ドーガン・ベータ代表取締役パートナー 林龍平氏
  • 変革の時に立ちはだかる壁の存在を改めて認識
  • 副業・兼業にビジネスチャンス、エンタメ市場にも期待

激動の1年となった2020年。新型コロナウイルスの世界的流行によって、人々の生活様式は大きく変化し、またそれは大企業からスタートアップまで、ビジネスのあり方も大きく変えることになった。

DIAMOND SIGNAL編集部ではベンチャーキャピタリストやエンジェル投資家向けにアンケートを実施。彼らの視点で2020年のふり返り、そして2021年の展望を語ってもらった。今回は九州を本拠地として投資やスタートアップ支援を行うドーガン・ベータ代表取締役パートナーの林龍平氏だ(連載一覧はこちら)。

変革の時に立ちはだかる壁の存在を改めて認識

まず、スタートアップエコシステム全体についてのコメントになりますが、昨年の今頃から、そろそろベンチャー投資の踊り場が訪れるのでは、中にはいよいよバブルがはじけるのではという過激な憶測も含め懸念の声が聞かれていました。そのさなかにコロナ禍に突入した印象で、3月には米国に端を発した株価急落などに直面し、スタートアップの資金調達にも大きな影響が予想されるものと一定の覚悟はしました。

ただ、オリンピックの延期決定あたりから株式市場の変動も落ち着きを見せ、結果的にベンチャーエコシステム自体へのインパクトは最小限にとどまりました。実際に弊社でも5月にコロナ前の計画通りにファンドレイズを実施することができました。我々が投資対象としているシード期のスタートアップからの相談件数も、感染者の急増していた春ごろはさすがに潮目が読めないということもあり、一時的に減少しましたが、夏以降はむしろこの情勢変化をチャンスととらえる起業家が、昨年以前よりも増えてきた印象です。

ミクロ視点では、テレワーク・ECなどステイホーム文脈のスタートアップの活躍が顕著で、このあたりは並みいるキャピタリストの皆様のご指摘の通りかと思います。一方で、人は本質的には変わらないものだなという思いも新たにしました。これだけニューノーマルが提唱されても、例えばリモートワークやウェブ会議を毛嫌いする層も依然多く、特にこれまでの働き方で成功体験を重ねている人(結果的に組織のトップ層に多い)ほどスタイルを変えたがらないというジレンマを目の当たりにしました。それだけ変化にはエネルギーが必要ということだと思いますし、そのエネルギーの対価として変化による明確な対価(もしくは変化しないことに伴うペナルティ)が示されていなければ人は動かないということがわかりました。

個人的に、これを原状回復バイアスと勝手に呼んでいるのですが、我々が世界を変えようと行動を起こした時に必ず立ちはだかるこの壁の存在を改めて見せつけられた1年だったなと思います。

副業・兼業にビジネスチャンス、エンタメ市場にも期待

2021年は、おそらくワクチンが段階的に提供されていき、全体感としてはコロナとの闘いを継続しつつも、2020年とはまた違ったさらに新しい日常を模索するようなトレンドが予想されます。前述のとおり、本質的に人が変わりにくいものだとすると、コロナ前への原状回復バイアスのようなものが支配的になっていく可能性もあり、非常に潮目の読みにくい1年になりそうです。

そんななか、ボトルネックとなる課題に着眼し、その解決を通じてよりよい社会を作るのがスタートアップの使命であり、それを精いっぱい支援していくというスタンスはもちろん不変なのですが、よりレバレッジの効きそうな領域・社会課題に着目した投資活動を行っていきたいと考えております。

具体的には、コロナ前からじわじわと人々の当事者意識の高まりが見られてきた「働き方」に関する領域、特に副業・兼業といった文脈でのビジネスチャンスは広がりを見せるのではないかと思っています。HRTech隆盛の中でも市場規模の小ささからか、あまり目立ったプレーヤーの活躍が見られなかったこの領域ですが、リモートワークの広がりも相まって、例えば首都圏の副業人材が地方で活躍するような市場が勃興する気配が感じられます。

また、これはやや逆説的ではありますが、2020年に消失してしまったエンターテイメント市場の動きにも目が離せないと思っています。インバウンド需要を筆頭に、2020年は移動を伴う余暇の過ごし方の選択肢がほとんどなくなった1年でしたが、裏を返すとこれから先は市場の回復しかない。プラス方向のエネルギーを目一杯ため込んだ状態ともいえると思います。直近では、GoToキャンペーンなど短期的な対策に市場全体が振り回されている印象ですが、少しずつ移動や人との接触が可能になっていくなか、体験価値を極大化するような、本質的な課題解決アプローチについて改めて考えてみたいと思っています。VR/ARなど期待されつつ日の目を浴びていない、技術としては成熟期に達しているようなテクノロジーの活用などに期待したいです。

それから、少し話は戻りますが、中小零細企業や教育現場など、コロナ禍で2020年に現場が大きく混乱していながらも、本質的な課題解決、いわゆるDXが実現していない領域もたくさん残っていると思います。これから少しずつコロナ前の日常を取り戻していくなか、彼らのようなプレーヤーが変化していくことができるのか、ここはまさに原状回復バイアスとの闘いの様相を呈しております。いかに現場にソリューションを落とし込むことができるか、たくさんの起業家の方々と議論させていただきたい課題です。

最後に、日本ベンチャーキャピタル協会(JVCA)理事としてのコメントにもなりますが、スタートアップの注目度が増すとともに、耳あたりの良くないニュースも含めてマスメディアに取り上げられる機会も増え、さまざまな規制当局からも動向が注視され始めている気配をひしひしと感じております。FinTech・HR Tech関連SaaSの普及に伴って、重要なデータを取り扱うプレーヤーも増え、セキュリティへの関心もより一層高まっているものと考えられます。スタートアップエコシステムの成長が、思わぬ落とし穴で停滞してしまわないよう、これまで以上に高い遵法意識をもって、起業家支援に取り組んでまいりたいと思っています。