Photo:SOPA Images/Getty Images
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  • 「Official髭男dism」人気が継続した理由
  • 2020年の音楽業界のキーワードは「参加型」
  • 日本のシティポップが海外で受け入れられ始めた
  • 良い音楽には平等にヒットする機会が開けている

サザンオールスターズがサブスクを解禁する──このニュースが世間を賑わせたのは、ちょうど1年前。大物アーティストのサブスク解禁は大きな注目を集めた。2020年はコロナ禍もあってその流れがさらに加速し、RADWIMPSや米津玄師など様々なアーティストがサブスクを解禁し、オンラインでファンと繋がる道を模索した。

また、ここ数年で音楽との出会い方も変化し、今やInstagramやTikTokなどのSNSで曲と出会い、その後にサブスクリプションサービスで視聴する流れが一般的になっている。人と人との接触機会が減ったことで、2020年はその流れがより顕著になった。

そんな音楽業界について、世界で3億2000万人以上のユーザーが利用する音楽ストリーミングサービス「Spotify」が先日、2020年の音楽シーンを振り返るランキングを発表した。

同ランキングでは「世界で最も再生されたアーティスト」「国内で最も再生された楽曲」などの主要部門から、「国内でSpotifyからInstagram Storiesに最もシェアされた楽曲」など風変わりな指標の部門まで、計13本のランキングを発表。

そこから見えてくる2020年の音楽トレンド、「コロナ禍×ストリーミング時代」ならではのヒットの生まれ方、来年さらに加速しそうなムーブメントの予測について、Spotify Japanコンテンツ統括責任者である芦澤紀子氏に話を聞いた。

すべての提供画像:Spotify
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「Official髭男dism」人気が継続した理由

──2020年は新型コロナウイルスの感染拡大によって人々の生活スタイルが変化しましたが、Spotifyの視聴傾向にはどのような影響がありましたか?

これまでは平日ですと朝と夕方から夜、いわゆる通勤・通学の時間帯に聴かれる傾向にあり、土日にはあまり時間帯で変化の波がなかったのですが、みなさんがずっと自宅にいる状態になると曜日や時間による変化がなくなりました。

聴かれるコンテンツの内容に関しては、Lo-Fi(ジャズを中心としたサンプリング、レコードノイズの音、意図的にヨレたリズムといった要素が特徴的な音楽)やチル系(比較的陽気でスローテンポな音楽)など、音楽に安らぎを求めるような傾向が強くなりましたね。

「作業用」と言われるような勉強や仕事をしながら背景に流しておけるLo-Fiなどのニーズが上がり、その一方で、自宅にいながら楽しむためのプレイリスト、たとえばワークアウトや料理をしながら楽しめるプレイリストも増えました。それはSpotifyのエディトリアルチームが作成したオフィシャルプレイリストだけでなく、ユーザーやアーティストが作るプレイリストにも増えたと思います。

あとは世界的に見ても、懐かしいものを求めて昔のカタログを聴く動きが起こっていました。まとまった時間ができたことによって、これまで興味はあったけど聴いてなかったようなコンテンツにアクセスしたのかなと思います。

──Spotifyが発表した今年のランキングでは、Official髭男dism(以下、ヒゲダン)が「国内で最も再生されたアーティスト」「国内で最も再生された楽曲」「国内で最も再生されたアルバム」の三冠を達成しました。ヒゲダンがここまで聴かれている要因を、どのように分析されていますか?

ストリーミングサービスの特性でもある「一度聴かれるとロングタームで聴かれ続ける」ということと、ヒゲダンの「複数のヒット曲がある」という強みから生まれた結果だと思います。

──ヒゲダンの「Pretender」は2019年5月にリリースされた曲で、昨年も「日本国内で最も再生された楽曲」の1位を取っています。どういった要因で、この曲が2年連続1位という結果になったのでしょうか。

去年10月にアルバム「Traveler」が出て、そこから年末にかけて「Pretender」が相当聴かれる現象があり、それが今年に入っても衰えなかった結果だと思います。

