ラフール代表取締役社長CEOの結城啓太氏 Photo by Yuhei Iwamotoラフール代表取締役社長CEOの結城啓太氏 Photo by Yuhei Iwamoto
  • 情報漏えいの課題からメンタルヘルスケアへのニーズに気づく
  • ストレス量の原因を見つけて対策するツール
  • 出勤していても生産性が低下する「プレゼンティズム」への対策
  • サービス開始から4カ月半で200社が導入
  • 「メンタルを健康に保つことがカッコいい時代」になる

2015年から義務化された、従業員50人以上の事業所に対するストレスチェック。そのストレスチェックを軸にビジネスを拡大させているのが、メンタルヘルスケアスタートアップのラフールだ。メンタルヘルスケアといえば、就業不能な状態の従業員に対するものが中心だった。だがラフールの結城啓太社長は「出勤していながらもパフォーマンスが低下している状態」に対するケアこそが重要だと説く。同社の取り組みについて聞いた。(編集・ライター ムコハタワカコ)

情報漏えいの課題からメンタルヘルスケアへのニーズに気づく

 ラフールは2011年設立のスタートアップだ。2月にはエン・ジャパン、ディー・エヌ・エー(DeNA)、協和、セグエグループ、MS-Japan、Framgia Holdings、イメージワークス、リブ・コンサルティングなどから総額7億円の資金を調達している。

 従業員のメンタルヘルスを測定するクラウドサービスを提供する同社だが、そのルーツは代表取締役社長CEOの結城啓太氏が前職で経験した、情報漏えいに関する教育事業にあるという。

 結城氏は、営業職などを経て、前職で役員に就任。そこでは当初、顧客情報ASPなどを扱っており、その関連で顧客情報の取り扱いなどセキュリティに関するニーズがあった。ちょうど個人情報保護法が全面施行された2005年ごろのことだ。結城氏らは、プライバシーマーク(Pマーク)などを取得するためのコンサルティングや、従業員向けセキュリティ研修・教育を行っていた。

 当時、クライアントから「インターネットへの書き込みなど、情報流出がどうしても減らない」と相談を受けることが、しばしばあったと言う結城氏。だが、システムや仕組みの上での防止策には一定の限界があった。

「結局、最後は人が情報を漏えいさせている。さらに、それを防止するために従業員教育をどれだけ丁寧に行ったとしても、そこにも限界はある」(結城氏)

 調べると、繰り返し社内の情報を流出させてしまう社員は、どこか精神的に病んでいる部分があるケースが多かった。とあるクライアントの担当者からは「従業員本人のメンタルケアや職場環境を改善しなければ、これ以上はどうにもならない」と言われた。別の企業では「従業員のメンタルヘルスケアに対応したサービスがあればいいのに」と言われ、メンタルヘルスケアのニーズに気づいた。

ストレス量の原因を見つけて対策するツール

 設立当初のラフール(当時の社名はヒューマンリソースマネージメント)では、最初はメンタルヘルスケアに関する会社研修や電話相談、カウンセリングなど、アナログなサービスを提供していた。過去の業務で助成金に関するノウハウを持っていた結城氏は、助成金との組み合わせでサービスを提供開始。介護施設や医療機関など、従業員の精神障害からの労災が多い業種で特にニーズがあったそうだ。

 2015年12月、法律で従業員数50人以上の事業所に対してストレスチェックが義務化されたがその時点で、ラフールにはストレスに関するデータが(アナログではあるが)蓄積されていた。厚生労働省が提示したストレスチェックの調査票(職業性ストレス簡易調査票)の質問は57項目。実はこの57項目では、ストレスの「量」はわかるが、ストレスを生む「原因」がどこにあるまでは分からず、対応も分からないというものだった。ストレスチェックの義務化後、この57項目のチェックリストを単純にオンライン化した製品は大量に提供されたが、具体的な従業員のメンタルヘルス対策については各社とも手探り状態だった。

「ラフールはアナログな手法で、メンタルヘルスど真ん中のサービスを提供していた。だから他社のEAP(従業員支援プログラム)と比べると、問題を抱えている従業員に何を支援するべきか、対策がわかっていた。また他社では、システム開発は開発会社へ外注するというところが多かったのだが、我々は自社開発で安価に提供することが可能だった」(結城氏)

