「豚組しゃぶ庵」の広間。今回店舗の運営を再開するにあたり、この広間は閉鎖されることとなった 画像提供:グレイス
「豚組しゃぶ庵」の広間。今回店舗の運営を再開するにあたり、この広間は閉鎖されることとなった すべての画像提供:グレイス
  • 外食需要が蒸発したのではなく「内食と外食の境目」を動いているだけ
  • 外食の選択肢から外されるようになった「鍋料理」
  • 豚組しゃぶ庵βで実験する「座席を選べる」新体験
  • コロナ禍だからできる、店舗での「実験」

新型コロナウイルスでの緊急事態宣言や“自粛ムード”によって、多くの飲食店が危機的状況に追い込まれたことは言うまでもない。ニュースで「飲食店が厳しい」と報道されるたび、行きつけだった店の行方を案じた人も少なくないだろう。

「豚組しゃぶ庵は閉店します」

2007年にオープンし、Twitterを活用した集客で話題となった東京・六本木の豚しゃぶ専門店「豚組しゃぶ庵」が閉店を発表したのは、2020年6月のこと。豚組のオーナーであり、飲食店の顧客管理ツールを開発するトレタ代表取締役の中村仁氏が閉店を伝えたブログはまたたく間にWeb業界のファンらにシェアされ、Twitter上でもトレンド入りした。

豚組しゃぶ庵の閉店理由は、中村氏のブログによると「新しい可能性を全力で追求するため」。閉店後は豚しゃぶのセットを宅配する「豚組オンライン」をスタートさせると宣言して、クラウドファンディングを実施。公開後2時間で目標額だった250万円を達成し、1カ月ほどで1100万円を突破した。

ところが、これで話は終わらない。クラウドファンディングの終了を伝えるブログで、中村氏は次のように発表した。

「豚組しゃぶ庵は、一時的な閉店をはさみ、1年間の期限付きで営業を続けることになりました」

閉店とオンライン化から一転、実店舗を残すことになった背景には何があったのか? 豚組しゃぶ庵の新業態から見える勝機とは? 中村氏に聞いた。

外食需要が蒸発したのではなく「内食と外食の境目」を動いているだけ

豚組オーナーでトレタ代表取締役の中村仁氏
豚組オーナーでトレタ代表取締役の中村仁氏

中村氏は冒頭、自身の立ち位置について、豚組オーナー(運営元であるグレイスの創業者・オーナー)ではあるものの、飲食店の顧客管理ツールを開発するトレタの代表であり、現状の業務としてはトレタがそのほとんどを占めていると説明。実際にトレタで開発するツールやアイデアを実験する場として豚組を活用している側面があるとした。

実店舗を持つことによるリスクはあるが、豚組での実験が成功すれば、ほかの飲食店に展開するメリットもあった。グレイスでは、豚組しゃぶ庵のほか、とんかつ専門店「西麻布豚組」といった飲食店も経営している。

「トレタが全国の飲食店から集めたデータによると、緊急事態宣言が発令されていた期間の来店率は昨対比9割減。そこから徐々に回復し、Go To Eatキャンペーンの影響もあり、ピーク時は昨対比9割まで回復。しかし、すぐに5割減になっています。ニュースなどで『外食するのは危ない』と言われ続けていたこともあり、街に人がいても飲食店に入らないという状況は続きました。

今後も影響は残り、外食産業は今までに比べて7割程度の規模の経済になると予想しています。具体的には、5割下がって9割上がるような変動が続きます。赤字は厳しいけれど『7割になる理由』がわかれば、打ち手はあるのです」(中村氏)

中村氏いわく、新型コロナウイルスによって外食における需要がなくなったのではなく、「需要が内食と外食の境目を動いているだけ」とのこと。つまりこれまで外食にあった需要が内食に向かってしまっているだけだという。今までの外食産業の延長線上での成長を考えていくのは苦しいが、少し目線を上げれば打開策が見えてくる。

「豚組しゃぶ庵としてだけでなく、トレタとしても飲食店のみなさんに何かできることはないかと模索。そのため、トレタでも同時多発的に10個ほど(飲食店向けの)事業を立ち上げていました。コロナ禍での生き残りは、豚組しゃぶ庵とトレタともにいろいろ動いていたのです」(中村氏)

「豚組しゃぶ庵」で提供される豚しゃぶ
「豚組しゃぶ庵」で提供される豚しゃぶ

外食の選択肢から外されるようになった「鍋料理」

「7割になる理由」がわかれば、打ち手はある──。中村氏がたどり着いたのは、「内食と外食の間を揺れ動く需要の焦点を追いかける」「外食のなかに踏みとどまって戦う」という2つだった。

「需要の焦点」を追いかける場合、テイクアウトやデリバリーを完全オンライン化させることが第一。ここでは、アプリ立ち上げから商品選択、決済、受け取りなど、本来であればECといった小売業で必要となるノウハウを取り入れなければならない。「豚組オンライン」で実現しようとしているのは、まさにこれだ。

そして「外食のなかに踏みとどまって戦う」ことについて次のように語る。

「そもそも飲食店を構えるとは、家賃や固定費が発生するということ。そういった費用を下げるのは、簡単ではありません。かつ、7割経済になり、残りの3割の売り上げをデリバリーで取り戻そうにも、実店舗での固定費を抱えたままでの運営は難しい。ならば、P/L構造をガラッと変えたほうが、成功できる可能性が高まります。そこで、豚組しゃぶ庵の閉店を決断しました」(中村氏)