今年に入ってからは「I LOVE...」がドラマ「恋はつづくよどこまでも」の人気とともに春先にかけてすごく聴かれていて、それに引っ張られるようにして「Pretender」や以前の曲も聴かれる現象が長期的に続きました。

芦澤:しかも毎回曲が広がりやすい素晴らしいタイアップが付いていて、「I LOVE...」のあとは、カルピスウォーターのCMがあり(「パラボラ」)、映画「コンフィデンスマンJP」の曲(「Laughter」)があり、めざましテレビの曲(「HELLO」)があり、そのたびに過去の曲も引っ張られて聴かれていましたね。

「This Is Official髭男dism」というエッセンシャルトラックをまとめたプレイリストがとにかく聴かれ続けられる時期がかなり長い間続き、一度聴かれるとAIがどんどんオススメを出していくSpotifyの構造も作用したことで、アーティスト・トラック・アルバムの三冠という結果になったのだと思います。

──CD全盛の時代ですと、同じ楽曲が2年連続でチャート1位を取ることはあり得なかったのではないかと思います。

もちろんチャートの立てつけが異なる部分もありますが、聴かれた数を正確に反映しているのがストリーミングチャートであり、そういう意味では、より世の中の動きを正確に捉えていると言うこともできるのかなと思います。

ストリーミングの場合は時間の経過とともにリーチが広がってランキングが上がっていくので、フィジカルのマーケットと逆の現象が起きるんですよね。

──音楽としては、ヒゲダンのどういった要素が日本人に刺さっていると思いますか?

メインストリームのポップスとして、どんな人にも刺さるキャッチ―なメロディでありながら、ストリーミングで聴かれることも考えられた音作りになっていると思います。歌謡曲やJ-POPっぽさと、海外のサウンドを研究して作っているようなプロダクションの素晴らしさ、その両方を持ち合わせているところですよね。

あと、藤原(聡)さんのボーカルが何より素晴らしい。他のSNSから生まれたヒットアーティストが複数いる中で、ここまで幅広くいろんな曲が聴かれているアーティストは本当に少なかった気がします。

2020年の音楽業界のキーワードは「参加型」

──まさに、「SNSから生まれたヒットアーティスト」というのは今年のポイントだと思います。「国内で最も再生された楽曲」のランキング全体を見たときに、どういった業界・産業の変化を感じられますか。

今年を象徴する曲としてYOASOBIと瑛人があると思うのですが、この2組のアーティストはどちらもTikTokやインターネットカルチャーの影響がブレイクに貢献しています。

今年はリアルな空間でプロモーションしたりバズを起こしたりといったことができず、その一方で、多くの人にとってネットと向き合う時間が長かったと思うんです。そういった状況の中で、小説を音楽に昇華にしてミュージックビデオでも世界観を濃く打ち出すというYOASOBIのコンセプトは、結果的に、時代とフィットしたんだと思います。

瑛人の「香水」に関しては、誰でも口ずさみたくなるようなシンプルな曲で、「ちょっと弾き語りしてみた」ということがしやすい楽曲です。TikTokって、当初は「若い人たちが踊ってみる」みたいなメディアだなと思っていたんですけど、今年に入ってからは弾き語りや「歌ってみる」のアプローチが増えていきました。

瑛人の場合、チョコレートプラネットの動画のように映像として参加してみたくなるということも影響して社会現象になったのだと思いますし、NiziUも「真似したくなるダンス」というのがヒットした一要因であったように、「参加できるもの」というのが今年のキーワードとしてあったと思います。

──「歌ってみた」などのUGCによって曲が広まっていくことはこれまでもありましたが、2020年はそれが爆発したような年ですよね。

今までは音楽フェスで一緒に飛び跳ねてタオルを回すようなアプローチの曲もありましたけど、今年は音楽フェスがなくなったため、予期せぬ方向へ進んでいったというのはあると思います。インターネットカルチャーでも4つ打ちの速い曲とかはあるんですけど、ライブで同じ空間を体感することを目的に作られたわけではないんですよね。

──コロナが終息したあとも、フェスで盛り上がるような曲よりも今年の傾向が続いていくと予測されますか?