 ラフールでは、厚労省の示した57項目の質問にに加えて、従業員の特性を確認するための10項目を加え、さらに勤怠データ連動の機能を備えるストレスチェックサービス「priskHR(プリスクエイチアール)」を開始した。ストレス量だけでなく、ストレスの原因となる課題を見つけやすく、対策を立てやすくする仕組みだったが、当初顧客から「そこまで多機能である必要はない」と不評だった。

「義務化されたのでチェックを実施しているだけで、国が言う57項目さえあればとりあえずいいよ、という顧客が多かった。遅刻や欠勤などの勤怠状況とも連動しており、従業員のエンゲージメントや生産性を読み解くこともできるのだが、2015年当時では、リリースするのが早すぎたかもしれない」(結城氏)

 とはいえ「勤怠情報の取り込みには反応は薄かったが、他社の製品と比較してUI/UXがよかったので、使いやすさからサービスを選んでくれる企業も多く、これまでに20万人ぐらいのデータを扱ってきている」と結城氏は言う。昨年あたりからは「健康経営」や「働き方改革」への注目が高まり、また義務化施行から3年分のチェック実施を経て、企業の側からも集団分析やエンゲージメントツールとして使いたいとのニーズも出てきているという。

「せっかくのストレスチェック調査を経営資源へ活用するために、職場の状態の『見える化』を行いたいとの声が増えた。ところが推奨57項目のチェックを解析しても、結果は“ふわっと”したものになる。これはチェック項目がすべて原因を推測するためのものではなく、ストレス量がどのぐらいかという結果を問うもので、相関などを見ることができないからだ。そこで我々はまず、退職した人は何が原因で辞めたのか、可能性の高さとの因子を掛け合わせて分析を行うことにした」(結城氏)

 当然ながら退職リスクが高いグループとして一番に挙がるのは「健康を害しており、ストレスも高く、やりがいも感じていない」クラスタだが、それに続くのは「ストレスは低くても、やりがいを感じていない」クラスタだったそうだ。

「高ストレス者かどうかだけでなく、いきいきと働けているかどうかの度合い、すなわちエンゲージメントが大切だということが分析によってわかった。何が要因かがわからなければ、対策のしようもない。職場の状況を見えるようにするために、専門家と作り込んだサービスがpriskHRの後継となる『ラフールサーベイ』だ」(結城氏)

出勤していても生産性が低下する「プレゼンティズム」への対策

 メンタルヘルス業界では、以前から職場の環境や従業員の状況を判断するのに「アブセンティズム」すなわち遅刻や欠勤など「今職場にいない」ことによる生産性の低下状況を見るものはよくあった。既存のEAPなどは、アブセンティズムへの対策を主な目的にしただったものだ。しかし一度出社できなくなった人が、再度継続的に出社できるまでに復帰することは、実際には想像以上に難しい。

「コンサルタントは、長期的に支援する人がいる方が儲かるのかもしれないが、アブセンティズムは起きてしまったことへの対処に過ぎない。それに対して、こうした問題が起こらないようにする予防の対策が『プレゼンティズム』への対策だ」(結城氏)

 プレゼンティズムとは、職場に出勤はしているが、何らかの健康問題によって生産性が下がっている状態を指す。米国の企業での調査だが、従業員の健康関連コストの全体構造を見ると、アブセンティズムによるコストよりプレゼンティズムにより生じるコストの方が断然大きいという報告もある。

従業員のプレゼンティズムを可視化する「ラフールサーベイ」の管理画面(ラフールのプレスリリースより)従業員のプレゼンティズムを可視化する「ラフールサーベイ」の管理画面(ラフールのプレスリリースより)

 ラフールサーベイでは、プレゼンティズムを可視化することができ、調査から分析、対策までを一貫してサポート。職場のメンタルヘルス課題に対して「事前の予防」と「テクノロジー」を掛け合わせて対処するサービスになっている。

 結城氏は「他社EAPとは棲み分けが生まれてきたので、協業関係に移りつつある」と話している。「紙のアンケートがまだ存在するような世界なので、それをデータに置き換えるだけでも需要はある。さらに分析が求められる場面も多くなってきた。以前は分析のみの対応は断っていたが、最近では他社との提携によりサービスを提供するようになった。逆にこちらが提案した時点で、すでに休職者が多い企業に対して我々ができることはあまりない。そういった場合、他社のコンサルティングなどを紹介している」(結城氏)

