHIRD石垣島。ホテルビジネスは、今のところ外資系が強いイメージもある。だが、国内ではホテルプロデューサーの龍崎翔子氏が手がける「HOTEL SHE」が人気を集めるほか、今後はアラタナ創業者の濱渦伸次氏が手がけるホテルのD2Cブランド「NOT A HOTEL」も立ち上がる予定で、ライフスタイルホテルの新ブランドが勢いを強めている。
「これまでのホテル事業は外資系が強い印象もありますが、国内でもスタートアップが増えてくると思っています。HOTEL SHEやNOT A HOTELは、THIRD石垣島と目指す方向性は似ている。『THIRD石垣島があるから沖縄へいこう』と言われるようなブランドを、早く確立したいところです」(佐々木氏)

取材のタイミングではGoToトラベルキャンペーンが続いていたこともあり、「開業した直後の9月時点で年末年始は稼働率100%となっており、来年のGWも稼働率は9割くらいになっています」と語っていた佐々木氏だが、この1カ月で状況が急変。冬に入って新型コロナウイルスの感染は拡大の一途をたどっている。第3波の影響で GoToトラベルキャンペーンも12月28日から全国で一時停止することが決まった。
多くのホテル・旅館の事業者が「予約のキャンセル」に頭を悩ませる中、THIRD石垣島は一時停止の発表直後に、12月28日から1月11日の期間限定で宿泊料金を35%オフにした「年末年始特別プラン」を販売を発表。チェックイン当日に体調に不安がある場合に備えて、当日までキャンセル料金を無料とした。
批判覚悟で出します。
— 佐々木優也 / THIRD石垣島 (@hksh) December 15, 2020
GoToトラベルの年末年始一時停止の発表を受け、弊ホテルでは既にご予約されている方、そしてに新たにご予約される方に対して、35%割引のご宿泊代金でご利用いただける「年末年始独自プラン」をご案内することを決定いたしました。詳細はスレッドにて続https://t.co/Fs4PTjeJaG pic.twitter.com/PVX8fUUcAf
「このキャンペーンをやる理由は、2つあります。1つ目が、この状況でも事業継続させ、ホテルスタッフを雇用し続けるため。2つ目は、観光産業を基盤とする地方経済への貢献。ホテル運営にはリネン、食品生産、流通など多くの方の協力してもらっています。少しでも還元したいんです」
「何より、新型コロナウィルスにより旅行事業は大中小関わらず、経済的ダメージを受けています。不安はありますが、これまで以上にホテルスタッフ、宿泊されるお客様の感染防止対策を徹底していただき、安全に旅行が実現できることを願っています」(佐々木氏)
現在は刻一刻と変化する新型コロナウイルスの感染状況にあわせて、突発的な対応を余儀なくされているTHIRD石垣島だが、3年をめどに初期投資の回収を見込む。
「ホテルの初期投資には、だいたい2億円ほどかかります。僕らの場合、すべて自分たちで運営しているので、新型コロナウイルスが発生していなければ1年半ほどで回収できていました。ただ、現状では3年ほどで回収できる見込みでいます」(佐々木氏)
「結局、スタートアップである僕らは、大手企業にできない戦い方で生き残るしかないんです」──佐々木氏はこう続ける。
「今こそ、GoToトラベルキャンペーンがなくとも戦える強いコンテンツやチームをつくらなければならないと感じています。僕らも悩み続ける日々ではありますが、同時に、これはホテル業界を再編するいいチャンスでもあります。THIRD石垣島はスタートを切ったばかりなので、僕らにしかできない満足度の高いサービスを模索していきたいです」(佐々木氏)
