難波俊充
 

激動の1年となった2020年。新型コロナウイルスの世界的流行によって、人々の生活様式は大きく変化し、またそれは大企業からスタートアップまで、ビジネスのあり方も大きく変えることになった。

DIAMOND SIGNAL編集部ではベンチャーキャピタリストやエンジェル投資家向けにアンケートを実施。彼らの視点で2020年のふり返り、そして2021年の展望を語ってもらった。今回はWiL パートナーの難波俊充氏だ(連載一覧はこちら)。

未上場でも100億円超の資金調達がしやすい環境に

毎年年末になると来年こそ不況が来るのではないかと実しやかに囁かれ続けてきておりますが、今年はコロナ禍に見舞われながらも(世の中ご苦労をされている方々も多く心中をお察し致します)スタートアップ業界は昨年に続き力強く成長し、躍動した1年だったと思います。

コロナ禍が後押しした“待ったなし”のDX、エンタメ、ECの大きな変化の潮流が追い風となったことはもちろんです。ですが何よりも、コロナ禍直後の不透明な時期にも関わらず、起業家のみなさんが「危機の最中の機会」を見出そうとする胆力と馬力が、業界の足を緩めず前進させる原動力になったと感じます。また、資金面を牽引するVCの資金供給も後退することなく、むしろ新しいファンドも立ち上がり層を増した1年であったのではないでしょうか。

私たちは業界全体でユニコーンの数を増やし、スタートアップのもたらす社会的インパクトを更に増幅させていく必要があります。そのためにはシードからレーター、上場後に至る全てのステージで資金を充実させていくことが欠かせません。

2020年は二桁億円の出資ができる投資家が、国内だけでなく、海外投資家、機関投資家の未上場企業への投資参画など、複数方面から参入がありエコシステムの広がりをもたらしました。このトレンドは2021年以降も加速していくと感じており、日本でも未上場フェーズで三桁、つまり100億円以上の調達がしやすい環境がようやく提供できるようになるのではないでしょうか。

その結果として、国内でより盤石な事業基盤をもつ企業が複数誕生するとともに、その大きな資金を活用しての海外展開も視野に入って来る事と思います。米国投資先などをみても数十、数百億円の資金を海外進出にしっかり投下することで国外の売上を作っており、日本のスタートアップが互角とはまだ言えないまでも日本以外の局地戦からまずは戦える状況ができあがると期待しています。

大企業の導入でさらに成長するSaaS領域

SaaSは引き続き成長領域です。伸びると思うシナリオは2つです。まず、資金の供給力が増えることに起因する「メガエンタープライズによるSaaS導入の加速」です。メガエンタープライズでも許容されるような高度なセキュリティを備えたプロダクトが開発可能になり、ARPAが大型化してセールスもよりハイタッチなものや、プロフェッショナルサービスを備えたものが増えるでしょう。

もう1つは「SMB向けバーティカルSaaSの再加速」です。この領域は面を広げるためのセルフサーブに近いモデルから参入するケースが多いですが、ARPAが低くチャーンも高いために息切れしがちだったと思います。資金の供給力があがれば二の矢、三の矢となるアップセル・クロスセル商材の充実が可能となりNRRが高いモデルの構築が可能になってくると期待します。

コロナにより市場成長が後押しされた、EC、エンタメ、医療、教育、行政、働き方DXなどの領域は、耳目も集まりやすくリソースを十分に確保しながら事業成長に集中できる良い1年になるのではないでしょうか。

ただし資金の供給量があがっても、流入先の取捨選択もさらに加速をしていくため大きなチャレンジも存在します。「ハイグロースかどうか」高いバリュエーションを享受できるのは投資家の競争環境もありますが、それ以上にバリュエーションの先取りができるかどうか、それだけ高い成長率を維持しているかどうかだと思います。ここにはいくつかのチャレンジがあると思います。具体的には(1)急成長を支えられるマネージメント能力と幹部層の厚さ、(2)プロダクト開発及びマーケティング活動をより大きく、複数線でシャープに実行する力、(3)大型の資金を投資効率を落とさず、モラルを維持しながら調達運用する力──などです。

一方でこれらが逆回転を始めると成長率の鈍化、モラルの低下、経営チームの離反という形で、あっという間にハードシングスに突入しかねません。これまでより大きなリソースを活用しているだけに関係者も多く、優勝劣敗も激しさをましていくことを覚悟していかないといけません。こうした成功と失敗を経てスタートアップ業界の人材の層を増やし、その能力とナレッジが次の成長の糧となるという意味では必然ですが、起業家のメンタルヘルスへの対処などさらに必要になってくるだろうと想像します。

最後にESGの流れは、VCファンドのファンドLP(出資者)となる機関投資家からのリクエストにより徐々に業界での説明責任が問われて来るものと思います。攻めの論点として事業の社会的寄与や環境負荷の軽減といったアピールもあれば、守りの論点としてガバナンスや機会の均等、ネガティブな領域への投資の有無など、計測や説明方法についてもトライ&エラーが実施され、数年かけて修練されてくるでしょう。

私個人としては、引き続きシリーズAからの投資を実行してきたいと思います。toB/toC関わらず、大きな課題に挑む素晴らしいチームの皆様と出会い、ご支援していきたいと思っています。