サービス開始から4カ月半で200社が導入

 ラフールサーベイは2019年2月の提供開始から4カ月半で顧客を200社まで増やした。導入企業はローソン、DeNA、エン・ジャパン、フォーシーズ、大和ハウスなど。「100~150人規模の企業をターゲットにサービス設計していたが、意外と大手企業の利用が多かった」と結城氏は話している。

 結城氏は大手による利用が予想以上に多かった理由を次のように考えている。「ストレスチェックについては、義務化されたのでとりあえずシステムを入れたが、3年経って、その後レポートも上がってこないことから経営者が、現況を確認して『こういうものを求めているわけではない』となったのではないか。彼らは見える化、分析できなければ、データは資源として意味がないと感じている」(結城氏)

 ラフールでは「競合サービスが1000人以上の規模を対象にしていたので、それより小規模をターゲットとしていた」(結城氏)という。しかし従業員満足度や各種調査など、別々に費用をかけてきた企業が「横串で分析できないのは無駄なのではないか」と気づき始めたことで、大企業にもラフールサーベイが浸透するようになったのではないかと結城氏は見ている。

 大手への浸透と同時に、ストレスチェック義務化の対象外となる従業員50人以下の事業所やスタートアップにも、ラフールサーベイの導入は進んでいるという。

「スタートアップにとって、採用コストの比率は高く、入社した人のエンゲージメントを高めることは重要だ。社員のメンタルヘルスを見える化できること、社員にとっての福利厚生の一環としてアピールできることが、エンジニアなどの職種の採用にも効果的だと受け入れられたようだ」(結城氏)

「メンタルを健康に保つことがカッコいい時代」になる

 エンゲージメント測定・向上のためのツールは、「組織改善プラットフォーム」として他社からも多く提供されており、ラフールでも多数のツールを取り入れているとのこと。「ツールをどう使えば役に立つか、知見を得るため。我々の事業との棲み分けのためにも有効だから」と結城氏はいう。

「ラフールサーベイでは、エンゲージメントに加えてメンタル・フィジカルの健康状態や職場環境を掛け合わせて調べることで、プレゼンティズムを可視化している。企業文化への共感や働きがいと、生産性とはニアリーイコールだが、ちょっと違うもの。健康に働けているかという軸も取り入れないと、生産性は測れない」(結城氏)

 ラフールサーベイはこうした特性から、「ストレスチェック機能が内包されていて、義務化にも対応できる、エンゲージメント分析ツール」として評価されている、と結城氏。ラフールでは、ラフールサーベイを主力プロダクトと位置付け、職場のメンタルヘルスの状況や生産性を見える化する機能を入口として、ワンストップで従業員のためのメンタルヘルスケア支援サービスを提供する、プラットフォームとしての展開を図っている。

「リリース当初はプレゼンティズムの可視化・対策へのニーズが9割を占めていたが、分析や解析へのニーズの比率が上がっている。これらをラフールの強みとして残しつつ、研修などのサービスの比率も5%から10%に広げていきたい」(結城氏)

 また、Fitbitなどの活動量計やマインドフルネス研修をスリープテックに取り入れて、睡眠の質を向上するプログラムなどにも注目しているという。

 ラフールの中長期の展望については、結城氏はこう語る。

「30年後の世界がどうなっているかというと、100億人の人口に対して、AIも100億体いる時代になっているはず。これは当社のAI監修を依頼する松原博士(はこだて未来大学副理事長・教授の松原仁氏)の言葉だが『人類とAIが共存できないのは、悪いシナリオ。そのためにはAIが道徳心を学ぶのがよい』という話がある。我々がやろうとしているのは、メンタルデータの蓄積によって、AIロボットにも心を持たせることができるのではないか、ということ。AIはIQで言えば1万といった数値も実現できるが、わざとストレスをかける問題を与え続けるとバグることもわかっている。今後ますます繊細になっていくAIを、人間のメンタルデータを使って改善していく、ロボットの会社になれるんじゃないかという構想を持っている」(結城氏)

 その足がかりとして、3年後のIPO、5年から10年で世界への進出を目指していると結城氏は話す。また、メンタルデータを活用して、信用スコアのような、Fintechの裏側で利用される仕組みなどにも取り組みたいという。

「いずれ、メンタルを健康に保つことが評価され、カッコいいという時代になる。例えばライザップも30年前だったら『お金を払って運動するなんてバカじゃないのか』と言われていたはず。だが、今ではそれが受け入れられるようになっている。体型ではなくメンタルを調整する、ライザップのメンタル版のようなサービスも展開したい」(結城氏)