今回、閉店を発表したのは「豚組しゃぶ庵」のみ。西麻布にある「西麻布豚組」は継続する。

「コロナ禍での外食産業の動向を見ていると、どのお店でも少人数での予約が多く、一方で11名以上の団体が来ることはほぼなくなりました。つまり、豚組しゃぶ庵のような立地と広さを持つ店舗を継続させること自体が難しい。

同時に、以前に比べると、外食するときの選択肢に『鍋』が選ばれなくなりました。鍋は出汁と具材にこだわれば、お店レベルのものを家で作れます。ですがとんかつや焼き肉といった料理は、家でつくるのは手間だし、お店の味をなかなか越えられない。テイクアウトは冷めてしまう。だから『お店で食べる』の選択肢に入る。そうすると、豚組しゃぶ庵は、店舗・業態そのものが厳しい結論になりました」(中村氏)

「鍋と家の相性はいい」の仮説のもと、緊急事態宣言中に「豚組ホームセット」のデリバリーを開始。大々的に告知せず、常連客のみに伝えていたものの、100名以上が注文。数百万円単位の売上となった。12月18日には、正式にECサイトの「おうちで豚組」での販売を開始すると、1時間半で50セットが完売。夜になって50セットを追加するも、そちらも同日中に完売する人気ぶりだ。

オンラインで販売する「おうちで豚組 豚しゃぶホームセット」2人前相当で5000円だが、現在は完売している
オンラインで販売する「おうちで豚組 豚しゃぶホームセット」2人前相当で5000円だが、現在は完売している

豚組しゃぶ庵βで実験する「座席を選べる」新体験

中村氏がブログで閉店を告知すると、ネット上からもいろいろな声や提案が寄せられた。そのなかに、詳細は非公開だが、具体的な支援の申し出があったという。

「この提案を受け、『この厳しい状況下で、閉店を1年延長できるとしたら何をするのか?』『トレタとして何ができるのか』を考えました。そのとき、トレタで立ち上げていた新規事業10個のうち2つを、豚組しゃぶ庵で実験しようと決めたのです」(中村氏)

こうして、豚組しゃぶ庵はECでにリニューアルするだけでなく、新たな時代に適応するための実験の場「β版」として2020年12月4日に再スタートを切った。では、これまでの豚組しゃぶ庵とは何が違うのか? まず、以前までの豚組しゃぶ庵は、個室と大広間で構成されていた。今回は店舗面積を半分に縮小して個室のみとし、完全オンライン予約・丸1日個室貸し切り制に変更。なかでも特筆すべきは、予約時に席(個室)の指定ができることだ。

「コロナ禍では、『混雑状況=感染リスクに直結している』と感じる人は多いです。お客さまにとって、周りの席と近いところで食事をするには抵抗がある。だからこそ席状況を確認でき、かつどこに座るのかを決められるのは重要だと考えました。たとえば映画館が元気を取り戻したのは、オンラインで『自由に席を選べる』形式での予約ができるようになってから。この新しい体験によってお客さまの満足度や体験が向上するならばと、豚組しゃぶ庵βでも取り入れることにしました」(中村氏)

席を選べる予約システムは、トレタが開発しているものを採用した。トレタでは現在新しいアーキテクチャーの予約システムを開発しており、それを先行導入したかたちになる。

席(個室)の指定ができる新しい予約画面
個室の指定ができる新しい予約画面 (拡大画像)

加えて、同時多発的に立ち上げていた新規事業2つも導入していく。1つは現時点で非公開ということだったが、そのもう1つが、モバイルオーダーのサービスだ。豚組しゃぶ庵で導入する以外にも、よなよなビアワークス新宿ほか、大手飲食店で試験導入されている。

「トレタは、配席業務のコストを下げるためにつくったサービス。こういった業務をより最適化することで売上を高められる。その世界線には、トレタの予約台帳が不要になる可能性もあります」

「ですが、オンライン化が進めば人件費も減り、飲食店の固定費を下げられる。お客さんが好きな席を選べるならば、よりよい席に付加価値をつけて、客単価1人あたり1000円程度上げることも可能です。そうすると、P/Lを成立させられる。コロナ禍における7割経済で生き残る手段としても合致しています」(中村氏)

コロナ禍だからできる、店舗での「実験」

取材当日はオープンしてちょうど1週間ほど経っていたが、「まだできていないシステムもあるので、バタバタしています。ですが人件費は間違いなく減りそうです」と中村氏は笑顔を見せた。

「豚組しゃぶ庵βは、完全なR&D(研究開発)の位置づけであり、お客さまの反応は一定の手応えを感じているものの、具体的な目標・予測は定めていません」

「また、豚組しゃぶ庵βで狙いたいのは、売上ではなく『利益の最大化』。成長より、持続性を目指しています。これはすべて、コロナ禍である今だからこそ挑戦できることであり、平時ではできません。とはいえ、人口減少が懸念されるなかで、5〜10年先にはシフトしなければならないものでした。そのパラダイムシフトが、新型コロナウイルスによって一気に進んだように感じています」(中村氏)

2021年にかけて、豚組しゃぶ庵βをどうしていくつもりなのか?

「飲食店の三大要素である『料理・場・人』のうち、新型コロナウイルスによって『場・人』が全否定される状況になりました。でも、本質的な価値を失ったわけではありません。

『料理』はデリバリーやテイクアウトを通じて価値を保っています。今後『場・人』もテクノロジーを活用して価値を取り戻そうとする動きが各方面で活発化するのではないかと期待しています。豚組しゃぶ庵βが全個室で丸一日貸し切りという方針を打ち出し、かつ席指定料をいただくようにしたのも『場」の価値を取り戻すための実験の1つなのです」(中村氏)

しゃぶ庵の個室
しゃぶ庵の個室