コロナの先を予測することは難しいですけれど、コロナがなかったときとまったく同じ状態に戻ることはないような気がしていて。2020年に起きた新しい流れはそれなりに残って、今までにないヒットの生まれ方は今後も続くんじゃないかと思います。

ストリーミングで聴かれることを想定した曲の出し方や作り方を意識しているアーティストは増えていて、「プレイリストの中で曲が発見されやすいように」といった目線もさらに生まれてくると思いますし、あとはコラボレーションを有効的に使う取り組みですとか、今までになかった発想をしてくるアーティストが増えるんじゃないかなと思います。

日本のシティポップが海外で受け入れられ始めた

──バイラルチャートのランキングには、まさにUGC(ユーザー生成コンテンツ)がたくさん生まれた楽曲がランクインしています。バイラルチャートの指標を教えていただけますか?

バイラルチャートは、SNS上でたくさんシェアされている曲だったり、短期間で一気にニューリスナーが増えた楽曲だったりを指標化しています。TikTokなど特定のSNSと直結しているわけではないのですが、ソーシャルプラットフォーム上で起きている現象を吸い上げてチャートに反映しています。

瑛人だけでなく優里やオレンジスパイニクラブなど、誰でも歌ってみたくなるような温もりのある楽曲はTikTokなどでカバー動画や二次創作動画が作られていって波及した結果、バイラルチャートにランクインしています。

バイラルチャートを日々見ていると、まったく知らなかったアーティストが急に上位に入ってくることも多々あるので、リスナーに教えてもらうことも多いんです。日々データを見ながら、いま何が求められているかに対して常にアンテナを張って、プログラミングやプレイリストの編集をしています。

──「国内でSpotifyからInstagram Storiesに最もシェアされた楽曲」は、他のチャートとはまた違った楽曲がランクインしています。どういった曲がStoriesにシェアされる傾向にあるのでしょうか。

不思議な結果になっていますよね。高感度と言いますか、流行の最先端にアンテナを張っているような人やインフルエンサーと呼ばれる人に好まれる楽曲なのかなと思いました。Vaundy(編集部注:YouTubeに楽曲を投稿し始め、SNSなどで話題になったマルチアーティスト)は、Spotify上では「不可幸力」が圧倒的に聴かれているんですけど、Storiesにシェアされているのは「東京フラッシュ」というのも面白いところです。

Vaundyの中ではR&B調のかっこいい楽曲ですよね。藤井風とかもそうですけど、少しR&Bっぽい、ソフィスティケートされたサウンドが好まれてシェアされるのかなと思いました。

──「海外で最も再生された国内アーティストの楽曲」のランキングに関して、今年はどのような現象が見られますか。

LiSAが圧倒的に強いですね。「鬼滅の刃」の世界的なヒット現象が投影されている結果だと思います。映画が公開されてから特に圧倒的な人気を叩き出していて、「鬼滅の刃」ってここまですごいんだなと感じているところです。「炎」は今年の10月にリリースされて以降、日本のみならず香港や台湾でもトップ50に入っています。

LiSAだけでなく全体的に、このチャートはアニメのすごさを思い知らされますね。TK from 凛として時雨の「unravel」は「東京喰種トーキョーグール」の主題歌で、いきものがかりやKANA-BOONは「NARUTO」の世界的人気の強さが反映された形ですし、今年はジブリの音源開放もあったので久石譲さんがよく聴かれていました。

その中で面白いのが、cinnamons × evening cinemaの「summertime」。これも少し前の曲(2017年リリース)なんですけど、TikTokをきっかけにベトナムなど東南アジアで火が付いて、アジアの国のバイラルチャートで1位を取るようになり、そこから他の国へも飛び火していきました。オーガニックに発見されて聴かれているのがすごいと思います。

──アニメタイアップ以外の形でJ-POPを他国へ輸出させる方法をこれまでもいろんな人たちが挑戦してきましたけど、ここでまた新たな扉が開きそうですね。

「summertime」も「シティポップ」と呼ばれるジャンルだと思うんですけど、海外でのシティポップの人気の爆発がすごかったなと思っていて。最近で言うと、松原みきの「真夜中のドア」という80年代の楽曲が海外で爆発的に聴かれているんです。

海外での日本のシティポップの受け入れられ方は、もともと山下達郎や竹内まりやなどのアナログ盤を掘るようなサブカル的な動きがあり、少し前にNight Tempoなどクラブカルチャーの中で日本のシティポップのカバーやリコンストラクションバージョンをDJが使うという動きがあったんです。そういったムーブメントがどんどん結び付いて発展し、今はメインストリームにまで波及しているような気がしています。

海外のストリーミングですごく聴かれている形に成長していて、「City Pop」というプレイリストは今アメリカで一番聴かれている現象が起きているんです。

これは来年に向けても継続していくムーブメントなんじゃないかと予測していまして、日本の音楽って中々海外に進出しづらいとされていましたけど、なにかここで新しい展開が生まれるのではないかなと期待しているところですね。

良い音楽には平等にヒットする機会が開けている

──今年「世界で最も再生されたアーティスト」はバッド・バニーとなり、初めて英語以外の言語のアーティストがこのランキングで1位を取ったことも注目すべき点かと思いますが、ここに日本人の名前が入ってくる日がくると嬉しいですよね。

バッド・バニーなどの「ラテン」や「レゲトン」と呼ばれる音楽や、K-POPは、英語のアーティストでないと世界で成功できないという共通認識を打ち崩したと思います。

彼らは世界中で「外国からきた音楽」として受け止められているのではなくて、プレイリストの中で英語の曲と並んでいても違和感を持たれないような、世界基準の音楽になっているんですよね。

今までは言語の壁ってすごく高いと思われていたと思うんですけど、ラテン系の曲がスペイン語で歌われていてもそこまで違和感として感じ取られないし、BTSも韓国語と英語をミックスした曲が世界中で1位を取るところにまで行きついているので、昔ほど言葉って問題とされなくなったじゃないかなって思えるんですよね。

ストリーミングサービスではいろんな曲が対等に並んでいて、ユーザー側もそれを当たり前に受け入れるようになってきているので、ジャンルとか言語とか国の壁がフィジカル時代よりなくなっているなと感じています。逆に言うと、ストリーミングサービス側として、もっと日本の音楽カルチャーを世界に向けて紹介していくことによって新しい可能性を広げられないかと、常に意識しているところです。

──K-POPの日本での人気に関しては、どのように見られていますか?

今年は日本においてK-POPの盛り上がりが特にすごかったです。これも海外のものとしてではなく、邦楽と区別することなく聴かれています。BTS、TWICE、SEVENTEEN、BLACKPINKが特に若い年齢のリスナーに対して顕著でした。

ティーンエイジャーや20代前半にとっては、K-POPのアーティストが身近な憧れの存在なんだなと感じますね。彼らのダンスやサウンドプロダクションのクオリティの高さは海外で勝負することを前提にして作り上げられたものなので、そういう作品性の高さがちゃんと伝わっているんだなって実感します。

──日本は世界中でも「まだCDが売れる国」として稀有なポジションにいますが、2021年以降の日本におけるストリーミングの成長を、どのように見込まれていますか?

今年は米津玄師やRADWIMPSのサブスクリプションを解禁したこともあり、ストリーミングのカタログの幅がどんどん広がっていることでユーザーは増えています。

コロナの状況も成長に関わっているかどうかの判断は難しいんですが、ずっと成長は続いています。それによって、先ほども言ったようにリスナーにとっては壁がなくなっていくので、ジャンルとか時代にこだわらずに曲を聴く流れが増えていって、CD時代とは違うヒットの生まれ方が今後も出てくるんじゃないかと思います。

アーティストにとっては、なにかのきっかけで世界のプレイリストにピックアップされて海外でリスナーベースを作ることもできるように、良い音楽には平等にヒットする機会が開けていると思うんです。

我々としては、レーベルからのプロモーションに左右されることなく、データとエディターのレギュレーション力を掛け合わせて、さらにAIの機械学習によるパーソナライゼーションを組み合わせることによって、アーティストに対してはファンベースを増やしていくお手伝いができたらと思っています。

また、リスナーに対しては見つけたい音楽を見つけられるように、アーティストとリスナーの出会いを最大化していきたいですね。